『第一章~ミス・サンタクロース』
コンコンという音に、熟睡していたマリーは薄目を開けて大欠伸を一つ。
時間は早朝らしく、まだ辺りは薄暗い。場所は砂漠大陸の北西、海に面した空軍駐屯地、ラバト・エアベースで、まだ太陽が定位置にないので車の中でも少々冷える。拠点にしているケイジ(都市空間)を日暮れと共に出発して、ハイウェイで千五百キロ。途中、ゴーストタウン、カサブランカ・シティで複数のハイブ(合成人間、ハイブリットヒューマン)と交戦し、また、久しぶりのロングツールだったので、マリーはヘトヘトで、V8ブラックバードのシートで熟睡していた。
再び、コンコンとノックの音。
回らない頭でドアの外を見ると、見慣れない女が笑顔で立っていた。ピカピカのリングが二つある細い指でV8ブラックバードのドアガラスをノックしている。マリーやリッパーよりも年上で、ドクター・アオイと同世代くらいに見える、赤い女だった。ゆるくカールした、耳を覆う髪の毛も、端の下がった眉毛も、ふっくらとした唇も服も真っ赤で、マリーは何かを連想した。
「……サンタ、クロース?」
その笑顔の女は、まるでサンタクロースのようだった。トナカイもいないしプレゼントの詰まった袋も白い髭もないので、サンタクロースのアシスタントだとかそんな風に見えた。カールした髪の毛は柔らかそうで、ボア付きの分厚い革の上着を着て、下は艶のあるサテン地のミニスカートとボア付きの革のロングブーツで、どれも赤くて白いアクセントがある。
「寝てるところを済まないね。人を探してるんだけどさ、小さいお嬢さん、知ってるかい? 名前は知らないが水兵だとか。いや、海兵だったか? まあどっちでもいいんだけどね」
すっと伸びた鼻筋と少し尖った目と顎は冷たい印象だが、表情は砕けていて口調も柔らかい。ハスキーボイスの独特な声色はジャズシンガーを連想させる。
「えっと……海兵って、軍隊の海兵隊のこと? リッパーは海兵隊の軍人さんだけど?」
マリーは二度目の欠伸を噛み殺して、ミス・サンタクロースに伝えた。まだ頭が回っていないので夢なのか現実なのか区別が付かないが、水兵というのは軍隊のうち海軍の人間のことで、セーラーと呼ぶとリッパーから聞いた覚えがあった。そのリッパーは海兵隊の軍人で大佐で、こちらはマリーンと呼ぶとも聞いた。どちらも海と付いているので具体的にどう違うのかはマリーには解らなかったが、セーラーはセーラー服を着る、そんな話もケイジの酒場で聞いた覚えがある。
「リッパー? そいつが水兵かい? 妙な名前だね、まあいいさ。その、水兵のリッパーって野郎は、どこにいるんだい? 小さいお嬢さん?」
「ミス・サンタクロース。リッパーならあそこの医務室のはずよ? それと、野郎じゃなくてリッパーは女性よ? あと、水兵じゃなくて海兵ね?」
「ミス……サンタクロース? それはひょっとして、私のことかい?」
肌は白いが他は真っ赤なミス・サンタクロースが、特に不機嫌でもなさそうに笑顔のまま尋ねた。
「アナタ、真っ赤っかで、まるでサンタクロースみたいだから。クリスマスにはまだ早いけど?」
「ふふ、サンタクロースってのは確か、空を飛んでプレゼントを配って回るとか、そういう野郎のことだったかね? まあ、何でもいいさ。ありがとうね、小さいお壌さん。おやすみ」
若い、少々口の悪いミス・サンタクロースはマリーに礼をしてから、リッパーとドクター・アオイが休憩している医務室へ向かった。後姿を見るが、首半分が隠れるくらいのショートヘアとボア付きの革コートは赤く、ブーツは厚底でこちらも真っ赤な革だった。マリーは、サンタクロース、もしくはそのアシスタントと会話するのは生まれて始めてだったのだが、眠い頭でまだ回っていなかったので、トナカイもソリもプレゼント袋もなしでどうやってここまで来たのか、何をしに来たのか、最後にクリスマスプレゼントを貰ったのは何時だったか、そんなことを少し考えてから、小さく欠伸をして再び目を閉じた。
