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恋なんて知らなかった 【後編】 R15  作者: 湯川 柴葉
第十章 恋はいつも唐突に
48/50

第98話 心の整理

毎日1話 午前3時投稿

 金曜日の夜、結心さんと天野さんが(うち)にやってきた。


「詩織さん、大丈夫?」

 結心さんが、心配そうに私の顔を覗き込む。

「ありがとう。案外、大丈夫なのよ。コーヒーでいい?」

 天野さんをソファに座らせてから、結心さんが二人分のコーヒーカップを持っていく。相変わらず、天野さんとピッタリくっついて座った。


「彼の手術は心配無かったから、まぁ良かったよね」

「うん。でも、お見舞いに行かなかったら良かったわ」

「相談されてたら、行かないほうがいいって言ったと思うけどなぁ」

「そうよねぇ。私もそう思ったのだけど、何かねぇ、やっぱり心配だったし顔も見たかったから」

「気持ちは分かるわ」

 結心さんが優しく言ってくれた。

「まあ、それを言っても仕方ないから、これからどうするかだよね」

 天野さんが、少しビジネスライクに話を進めようとする。

「どうしたらいいの?」

「そりゃ、詩織の気持ちだけの問題だから、決めるのは詩織本人じゃ」

「そうなんだけど、どういう風に考えたらいいか分からないのよ」

「でも、結論は分かっているのよね?」

「え? 厳しい言葉を言うわねぇ。……確かに、結論は初めから出ているのよね」

「別れるってこと?」

 結心さんが、驚いて心配そうに言った。

「うん。それしかないんだよねぇ」


「その前に、もう少し整理してみたほうがいいと思うよ」

「何を整理するの?」

「そりゃ、現状分析と心の分析でしょうが」

 天野さんが、当たり前のように言った。

「それで、結論が変わるの? 全部初めから分かったことじゃないの?」

「要するに、まだ別れたくないのに別れるって悲しいのよね?」

「そんなの当たり前じゃない!」

「そう感情的になるなよ。そもそも、まだ彼の奥さんにバレた訳じゃないんだからね」

「あっ! そうか! まだ緊急事態じゃないんだよね!」

「そういう、極端な発想になってることが、理性を失っている証拠なのよ」

「ごめんなさい」

 でも、今の一言で、突然世界が明るくなったような気持になった。


「まだバレていないとは言え、遠からず知られる可能性が高いと思うよ」

「あ~、そうか~」

 また私の気持ちが下がった。

「つまりねぇ、詩織が奥さんを見たときに綺麗だと思ったり優しそうだと思ったりしたことは、相手にも伝わっていると考えるべきだろう」

「そんな定理があるの?」

「ライバル同士のテレパシーみたいなものかも知れない」

「そんなの聞いたことないわ」

「会うまでは、奥さんは何も考えてなかったかも知れないけれどね」

「え~? 私、なんて馬鹿な行動してしまったんだろう。落ち込むわ」

「例えばね、奥さんが綺麗でなかったら、どう思うか?」

「考えたことない」


「詩織のことを『綺麗な人ねぇ。こんな綺麗な人が主人を好きになんてなる筈がない』と思うかも知れない」

「安心するのかぁ」

「奥さんが綺麗な人だったからこそ、主人が狙うかも知れないと危険を感じるのじゃない?」

「なるほど。そういう可能性もあるわけね」

「詩織だって、奥さんが綺麗だと思ったから、不安になったのじゃない?」

「?! そうなのか! そうかも知れないわ!」

「人間の心というものは、案外そういう風に、相手次第で揺れ動いて微妙に変化するのよ」

「そうかぁ。だから、奥様が薄々と気が付くかも知れない。あるいは疑念が発生したかも知れないのね」

「まあ、そういう可能性が高いから、いずれバレるかも知れないと言うだけのこと」

「あ~ぁ、お見舞いに行かなきゃよかったわ。後悔してる」

「後で、奥さんが彼に『綺麗な先生だったわねぇ』と言ったら、拙いと思うべし。主人の反応を見るための会話だね」

「そんなぁ~」

「彼が、『そうなのよ。学校で皆の憧れの人みたいよ。僕には関係無いけどなぁ』と笑って誤魔化せば済む話かも知れないけどね」

「微妙な心理戦なのねぇ」

 

