『第四章~UAVステルボンバー』
「レーダーに感、AVTウイザード級ウィザード。十二時方向、二百二十キロを航行中。進路はクワンティコ方面。接触まで一時間」
マリーとの通信を終えると、イザナミが何かを捕らえた。
「AVTウィザード? 配備は第三艦隊じゃなかったかしら? コンタクトは?」
「ECCMを解除、識別を送ります」
イザナミの策敵範囲は単独では五十キロだが、今はAPEXグレイハウンドのレーダーを利用しているので二百五十キロ周囲までカヴァーしている。その範囲にAVT(航空機運搬艦)、俗に空母と呼ばれる艦船がいるらしい。
「ウィザード級ってのは、かなり大型だったよな? 空軍の第三艦隊なら大陸向こうの中央海だろうに」
サブシートで煙草を吹かしていたコルトが、バサラMFの光学スコープを持ち出して前を眺めている。
「少し前の情報だけど、空軍第三艦隊は中央海を哨戒してる艦隊で、ウィザードは第三のメインボートのはず。確かシールの一部もウィザードをベースにしてて、大陸の西海岸、ロングビーチが第三の母港だったと思うんだけど、イザナミ?」
「AVT、応答ありません。ECM他の障害なし、レーダー、通信はクリアです。距離、二百キロを航行中」
「ヘイヘイ、まさかゴーストシップなんてこと、ないだろな?」
MFの光学スコープを覗いたままコルトがぼやいた。
「AVTのゴーストシップなんてゴージャスな話、聞いたこともないわ。クワンティコに向かってるのなら進路が重なるわね。応答のないAVTね、さて、どうしたものか。詳細は?」
「AVTウィザード級ウィザード、空軍第三艦隊所属。情報照合。スペック上の艦載機は支援攻撃機が三十。爆撃機が二、哨戒機が二、輸送機が三、連絡機が一。武装は対艦魚雷と対空ミサイル、CIWS。但し、現在の艦載機は航空機が一のみ、種類は現時点では不明。武装は情報通りです。随伴艦はありません。十二時方向、速度約八十で進行中。依然、通信に反応なし」
「艦載機がたったの一機で、護衛艦もナシでデカいボートが単独でうろうろしてるなんて、妙ね。コルト、どう思う?」
「通信に応えないがジャミングもなしで、殆ど丸裸の武装空母、ねぇ。クワンティコに補給に、なら護衛艦かタグボートくらいいるだろうし、通信出来ないってのが解らんな。向こうのミサイルの射程に入るのはちょいと危ないかもな。パスするのがいいと思うが?」
「回り道する燃料はないし、上空を一気に飛び抜けるってのでどお? ジャミングをかけてればミサイルは大丈夫でしょうし、高度五百なら対空機銃も平気でしょう。イザナミは?」
「予想されるAVTの武装は許容範囲内です。生存者の確認を提案します」
「イザナギは?」
「レンジ十キロまで寄って百五ミリを撃ち込んで沈めちまうのがいい。識別を出してないなら敵さ。武装した空母がクワンティコに向かえばポートは混乱する。どのみち厄ダネさ、ここで叩いておくのがいいぜ」
イザナミが人道的でイザナギが好戦的というのは、Nデバイスの策敵と防御を担当するイザナミと、攻撃、照準を担当するイザナギだからでもあるが、リッパーはどちらにも賛成だった。
「攻撃空母は貴重品だから、いきなり沈めるってのは止めときましょう。識別を出してないから敵ってのにはまあ賛成するけど、例えばパイレーツに襲撃された哀れなボートとか、そういう線ならイザナミの言うように生存者を確認、救出は必要でしょう。進路がクワンティコなら尚更。港の守備艦隊なら識別のない空母なんて蜂の巣にするでしょうし。イザナミ、その空母の周囲を警戒しつつ、接触しましょう。イザナギは百五ミリをスタンバっておいて。AFCSをオン、沈めない程度なら自己判断で撃っていいわ」
「了解、策敵及び通信を続行」
「コピー、AFCSスタンバイ」
こほん、と咳払いを一つ、リッパーはインカムを握った。
