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★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)  作者: 埴輪庭


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16.勤務後

これまでのあらすじ


ペイシェンスが死んだ

殺した犯人に落とし前をつける

その後、ケージ、しけた気分に

新しい仕事でもするか

カジノの警備員の仕事

客が暴れる

ケージ取り押さえる


 ◆


 君の初日のシフトが終了した。


 退屈な時間だったがあのクリスタリアンの騒動のおかげで、それなりに刺激的な一日だったとも言える。


 君はロッカールームで窮屈な制服を脱ぎ捨てた。


 高性能なサイバネボディは疲労を感じないがそれでも解放感はある。


 ──やれやれだ


 着慣れたジャケットに袖を通すと、少しだけ気分が落ち着いた。


「よう、お疲れさん、ケージ」


 隣で同じように着替えていたバズが声をかけてきた。


「ああ、お疲れ」


 君は短く答えた。


「初日にしては大したもんだぜ。あのクリスタリアンを片手でねじ伏せるとはな」


 バズは感心したように、その黄色い目を細めた。


「それに、お前のギャンブル理論。あれは本当に勉強になったぜ。虹の架け橋理論だったか? 今度試してみるよ」


 ──馬鹿な奴だ


 君は内心で思ったが口には出さない。


「なあ、この後どうする? もし暇なら一杯どうだ?」


 バズが誘ってきた。


「いいぜ。どこか良い店でもあるのか?」


「ああ。このカジノの中にあるバーさ。従業員割引も効くし、悪くない酒が置いてある」


 君はバズの誘いに乗ることにした。少しだけ気分転換がしたかったし、この陽気なトカゲ男のことが少し気に入っていたからだ。


 ◆


 君たちが向かったのはメインフロアから少し離れた場所にあるバー、「ステラ・ダイブ」だった。


 フロアの狂騒とは対照的に、店内は落ち着いた雰囲気が漂っている。


 照明は落とされ、静かな音楽が流れていた。


 天井にはプラネタリウムのように、人工の星空が投影されている。


 ──金がかかってるな


 君はそんなことを思いながら、カウンター席に腰を下ろした。


「何飲む?」


 バズが尋ねた。


「そうだな……一番強いやつをくれ。ストレートで」


 君は言った。


 どうせ酔えないのだ。


 ならばせめて、雰囲気だけでも味わいたい。


「お、いいねえ。じゃあ俺はいつものやつだ。リザード・テイルをロックで」


 バズが注文した酒はその名の通り、トカゲの尻尾のような緑色をしていた。


 バーテンダーは君の注文を聞くと、少し驚いたような顔をしたがすぐに頷いて棚から一本のボトルを取り出した。


 黒いボトルに、赤い文字で「DANGER」と書かれている。


 見るからに危険な酒だ。


 ・

 ・

 ・


「DANGER」。正式名称は「シナプス・バーナー」。


 その主成分は惑星ゼータ・レティキュリで栽培される特殊な植物から抽出されたアルカロイドである。


 このアルカロイドはアースタイプの神経系に直接作用し、強烈な刺激と陶酔感をもたらす。


 その度数は実に98%。


 もはや酒というよりは燃料に近い。


 多くの者は一口飲んだだけで意識を失い、あるいは一時的な記憶喪失に陥る。


 だがその危険性を承知の上で、この酒を求める者も後を絶たない。


 ・

 ・

 ・


「おいおい、大丈夫かよ。それ、マジでやばい酒だぜ?」


 バズが心配そうに言った。


「大丈夫さ。俺は酒には強いんだ」


 君はグラスを持ち上げ、一気に煽った。


 喉が焼けるような感覚。


 だがそれだけだ。


 あの懐かしい陶酔感はやってこない。


