11.友達
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ケージの船を後にして、僕は少しばかり感傷的な気分で夜の下層居住区を歩いていた。
新品のジャケットの感触が心地良い。鼻歌交じりに、さっきまでのケージとのやり取りを思い返す。
彼は相変わらず口が悪いし、下品だ。チンポにドリルをつけろだなんて、正気の沙汰じゃない。
でも、僕は彼のことが結構好きだ。
彼は僕のことを馬鹿にはしない──からかったりはするけど、それはなんていうか、悪意があるわけじゃないんだ。少なくとも僕はそう思ってる。
僕があの地獄みたいな鉱山で宝を掘り当てたって話をした時も、彼は腹の底から笑って、僕の背中をバンバン叩いて喜んでくれた。
「これでヤクザの財布から、ちょっとリッチなヤクザの財布に昇格だな!」なんてのは悪口なんかじゃあない。
友達、だと思う。あっちはどう思っているかはわからないけれど、僕は友達だと思ってる。この掃き溜めみたいな下層居住区で、こんな風に打算抜きで付き合える奴は珍しい。
僕の母星じゃあ、こうはいかなかった。
ピギー星人の多くはそりゃもう真面目だ。真面目であることが美徳とされている。勤勉、実直、質素倹約。朝から晩まで汗水たらして働き、家族を養い、社会に貢献する。それがピギー星人のあるべき姿だ。
でも、僕は違った。
僕は働くよりも遊ぶのが好きだったし、何より女が好きだ。柔らかい肌、甘い匂い、潤んだ瞳。そういうものに目がない。暇さえあれば女の子のお尻を追いかけ回していた。
だから僕は、母星では完全な落ちこぼれだった。
みんなが額に汗して鉱石を掘っている時に、僕は隣町のバーでウェイトレスを口説いていた。当然、周囲の目は冷たい。親族会議が開かれて、僕の不真面目さが延々と糾弾されたことも一度や二度じゃない。
「お前はピギー星人の恥だ」「少しは真面目に生きろ」「そのだらしない性根を叩き直せ」
そんな言葉を浴びせられるたびに、僕の心はどんどん縮こまっていった。
真面目に生きるってなんだよ。僕は僕の好きなように生きたいだけなのに。なんでそれが許されないんだ?
結局、僕は居づらくなって星を出てきた。そしてこの惑星C66に流れ着いたわけだけど、ここでも色々あった。女に騙されて借金を背負ったり、危ない橋を渡ったり。ゴッチ・ファミリーの世話になる羽目になったのも、元はと言えば女絡みのトラブルが原因だ。
でも、今回の件で少しは報われた気がする。僕のこの優れた嗅覚が、僕の人生を少しだけ良い方向に導いてくれたんだ。
僕はクレジットの残高を確かめた。安物の端末だからセキュリティもちょっと心配だ。生体認証も大分型遅れだったりする。今度買い換えないと。
まあ今夜は少し贅沢をしよう。不真面目で楽しい夜を過ごすんだ。
◆
僕が向かったのは、下層居住区の中でも多少はマシな店、「ゴールデン・ナゲット」だった。ネオンサインが半分壊れかかっているが、それでも店内はそれなりに清潔で、酒も工業用アルコールを水で割ったような代物じゃない。
ボックス席に座ると、すぐにアースタイプの女の子が近づいてきた。露出の多い服を着ているが、笑顔は可愛らしい。
「いらっしゃいませー。お兄さん、一人?」
「ああ。一番高いシャンパンを頼むよ。それと、君も一緒に飲まないかい?」
僕は気前よく笑いかけた。女の子は少し驚いた顔をしたが、すぐにプロの笑顔で僕の隣に座った。
「わあ、嬉しい! お兄さん、太っ腹だね」
僕は女の子に酒を酌してもらいながら、他愛もない話で盛り上がった。僕の新しいジャケットを褒めてくれたり、僕の金の指輪を見て「素敵ね、成功者の証って感じ」なんて言ってくれたり。お世辞だと分かっていても、悪い気はしない。
ああ、これだよ、これ。僕が求めていたのはこういう時間なんだ。女の子と楽しく酒を飲んで、ちやほやされる。最高じゃないか。
気分が良くなってきた頃、隣のテーブルから声がかかった。
「よう、ペイシェンスじゃねえか。随分と羽振りがいいじゃねえか」
見ると、そこには顔見知りのアースタイプの男が座っていた。名前は確か……忘れた。何度かドックの荷運びの仕事で一緒になったことがある奴だ。薄汚い作業着を着て、目は少し血走っている。いつも金に困っているような顔をしていた。
「まあ、ちょっとした臨時収入があってね」
僕は少し得意げに答えた。
「臨時収入? まさかまた女に貢がせたのか? それともヤバい仕事でもしたか?」
男は下卑た笑いを浮かべる。相変わらず失礼な奴だ。
「違うよ。僕はそんなことはしないさ。実は、とある惑星でちょっとしたお宝を拾ったんだ」
僕は隠す必要もないと思い、例の虹色の鉱石の話をかいつまんで話した。男は目を丸くして僕の話を聞いていた。
「そりゃすげえな。お前、そんな運があったのか」
「まあね。どうだい、一杯奢るよ」
僕は男に酒を勧めた。男は喜んで僕たちのテーブルに移動し、僕たちはしばらくの間くだらない話で盛り上がった。
酒が進むにつれて、僕の気分はどんどん大きくなっていった。僕はこの街で一番の成功者になったような気分だった。周りの客も、僕のことを羨望の眼差しで見ているような気がした。
やがて、僕は勘定を済ませて店を出た。女の子に多めのチップを渡すと、彼女は満面の笑みで僕を見送ってくれた。
外の空気は少し冷たかったが、酒で火照った体には心地よかった。
僕は上機嫌で夜道を歩き始めた。
この金で何をするか。まずは身の回りのものを揃えて、それから……そうだ、もっといい部屋に引っ越すのも悪くない。
僕の頭の中は、明るい未来の計画でいっぱいだった。
そして店を出て、角を曲がったところで──僕は足を止めた。
暗がりに、複数の人影が見えた気がしたからだ。
◆
翌朝。
君はコックピットの椅子で目を覚ました。どうやら昨夜はペイシェンスが帰った後、そのまま寝落ちしてしまったらしい。
食べかけのレッド・ジュエルがコンソールの上に転がっている。君はそれを手に取り、ぼんやりと眺めた。味はしないが、シャリシャリとした食感のデータだけが脳に送られてくる。
──ペイシェンスの奴、本当にやったんだな
少し羨ましいような気もするが、素直に祝福したい気持ちの方が大きかった。
君がそんなことを考えながら、早く手術代を貯めないと、と改めて決意を固めていた時だった。
不意に手元の端末が振動した。着信だ。
画面を確認すると、そこには見覚えのある名前が表示されていた。
「アロンソ……」
ゴッチ・ファミリーのヤクザ者だ。君との関係は可もなく不可もなくといった所だろう。
──でもよ
君は嫌な予感を覚えながらも、通信回線を開く。
『よう、ケージ。朝っぱらからすまねえな』
モニターに映ったアロンソの声は低く、少し掠れていた。その背景には薄暗い路地が映っている。
『至急話したい事がある。直接あって話したい。いいか?』




