表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

2. ベルンハルト第一王子視点

「マルガレーテ・オルブリヒ侯爵令嬢、君との婚約を破棄する」

私は学園の卒業パーティで宣言した。


 これに対してマルガレーテは婚約は家と家の契約で、王家の婚約は国家の未来にもかかわることだから、俺の一存で決められないと反論してきた。


まったくもってごもっともなことである。廃嫡になる? こちらは臣籍を得て自由に相手を選びたいくらいだ。




 そもそもこの婚約破棄は俺の一存ではない。すでにオルブリヒ侯爵家には国王から内々に婚約を解消すると通達して、侯爵からの同意も得ていたはずだ。


それがこんな卒業パーティの席でしかも破棄の発表になってしまったのは、卒業後は修道院に送られることになっている令嬢がみんなの前で結婚を宣言すればワンチャンスあるとばかりに、護衛をかいくぐって私に近づいて抱き着き、キスと結婚の確認を大声で求めてきたからだ。


「さあ、この晴れやかな席で、私たちの輝かしい婚姻の一歩を踏み出しましょう」


それは関係者がそれで合意していればめでたいことかもしれないが、それを望むのは令嬢のみだ。反撃を喰らって当然だろう。


本来なら卒業式前に修道院に送ってしまえとの声もあったのに、卒業式くらい出してやりたいという侯爵の意を受けて許可すれば、このざまだ。


おとなしくしていればこんな公開の場であげつらうようなことはせずに済んだし、病気療養の名目で下がらせ穏便に済ませる国王の配慮も無下にしてしまった。




 だいたいマルガレーテ侯爵令嬢が第一王子の婚約者になったのも元はと言えば侯爵の暗躍のせいだ。


我が国の3つの公爵家からは妃が出せなかった。一家は先王の弟の起こした家であり近すぎること、一家は現王妃の実家でこれも近すぎること、また別の一家は近年は王家との縁戚は遠いがちょうどよい年齢の子女がいなかった。


そこで侯爵家の中で最も大きな勢力を誇るオルブリヒ侯爵が自分の娘を押し込んできたのである。





 実は王には若いころから親しくしている伯爵がいて、そこにちょうどいい年齢の子女がいた。


そして王と伯爵はそれぞれの子が結婚するのもいいかと、幼少のころから一緒に遊ばせていたのだ。

さいわい俺と伯爵令嬢は仲が良く、2人の親とも将来は一緒にさせるつもりだった。


ところがあるとき、伯爵領にひどい大風が押し寄せて、領地に多大な災害が起こってしまった。

伯爵自身の財産はもちろん領民にも大きな被害をもたらすことになった。


自身の生活はそこそこに領民の生活の再建をするために伯爵は多大な支出を行い莫大な借金を背負うことになった。王家からも見舞金は出たが、それでは到底足りるものではなかった。




 その伯爵家の債務をオルブリヒ侯爵は商人から買い取り、伯爵家が財務が苦しいときに返済を求めた。もちろん伯爵は返せるものではない。


そして返済の繰り延べの条件として、侯爵の取り巻きのさる商家が息子に貴族出の婚約者を欲しがっているとの話を持ち込み、伯爵に迫ったのだ。


もしすでに伯爵令嬢が王子妃として公式に決まっていればそんな横やりは排除できたのだろうが、あくまで王と伯爵の個人的な話し合いに過ぎないものであり、侯爵はかなり強引に話をまとめ上げてしまった。


ある日伯爵令嬢は「もうここには来ることができないの」と言って、帰って行った。


俺は陛下ちちになぜ会えないのかと問い詰めたが、あきらめなさいと諭されるだけであった。




 無事邪魔者がいなくなり、幼馴染を取り上げられてしまった俺のもとに侯爵は自分の娘を送り込んだ。それがマルガレーテだ。


娘には王子に色目を使うようにと言い含めたようで、その意を受けたマルガレーテは必要もないのに近づいてきたり、わざわざ胸を俺の腕に当てるなど、ほとんど痴女のようなふるまいを行った。