「ハローハロー、アテンション、キャビンの皆さん、こちらリッパー。状況報告よ。進行方向に空軍の空母をキャッチ。但し、現時点で敵か味方かは不明。これから接触するから、いちおう警戒しておいて。速度を上げるから注意してね、オーバー」
マリーとドクター・アオイから返答があり、遅れて一刀斎からも寝息の返答。リッパーはグレイハウンドの速度を上げた。
「速度は三百で固定、進路はAVT。対空ミサイルに警戒、通信は一旦止めてECCMオン」
「了解、通信終了、電子カウンター、スタンバイ。距離、百五十キロ、AVTの対空装備の射程範囲に……警報」
イザナミの声を押し退けるように、甲高いアラート音が通信機に響いた。
「なんだ?」
MFのスコープをポケットに戻して、コルトが統合化ヘルメットを被りなおした。
「リッパー! レンジ百五十キロドンピシャでいきなり撃ってきたぜ! ECCMが効かないならサーモだ! サンバースト、トリガー!」
バン! グレイハウンドが揺れて、前方に白い光の球が飛んだ。APEXグレイハウンドからイザナギ制御でフレア弾が発射されたらしい。
「レンジに入った途端に撃ってくるって、どういうつもり? イザナギ?」
「ファーストアタックはサンバーストで回避! 百五ミリのレンジまで反撃できないが……トリガー!」
バン! 再びのフレア弾で前方、二百メートルほどで爆発。衝撃波でキャノピーのガラスがびりびりと震える。
「見えた! 距離は百三十キロってところ? イザナミ、回避運動任せる。イザナギは引き続き迎撃体制。百五ミリ砲のレンジ、十キロで対空ミサイルのランチャーを狙って! AVTのミサイルって何発?」
応えたのはイザナギだった。
「追加してないなら三十発はあるが……また来たぜ! 直撃コース! トリガー!」
三発目のフレア弾は向かって左方向に発射されて、そこに対空ミサイルが突っ込んで爆発した。距離は二百メートルほどで再びグレイハウンドが揺れた。
「発射間隔が機械的じゃない? イザナミ?」
「AVTの自動防衛システムと思われます。距離、百キロ」
「リッパー! サンバーストは残り十七発、撃たれ放題だと弾切れだ。さっさとランチャーを吹っ飛ばそうぜ!」
「グレイハウンドでこれ以上は出ないわよ? あと八十キロでこっちのレンジ。フレアは温存して、イザナミ、回避できる?」
レーダー誘導ミサイルならばAPEXのECCMで無力化できるが、原始的な熱追尾はターボシャフトエンジンの排気口、通称ブラックホールを狙ってくるので、消音・減熱サプレッサーを搭載していないグレイハウンドだと、丸裸状態だった。イザナギがフレア弾、サンバーストを使って熱追尾ミサイルを回避しているが数に限りがあり、また、百五ミリ砲の有効射程は十一キロなのでまだ撃てない。時速三百キロ、グレイハウンドの限界速度でAVTに向かい、距離が六十キロになったところで再び熱追尾ミサイルが飛んできた。
「機体制御、回避運動」
直進していたグレイハウンドがいきなり落下するように高度を下げ、リッパーとコルトが一瞬浮いた。直後、頭上をミサイルが飛び去った。
「ちっ! 内臓が口から飛び出そうだぜ。図体のデカいグレイハウンドでミサイル避けるなんて、器用な左腕さんだこと」
「恐縮です。ちなみに略称はイザナミです」
「あんな急降下して、ローターがもげちゃうんじゃない? 大丈夫?」
操縦桿を握っているリッパーだが機体制御はイザナミで、今はリッパーがサポート役だった。
「許容範囲内です。距離、五十キロ」
「リッパー! ここまで寄ったら、もうサンバーストは無意味だ。撃ち合いだぜ? AFCSオンライン! 百五ミリ、エイミングコントロール!」