コンコンと医務室のドアがノックされた。ラバト・エアベースにあるコンクリート平屋の医務室棟で、倉庫が併設されているがこちらはガラクタ置き場になっている。
隣にコンクリート壁を鉄板で補強した二階建てのアーモリー(武器庫)があるが、こちらにはハンドガンとアサルトライフルが何挺かと弾丸が少し。六連マズルの携行型二十ミリガトリング砲や携行ロケットランチャー・RPGなどもあったが、二十ミリの弾丸はなく、RPGは手入れをしていないようなので実際に使えるかどうかは怪しい。電気、ガスなどのライフラインは健在で、アーモリー地下には半分ほど残った燃料貯蔵タンクもあり、医務室棟屋上にある貯水タンクには水も浄化装置もあったので、すぐにでも使えそうな駐屯地だったが、部隊はここを放棄して遥か北部にあるバーミンガム・ランドベースに移動していて、もぬけの殻だった。
ノックに応えたのは、須賀一刀斎恭介{すが・いっとうさい・きょうすけ}だった。リッパーもドクター・アオイも、二人の護衛と監視の依頼を受けている傭兵コルトも疲労で熟睡していたので、彼が対応した。
「どなたでござろうか? ここは医務室で、皆、お疲れのご様子。何用か存じませぬが、出来れば改めて頂きたく思いまする」
「お前は? 私は……サンタクロースだよ。水兵、いや、海兵? どっちだかのリッパーって女に用があってね。急ぎでもないが、折角こんなところまで来たんだ、ちょいと話をしておきたいんだが?」
「サンタク? 失敬。拙者、名を須賀一刀斎恭介と申す旅のサムライ。事情は知りませぬが、リッパー殿は今、眠っておられるが故、伝言ならば拙者が承りまするが、それでいかがでござろう?」
ラバトの医務室のドアのそばに立つ須賀一刀斎恭介は、真っ赤で若い、サンタクロースのような痩躯の女を漆黒の瞳で見詰め、しかし礼節の範囲内で応えた。
「伝言、ねえ。いや、大した用事でもないんだが、さて、どう言ったもんかね。お前は水兵の仲間なのかい?」
ミス・サンタクロースは白いボアの付いた真っ赤な革の上着のポケットに両手を入れて、フーセンガムを膨らましていた。柔らかそうな赤いショートヘアの下はずっと笑顔でハスキーボイス。落ち着いていて大人びているが若く見える。露出した太腿は細く、厚底ブーツのためかなりの上背で、年齢はリッパーやマリーよりもう少し上くらいの、尖った印象だった。須賀一刀斎恭介と同じくこちらの言葉に慣れていないのか、言葉遣いは少し妙だった。
「拙者はリッパー殿らと一時を同じくするだけの、旅のサムライでござる。訳あって道中共にしておりまする。そのリッパー殿は今、お疲れで医師のアオイ殿とご一緒にご就寝なされておる。サンタクルル殿、そちらの事情は知りませぬが、しばしお待ちいただくか、伝言を預かるか、それでご容赦願いたいのでござるが?」
一刀斎{いっとうさい}はなるべく丁寧に、慣れない言葉で相手、真っ赤なミス・サンタクロースに伝えた。バサバサの黒髪とバサバサのポニーテール、無精髭のある尖った顎と太い眉毛と鋭利な目は威圧するようだが、こちらも出来るだけ崩して、目の前のミス・サンタクロースに向けている。紫色のキモノウェアで腕を組み、腰に刺した一刀斎の長太刀、骨喰{ほねばみ}は相手に見えないように背中に回してある。
医務室にはリッパー、ドクター・アオイ、コルトがいるが、三人とも長旅と戦闘とトラブル対応で疲弊していて、早朝だが、まだぐっすりと眠っている。外、V8ブラックバードのマリーも同じくで、唯一健在だった一刀斎が医務室の警護をしていた。といっても、リッパーの銀色の左腕、電子戦と策敵担当のマシンアーム、イザナミがリッパーを中心の五十キロ範囲をずっと警戒しているのだが。イザナミは全員の左耳にある小型通信機とそれぞれが持つモバイルとずっとリンクしていて、何かあればモバイルや通信機よりも早く警報を鳴らすが、現時点で状況はクリアらしく、イザナミは主であるリッパー共々、沈黙していた。右腕のイザナギも同じく。
