表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/114

13.友達③

 ◆


 ジミー・ラットという男はこの惑星C66の下層居住区で生まれ、掃き溜めの中で育ったアースタイプの若造だ。二十歳そこそこの、どこにでもいるチンピラ。


 だが性根は腐りきっている。


 彼は自分が特別な存在だと信じて疑わなかった。いつかはこの下層を抜け出し、中層、いや、上層居住区で贅沢な暮らしをするのだと。


 そのための才覚も努力する根性もなかったが、肥大化した自尊心と他人の成功を妬むドス黒い感情だけは人一倍持っていた。


 ジミーはドックの荷運びの仕事をしていたが、そんなもので満足できるはずがない。もっと楽に、もっと手っ取り早く稼ぎたい。そして、自分を見下す連中を見返してやりたい。


 そんな折、ジミーが潜り込んだのがルード・ファミリーだった。


 新興のならず者集団。荒っぽいが勢いはある。ジミーは持ち前の調子の良さと弱い者に対する残忍さで、少しずつ頭角を現していった。


 ファミリーの幹部連中はジミーのことを便利な道具としか見ていない。使い捨ての鉄砲玉にでも出来ればいいだろう、そのくらいの事を思っていた。


 だがジミーはそのことに薄々気づいていた。だからこそ、焦っていたのだ。


 何か大きな手柄を立てなければ。自分の価値を証明しなければ。


 そんな時だ。ペイシェンスに出会ったのは。


 ──薄汚いピギー星人が真新しいジャケットを着て、高い酒を飲んでいる。自分と同じ荷運びの仕事をしていたはずの奴が、だ


 ジミーはペイシェンスの話を聞きながら、腹の底でどす黒い感情が渦巻くのを感じていた。


 虹色の鉱石。一攫千金。


 ──なんでこいつが。なんで俺じゃなくて、この豚野郎が


 それは本来、自分が手にするべき幸運だったはずだ。


 ジミーはペイシェンスを言葉巧みに誘い出し、人気のない路地裏に連れ込んだ。


 そして、仲間と共に彼を襲った。


 金を奪うだけでは気が済まなかった。


 彼の幸運そのものを、彼の未来そのものを、徹底的に破壊したかった。


 だからあんな殺し方をした。


 手足を千切り、胴体を引き裂き、顔の原型も留めないほどに。


 それはジミーなりの、不公平な世界に対する復讐だった。


 彼は自分がまた一つ、上に上がったのだと満足していた。


 君に出会うまでは。


 ◆


 埃と錆と、そして古い油の匂いが充満する廃倉庫。


 天井のトタン板の隙間から差し込む僅かな光が、床に転がる男の姿を照らし出していた。


 ジミー・ラットだ。


 彼は両手両足を拘束され、床に無様に転がされていた。


 昨夜は仲間と祝杯をあげていたはずだ。奪った金で、安い酒と女を買って、朝まで騒いでいた。


 なのに、気がついたらここにいた。


 目の前にはパイプ椅子に座り、足を組んで彼を見下ろす男がいる。


 君だ。


 君の表情は凪いでいる。


 怒りも、憎しみも、そこにはない。


 ただ、静かに彼を見つめている。


 ジミーは君の姿を見て、心臓が凍りつくような恐怖を感じた。


 殴られたわけではない。蹴られたわけでもない。拷問器具を見せつけられたわけでもない。


 だが、ジミーは生きた心地がしなかった。


 なぜなら、君の目が──


 その目は何も映していなかった。


 まるで深海の底のように暗く、そして冷たい。光を一切反射しない、虚無の瞳。


 在りし日の下層居住区(スラム)で、ろくでなし共の首を掻っ切っていた頃の君の目。


 ジミーはこれまで多くの修羅場をくぐってきた。だが、こんなにも恐ろしい目を向けられたのは初めてだった。


 君はゆっくりと立ち上がり、ジミーに近づいた。


 そして口に貼られていたガムテープを剥がした。


 乱暴にではない。むしろ丁寧な手つきで。


「……っ! てめえ、誰だ! 何しやがる!」


 ジミーは虚勢を張って叫んだ。だが、その声は震えていた。


 君は答えない。


 ただ、ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。


 そして、ゆっくりと煙を吐き出しながら言った。


「なあ、俺はよくわからねぇんだが……」


 君の声は低く、静かだった。


「なんでペイシェンスをああいう風に殺したんだ?」


 ジミーの体がびくりと震える。


「まず、理由を聞きたいとおもったんだよ」


 君は淡々と続けた。


「ペイシェンスの奴がああされるだけの理由があるなら、俺はあんたに何もしない。詫びの金も払うよ」


 ジミーは混乱した。


 こいつは何を言っているんだ? 詫びの金? 


「もし、あいつがとんでもねえ外道で、あんたの大事な人を傷つけたとか、そういう理由があるならな。俺は納得するさ」


 君は煙草の灰を床に落とした。


「正直いって、俺がペイシェンスの、なんというか、仇討ち? みたいなことをするのはどうなのかな、と思わなくもないんだ」


 君は少しだけ視線を逸らした。


「だって俺たちは単なる同僚にすぎねえんだからな」


 それは本心だった。


 君も自分のペイシェンスに対する感情がよくわかっていなかったのだ。


「でも」


 君は語を継ぐ。


「でも、あいつが俺を()()()()()()()()()()()()()()()()()