グレイハウンドのコックピット、顎の下に無理矢理マウントしてある旋回式百五ミリ砲には榴弾がセットされており、有効射程十一キロまであと少し。近距離なので、AVTからミサイルが撃たれればフレアで誘導するよりも先にサプレッサーに直撃だが、撃ち返すにはまだ遠い、一番厄介な距離だ。大型輸送ヘリのグレイハウンドはガンシップほど飛び回れないので回避運動にも限界があり、距離は残り四十キロ。
「次の攻撃予測、回避運動します、注意してください」
イザナミが言った直後、グレイハウンドは高度三百から一気に百メートル落下し、海面に手が届きそうな位置で頭上をミサイルが通過した。
「追尾してこない? 撃ちっぱなしの対空ミサイル、やっぱり自動防衛システムみたいね。それよりイザナミ。今の急降下、ホントに機体は持つの?」
「クワンティコまでは問題ありません」
つまり、クワンティコから先に向かうとすれば、問題があると、そういうことらしい。サブシートのコルトが天井に頭をぶつけたらしく、ぶつぶつぼやいている。AVTまでの距離は三十キロ。時速三百キロオーバーなので残り五分で百五ミリ砲のレンジである。
「イザナギ?」
「レンジファインダー、オン! マルチロック、オン! レンジ、ツーファイブ! シーカームーブ!」
マルチロック、多重照準システムはイザナギの標準装備で、グレイハウンドに搭載されてある百五ミリ砲は連射速度が遅いが、イザナギならエイミングコントロールでロックしたターゲットを連射で精密狙撃が出来る。榴弾の精密狙撃ならば空母のミサイルランチャーは一撃で破壊可能で、AVTにはミサイルランチャーが二門、二発で無力化できる。距離は二十キロ。
「キャビン、聞こえるかい? コルトだよ。もうすぐドンパチだ。派手にやるらしいから覚悟しときな、ベイベー」
「レンジ、ワンファイブ! シーカームーブ! マルチロック! トリガー!」
ゴン! ゴン! グレイハウンドの顎が赤く光り、機体が大きく揺れた。イザナギがレンジ外から百五ミリ砲を撃ち始めたらしい。
「イザナギ? 早くない?」
「スペック以上を叩き出すのが俺の役目さ。ヒット! ランチャーワン、ツー、クラッシュ! ヤーホー!」
目視でおよそ十二キロ、グレイハウンドが減速し、AVTウィザードの甲板に二つの爆発。飛び散った破片が海に散らばり、遅れて衝撃波がグレイハウンドを揺すった。甲板の爆発が連続している。どうやらランチャーのミサイルが誘爆しているらしい。爆音が続いて近付いたグレイハウンドが揺れっぱなしだった。
「ヘイヘイ、やっこさん、沈んじまうんじゃねーのか? ミサイルランチャーが木っ端微塵で、甲板にデカい穴だ」
「大丈夫でしょう。ダメコンは働いてるでしょうし、区画がブロックされてるから、表面が吹っ飛ぶだけでしょうよ。対空機銃は?」
「レーザーロックされました。反撃を」
「コピー! CIWSをマルチロック! トリガー!」
ゴン! ゴン! 再び百五ミリ砲が吼えて、甲板の左右に配置されていた対空機銃が吹き飛んだ。全部で四基のCIWSが一発も撃たずに撃破された。距離は八キロ強。イザナギの照準の精度は、Nデバイスのサテライトリンクを使用しなくてもほぼパーフェクトで、十キロ範囲ならばミリ以下でターゲットを捕らえることが出来る。サテライトリンクを使用すればその精度と距離は更に上がるが、百五ミリの榴弾砲ならばサテライトリンクを使うまでもなく、リッパーに負担を与えずに正確な射撃が可能だった。
「AVTウィザード、無力化しました。ECCM解除、通信を再開。返答はありません。艦載機を確認、UAVです。搭乗員の反応は未確認」
「UAV? って、あれ、ステルボンバーよね? 剥き身で置きっぱなしじゃないの」
減速したグレイハウンドとAVTウィザードの距離は既に五キロほどで、肉眼で甲板が見えた。真っ黒な航空機が一機、甲板中央にあった。両翼五十メートルほどの無人爆撃機が無造作に置かれてあった。