「いや、全く大した用事でもないのさ。伝言を頼むほどでもないし、ただ、直接会って少し喋っておきたかったって、それだけさね。まあ、遥々こんなところまで来たんだし、待たせてもらってもいいかね?」
「事情は知りませぬが、かたじけない。そちらは、リッパー殿のお知り合いでござるか? おっと失敬。煙草などいかがでござろう? これは頂き物でござるが、味はなかなかのものですぞ?」
一刀斎の案内で医務室にある安っぽいソファに腰掛けたミス・サンタクロースは、彼から差し出された煙草を受け取り、しばらく眺めてから口に咥えた。一刀斎がマッチの一本を擦った。
「……ふーん。煙草ってのは、どこでも似たような味がするもんだね。スガナントカの旦那、あっちで寝てる銀髪女がリッパーって野郎かい? 思っていたより若いが、水兵ってのはどんな奴なんだい?」
「水兵? いや、リッパー殿は海兵隊のお方と拙者は聞いたのでござるが? リッパー殿とはまだ出会って半日程度が故、拙者は詳しくないでござるが、リッパー殿は二挺の銀の拳銃を操り、魔剣ハバキリに選ばれし武士{もののふ}にして艦長と聞きました。いざ戦いとなれば、サムライに匹敵する修羅でござろう」
「二挺拳銃で魔剣で艦長、ねえ。そりゃあ豪気だこと。ランスロウの野郎がやられるくらいだから、実際、強いんだろうさ」
ミス・サンタクロースは煙草の煙をフーセンガムの中に器用に入れて、それを指で突いた。パン、と小さな音がして、煙の塊がふわふわと漂う。
「サンタクルス殿、ランスロウとは? いや、失敬。拙者はリッパー殿らの旅の目的などは知らぬ部外者でござった」
「サンタクルス? 外にいた小さいお嬢さんはサンタクロースだとか言ってたんだが、まあ、どっちでもいいさ。ランスロウってのは私の仲間……ってほど上等でもないが、まあ、同類さね。高慢ちきで偉そうで愛想のない陰気な野郎だよ。そんな野郎だから、そこの銀髪の水兵に半殺しにされて、私はその尻拭いをしてるとか、そんなところさ」
医務室の白いソファでのけぞって、ミス・サンタクロースは煙草の煙を天井に向けた。吹き終えるとガムを噛んでフーセンを作り、拳ほどの大きさに膨らましてからパンと割る。
「つまり……詳しい事情は知らぬが、拙者はリッパー殿に仇{あだ}名す者を部屋に招き入れたと、そういうことでござるな?」
ソファから数歩の位置で腕組みをしている一刀斎が、顔色も声色も変えずに言う。一刀斎の足元は黒くて重たい金属製のシューズで、一刀斎はそれを足腰の鍛錬のための鉄下駄{てつげた}とコルトに説明していた。ミス・サンタクロースと同じく煙草を咥えて、しかし視線は赤い痩躯の女の、こちらも赤い瞳を捉えたままである。
「さあて、どうだろうね。マーリンからはそんなことを言われたが、私はマーリンの部下でも手下でもない。それに、お前が最初から私を警戒してここに招き入れて、間合いはその腰の獲物の範囲内。私が誰であろうと問題ない、そういうことだろう? スガナントカの旦那?」
くくく、と笑ったミス・サンタクロースはフーセンガムを膨らませて、中に煙草の煙を入れてパンと弾いた。真っ白な塊がゆっくりと上昇し、次第に崩れていく。
「サンタクルーズ殿には敵意や殺気はござらぬが、無礼は承知で念の為に用心しておりまする。リッパー殿の知人であれば大変失礼でござるが、リッパー殿に仇名すにしても、サンタクルーズ殿に敵意がないことに変わりはござらぬ。しかし、達人の域に入ればそれとて造作なきこと」
低く重いが、普段と変わらない調子で一刀斎は返した。特に視線を強くするでもなく、ミス・サンタクロースと一緒に煙草を咥えている。
「ふふ、面白い男だね、お前は。腕が立つのは見れば解るし、雰囲気もなかなかだ、悪くないね。敵かもしれない私を招き入れておいて、それでも構わないってのはつまり、いつでも斬れるって意味だろう? お前がひょっとして……例のシノビかい?」