「さて、前置きはそのくらいにして、現状分析を纏めよう」

「はい」

「まだ奥さんにバレてはいないけれども、見舞いに行ったことで遠からずバレるリスクが高まった。彼の今後の行動次第かも知れない」

「はい、自分の蒔いた種です。彼の行動って、デートを自粛するとかよね?」

「まあ、そういうことだろうねぇ。それとね、1年前に浮気疑惑が勃発したよね?」

「うん。原因というか詳細不明のままだけどね。それが何か?」

「あれは不自然だったよねぇ。浮気しかけたのか不発だったのか知らないけど」

「結局、彼は何も言わなかったし、その後、元通りになったから不問にした」

「つまり、どこかで、詩織を捨てる可能性を否定できないと言わざるを得ない」

「! それはあるかも知れないけど……」

「いや、だから、奥さんが美人だったんでしょ? 彼は、結果として案外美人を口説けるわけじゃんか」

「そういうことか! 私しかいないだろうと思うのは甘いということね」

「それを前提として、今後の方針を考える必要があるのではないか? と思う」

「滅多にないとは思ってたけど、でも、確かにそうよねぇ」


「次に考えなくてはならないことは、詩織にとってはもう、彼とのセックス抜きは我慢できないでしょ?」

「え?! ……恥ずかしいけど、確かにそうなのよね。この4年間いっぱい教えられてきたから、彼が居ないと耐えられないかも」

「『彼が』ではなくて、多分セックスによる快感を忘れられないということじゃないかなぁ」

「今は、彼以外の人では考えられないけど、もしかしたらそういう風になるかも知れない。どうしたらいいの?」

「ここが難しいところなんだよね。心と身体の関係がリンクしてるだろうからね」

「う~ん、リンクねぇ」

「だから、麻薬みたいなものなんよ」

「止めてよ、中毒患者みたいな扱いは」


「違う男とセックスするイメージはある?」

「ないわよ! そんなの気持ち悪いわ!」

「そこなのよ。まず、そこからの脱却がカギなのかも知れないな」

「どういうこと?」

「だから、彼に(こだわ)る原因は、セックスと愛情がリンクしているからということ」

「だって、普通はそうでしょ?」

「普通は、それで問題ないからね。でも別れられない原因の1つとなると、解決しにくい問題」

「心と身体がセットで彼に結び付いているというのは確かだわ」

「この結びつきが崩れた瞬間に、彼とは別れることができるようになる」

「可能かどうかは別にして、その考えは理解できる気がする」

「まあ、呪文とか呪いみたいなもんかも知れんなぁ」

「怖い表現しないでよ」


「心の分析の結果、まぁ別に分析はしてないけど、心と身体が堅くリンクしている状態下では、別れるには非常に大きな努力や悲しみが伴う」

「やっぱり、別れる前提になるのね?」

「それは、『いずれ遠からず別れる』という表現にしておこうかね」

「今直ぐにじゃなくてもいいの?」

「本気で泣く気があるのなら、迷わず、今すぐだ」

「え~?」

「だから、いずれ別れるのは覚悟の上なんじゃろ? それを出来れば泣かずに別れる方法を考えようということ」

「あ、そういうことなのね。その方法があるの?」

「だから、さっきの心と身体のリンクを解除するしかない」

「そんなの無理だわよ」

「バレたら、即涙を流して別れるんだからね」

「泣かない方法を教えて下さい」


 要するに、心と身体が彼に結び付いているから、別れるというのは大変なのだと。恋愛を始める前は、そういうことを考えてなかったわ。もっとシンプルに割り切ったらいいのだと思っていた。甘かったのよね私。



読んで頂きましてありがとうございます。


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