「UAVだと? 無口なボートに無口なボマーとは、いよいよゴーストシップだな。これでクルーがゴーストなら完璧だ」
「識別確認。空軍第三艦隊AVTウィザードに配備されたUAV。識別コード、ステルボンバー。現在は沈黙しています。外部コントロール反応なし」
「ヘイ、リッパー? ボマーも吹っ飛ばすかい? シーカームーブ!」
「駄目よイザナギ。ステルボンバーなんて貴重品に傷なんか付けたら、あたし、これから先ずっとタダ働きじゃないの。イザナミ、UAVを外部から遮断、無力化させておいて。ウィザードの内部監視は続行。減速しつつ、タッチダウン、いい?」
「了解。ECCMオン、UAVステルボンバーのコントロールを外部から切り離します。スキャン、内部に熱源確認。放熱パターン照合、人間です。数は三、カーネル反応なし、ESP反応なし」
空母は小型から大型までブロックで構成されていて、隔壁はレーダー波を通さないので近付かないと内部を探れないようになっている。これは魚雷などを受けても浸水をその区画だけにするダメージコントロール、ダメコンも兼ねており、甲板のミサイルランチャーやCIWSもダメコン区画で分かれている。派手な爆発が連続だったが、甲板の一部が吹き飛んだだけで内部に被害はなく、黒い煙が立ち上っているが見た目ほどのダメージではない。
甲板にある航空機はUAV、無人爆撃機で、外部からの命令で飛び、空爆などを行う機体で、通常は地上司令部からコントロールされる。両翼五十メートルの巨体で完全ステルス仕様。バンカーバスターからアースクエイク、クラスター、ニュークリアボムなど各種の爆撃が可能で、航続距離は地球を半周出来るほどで、同じく無人の空中給油機を使って二十四時間飛び続けることが出来る、空軍の切り札で貴重品でもある。大規模エアベースに配備されるのが通常だが大型空母での運用も可能で、ウィザード級は空母でも大型の部類で、ステルボンバーを強力なカタパルトで打ち出せるが、ステルボンバーほどの機体を搭載すると他の航空機は僅かしか乗せられない。
いきなりミサイルを撃ってきたウィザードはどうやらステルボンバー運用艦らしく、攻撃は自動防衛システムの仕業らしいが、随伴艦もなしでステルボンバーを搭載した空母が航行しているというのは、何やら訳ありのようだった。
「結論から言えば、このウィザードは戦略空母ってことよね? エアベースからステルボンバークラスの爆撃機が飛べばレーダーにかかるけど、空母から強襲されれば防ぐ手段はない。護衛艦がいないのは隠密行動だからで、ただのボートにミサイルランチャーを装備させたハリネズミで自動防衛システム。敵に回すと面倒なタイプね」
「解らんのは、そいつがどうしてこんなところをウロウロしてるのかってことと、中の野郎がだんまりだってことだな。左腕さん? 三人って言ってたな? ハイブじゃあないらしいが、なら、友軍かパイレーツか、逃げ遅れたルーキーか、はたまた秘密作戦でもやらかしてる高級将校殿ってところかい?」
数発のミサイルを交わして甲板上空に到達したグレイハウンドは、イザナミの策敵を待ってホバリングしていた。ツーローターが甲板からの黒煙を散らしている。イザナギ制御の百五ミリ旋回砲塔はウィザードのブリッジに固定されている。
「通信を継続、応答ありません。三名を艦橋内部に確認、識別はありません」
「このAPEXはラバト所属だから識別は空軍で、あちらから見れば友軍でしょうに、いきなり撃ってくるって、穏やかじゃあないわね。自動迎撃というより、近寄る相手を無差別に落とすみたいな雰囲気だったし、たったの三人でウィザード級を、ステルボンバーなんて機体を載せて浮かせて、しかも進路は海兵隊拠点のクワンティコって、事情がサッパリね。あちらの識別が出来ないってことはアクセルなんかを使ってない、つまり、機動歩兵やシールじゃない。コルトの言う通り、将校かもね。イザナミ? ウィザードの航路、トレースできるかしら?」