 君の声に、初めて僅かな感情が滲んだ。


 それは、後悔のような、あるいは諦めのようなそんな色をしていた。


「俺はそれが嫌じゃあなかった。俺はさ、余り人を信じられないタチなんだ」


 君は自分の過去を思い返していた。


「だから」


 君はいって、かがみこんだ。


 そしてジミーの耳をそっとつまむ。


 優しく、まるで壊れ物を扱うように。


 あの死体安置所で、ペイシェンスの耳を撫でた時と同じ手つきで。


「だからよ、いつか──あいつを友達だって思えたらいいなと思ってたんだ」


 ジミーは君の指先から伝わる冷たさに、悲鳴を上げそうになった。


 君はペイシェンスがどんなやつだったかを語り始めた。


 あの襤褸ぼろホテルでの会話を思い出す。


 身請けしたい女がいると語るペイシェンス。


 そのために危険な仕事に手を出したペイシェンス。


「あいつは夢を見てたんだ。好きな女と一緒になって、幸せに暮らすって夢をさ。馬鹿みたいな夢だけど、あいつは本気だった」


 そして、君の船での会話。


 宝を掘り当てたと喜ぶペイシェンス。


「女のことしか頭にねえような奴だったけどな。ま、別に悪い事じゃねえし、俺も女は好きだからな。なんとなく、気が合うかもと思った」


 君はジミーの耳から手を離し、立ち上がった。


「だからな、俺は少しムカついている。もしかしたら友達になれたかもしれない奴があんな風に殺されたんだ」


 君の瞳の奥で炎が揺らめいた。


 赫怒の赤ではない。


 青だ──青い炎だ。


 少し?


 ムカついている?


 とんでもない、とジミーは慄いた。


 憎悪という言葉では言い足りないほどに、この男は俺を憎んでいる──ジミーはそう思う。


「なあ、教えてくれよ」


 君は再び問いかけた。


「なんでああいう風に殺したんだ?」


 ジミーはもう限界だった。それなりに荒事を経験してきた彼だからこそ分かる──目の前の男が、すぐにでも自分をぶち殺したいと思っている事が。


「……嫉妬だ」


 ジミーは掠れた声で言った。


「あいつが、急に大金を手に入れたのが、許せなかったんだ……あんな豚野郎が、俺より先に成功するのが許せなかった……!」


 ジミーは涙を流しながら懇願した。


「た、頼む、助けてくれ! 金ならある! あいつから奪った金だ! 全部やるから、だから……!」


 君はしばらく黙っていた。


 そして。


「へ、嫉妬かよ」


 君は乾いた凄絶な笑みを浮かべた。


 いや、それを笑みと呼んでいいものか。


 君の内側に降り積もった黒い何かが、皮膚を突き破って外に漏れ出したような──そんな歪な表情だった。


 あまりにもくだらない理由。あまりにも陳腐な動機。


 そんなもののために、ペイシェンスはバラバラにされたのか。


 そう思った君の中で何かが弾けた。


 だが、それは激情となって表に出ることはなかった。


 代わりに君の表情から一切の感情が消え失せる。


 ジミーは君の笑みを見て、自分の死を悟った。


 ──こいつは、俺を殺す。何の躊躇もなく、何の感情もなく。まるで、虫けらを踏み潰すように


 君はジミーに近づいた。


 ・

 ・

 ・


 その日の晩。


 君が帰宅すると、ミラは何も言わなかった。


 君の服に付着した僅かな血痕にも、君の瞳の奥に宿る暗い炎にもミラは気づいていたはずだ。


 だが、ミラは何も尋ねなかった。


 君は無言でベッドに横たわり、思う。


 ──結局、俺は何をしたかったんだろうな


 ペイシェンスの仇を討った? 


 違う。


 君はただ、自分の感情を発散させたかっただけだ。


 降り積もった黒い何かを、吐き出したかっただけ。


 ──俺は、クズだな


 改めてそう思った。


 体が機械になっても、中身はあの頃のまま。どうしようもないろくでなし。


 君がそんな風に横たわっていると、ミラがふわりとういた。


 そして君の横に鎮座する。


 ただそれだけ。


 何かを言うわけでもなく、何かをするわけでもなく。


 ただそこにいる。


 君は黙ってミラの丸いボディを軽く撫でた。


 金属の冷たい感触が、少しだけ心地よかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「その追放、本当に正しいですか?」誤った追放、見過ごされた才能、こじれた人間関係にギルドの「編成相談窓口」の受付嬢エリーナが挑む。
果たしてエリーナは悩める冒険者たちにどんな道を示すのか?
人事コンサル・ハイファンヒューマンドラマ。
「その追放、本当に正しいですか?」

阿呆令息、ダメ令嬢。
でも取り巻きは。
「令息の取り巻きがマトモだったら」

「君を愛していない」──よくあるこのセリフを投げかけられたかわいそうな令嬢。ただ、話をよく聞いてみると全然セーフだった。
話はよく聞きましょう。
スタンダード・異世界恋愛。
「お手を拝借」

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離れることになる。
あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ“お姉さん”との思い出を捨てきれずにいた。そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、“異常領域”という怪現象に巻き込まれてしまう。鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
「お姉さんと僕」

パワハラ上司の執拗な叱責に心を病む営業マンの青年。
ある夜、彼は無数の電柱に個人の名が刻まれたおかしな場所へと迷い込み、そこで自身の名が記された電柱を発見してしまう。一方、青年を追い詰めた上司もまた──
都市伝説風もやもやホラー。
「墓標」

愛を知らなかった公爵令嬢が、人生の最後に掴んだ温もりとは。
「雪解け、花が咲く」

「このマンション、何かおかしい」──とある物件の真相を探ろうとする事故物件サイトの運営者。しかし彼はすぐに物件の背後に潜む底知れぬ悪意に気づく。
「蟲毒のハコ」

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