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5. 豚

 ◆


 中層居住区の片隅にある「テラフォーム」は、多種族対応レストランとしてはそこそこの評判を得ている店だった。


 店内の照明は暖色系で統一され、壁には惑星各地の風景写真がホログラムで投影されている。


 君とザッパーは窓際の席に座っていた。


 テーブルの上には、それぞれの種族に合わせた料理が並んでいる。


 君の前には合成肉のグリルステーキ。


 濃厚なソースがたっぷりとかけられ、付け合わせの野菜も彩り豊かだ。


 香ばしい匂いが立ち上っている──らしい。


 君にはその匂いを感じることはできないが。


 まあデータとしては理解は出来る。


 一方、ザッパーの前にはメタノイド用の特別メニューが置かれていた。


 液体金属のスープ、細かく刻まれた鉄片のサラダ、そしてメインディッシュはクロム合金のステーキだ。


 君はナイフとフォークで肉を切り分ける。


 断面から肉汁が溢れ出し、皿の上に小さな池を作った。


 一口大に切った肉を口に運ぶ。


 咀嚼する。


 飲み込む。


 それだけの作業だった。


 味は分からない。


 ただ、食感だけは感じ取れる。


 柔らかく、わずかに弾力がある。


 ザッパーは液体金属のスープをスプーンですくい、口に運んだ。


 彼女の喉が動くと、微かに金属音が響く。


「そういえば、あの奴隷船の件はどうなったんだ?」


 君は気になっていた事を尋ねた。


「ええ、無事に解決しました」


 ザッパーは鉄片のサラダをフォークで突き刺しながら答える。


 カリカリと音を立てて咀嚼する様子は、どこか可愛らしくもある。


「捕獲されていた外星人たちは全員解放されました」


「そりゃよかった」


 君は付け合わせの野菜を口に運ぶ。


 シャキシャキとした歯ごたえだけが伝わってくる。


「中にはアンドロメダ系の希少種もいたそうです」


 ザッパーの言葉に君は眉を上げた。


「希少種か。高値で売れただろうな」


「ケージ」


 ザッパーが少し非難めいた声を出す。


「冗談だよ」


 君は苦笑しながら手を振った。


 ◆


 ザッパーはクロム合金のステーキにナイフを入れる。


 金属同士が擦れ合う高い音が響いた。


 切り分けられた一片を口に運び、ゆっくりと咀嚼する。


「最近は護衛の仕事が増えています」


 ザッパーが唐突に言った。


「へえ、景気がいいんだな」


「いえ、そういうわけではありません」


 彼女は首を横に振る。


「連合政府内での勢力争いが激化しているようです」


 君は水を一口飲む──もちろん、味はしない。


「物騒な話だな」


「ええ。特に最近は暗殺という手段が多く取られるようになってきました」


 ザッパーの表情が曇る。


「タチが悪いのは、直接手を下すのではなく別の組織を挟んでいることです」


「代理戦争みたいなもんか」


 君の言葉にザッパーは頷いた。


「そうです。表向きは民間の護衛会社や傭兵団を使って、実際は政治的な思惑が絡んでいる」


 君は肉を咀嚼しながら考える。


 連合政府の腐敗は今に始まったことではない。


 だがそれが表面化してきているということは、状況がかなり切迫しているということだ。


「君も巻き込まれる可能性があるな」


「心配してくれるんですか?」


 ザッパーが微かに微笑む。


「当たり前だろ」


 君は素っ気なく答えながら、内心では本気で心配していた。


 ◆


 食事が進むにつれ、二人の会話も弾んでいく。


 ザッパーは仕事の詳細を語り始めた。


「先週は惑星S13の貿易商の護衛でした」


「どんな奴だった?」


「表向きは普通の商人でしたが……」


 ザッパーは声を潜める。


「おそらく急進派の息がかかっていたと思います」


「根拠は?」


「護衛中、商人が個室で通信していた時のことです。ドア越しでしたが、私の聴覚センサーが音声の一部を拾いました」


 ザッパーの金属質の耳が微かに動く。


 メタノイドの聴覚センサーは振動を金属結晶の共鳴で増幅する仕組みになっている。


 人間の鼓膜とは比較にならない精度で音を拾えるのだ。


「内容は?」


「断片的でしたが、軍事用の符牒を使っていました。それと『貨物』という言葉を何度も」


 民間人が軍事暗号を使う理由など一つしかない。


 何か後ろ暗いことをしているということだ。


「余計なことに首を突っ込むなよ」


 君は真剣な声で言った。


「そういう連中は容赦しないからな」


「分かっています」


 ザッパーは素直に頷く。


「でも、完全に避けることは難しいです」


 それもまた事実だった。


 護衛という仕事の性質上、依頼主の素性を完全に把握することは不可能だ。