俺にとっては迷惑だったし、近くの者にもそう見えていたのだが、侯爵は若い二人の愛くるしい姿だとほめあげ、かなり多くの貴族家へ高価な付け届けも送り、俺と娘の婚約を押し通してしまったのだ。


いくら侯爵家とは言え、あそこまで多くの贈物で財務は持つのかと人は心配にするほどだったという。





「婚約破棄なんて、私がいなくなったら、侯爵ちちの後ろ盾もなくなり王子は即位できませんよ」


マルガレーテはどこかの娯楽読物の婚約破棄話を真に受けて俺に迫る。しかし全く状況は異なるのだ。


「いやいや、そもそもあなたの不貞の結果だ。しかも三公爵家ともオルブリヒ侯爵のやり方を苦々しく思っている。君と婚約破棄しても私の立太子は変わらないし、だいたい私は臣籍を得ることも構わない」




 不貞の言葉が出て周囲はざわつく。まったく侯爵は娘に因果を含めなかったのか。


マルガレーテ本人の不貞はすでに発覚し、侯爵は非難して修道院に送ると言い渡しているはずだ。


どうやら彼女は不貞を侯爵家が見つけて王家には知られていないと思い込んでいるようだが、そうではない。王家の密偵が見つけて侯爵家に知らせ難詰したのだ。


だからマルガレーテが俺と結婚するなどということはもはやあり得ない。






 以前からマルガレーテの無類のイケメン好きは知られていた。しかも侯爵の教えの結果なのか、やたらとボディタッチが多い。


さすがにマルガレーテは王太子の婚約者だけあって、学園でも2人きりになろうとする男子生徒はいなかった。


男子生徒からすると、マルガレーテは胸が大きく男好きのする豊満な体ではあるが、うっかり男女の仲を疑われて王家や侯爵家に睨まれても困る。その点は親たちからもずいぶんくぎを刺されていた。


せっかく言い寄ったイケメンたちがあるラインを超えるとすぐに引いてしまうことにマルガレーテはずいぶん不満だったようだ。




 マルガレーテは将来を見据えて交流というが、交流している相手はイケメンとマルガレーテにおべっかを使う女子生徒ばかりだ。


重要人物でも顔が際立っていないと通り一遍の対応だし、親の地位も顔もなければ全く視界にも入っていないような扱いだ。


ところがさして重要でない男爵や商家あたりの息子でもイケメンであれば取り巻きに入れる。

それをもって爵位や身分にかかわらずと彼女は主張するが、それはその通りで、男子についてはイケメンかどうかが基準である。


女子についてはマルガレーテをほめたたえ、うるさいことを言わない者ばかりである。





 マルガレーテの不貞が発覚した経緯はこうだ。ある日、王宮宛てに差出人不明の手紙が届いた。それはM嬢が不貞を働いているとの内容だった。


初めは取るに足りないいたずらか侯爵に不満を持つ者のいやがらせだと一笑に付されていたが、繰り返されるうえに内容が具体的である。さすがに捨ておけなくなり、王室の暗部が調べることになる。


ご丁寧に密会している待合まで知らされ、密偵が前で張っていると、変装した令嬢が現れた。待合など令嬢の使うものではない。


そしてしばらくするとずいぶんな美少年がやはり待合に入り、2~3時間を過ごしてそれぞれ別に出て行った。


そのようなことが3度ほど繰り返され、密偵も待合の隣室で問題の部屋を監視するなど証言者も十分得られたところで、相手の美少年は捕らえられた。


侯爵令嬢となると捕らえるにはかなり面倒な手続きが必要となるため、そちらの逮捕は控えられた。


美少年は名をシャルルと言い、旅回りの劇団の二枚目俳優であった。


シャルルは取り調べに対し、楽屋にいるとさる商家のご令嬢から個人的に会いたいとの連絡を使者を通じて受け、金貨をつかまされて待合に行ったとのことであった。


あまり品のいい話ではないが、ドサ回りの劇団あたりでは二枚目俳優がおひねりをくれた客に呼ばれて一夜の相手をすることは多々ある。


本人はどこぞの商家の令嬢と思い込んでおり、第一王子の婚約者などとはつゆ知らずしたことで、処罰するわけにもいかず、事件の決着がつくまでは勾留されたが後に釈放となった。