「中央ユニットに進入、航路確認。西海岸ロングビーチ・マリーンポートからフォークランド経由で現在位置。ロングビーチポート以前のデータは消去されていますが、第三艦隊所属。おそらくクーロンベースが母港だと思われます。UAVを搭載しつつ単独航行。予測目的地はクワンティコ・マリーンコープス・エアフィールド。尚、UAVを使用する地上司令部からの作戦発令は確認出来ません」
「ほほう、リッパーの言った通り、ロングビーチ経由か。さすがだな?」
「まあ、このサイズのボートが寄航できるポートは少ないから予想は簡単よ? ベースポートがクーロンだとして、中央海を渡ってロングビーチまで来て、そこからフォークランドまで南下して大陸の反対側の海のど真ん中でクワンティコ、ねえ。パナマベースを経由すれば近道でしょうに、あえてフォークランドまで南下してるって、パナマには知られたくないとか、そういう事情かしらね? 西側の地上司令部はクワンティコ以外だと、クーロン、バーミンガム、パナマ、ビクトリアってところでしょうけど、このAVTはクーロンベースの直系で動いてるとか、そんなところかしら」
月と地上は強力なジャミング層で分断されて、軍は月と地上、二つの司令部を持つに至るが、地上の指示命令系統は更に分かれていて、一番規模の大きな基地、クーロンベースとその次の規模のクワンティコ・マリーンコープス・エアフィールドが二大拠点で司令部も二つだが、別でバーミンガムやパナマなどの戦略拠点にも司令部が存在している。これは地上の通信ネットワークが分断されたことに対する処置で、各基地司令部は連携はしているが単独で作戦行動を行うことが主で、共同戦線ということはまずない。暴走するハイブに対して致命的な大規模作戦が展開出来ず、各個撃破の迎撃、後手に回っている。復旧した通信網の一部で連携するベースも幾つかあるが、駐屯地レベルの戦力が二つ三つ集まったところで、単純計算で三十倍の勢力のハイブを殲滅することは不可能だった。
だがそれは大陸、陸地での話で、オービタルショットの標的から外れた海、海軍と空軍の一部勢力は十五年前の半分以上は残っていた。中央海に配備される空軍第三艦隊はその一つで、第三艦隊の母港はロングビーチ・マリーンポート、海軍港で、空軍と海軍の混成艦隊である。海軍特殊部隊シールの一部も第三艦隊に配備されており、空軍の切り札、UAVステルボンバーも第三艦隊に配備されているようだったが、イザナミによると眼下のAVTは遥か西、海と大陸を越えたクーロンベースの指揮下にあるようで、UAVはどうやらクーロンベースからAVTに渡ったようだった。
海上を自在に移動する戦略拠点、UAVステルボンバーを運用可能な攻撃空母AVTウィザード級に対して、ISBMを搭載した戦略潜水艦艦隊は惑星両極の深海に配備されており、こちらもオービタルショットを免れて健在だった。その性質から地上司令部の指揮下ではなく潜水艦艦隊そのものが司令部となっていて、地上司令部の系列ではあるが独自判断が許されている。これはオービタルショットの更に前、軍主導で世界が統一される以前のもので、公式発表では全て撤退、廃棄されたことになっているが、現在でも海深くで待機している。大陸間弾道ミサイル、いわゆるICBMが数百キロ射程の文字通り大陸間ミサイルなのに対して、ISBM、恒星間弾道ミサイルは三十八万五千キロの射程、つまり、月面基地を狙うことが可能であり、そもそもそのために誕生した兵器でもある。威力はICBMがメガトンクラスなのに対して、千倍のギガトンクラスで、弾頭は旧来のマーブ、多弾頭の広域破壊型が標準となっている。月面都市とそこにある軍事拠点への攻撃を想定したミサイルで、これに対して月面都市はルナ・リング、環状防衛網と呼ばれる基地を月衛星軌道上に完成させた。名目上は宇宙艦隊の母港だが、実際はISBM迎撃のための基地で、荷電粒子ビーム砲で音速を超えるISBMを撃ち落すために建造された。ISBMが推進剤で移動するのに対して、イオンリアクター発電の荷電粒子ビーム砲は初速が音速を超えて照射から三秒以内で目標を消滅させることが可能で、それがルナ・リングに複数配置され、地上と月は永らく睨み合っていた。
