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閑話.ペイシェンスのお死事

 ◆


 君がやれ内見だ家具がどうだとあれこれしている頃、君の知り合いである豚──ペイシェンスは、地獄の釜の底でツルハシを振るっていた。


 彼のいる場所は惑星V22──「クリスタル・グラウンド」。


 その名の通り、地表のほとんどが水晶化した硬い岩盤で覆われた鉱山惑星である。


 そしてペイシェンスが請け負った仕事は、この星の地下深くに眠る「高純度エネルギー鉱石」の採掘だった。


 『集団での岩石採掘、危険度は低い』


 少なくとも募集要項にはそう書かれていた。


 だが、現実は少し、いや、かなり違っていた。


「おい、そこの豚! 手が止まってるぞ! 腕が疲れたなら足を使え! 足が駄目なら鼻を使え! お前の鼻は飾りか!」


 怒声が洞窟内に反響する。


 声の主は現場監督のサイボーグ、通称「軍曹」だ。


 首から下は完全に機械化され、右腕はプラズマカッター、左腕は削岩ドリルに換装されている。


 その赤いモノアイが光るたびに、労働者たちの背筋が凍りついた。


「は、はいぃぃ!」


 ペイシェンスは悲鳴に近い返事をしながら、必死にツルハシを振り下ろす。


 カキン、と硬い音がして、手に痺れるような衝撃が走った。


 水晶化した岩盤はそこらの合金よりもよほど硬い。


「軍曹! なんでドリルを使わせてくれないんですか!」


 同僚の一人、腕が四本ある外星人が涙ながらに訴える。


 洞窟の隅には最新鋭の大型採掘ドリルが鎮座しているというのに、彼らは原始的なツルハシで手掘りをさせられていた。


「馬鹿者めが!」


 軍曹のモノアイが閃光を放つ。


「最新鋭のドリルはあまりに繊細だ! この星のデリケートな鉱脈を傷つけてしまうだろうが! 鉱石の価値が下がる! 貴様の給料から天引きされたいか!」


 もっともらしい理由だが、本当はただのコスト削減である。


 ドリルの燃料代とメンテナンス費用をケチっているだけなのだ。


 もちろん、そんな本音を口にする者は誰もいない。


 給料から天引きされるのは、誰だって嫌だからだ。


 ◆


「よし、そこまで! 採掘した鉱石をトロッコに積め! 二人一組だ!」


 軍曹の号令で、労働者たちは泥のように疲れ切った体を引きずりながら作業に取り掛かる。


 ペイシェンスのパートナーになったのは、全身が爬虫類のような鱗で覆われた男だった。


 男は舌をチロチロさせながら、無言で鉱石をトロッコに放り込んでいく。


 この鉱石がまた厄介な代物だった。


 高純度のエネルギーを内包しているため、極めて不安定なのだ。


 少し強い衝撃を与えただけで、小規模な爆発を起こす。


「おい、丁寧に扱えよ!」


 ペイシェンスが注意するが、爬虫類の男は聞く耳を持たない。


 ガコン、と無造作に鉱石を投げ込んだ瞬間。


 ボンッ!