「シノビ? いや、拙者は旅のサムライで未だ修行の身。シノビなる言葉を聞くのは二度目でござるが、何やら強き者を意味するようでござるな?」
一刀斎がカサブランカ・シティの地下シェルターから救出された際、コルトが一刀斎に同じように尋ねたが、彼は自分はサムライという人種だと言い、サムライは太刀を使う者だとも説明した。
月方面軍海兵隊大佐で第七艦隊の旗艦、巡洋艦バランタインの艦長、今は地上でガンマンのリッパーは天羽々斬{アメノハバキリ}という剣を持っていて、これは雷{いかずち}のシノビファイターを名乗る男、ダイゾウから譲り受けたもので、ダイゾウは神を斬る剣と説明していたが、一刀斎はこれを魔剣と呼んだ。選ばれし者だけが持つことを許される、怪物を斬る剣、とも。重くて長い両刃で斬れ味が強烈なので、ソードファイトが苦手なリッパーは若干、ハバキリを持て余していた。普段は腰に装備される黒い鞘は、今は日除けマントやバックパックと一緒にベッド脇に無造作に置いてある。
「シノビの奴らは地球人にしては、まあ強いね。だが、所詮は地球人、私の敵じゃあない。お前がどれだけ強くても、残念ながら私は斬れないさ。しかしだ、私はあの陰気なランスロウの野郎とは違う。むやみやたらに剣を振り回したり力を使ったりはしないし、戦うのは好きだが、面倒なのは大嫌いさね」
「サンタクルーズ殿。そなたはリッパー殿の敵であると拙者に言い、何やら仲間のことも語っておるが、それがリッパー殿への伝言でござろうか? こう言うのもどうかと思うのでござるが、敵対する相手に仲間の素性を明かすのは、兵法としてどうかと思いまするが?」
「言ってることは解るよ。だが、正体がバレようが手勢を明かそうが、全部潰せば一緒さね。だろう? 私はただ、高慢ちきなランスロウの野郎をやった奴とちょいと話してみたかったって、それだけさ。今、お前とやりあうつもりもないし、ここで水兵をどうこうしようってこともない。ただね、後々やりあうかもしれない相手を見ておこうってだけさ。骨のある奴なら楽しめるし、そうでないならなぎ払う、簡単な話さ」
一刀斎からの煙草を全て灰にして、厚底ブーツで煙草をもみ消したミス・サンタクロースは、尖った視線を一刀斎の漆黒の瞳に向けた。表情は笑顔のままだが視線に微かな意思が乗っている。一刀斎はその赤い瞳を見詰めて、同じく灰になった煙草を灰皿で丁寧に消した。
「……よろしければ、お名前を伺ってもよろしいですかな? 拙者、名を須賀一刀斎恭介{すが・いっとうさい・きょうすけ}と申す旅のサムライ。そして腰にあるは我が分身、骨喰{ほねばみ}でござる」
一刀斎は重い声色で丁寧に言った。ミス・サンタクロースはしばらくガムを噛んでフーセンを何度か膨らませて、それを弾いてから返した。
「私は悲しみの騎士、トリスタン・ペンドラゴンだ。円卓の聖杯騎士で、水兵とシノビの敵で、たぶん、お前の敵だろうね」
「我が敵を名乗るトリスタン・ペンドラゴン殿。エンタクのセイハイキシとは?」
再びくくく、と喉を鳴らしたミス・サンタクロースこと、トリスタン・ペンドラゴンが応える。
「教えるのは構わないが、聞けばお前は後戻り出来ずに、寿命を縮めることになるぞ? もう五十年くらい残っている人生を、三日間にしちまうのは勿体ない話だろう? 首を突っ込んで馬鹿な目に会うのは賢くないぞ?」
ハスキーボイスのトーンを少し落として、トリスタン・ペンドラゴンは一刀斎を軽く睨み、にやりと笑った。八重歯が牙のようで、舌は血の色だった。
「我が最後の師匠たる伊藤殿より一刀斎の銘を骨喰と共に頂き、サムライの究極を目指して旅に出た時より、命はとうに捨てておりまする。拙者は、トリスタン殿が何ゆえ拙者の敵となるのかに興味がござる。見たところ、白き物の怪やその仲間には見えぬでござるが?」
