20.毒も滴るいい男②
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「やあ、お前がケージかい?」
そんな問いかけに君は──
「俺か? 俺はジョンだ。ケージなんてキレ味のある名前のイケメンは知らねえな」
そう、心底面倒くさそうな顔でそう答えた。
初対面の相手に「お前」呼ばわりされるのは気分が悪い。
だがそれ以上にこの優男から漂う雰囲気が君の警戒心を刺激していた。
こいつは関わってはいけない類の人間だ──君の勘がそう告げている。
だから君はとぼけることにしたのだ。だがその試みはあっさりと打ち砕かれた。青年──ローレンは一瞬目を丸くしたがすぐに口元に皮肉な笑みを浮かべた。そして携帯端末を取り出して宙に向ける。
するとホログラムが現れ君の顔写真が投影された。
その横には個人情報が表示されている。
氏名、年齢、犯罪歴、そして現在の所属。
惑星開拓事業団ランクC団員。
ご丁寧に全身サイバネティクス化済みという注釈までついている。
君は肩をすくめてローレンを見た。
「で、俺に何の用だい?」
君は尋ねた。
“お前は誰だ? ”とは尋ねなかった。
あえて尋ねなかったのだ。
相手の素性を知らないでいれば、仮に粗相をしたとしてもセーフラインはぐっと下がると見込んでいる。
「知らなかったんです、すみません」で済む話も相手が誰かを知っていればそうはいかない。
まあ下層居住区ならではのテクニックだ。応用版として問答無用に殺してしまうというものもある。死人に口なしというわけだ。ただ単なる非礼ならともかく、殺害となれば相手の素性を知らなかったとしても罪が不問になる可能性は低いため、余り実用的ではない。
ローレンは君のそんな思惑を見透かしたかのように笑みを深めた。
「単に顔を見ておこうと思っただけさ。随分と面白い奴の様だから」
「はあ、そりゃどうも」
君は気のない返事をした。
面白い奴。
それは上流階級の人間が下層の人間を見下す時に使う常套句だ。
「お前、随分大した依頼をこなしてきてるじゃないか。身の程を知らないのか、それとも──」
ローレンが何かを言いかけたその時だった。
「身の程なら知っているぜ!」
君はローレンの言葉に被せるように堂々と宣言した。
その声はフロアの喧騒の中でもよく通った。
君はここで作戦を変更したのだ。
この男はどう見ても面倒くさそうな奴だ。
ならばこちらも面倒くさい奴を演じて煙に巻いてやろうと思ったのである。
君は一息でまくし立てた。
「俺はな、ギャンブルがやめられなくて賭けちゃいけないものまでかけたド低能さ。物を盗んだ事も人をだました事も、人を殺した事もある。あと浮気した事もあるぜ。それも一度や二度じゃない。数え切れないくらいだ。はっきりいっちまえば死んだほうがマシのゴミだね。死んだ方が良いやつなんていない──なんて言うなよな。そんな綺麗事は聞き飽きた。マジで世の中には死んだ方が良い奴もいるんだ。俺を筆頭にな。おい、あんた。人の命は平等って言葉があるだろ? ほら、人権保護団体がよく言うあれだ。あの胡散臭い連中がプラカードに書いてるやつ。あれって本当の事だと思うか? 実は俺は本当の事だっておもってるんだ。俺の命もあんたの命も、このカジノに遊びにきているVIP連中の命も、価値は皆平等だ。そう、基本価格は同じなんだよ。ただそこに金をもってるとか面がいいとか頭がいいとかよ、付加価値がついてくる。オプションみてえなもんだ。例えばあんたは面がいい。だからあんたの命の価値は俺のそれよりも高い。それは認めよう。だがそれはあくまでも付加価値だ。本質的な価値は変わらない。俺たちはみんな等しくクソッタレで、いつかはくたばる肉の塊だ。そう思わないか? 俺は自分の身の程を完璧に理解している。だからこそ俺は俺の好きなように生きるんだ。誰の指図も受けねえ。それが俺の生き様だ。文句あるか?」
君はそこまで言ってようやく息をつき、ローレンの方をチラと見る。どうやらローレンは圧倒されているようだった。
整った顔が僅かに引き攣っている。
まあドン引きしていると言い換えてもいいかもしれないが。
無理もない。初対面の相手にいきなりこんな演説をされたのだから。ちなみに君がべしゃった長文については即興で考えたもので、君自身も自分が話した事の内容をよくわかっていない。まあこういういうのは勢いが大事なのだ。
そんな君はダメ押しとばかりにずいと一歩ローレンに近づき、耳元で囁いた。
「そういえばあんた、随分とキレイな顔してるじゃねえか」
そんな事をいいながら自分の唇をべろりと舐めまわす。
これも策の一つである。
“やべー奴”を装うシンプルな作戦だがシンプルゆえに堅実な効果がある。
相手に性的嫌悪感を抱かせ自分から遠ざけようという魂胆である。
これでこいつも俺に関わるのが嫌になるだろう。
君はそう確信していた。
だが──
「ふうん、お前、そっちもイけたのか。ならちょっと試してみるかい?」
困惑から立ち直ったローレンがそう言った。
そして彼の細い指が君の股間をさらりと撫でた。
その手つきは滑らかで躊躇がなかった。
──え?
君は一瞬何が起こったのか分からなかった。
まさか逆撃を喰らうとは思っていなかったのだ。
君のサイバネボディは性的な快感を感じることはない。
だが触られたという事実は認識できる。
そしてその事実に君の脳は激しく混乱した。
「ひえっ」
君は情けない声を上げて飛び退いた。
その動きはまるで驚いた猫のようだった。
「ちょ、調子にのっちまってすまん。俺はノーマルなんだ……いや、本当にすまん……」
君は狼狽えながら必死に謝罪した。
先ほどまでの威勢はどこへやら。
完全に形勢逆転である。
ローレンはそんな君の様子を見てクスクスと笑った。
相手の方が一枚上手だった事を認めた君は、作戦を変更した。
ドン引きさせて敬遠させるという作戦は捨てる。
「で、挨拶だけしたかったって感じらしいが、あんたはそもそも誰なんだ?」
ここで初めて君はローレンの素性を聞いた。次なる作戦はこれ──まあ普通に対応しようとおもったわけだ。
遅きに失した感は否めないが聞かないよりはマシだろう。
ローレンは依然として笑みを浮かべたまま答えた。
「僕はローレン・ナイツ。惑星開拓事業団、惑星C66管理局の幹部職員だ」
その言葉に君は息を呑んだ。
幹部職員。
それはつまり君の雇い主ということだ。
そしてこの惑星C66において絶大な権力を持つ存在でもある。
──やっちまったな
君は内心で頭を抱えた。
額に冷や汗が滲んだ……様な気がした。高性能なサイバネボディが冷や汗をかくなどということはあり得ないはずだが、君は確かにそれを感じたのだった。