 君の高性能なサイバネボディがシナプス・バーナーを瞬時に分解してしまったのだ。


 ──味気ねえな


 君は内心で毒づいた。


 だが表情には出さない。


「くぅー! 効くな、こりゃ!」


 君はわざとらしく顔をしかめ、酔っ払いのフリをした。


「すげえな、お前。本当に平気な顔してる」


 バズは感心したように言った。


「まあな」


 君は空になったグラスをカウンターに置いた。


 ◆


 それからしばらくの間、君たちは他愛もない話で盛り上がった。


 仕事の愚痴。


 上司の悪口。


 そして話題は自然とある方向へと流れていく。


「で、お前は稼いだ金で何をするんだ? やっぱり女か?」


 バズがニヤリと笑った。


 その黄色い目がいやらしく細められる。


 男同士の会話というのは最終的にはこの話題に落ち着くものだ。


「まあ、そうだな。女は好きだぜ」


 君は素直に答えた。


「だよな! 俺もさ、最近気になる子がいるんだよ」


 バズは身を乗り出して、自分の好みのタイプについて語り始めた。


 彼の種族はメスの鱗の光沢具合で性的魅力を判断するらしい。


 テカテカしていればいるほど良いのだそうだ。


「特に、首筋のあたりの鱗が最高なんだよ。角度によって色が変わるんだぜ? もう、たまんねえよ」


 バズは興奮気味に語る。


 君にはその感覚はよく分からない。


「お前はどうなんだ? どんなタイプが好みだ?」


 バズが尋ねてきた。


「俺か? 俺は……そうだな」


 君は少し考えたが──


「俺は割と何でもいける口だぜ」


 と、曖昧に答えた。


「例えば、触手とか」


「触手!?」


 バズが目を丸くした。


「ああ。あのウネウネした動きがたまらないんだよ。体に絡みついてくる感触とかさ」


 君はチェルシーのことを思い出していた。


 あの透明なゼリー状の体。


 そして自由自在に動く触手。


「マジかよ。お前、結構な好き者だな」


 バズは感心したような、呆れたような顔をした。


「それだけじゃないぜ。金属生命体も悪くない」


 今度はザッパーのことが頭に浮かんだ。


 あの冷たくて硬い肌。


 そして時折見せる凶暴性。


「あのヒヤッとした感触が逆に燃えるんだよ」


「……お前、変わってるな」


 バズは少し引いているようだった。


「そうか? この広い宇宙には色んな奴がいるんだぜ。アースタイプだけに拘るのは勿体ないだろ?」


 君は肩をすくめた。


「まあ、それはそうかもしれねえが……」


 バズはまだ納得がいかない様子だったがすぐに気を取り直した。


「そういえば、このハイ・クラスには凄い店があるんだぜ」


 バズが声を潜めた。


「凄い店?」


「ああ。例えば、ガス状生命体専門の店とか」


「ガス状生命体? あの、モヤモヤしたやつか?」


「そうだ。あいつら、普段は希薄なガスの状態だが興奮すると凝縮して、一時的に液状になるんだ」


「液状?」


「ああ。まるで、濃密な霧の中にいるような感じらしいぜ。全身が包み込まれて、どこがどうなってるのか分からなくなる」


 バズは少し羨ましそうに言った。


「俺のダチが一度試したんだが最高だったって言ってたぜ。しかもあいつら、絶頂に達すると分裂するらしい」


「分裂?」


「ああ。つまり、相手が二人になる」


「……マジか?」


 今度は君が絶句する番だった。


 それは確かに、興味深い話だ。


「マジだ。しかも分裂した個体はそれぞれ独立した意識を持ってる。だから二人同時に相手をしなきゃならない」


 バズは得意げに語った。


「そりゃあ、忙しそうだな」


 君は笑った。


「だろ? 俺も一度試してみたいんだがあいにく俺の種族とは相性が悪くてな。体がすり抜けちまうんだ」


 バズは残念そうに言った。


「じゃあ、群体生物はどうだ? あの、小さいのが集まって一つの個体になってるやつ」