「白き? ……ああ、そいつはひょっとして、合成人間のことかい? くくく、確かに、あいつらは白いな。だがな、私はあんな出来損ないの中途半端な奴らとは違うさ。ランスロウの野郎があいつらを野放しにしちまったようだが、あんな奴ら、素手で充分さね。聖杯騎士ってのは言葉通り、聖杯の祝福を受けた騎士さ。円卓ってのはマーリンがどこからか持ってきた、デカくてやたらと重たいテーブルだよ。ランスロウの野郎も聖杯騎士だが、あいつと私、悲しみのトリスタンを一緒にするなよ? 私や円卓の連中がお前の敵になるのは、私らが聖杯騎士でお前が地球人だからさ、簡単な話だろう?」
笑みはそのまま、視線だけを冷たくして、真っ赤な女、痩躯のトリスタンは一刀斎に言った。視線とは裏腹に声色は暖かい。
「拙者はランスロウなる人物を知らぬが故、事情は解りませぬ。聖杯なるものも知らぬが、円卓とやらは拙者やリッパー殿の敵の集まりのようでござるな」
「ははは! そうさ。お前の言う通り、聖杯騎士ともあろう者が雁首揃えて仲良しごっこをして、頭数で水兵をやろうってんだから、情けない話さね。ランスロウの野郎はな、四人で行けと言いやがった。円卓最強の聖杯騎士が四人だとさ! 全く、ふざけた話さ」
「四人? しかし、トリスタン殿は単独のように見えるでござるが? 他に三人伏せている気配もない」
出入り口ドアと窓をちらりと見た一刀斎が、首をかしげた。
「ああ。きっちり地上に降りたのは私だけで、残りは全員、妨害にあったのさ。あれはきっと、シノビの仕業だろうね。谷駆ける騎士、パーシヴァルを足止め出来る奴なんぞ、私以外はシノビだけさね。だが、さすがのシノビも私までは止めることは出来なかったと、そういう事情だよ。お分かりかい? スガナントカ。それと……そっちの男」
トリスタンの科白に一刀斎は背後を見た。一刀斎の後ろには小さなベッドと、その上で眠っているリッパーとドクター・アオイ。ベッド脇に事務椅子とテーブルがあって、椅子には分厚いポンチョを羽織った傭兵コルトが座っている。テンガロンハットを深くかぶり黒いサングラスで眠っているようだったが、トリスタンが声をかけるとテンガロンハットが揺れた。
「……何だ、気付かれてたのか。さすがだな。アンタ、ミス・トリスタン、だったかい? 全身真っ赤でミス・サンタクロースのほうがお似合いだがな。ランスロウの仲間ってことは、アンタ、サイキッカーだろう? あれこれと喋っていいのかい? 聞いたから命はない、なーんてのはご免だぜ?」
テンガロンハットを浮かして一礼したコルトは医務室の壁を見つつ、事務椅子に座ったまま右のリボルバーを抜いてガンスピン、くるくると回し始めた。左手には煙草があった。
「言っただろう? 私らは仲良しごっこじゃあない。このサムライとやらとお前が私らのことを知ったからって、何が出来るでもないさ。聖杯騎士は最強で、アマテラスはデカいし、円卓は遥か彼方だ。それにな、ランスロウやらマーリンがどうのこうのは、私にはどうでもいいのさ」
「そいつはおかしいな? 俺は、アンタらサイキッカーは秘密部隊で、隠密行動してるって聞いていたが?」
どうやら寝起きらしく、コルトの声色は曇っていた。右手でガンスピンを続けるシルバーのシングルアクションアーミーは、冷たい部屋の空気をひゅんひゅんと切り裂いて縦横に回転している。
「秘密部隊? そういうことになっているのかい? 全く、ランスロウの野郎がやりそうなこった。あの野郎はとことん陰気なのさ。だがな、私らは同じ円卓に座ってはいるが、仲間でも何でもない。まあ、聖杯やマギノギオンのことなんぞは聞かれても答えられん。何せ知らないからね。そういうことはマーリンに直接聞きな」
白いソファに腰掛けたまま、声色を変えるでもなくトリスタンは返した。一刀斎が再び煙草を差し出したので、ガムと煙草を口にしている。一刀斎も紫煙を口から吹いていた。
