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★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)  作者: 埴輪庭


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8.物件

 ◆


 結局、君はペイシェンスが指差した「元宇宙船改造アパート」が妙に頭から離れず、いくつかの候補の中から本命として内見の予約を入れることにした。


 退去まで一か月あるとはいえ、ぐずぐずしている時間は無い。


 君の人生哲学は「思い立ったが吉日、面倒なことは後回し」である。


「ミラ、悪いけどこの物件、内見の予約しといてくれ。明日の午後あたりで」


 君が端末をミラに渡しながら言うと、ミラは黙って受け取り、数秒で予約手続きを完了させた。


 仕事が早い。


『予約、完了しました。ところでケージ』


「なんだい?」


『あなたが候補に挙げた物件の8割が、ザッパーさんの現在のアパートメントから半径1キロ圏内に集中していますが、これは偶然ですか?』


 ミラのモノ・アイが、じっと君を見つめている。


 その無機質なレンズの奥に、何かを探るような光が宿っているように見えた。


 君は思わず口笛を吹き、明後日の方向を見ながら答える。


「た、たまたまだよ。立地がいいんだろ、あの辺は。そう、きっとそうだ」


『なるほど。偶然にしては確率が天文学的に低いですが、ケージの運の良さを考慮すればあり得る事象かもしれませんね』


「だろ?」


 君は胸を張る。


 ミラはそれ以上何も言わなかった。


 ◆


 翌日の午後、君は指定された待ち合わせ場所にいた。


 中層居住区の比較的静かなエリアだ。


 目の前には地面に突き刺さるようにして鎮座する古びた宇宙船が見える。


 あれが内見予定の物件だろう。


「思ったよりボロいな……」


 船体は所々錆びつき、塗装も剥げ落ちている。


 本当に人が住めるのか、一抹の不安がよぎった。


 その時、背後からやたらと陽気な声が聞こえてきた。


「お待ちしておりました! ケージ様ですねッ!?」


 振り返ると、そこに立っていたのはタコだった。


 正確には、タコのような頭部を持つ外星人だ。


 スーツをきっちり着込んでいるが、頭からは8本の触手がにょろにょろと生えている。


 そのうちの4本で器用に複数の端末を操作し、残りの4本で大げさな身振り手振りをしていた。


「私、『オクトパス・リアルティ』のタコダと申します! 本日はお客様を最高の物件にご案内しますよ! まさに運命の出会い! 宇宙の奇跡です!」


 異様なテンションの高さに、君は若干引き気味だった。


「あ、ああ。よろしく」


「さあさあ、こちらへ! 百聞は一見にしかず! その目で我が社の誇るリノベーション技術の結晶をご覧ください!」


 タコダは触手の一本で君の背中をポンと叩き、宇宙船へと案内する。


 ちなみにザッパーのアパートメントは、この場所から歩いて5分ほどの距離にあった。


 本当に、ただの偶然である。


 ◆


「どうです! このヴィンテージ感溢れる外観! 歴史を感じさせますでしょう!?」


 タコダが胸を張る。


「まあ、ボロいとも言うけどな」


「ノンノン! お客様、それは違います! これは"味"ですよ、"味"!」


 タコダはハッチの横にある認証パネルに触手をかざす。


 プシュー、と音を立てて扉が開いた。


 船内に入ると、外観とは裏腹に中は驚くほど綺麗だった。


 壁も床も真新しく、LED照明が明るく室内を照らしている。


「内装はフルリフォーム済み! まさに新築同様です!」


「へえ、悪くないな」


 君が感心していると、タコダはリビングと思しき空間を指差した。


「そしてこちらがメインルーム! なんと、コックピットがそのまま残っております!」


 そこには確かに、旧式の操縦席と計器パネルが鎮座していた。


「夜にはこの窓から星空を眺めながら、銀河を駆るパイロット気分を味わえますよ! ロマンでしょう!?」


「ロマン……ロマンかな? ロマンかも……」


「さらにこのボタンを押すと!」


 タコダが楽しそうにパネルのボタンを押す。


『警告、警告。当機はまもなく隕石群に突入します。乗員は衝撃に備えてください』


 無機質なアナウンスが船内に響き渡った。


「……ジョーク機能です! ウケるでしょう!?」


 君は無言で首を横に振った。


 ◆


 タコダはめげることなく、次の部屋へと案内する。


「こちらは貨物室を改装した、広々としたウォークインクローゼットです!」


 確かにだだっ広い。


 だが、天井の隅に何かが張り付いていた。


 半透明のゲル状の物体が、ゆっくりと脈動している。


「……あれは何だ?」


「ああ、あれですか? 前の住人の方が残していかれたペットです! おとなしくて可愛いですよ! たまに天井からポタリと粘液を垂らしますが、それもご愛嬌!」


「いらねえよ」


 君は即答した。


 タコダは「そうですか、残念! では居住日までに処分しておきますね!」と言って、今後は寝室、バスルームと次々に案内していく。


 どれも綺麗にリフォームされているが、どこか宇宙船の名残が感じられる。


 例えばバスルームのシャワーは、節水を極めた軍用仕様だったり、寝室の窓が妙に分厚い強化ガラスだったり。


「なかなか面白い物件だな」


 本心だ。


 秘密基地のようで、君の子供心がくすぐられていた。


「でしょう!? 気に入っていただけましたか!?」


「まあな。ここに決めるわ」


 君の言葉に、タコダの触手が喜びでうねうねと踊り出した。


「ありがとうございます! では早速契約を!」


 ◆


 契約手続きはタコダが操作する端末であっという間に終わった。


 君は新しいカードキーを受け取る。


「ところで家具なんだが」


「はいはい! お任せください!」


「面倒だから、全部そっちで揃えてくれ。いい感じに頼む」


 君がそう言うと、タコダはニヤリと笑った。


 その口元まで触手が伸びているように見えた。


「お任せください! 我が社が誇る『宇宙的センス・インテリアコーディネートパック』で、お客様のお部屋を完璧に仕上げてみせます! もちろん、お値段も少々宇宙的ですがね!」


「……いくらだ?」


 提示された金額に君は一瞬眩暈がしたが、もはや後には引けなかった。


 君という男は生来根が見栄坊にできているのだ。


「……それで頼む」


「毎度ありー!」


 タコダは上機嫌で触手を振り回していた。


 ◆


 帰り道、君は新しいカードキーを弄びながら、新しい生活に思いを馳せていた。


『ケージ、本当にあの物件で良かったのですか?』


 ミラが心配そうに尋ねる。


「いいんだよ。ちょっと変わってるくらいが面白いだろ」


『ザッパーさんのアパートまで徒歩5分ですが、それも本当に偶然ですか?』


 ミラの再度の問いに、君は空を見上げた。


 中層居住区の人工太陽が、眩しく輝いている。


「……今日はいい天気だな」


 君は全く関係ないことを言ってごまかした。


 ・

 ・

 ・


 中層居住区──それは下層の泥沼から這い上がってきた叩き上げと、上層から滑り落ちてきた元エリートが肩を並べる奇妙な階層社会。危険任務を生き延びた褒美か、転落の一時停止か。また、中層の住み心地は監視カメラの数と反比例し、銀行残高と正比例する事も忘れてはならない。

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