 君が尋ねる。


「ああ、あれか。あれは面倒くさいらしいぜ」


 バズは顔をしかめた。


「一人一人に気を遣わなきゃならないからな。しかもたまに意見が割れて喧嘩を始めるんだ」


「喧嘩?」


「ああ。『私の方が愛されてる』とか、『あなたばっかりずるい』とか。そんなことで揉めるんだとよ。こっちはそれどころじゃないってのにな」


 バズはため息をついた。


「結局、最後はバラバラになって、部屋中に散らばっちまうんだ。それを集めるのが一苦労でな」


 君は笑い転げた。


 それは確かに面倒くさそうだ。


 ◆


 話題は尽きなかった。


 君たちはまるで銀河系の性生活に関する学会でも開いているかのように、熱心に語り合った。


 その内容はどれもこれも取るに足らない、下らないものばかりだった。


 だが君はそれが楽しかった。


 久しぶりに、心から笑った気がする。


 バズとの馬鹿話が君の心の澱を少しずつ洗い流していく。


 ペイシェンスの死は君の心に刺さる小さなトゲとして残っている。君はあのピギー星人を親友だとは思っていなかったが、それでも友達だとはおもっていたのだ。


「なあ、バズ」


 君は言った。


「お前の種族はどうなんだ? トカゲ型だよな?」


「ああ、うーん……俺の種族のメスは……そういう仕事をする奴はいないぜ。いたとしても極少数だ。少なくとも俺は見たことねぇな」


 バズは少し誇らしげに言った。


「俺たちはな、一途なんだぜ。一度決めた相手とは死ぬまで添い遂げる」


「へえ、そりゃあ真面目だな」


 君は感心したように言った。


「だが問題もある」


 バズは少し顔を曇らせた。


「俺たちのメスはな、産卵期になると凶暴になるんだ」


「産卵期?」


「ああ。卵を守るために、周りの全てに敵意を剥き出しにする。オスでさえも近づけば殺されかねない」


 バズは遠い目をした。


「俺の親父もそれで死んだ」


「……マジか」


 君は絶句した。


 まさか、こんな重い話が出てくるとは思わなかった。


「ああ。卵を温めているオフクロに、うっかり近づきすぎたんだ。尻尾で一撃さ」


 バズはグラスに残った酒を煽った。


「だから俺はまだ独り身なんだ。怖いからな」


 君はなんと言っていいか分からなかった。


 シリアスな空気と、コミカルな状況のギャップが君の感情を混乱させる。


「……まあ、なんだ。その、元気出せよ」


 君はありきたりな言葉しか出てこなかった。


「ああ、ありがとよ」


 バズは少しだけ笑った。


「ま、それでもいつかは俺も運命の相手を見つけたいと思ってるぜ」


 バズはそう言って、新しい酒を注文した。


 ◆


 それから、君たちはさらに数時間、飲み続けた。


 バズは完全に出来上がっていた。


 呂律は回らず、目は虚ろで、時折、意味不明なことを叫んでいた。


 一方、君は全く酔っていなかった。


 だが気分は悪くなかった。


 バズの馬鹿話を聞いているうちに、君の心の炉に、少しだけ火が入ったような気がした。


 それはギャンブルへの情熱とは違う。


 もっと根源的な、生きることへの意欲のようなものだった。


 やがて、バズはカウンターに突っ伏して動かなくなった。


 寝息を立てている。


 君は勘定を済ませ(もちろん割り勘だ)、バズを肩に担ぎ上げた。


 彼の体は意外と重かった。


 だが君のサイバネボディには何の問題もない。


 君はバズを従業員用の寮まで送り届け、彼をベッドに放り込んだ。


 そして自分の部屋へと戻る。


 部屋は簡素だが清潔だった。


 君はベッドに横たわり、今日の出来事を振り返った。


 悪くない一日だった。


 ──明日も頑張るか


 君はそう思いながら、目を閉じた。

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