「だったら、ミス・トリスタン、ちょいと教えてくれ。アンタら、いや、アンタの知り合い連中は何を企んでるんだい? リッパーと話がしたいって、そう言ってたが、敵だとも言ってたな。アンタはグラマーな美人だし、出来ればやりあいたくはないんだが?」
世間話でもするような口調でコルトは言って、欠伸と煙草の煙を同時に吐いた。真っ黒なサングラスは変わらず壁を向いたままで、右のガンスピンも続いている。
「拳銃の男、お前も面白い奴だな? 名前は?」
「俺かい? 俺はコルト、フリーランスの傭兵さ。死神コルトで通ってる。セニョリータ、アンタはミス・トリスタン、で良かったかな? ひょっとして、ミセス・トリスタンかい?」
ははは、と大きな笑い声はトリスタンからだった。
「死神? そりゃあ凄い。その拳銃で首を刈るのかい? 私はトリスタン・ペンドラゴンで、ミス・トリスタンさ。円卓の聖杯騎士、悲しみのトリスタンだ。円卓の連中はみんな堅物ばかりでな? 美人だとか言われるのは久しぶりだが、悪くないね。死神、知りたいのなら教えてやるよ。目的は、色々だよ。ランスロウの野郎は出来損ないの合成人間どもとアマテラスでこの星と火星の制空権を取りたがっているが、円卓の総意でもないし興味もない。マーリンはマギノギオンを再現しているだけの胡散臭い爺で、融通の利かないパーシヴァルの奴はシノビ相手にガキの使いをやってるだけさ。私は、マーリンから地上に降りて水兵を始末するように言われたんだが、正直、水兵もアマテラスもマギノビオンもシノビも、どうでもいいのさ。陰気なランスロウを半殺しにした、愉快な水兵の顔を拝んでおこうって、今はそれだけさね」
言葉尻に笑みを含み、トリスタンは煙草をゆっくりと吹いた。
「それだけ、ねぇ。アンタは美人で、ついでにお喋りだな? ミス・トリスタン。リッパーが吹っ飛ばしたはずのクソサイキックのランスロウが生きてるってのは驚きだが、まあ、そもそもが怪物だ、そういうのもアリだろうよ。アマテラスだのマギノギオンだのと知らない言葉があれこれだが、そういうのはリッパーの左腕さんにでも任せればいいさ。で? ミス・トリスタン、これからどうする? サイキックを使って俺たち全員ぶちのめすのかい?」
トリスタンと同じく煙を吹いたコルトが、右のリボルバーをガンスピンさせたまま尋ねた。
「そうしろとランスロウの野郎が言っていたが、私はあのランスロウは気に入らんし、奴の部下でも小間使いでもないから、今は何もしないさ。それに、死神、お前は面白い男だ。殺すのは惜しい。このサムライ男もな。ランスロウをやった水兵がどんな奴なのか話でもしておきたいところだが、何だか知らないが寝ていて起きる気配もない。寝ているところを起こされるのは私は大嫌いだから、そろそろお邪魔するよ」
言うと、トリスタンはソファからゆっくりと立ち上がり、二本目の煙草をブーツでもみ消してドアに向かって歩いた。が、あと二歩というところで止まった。
「なあ、死神? 水兵ってのは、どういう奴だい? シノビの連中を連れて歩いて、強いのはまあ解る。聖杯騎士のランスロウを半殺しにしたんだからね。しかし、シノビが誰かに手を貸すなんて話は初めてだ。それでも、円卓最強の聖杯騎士、ランスロウをやったのがシノビ連中なら解るが、マーリンの話だと水兵の仕業らしい。派手な武器を持っているとも聞いたが、髪だの腕だのが銀色って以外はただの女にしか見えないんだがね」
「リッパーは、短気で血の気の多い美人ガンマンだよ。海兵隊の将校さまで頭はいいが、長生きしないタイプさ……俺やアンタと同じでな」
「ははは! 私と同じかい。こう見えて随分と長く生きているんだが、まあいいさ。やりあうのが楽しみだよ。死神とサムライ、お前らもな? 煙草、ごちそうさん。小さいお嬢さんにもよろしくな」
再び大笑いしたトリスタンは「またな」という科白を残してドアから出て行った。