18.二日目②
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巡回は続く。
フロアの喧騒と欲望の渦の中を、君たちは淡々と歩いていた。
バズは相変わらず君のことを名うてのギャンブラーか何かだと勘違いしているようだった。
時折思い出したように「虹の架け橋理論」の応用について質問してくる。
君はその都度、適当なホラを吹いて彼を煙に巻いた。
量子もつれだの確率論的揺らぎだのといったそれらしい単語を並べ立てれば、バズは簡単に騙される。
君はこの蜥蜴男を馬鹿な奴だとは思うが、見下すような気持ちは無かった。“馬鹿”にも色々と種類があるのだ。
そんなこんなで君とこの陽気なトカゲ男との間には、奇妙な連帯感のようなものが生まれつつあった。
それは仕事仲間としての信頼感というよりは悪友同士のそれに近い。
そんな時だった。
バズがふと足を止めて君に尋ねた。
「そういえばケージよ。お前はどんなツテでこの仕事にありついたんだ?」
もっともな疑問だった。
このセレスティアル・ガーデンは銀河系でも有数の高級カジノである。
客層は富裕層や権力者ばかりだ。
そんな場所で働くにはそれなりの身元保証が必要となる。
たとえそれが末端の警備員であったとしてもだ。
君は特に隠すこともないと思い正直に答えた。
「ツテ? そんなもんねえよ」
君は肩をすくめた。
「事業団の依頼リストを見て面白そうだったから応募しただけさ」
その言葉にバズは目を丸くした。
彼の黄色い瞳が驚きで見開かれる。
「依頼っていうと──事業団の依頼かよ? マジか?」
「ああマジだ。それがどうかしたのか?」
「いや、だってよぉ……」
バズはそう言って周囲を見回した。
「事業団員っていうとどいつもこいつもヤク中か、重犯罪者かと思ってからよ。ケージ、お前ってやつは大分マトモじゃねえかよ!」
だがとバズは続ける。
「まあ納得だ」
バズは一人で頷いた。
「ここで働けるランクの事業団員ってことなら、あれくらいは出来るはずだからな」
あれというのは昨日君がクリスタリアンをねじ伏せた時のことらしい。
君は少し呆れた。
「といってもせいぜいCだぜ。真ん中のランクだよ。それって普通って事だろ」
君にとってランクCというのは特に誇れるものではない。
文字通り平均的な評価だ。
だがバズの反応は違った。
「馬鹿事業団員なのに『普通』ってのがすげえんじゃねえか」
バズは真剣な顔で言った。
「お前事業団の下っ端連中がどんな奴らか知らねえのか?」
「まあろくでなしが多いとは聞いてるけどな」
君自身もその一人であるという自覚はある。
「ろくでなしなんてもんじゃねえよ。あいつらは文字通りのクズだ。社会の底辺を煮詰めて固めたような連中さ」
バズは声を潜めた。
「事業団はあいつらを使い捨ての道具としか見てねえ。危険な惑星に送り込んで死んでも構わねえって思ってる。俺は惑星開拓事業団ってヤクザ組織が大嫌いだが、ゴミ処理に関してはリスペクトしているぜ」
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惑星開拓事業団における人材評価基準は一般社会のそれとは大きく異なる。
ランクEやDの団員はカスだ。彼らは多くの場合重度の薬物中毒者かあるいは矯正不可能な犯罪者である。
知能は低く、倫理観は欠如している。
彼らにとって他人の命など路傍の石ころほどの価値もない。
自分の命すらそうだ。
例えばランクEの団員の中には、支給された装備を即座に売り払ってドラッグに変える者が後を絶たない。
そして防護服もなしに有毒な大気の中で作業を強要され、数時間で肺を腐らせて死ぬ。
あるいは簡単な機械の操作ミスで圧死する。
バズの同僚が聞いた話では、デブリ回収の仕事で宇宙服のヘルメットを閉め忘れて、そのまま宇宙空間に飛び出して即死した奴もいたらしい。
しかもそいつその直前に『俺は自由だ!』と叫んでいたそうだ。
そんな話をきいて、君は「馬鹿としか言いようがないな」と内心で小馬鹿にした。
これは先ほどバズに対して思った馬鹿とは大分意味合いが違う馬鹿だ。
事業団はそんな下級団員の死を前提として全ての計画を立てている。
だからこそランクCの団員は貴重なのだ。
彼らは最低限の知性を持ち、与えられた任務を遂行し、そして何より生き残る術を知っている。
事業団において「普通」であるということはそれ自体が一種の才能なのだ。
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「そいつらと比べりゃランクCなんてのはエリートさ」
バズは断言した。
「少なくとも会話が成立するし支給品の横流しもしないだろ?」
「そ、そうか……」
君は自分の評価が思ったよりも高いことに少し驚いた。
同時に自分がその「掃き溜め」の一員であることにも気づいていたが。
まあ会話が成立するだけマシなのかもしれない。
君は気を取り直してバズに尋ねた。
「というかそういうお前はどんなツテなんだよ」
「俺か?」
バズはニヤリと笑った。
「俺は親戚がここの幹部職員なんだよ」
「コネってやつか?」
「そんな感じだな」
バズは悪びれもせずに言った。
「この世界はなコネと金が全てだぜ。実力なんてのはその次さ」
それはある意味で真理だった。
君もそのことはよく知っている。
だがそれを堂々と言い放つバズの姿はどこか滑稽でもあった。
──こいつは本当に裏表のない奴だな
君はそんなことを思いながら少しだけ笑った。
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君たちはその後もしばらくの間くだらない話を続けていた。
バズは相変わらず君のことを持ち上げ君はそれを適当にいなす。
そんなやり取りが続いた時だった。
「貴様らそこで何をしている」
冷たく硬質な声が響いた。
まるで氷の刃のような鋭さを持った声。
君たちが振り返るとそこには黒いスーツを着た男が立っていた。
アースタイプだがその表情は能面のように無感情だ。
胸元にはセレスティアル・ガーデンのロゴが入ったバッジが光っている。
上役だ。
「いやすみません。ちょっと新人に仕事のコツを教えていたところでして」
バズが慌てて言い訳をした。
だが黒服の男はそれを鼻で嗤った。
「そうか? 私の耳には単なる私語に聞こえたがな。勤務中だぞ」
男は淡々と言った。
「無駄話は慎め」
「す、すみません!」
バズが慌てて頭を下げる。
君もそれに倣った。
内心では舌を出していたが。
黒服の男は何も言わずに立ち去った。
その背中を見送りながらバズが安堵のため息をつく。
「ふぅ……危なかったぜ」
彼の額には冷や汗が滲んでいた。
「大袈裟だな。少し注意されただけじゃねえか」
君は肩をすくめた。
「失点が何度か嵩むとクビになるんだよ。俺はコネでここに入ったが、それだけだ。特別扱いされているわけじゃねえからな。ここは給料もいいし、福利厚生もしっかりしている。いまさら別の所で働くのはまっぴらごめんだ」
バズはそういって、君の肩を軽く叩いた。
「ちょっと真面目に見回るとするか」
「まあそうだな、俺も事業団に変な告げ口されたら敵わねえ」
そうして二人は再び狂騒のフロアへと戻っていった。