「できるだけ危険な仕事は受けるなよ」


「はい」


 ザッパーの返事は素直だったが、君には彼女の性格が分かっている。


 一度引き受けた仕事は最後までやり遂げる。


 それが彼女の信条だ。


 だから付け加えた。


「何か臭い依頼があったら──まあそうだな、どうしても受けるってんなら俺も付き合うぜ」


 君はそう言ってニヒルに笑った。


 ──何某かの陰謀を暴くなんてことはできねぇが、無茶苦茶やって何もかも台無しにするくらいなら出来そうだからな


 それが君の考えである。


 ◆


 デザートが運ばれてきた。


 君の前には色とりどりのフルーツタルト。


 ザッパーの前には磨き上げられた金属球のアイスクリームだ。


 要するに冷やした金属である。


 君はフォークでタルトを崩しながら、機械的に口に運ぶ。


 甘いのか酸っぱいのか、全く分からない。


 ただ、舌の上で溶けていく感触だけが伝わってくる。


「そういえばケージは?」


 ザッパーがレーザー・スプーンでアイスクリームを削りながら尋ねる。


「最近の仕事はどうですか?」


「まあまあだな」


 君は曖昧に答える。


「ランクも上がったし、報酬も増えてきた」


「それは良かったです」


 ザッパーの声には安堵の色が滲んでいる。


「でも無理はしないでくださいね」


「分かってるって」


 君は苦笑しながら、残りのタルトを平らげた。


 ◆


 食事を終え、会計を済ませると二人は店を出た。


 外はすでに夕日が街を赤く染めている。


「今日はありがとうございました」


 ザッパーが礼を言う。


「こっちこそ」


 君は照れくさそうに頭を掻いた。


 しばらくの沈黙の後、ザッパーが口を開く。


「ケージ、今夜は……」


 彼女は少し言いよどんでから続けた。


「私の家に泊まっていきますか?」


 その提案に君は一瞬心が揺れる。


 だが──


「悪い、今日はちょっとやることがあってな」


 君は申し訳なさそうに断った。


「そうですか」


 ザッパーの声に僅かな寂しさが滲む。


「また今度な」


「ええ、また」


 二人は店の前で別れの挨拶を交わす。


 ザッパーが去っていく背中を見送りながら、君は複雑な気持ちになった。


 本当は一緒にいたい。


 だが、今は仕事のことで頭がいっぱいだった。


 ◆


 襤褸ホテルへの帰り道、君は鼻歌を歌っていた。


 最近ランクが上がって報酬が増えている。


 このペースなら、生身の体に戻るという目標も夢ではない。


 やる気が湧いてくるのも当然だった。


 次はどんな依頼を受けようか。


 できれば珍しいものが見られる仕事がいい。


 白鯨のような巨大生物。


 精神感応植物のような不思議な存在。


 そういった未知との遭遇が、君の冒険心をくすぐるのだ。


 部屋に戻ると、ミラが充電ユニットから離れて浮遊していた。


『お帰りなさい、ケージ』


「ただいま」


 君はベッドに腰を下ろしながら端末を取り出す。


「新しい依頼、何か面白そうなのはあるか?」


『いくつか候補をピックアップしておきました』


 ミラが端末に情報を転送する。


 画面には様々な依頼がリストアップされていた。


 ◆


『まず、惑星V44の氷河調査です』


 ミラが説明を始める。


『極寒の環境下で、氷の中に閉じ込められた古代生物のサンプルを採取する任務です』


「ロマンがあるな」


『次に、小惑星帯での希少鉱物採掘』


「それは退屈そうだ」


 君は即座に却下する。


『では、惑星N77の深海調査はどうでしょう』


「深海?」


『はい。水深一万メートル以上の海底に生息する発光生物の観察です』


 それは興味深い。


 地球の深海でさえ未知の領域なのに、他の惑星の深海となればどんな生物がいるか想像もつかない。


「それもいいな」


 君とミラは様々な依頼について話し合う。


 危険度、報酬、そして何より君の好奇心を満たすかどうか。


 そんな会話を続けていると──


 コンコン。


 ドアをノックする音が聞こえてきた。


 こんな時間に誰だろう。


「どちらさん?」


 君は警戒しながら声をかけ、ドアを開く。


 そこには──


 豚がいた。


 正確には、豚のような外見をした外星人。


 ピギー星人のペイシェンスだった。(『6.惑星G1011①~硝子の星~』初出)


「おいおい! ペイシェンス! お前かよ! 生きてたのかよ!」


 君は驚きの声を上げる。


「や、やあケージ……」


 ペイシェンスは相変わらず小太りの体をゆらしながら、申し訳なさそうに鼻をヒクつかせていた。

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