宇宙艦隊の充実で月側が圧倒的有利となり、ISBMが使用されることはなかったが、ISBMは宇宙艦隊に対しても充分な抑止力となり、睨み合いがハイブの暴走で終わるまで、パワーバランスは均衡を保っていた。そこに火星の惑星改造・テラフォーミングとそこへの入植、地上の統一と月との調停と続いて、地球圏は一旦は一つになった。労働力・ハイブの誕生もそれを後押しした。
しかし、ハイブの暴走、火星の沈黙、オービタルショット、そしてサイキッカーなる存在と立て続けで、地球圏は一気に混沌に巻き込まれ、現在に至る。宇宙戦艦の荷電ビーム砲で地上を撃つという暴挙に対して、戦略潜水艦艦隊が報復を行わないのは奇跡とも言えるが、それがいつまで続くかを保障する者はいない。
俯瞰で見れば地球圏と火星との睨み合いで、近付けばハイブと人間との争いで、そこに月と地上の確執や、ISBMやUAVといった大量殺戮兵器、宇宙戦艦艦隊、ルナ・リング、海兵隊戦艦ドックといった戦争の道具が、その矛先もないまま存在し続けている。ハイブに対して荷電ビーム砲を撃ち込んだ宇宙戦艦は、同時にISBMが都市に撃ち込まれる可能性をも示しており、ステルボンバーによる空爆も地上司令部のミッションリストには未だにある。或いはそのトリガーに既に指はかかっているのかもしれない。後は誰かが一言声をかければ全ておしまい、そういったシナリオも、リッパーは当然予想していた。ラバトからクワンティコまでの空路で、攻撃空母とUAVステルボンバーに遭遇すれば、ISBMを撃ち出す戦略潜水艦艦隊や、それを迎撃するルナ・リングとその艦隊といったことは容易に想像出来る。
そして、火星を拠点にしているらしきサイキッカー部隊と、その兵力。誰と誰が睨み合っているのか、誰が敵対するのかが曖昧でいて、ハイブは暴走を続けている。人間同士で争う場面でもないが、ISBMやUAVはそもそも人間を殺すための道具でもある。それは宇宙戦艦、リッパーの指揮する巡洋艦バランタインも同じくで、名目が防衛任務であっても、その相手は火星に入植した地球人か、或いはどこかからやってくる宇宙人かといった有様で、SF映画でもあるまいが凶悪な宇宙人でも攻めてくれば話は単純だろうに、とも思っていた。無論、そんな話はオズ以外にはしていないが。
「グレイハウンド、着陸しました」
イザナミの声に、リッパーは呆けた。
「ヘイヘイ、リッパー。こんな時に考え事とは、余裕だな?」
「……ソーリー。イザナミ、ありがとう。オートパイロットで着陸は面倒だったでしょう? ごめんね?」
「問題ありません。マスターの脳波の一部がネガティブです。休憩を推奨します」
イザナミはNデバイスの駆動系をコントロール、制御しており、リッパーの体は両腕はマシンアームだが他は完全な生身で、しかし神経回路に対して電気刺激を与えて体を制御できるようになっている。海兵の兵士として通常以上の身体能力を持つリッパーが、イザナミの制御でその身体能力を増強させて、素手で合成人間・ハイブリットヒューマンとも戦えるだけのスペックがある。しかしその駆動は体に負荷を与え、ダメージは蓄積する。Nデバイスの真骨頂である情報処理はリッパーの脳を酷使し、既に相当なダメージがある。リッパーは地上では無敵に近く見えるが、その無敵は永遠ではない。だから戦場から身を引けとIZA社のドクター・エラルドはリッパーに助言したのだが、Nデバイスが自分にしか使えないことを承知しているリッパーは体や脳の状態を半ば無視していた。これはコルトやドクター・アオイも承知のことで、知らないのはマリーと一刀斎{いっとうさい}くらいであった。傭兵コルトはドクター・エラルドと契約して、主な仕事はドクター・アオイの警護だが、そこにリッパーの監視、という仕事もあった。リッパーが無茶をしないように、そうドクター・エラルドはコルトに依頼した。