 不貞相手のシャルルから証言が得られ、侯爵には王宮への出頭命令が出された。


国王は侯爵にマルガレーテの不貞について話し、すでに十分な証言が得られていること、とうぜん婚約は破棄されるべきこと、ただし混乱を最小限にするため病気療養の名目で修道院に下がることは認めることを言い含めた。


侯爵は陰謀を疑い、はじめは怒りをあらわにしていたが、何度も見せられるあまりに具体的な証言の記録に、うなだれていった。




「王家の陰謀だというのは無駄だよ。だいたい学園で君に迫られた男子生徒が何人も証言しているんだ。侯爵も頭を抱えていたそうだよ。

しかもシャルルとの逢引きだって、君は変装したつもりかもしれないけど、王家の密偵だけでなく侯爵家の政敵も見つけている。

そりゃイケメンと一緒に歩いているのを見せつけたいのはわかるけどね。シャルルも捕まっているし、もう何人もの証言がある」



俺の反論を受けて、マルガレーテは明らかに狼狽している。



「殿下がローゼと仲良くしているのがつらかったんですぅ」

マルガレーテが気持ちの悪いくねくねした様子で反論した。


「まず私とローゼは全く男女の仲ではない。それは陛下ちちもご存じだ。というより彼女は陛下のつけた私の秘書だ」


「それから君の他の男子生徒への付きまといはローゼが入学する前からだったね。それについてもいくらでも証言がある」

見回すと何十人もの生徒が首肯している。


「君はわかっているのか。旅役者の子が王子や王になりかねないところだったのだ」


一時いっときのあやまちだったんですぅ。誰にでも間違いはあるでしょう?」


「いやここまで大きい過ちはそうそう起きないよ。しかも君は一時というが1回や2回じゃないよね。

考えてもみたまえ。侯爵ももう認めているし、貴族間でも全く支持されないだろう」


「そんなぁ。わたしはどうすればいいんですかぁ?」


今になって間抜けなことを言っている。


「侯爵にも言われただろう、修道院に行くことだ」




 侯爵家は婚約を得るためにかなりの持参金を積み、諸方の貴族家にも付け届けをしたと聞いている。


いくら侯爵家とはいえそこまでの財産はあるはずもなく、出入りの商人から借金をしている。


娘が王妃になれば御用達の看板を得られると商人はずいぶん貸しているようだが、今回の婚約破棄で一体どうなるのか。侯爵家の有責破棄だから、持参金の返還もない。


まさか貴族家への付け届けを返してもらうわけにもいかない。病気で下がるならともかく、娘の淫行で破棄では商人から責任を追及されて派手に取り立てられるのではないのか。


宝石や衣装や家具や食器その他の値のつく家財は商人に差し押さえられるだろうし、領地は王国法で商人が直接差し押さえられないながら、徴税権を差し押さえられるか、あるいはかなりの領地を王家に返上して金に換えるほかないのではないかと想定されている。




 財産ばかりではない。不貞では反逆になりかねない。今回は侯爵は王家に従ったとはいえ、最後に娘の暴走を許してしまった。侯爵自身の隠居や侯爵家自体の降格も今後話し合われると思われる。



 侯爵もまさか娘を殺しはしないだろうが、殺してやりたいくらいだろう。


とはいえ、そもそも侯爵が王の意向に逆らって娘を未来の王妃にしたいなどと野望を持ったのが間違いの始まりだ。投資をするならもっと地に足がついたものにすべきだ。


貴族の見栄や対抗意識がこのような無茶をさせたのだろうか。


さらに娘に媚態を使わせたり、その結果なのか男好きになってもあらためさせようとしなかった。最後はきちんと因果を含めておくべきところそれもないがしろにした。


大きな賭けをしながら、徹底的に甘い男でしかなかったのだ。娘はそんな愚かな男の被害者だともいえる。もちろん娘本人も愚かだったのだが。




 あとは修道院で心安らかな日々を送るのがいいだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