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10.ペイシェンスの訪問

 ◆


 君はコックピットの椅子に深く腰掛け、機能しない計器パネルを満足げに眺めていた。


「全艦に通達。これより本艦は未知の宙域へとワープする。各員、衝撃に備えよ」


 君は艦長になりきって、偉そうに命令を下す。


 もちろんこの船に君とミラ以外の乗組員はいない。


『ケージ、来客です』


 充電ユニットから離れたミラが、ふわりと君の隣に浮かび上がった。


 艦長ごっこには一言も触れない──君のしょうもない一人遊びにもう慣れているのだ。


「おう、来たか」


 君は艦長ごっこを中断し、エントランスのモニターを確認する。


 そこには見慣れた豚の姿が映っていた。


 ◆


「ようこそ、俺の船へ」


 君はハッチを開け、芝居がかった仕草でペイシェンスを招き入れる。


 ペイシェンスは少し気まずそうにしながらも、物珍しそうに室内を見回した。


「すごいね……本当に宇宙船なんだ」


 君が注目したのはペイシェンスの服装だった。


 以前会った時の薄汚れた作業着とは違い、仕立ての良さそうなジャケットを羽織っている。


 生地には上品な光沢があり、下層の露店で売っているような安物でないことは一目で分かった。


「んん? ずいぶん良い格好してるじゃねえか」


 怪訝そうに君が言うと、ペイシェンスは照れくさそうに鼻を鳴らした。


「まあ、ちょっとね。あ、これ、お土産」


 そう言ってペイシェンスが差し出したのは、見事な赤いリンゴだった。


 手のひらにずっしりと重く、表面は磨き上げた宝石のように艶やかな光沢を放っている。


 これは、と君は目を見開いた。


「レッド・ジュエルか。こりゃまた奮発したな」


『下層居住区ではまず手に入らない高級品ですね。エデン・シンセティクス社が、宇宙開拓時代における各コロニーの上層・中層居住区の富裕層に向け、「故郷である地球の豊かさ」と「手の届く贅沢」の象徴として開発した最高級遺伝子組み換えリンゴです』


 ミラが付け加える。


「ご丁寧にどうも」


 言いながら君はリンゴを受け取り、いぶかしげにペイシェンスを見た。


「どうしたんだよ、急に。どっかの果物屋でも襲ったのか?」


「違うよ!」


 ペイシェンスは慌てて首を横に振る。


 そして少し誇らしげに胸を張った。


「この前の採掘の仕事でさ、ちょっとしたお宝を見つけちゃって」


 ペイシェンスは例の地獄のような鉱山での出来事を語り始めた。


 軍曹の理不尽なしごき、不安定な鉱石、そしてダイナマイト・マイニング。


 その中で彼が嗅ぎ当てた虹色の鉱石の話だった。


「それをこっそり持ち帰って、専門の業者に売ったんだ。そしたら、これが結構な額になってね」


 見ればペイシェンスの指には、趣味の悪い金の指輪まで光っている。


「ゴッチ・ファミリーへの上納金を払っても、まだ有り余るくらいさ」


 その言葉を聞いて、君は腹の底から笑い出した。


「ぶははははは! やったじゃねえか、お前!」


 君はペイシェンスの背中をバンバンと力強く叩く。


 叩かれるたびに、ペイシェンスの体がぶひぶひと揺れた。


「これでヤクザの財布から、ちょっとリッチなヤクザの財布に昇格だな!」


「ひどい言い草だね……」


 ペイシェンスは文句を言いつつも、まんざらでもない様子だった。


 ◆


「それにしても、このリンゴどうするかな」


 君はレッド・ジュエルを光にかざしながら言った。


「皮ごと丸かじりが一番おいしいらしいよ」


「もったいねえな。いっそ酒にでも漬け込んで、最強のリンゴ酒を造るとか」


『アルコール度数98%の工業用アルコールに漬ければ、3時間で完成します。ただし飲用はお勧めしません』


 ミラが真顔で危険なレシピを提案してくるが君は無視した。


「あとは……そうだな、皮を乾燥させて細かく砕いてさ、パイプに詰めて吸ったらどうなるかな? 案外キマるかもしれねえぞ」


「やめてよ! ちゃんと味わってよ」


 ペイシェンスが必死に止める。


 ちなみにペイシェンスは君の体の事情を知らない。


 君はケラケラと笑いながら、リンゴに大きくかぶりついた。


 シャリ、と軽快な音が響く。


 味は分からない。


 だが、君の味覚センサーが膨大なデータを脳へと送ってきた。


 糖度、酸味、香り成分、果肉の密度。


「どう? ってまあ僕も一つ食べたんだけど。美味しかったよ」


「……そうだな、うん、美味い!」


 君は空気を読むのも得意だった。


 ◆


「で、その金で何するんだ? また女か?」


 君がニヤニヤしながら尋ねると、ペイシェンスは顔を真っ青にして首を振った。


「もう女はこりごりだよ……。散々な目に遭ったからね」


「じゃあ何だよ。まさか堅実に貯金とか言うなよ」


「うーん、とりあえず身の回りのものを新しくしようかなって。服とか、家具とか」


「つまんねえな。どうせならパーッと使っちまえよ。そうだ、チンポの改造でもしたらどうだ? ドリル付きモデルがあるらしいぜ。女が失神するくらい気持ちいいって評判だ」


「やだよ! なにいってんだよ!」


 ペイシェンスが顔を真っ赤にして怒鳴る。


『その情報はMYUTUBEのゴシップチャンネル「HEM」が発信源です。信憑性は極めて低いと判断されます』


 「HEM」は地球の旧中華圏で起業された雑貨を取り扱う企業のブランドが運営する販促番組である。


 安かろう悪かろうを地でいくスタイルで、良くも悪くもその名を銀河系中に轟かせている。


 ミラの補足に、君は「なんだ、ガセか」と肩をすくめた。


 そんなこんなで君とペイシェンスは簡単な近況報告としょうもない愚談──やれ、なんとか星人のチンポはでかいだとか、どこぞの店のナントカとかいう嬢のおっぱいが12個あっただとか、そんな話をして時を過ごした。


 そうして夕方になり、ペイシェンスは「また来るよ」と言って帰っていく。


 一人になった君は、食べかけのレッド・ジュエルを手に取った。


 そしてもう一口かじる──やはり味はしない。


 君は舌打ちをして、早く手術代を貯めなきゃなあなどと思う。


 データでどんな味かは理解出来るのだが、それは食物を味わう云々とはまた別の話なのだ。

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