「うん? 休憩って、そんな場合でもないでしょう? このAVTの所属と目的の確認、場合によっては停止させなきゃいけないし、三人だかの様子も見なきゃ。コルト、甲板の様子は?」
「デカい爆撃機がある以外は、寂しいもんだよ。他に機体もないようだし、歓迎してくれる野郎もいやしねー。モバイルもクリア、クソハイブもいねーみたいだ。ランチャーの誘爆も収まったようだし、出ても大丈夫だろう。ブリッジのほうは俺がチェックしてくるよ。リッパーはここで待機、一服してな」
統合化ヘルメットを取り、テンガロンハットを被ったコルトが、ハーネスを外して煙草を咥えた。
「一人じゃ危ないでしょうに、あたしも――」
「リッパー? たまにゃ左腕さんの言うことも聞いてやんな? 別にハイブがいるんでもなし、一人でオーケーだよ。三人だかを見物して名前聞いて戻ってくるよ。クワンティコに進軍でもしてるんなら、そん時はブリッジに百五ミリをぶち込めばいいさ。ブリッジのないボートなんぞ、ただのサーフボードさ」
「気持ちはありがたいけど……」
「ありがたいならそのまま受け取れよ。じゃあ、俺は行って来る。いちおう左腕さんをサポートとして使わせてもらうよ。キャビンの連中も長く揺られてヘバってるだろうし、まあ、いい休憩さ。十分もかからんだろうが、後ろでアオイとコーヒーでも飲んでりゃいいさ。ヤバくなりゃ叫ぶから、そん時は援護射撃でもしてくれりゃ足りるよ。あれこれ考えるも良し、一休みするもよし、まあ、気楽にしてろよ。じゃあ、左腕さん、サポートよろしく頼むぜ」
言うとコルトはコックピットから出て、AVTのブリッジに向かった。
「APEXグレイハウンド、エンジン停止します。傭兵コルトをフルサポート。周囲に船舶、航空機なし、策敵範囲内はクリア。AVTは依然航行中、UAVは無力化しています」
コルトに随分と気を使わせている、ラバトの医務室で目覚めた直後から薄々は感じていたが、それが依頼された傭兵の仕事だとしても、コルトはあれこれと働いてくれていた。ハイブとの戦闘もだが、トリスタンと名乗ったサイキッカーから情報を引き出したり、これは後でマリーから聞いた話だが、カサブランカ・シティからラバトまで、リッパーが乗っていたバイクをコルトが運転してくれたり、そのカサブランカ・シティでリッパーが発作を起こしたときに処置をしたのはドクター・アオイだが、横に立ってドクター・アオイを呼んだのはコルトだった。
ケイジで旅支度をしたり、ラボでミスター・チェイスを制したりで、三週間前にはサイキッカー・ランスロウらと一緒に戦い、コルトは生身でありながらサイコハイブ・ドミナス・ダブルアームと一騎打ちまでした。リッパーはそれに対して傭兵への報酬という形で返したが、よくよく考えると言葉で礼を言っていないと気付いた。出会ってから三週間と少し。偶然の出会いで共同戦線を張って、Nデバイスやカスタムリボルバー、ベッセル・ストライクガンで戦うリッパーに対して、コルトは傭兵とは言え生身で、四十五口径シングルアクションアーミー二挺と、ハイブと戦うには随分と非力に見えるが、実際は神業的なクイックドロウでサイコハイブとさえ互角を演じる。ただの傭兵ではないだろうと想像はしているが、コルト自身がただの傭兵であるように振る舞い、過去をあれこれ話さないのでそれを問い詰めるような真似はしていない。