 小さな爆発が起き、爬虫類の男の顔が煤で真っ黒になった。


 眉毛が綺麗に燃え尽きている。


 男はしばらく呆然としていたが、やがてペイシェンスに向かって牙を剥いた。


「てめえのせいだ!」


「僕のせいじゃないよ!」


「うるせえ! だいたい豚のくせに指図すんじゃねえ!」


 掴み合いの喧嘩が始まりそうになった、その時。


「貴様ら、何をしている」


 地を這うような低い声。


 振り返ると、赤いモノアイがすぐそこにいた。


「……いえ、何も」


「チームワークの重要性について再教育が必要なようだな」


 軍曹はそう言うと、爬虫類の男の頭を鷲掴みにし、そのまま持ち上げる。


「ひっ……」


「お前たちは二人で一つだ。相方がミスをすれば、それはお前のミスでもある。連帯責任の意味、分かるか?」


 軍曹はそう言いながら、爬虫類の男をペイシェンスの頭上でぶらぶらと揺らし始めた。


「わ、分かりました! もうしません!」


「よろしい」


 軍曹は男を床に落とすと、今度はペイシェンスの方を向いた。


「いいか豚。次は貴様の番だ。分かったな」


「は、はいぃぃ……」


 ペイシェンスは泣きそうになりながら頷いた。


 隣では、煤まみれの爬虫類の男が「ごめん……」と小さな声で謝っていた。


 奇しくも、この理不尽な共同作業は二人の間に奇妙な連帯感を生み出したのである。


 ◆


 昼休憩。


 時間はきっかり3分。


 支給されたのは「プロテイン・ブロック」と書かれた灰色の塊だった。


 ペイシェンスはおそるおそるそれを口に運ぶ。


 味は、湿って埃っぽい段ボール。


 栄養値は一応ある──とされている。


 まあよく言えば豚の餌である。


 「水は……」


 見回すが、ウォーターサーバーの類は見当たらない。


「水ならそこだろうが」


 同僚の一人が、洞窟の壁から滴り落ちる液体を指差した。


 緑色に濁り、明らかに有害な何かが混じっているように見える。


「この惑星から滲み出る命の水──ミネラルウォーターだ。ありがたく飲め」


 いつの間にか背後に立っていた軍曹が言った。


 誰もその水に口をつけようとはしなかった。


 ペイシェンスは、持参した水筒の水をちびちびと飲む。


 この水が尽きたら、自分もあの緑色の液体を飲むことになるのだろうか。


 そう考えると、プロテイン・ブロックが喉を通らなくなった。


 トイレは「そのへんで済ませろ」とのことだったので、洞窟の隅はアンモニア臭が立ち込めている。


 まさに地獄だった。


 ◆


 午後の作業は鉱石の選別だった。


 しかも作業場所は、猛毒のガスが間欠泉のように噴き出す危険な洞窟エリアだ。


「防護服を支給する! 各自着用しろ!」


 軍曹が投げ渡したのは、どう見ても中古のボロボロな防護服だった。


 ペイシェンスが受け取った服には、脇腹のあたりにクッキリとした穴が空いている。


「ぐ、軍曹! これ、穴が……」


「気にするな! 毒ガスも気合で吸わなければただの空気だ!」


 もはや何を言っているのか分からない。


 だが逆らうことは死を意味する。


 実際、軍曹にとっては低級の事業団員が何人死んだところでどうでもいいのだ。


 ペイシェンスは覚悟を決めて防護服を着込んだ。


 ピギー星人特有の優れた嗅覚が、かすかなガスの匂いを捉えている。


 ──この匂いの濃さ……多分、吸ったら3秒で死ぬやつだ


 ペイシェンスは必死に息を止め、穴の空いた部分を掌で押さえながら作業を始めた。


 噴き出すガスの合間を縫って、鉱石の純度をスキャナーで確認していく。


 隣では、運悪くガスの直撃を受けた労働者が泡を吹いて倒れた。


 軍曹はそれを一瞥すると、「根性のない奴め」と吐き捨て、倒れた男をプラズマカッターで洞窟の壁ごと焼き切って埋めてしまった。


 証拠隠滅が早すぎる。


 ◆


 その日のノルマが終わる頃には、労働者は最初の半分に減っていた。


 生き残った者たちは息も絶え絶えであった。


「よし、本日の作業は終了だ! だがノルマには程遠い!」


 軍曹の言葉に、ペイシェンスの心臓が跳ねた。


「そこでだ! 明日は最終手段を用いる!」


 軍曹が取り出したのは、大量の不安定な爆薬だった。


「これらを鉱脈に直接仕掛け、一気に採掘──『ダイナマイト・マイニング』を行う!」


 労働者たちの顔から血の気が引いた。


 ただでさえ不安定な鉱脈に、爆薬を仕掛けるなど狂気の沙汰だ。


 誘爆して洞窟ごと吹き飛ぶ可能性が高い。


「設置係だが……そこの豚、お前がやれ」


 軍曹がペイシェンスを指差した。


「な、なんで僕が!?」


「ピギー星人は手先が器用だと聞いている。それに、鼻も利くそうじゃないか。爆薬の不発なんかも匂いで分かるかもしれん」


 無茶苦茶な理屈だった。


 だが、ペイシェンスに拒否権はなかった。


 翌日、ペイシェンスは震える手で爆薬を抱え、鉱脈の亀裂へと向かった。


 いつ爆発するか分からない鉱石と、いつ爆発するか分からない爆薬。


 ダブルでデンジャラスな状況に、ペイシェンスは故郷の母の顔を思い出していた。


「……ケージなら、こういう時どうするだろう」


 ふと、あの飄々とした男の顔が浮かぶ。


 きっと彼はヘラヘラ笑いながら、「ギャンブルみてえで面白えじゃねえか」とでも言うのだろう。


 そう考えると、不思議と少しだけ勇気が湧いてきた。


「ようし……やってやる!」


 ペイシェンスは意を決して、爆薬を仕掛け始めた。


 その時、彼の鼻が何かを捉えた。


 爆薬の匂いでも、毒ガスの匂いでもない。


 もっと甘く、芳醇な……お宝の匂いだ。


 ピギー星人の中には、時折、鉱石や希少金属のありかを嗅ぎ分ける特殊な能力を持つ者がいる。


 ペイシェンスもその一人だったのだ。


 彼は爆薬を仕掛けるふりをしながら、慎重に匂いの源を探る。


 そして、見つけた。


 壁の亀裂の奥で、拳大の鉱石が淡い虹色の光を放っている。


 見たこともない美しい鉱石だった。


 ペイシェンスは素早くそれを懐にしまうと、何食わぬ顔で設置作業を終えた。


「軍曹! 設置完了しました!」


「よし! 全員退避! 爆破するぞ!」


 全員が安全な場所まで退避し、軍曹が起爆スイッチを押す。


 数秒の沈黙の後、地響きと共に巨大な爆発が洞窟を揺るがした。


 ペイシェンスが予想した通り、誘爆が次々と起こり、洞窟は崩落し始める。


「うわあああ!」


 悲鳴を上げて逃げ惑う労働者たち。


 しかしペイシェンスは冷静だった。


 彼は再びお宝の匂いを頼りに、安全な亀裂を見つけ出し、そこへ飛び込む。


 数分後、崩落が収まった頃、ペイシェンスは埃まみれで外へ這い出した。


 洞窟は半壊し、瓦礫の山と化していた。


 しかし軍曹は腕を組み、満足げに頷いている。


「うむ。これだけ鉱石が露出していれば上々だ。犠牲者は出たが、まあ必要経費だろう」


 心身ともにボロボロになったペイシェンスだったが、懐の中にしまい込んだ宝石を思うと不思議と口の端に笑みが浮かぶのだった。



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