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恋なんて知らなかった 【後編】 R15  作者: 湯川 柴葉
第十章 恋はいつも唐突に
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第97話 院生たちとお見舞い

毎日1話 午前3時投稿

 彼の胃がん手術は無事に終わって、「もうお見舞いに行っても良いみたいです」と近藤ゼミの子から連絡があった。事前に打ち合わせたとおり、近藤ゼミから二人と私のゼミから二人プラス引率の私で合計5人がお見舞いに行く。勿論、花束は私が買って、学生たちは私に付いてくるだけ。学科としては特にお見舞いには行かないとのことで、私たちが代表していく形だ。


 病院に着くと、彼は元気そうだったけど、心なしか少しゲンナリした様子だった。そりゃそうよね、胃の手術だもの直ぐには食べられないし、手術はいくら軽くても体力を消耗する。奥様が身の周りを世話していたので私が代表して挨拶し、ゼミの子たちも頭を下げて挨拶した。彼は、嬉しそうにニコニコしていた。


「先生、お元気そうで安心しましたけど、随分にこにこしてるのは、やっぱり若い子たちがくると嬉しいんですよねぇ」

 私は面白くて仕方ないという風に、にこやかにからかった。学生たちもにこにこしている。

「いやぁ、そう言われると恥ずかしいですが、正直嬉しいです」

 と返事をするものだから、奥様が呆れた顔をして、

「いつも学校でこんな顔しているのですか?」

 と、学生たちに聞いた。

「はい! 近藤教授は、いつもお優しいです! 時々ケーキをご馳走して下さいますし」

 と、一人が堂々と答えた。

「まぁ! 家では殆ど話をしないんですよ」

 奥様は驚いている。

「え~? 先生、こんな綺麗な奥様を大事にしないといけないじゃないですか!」

「え? そこで、僕を責めるの? 君たち、僕のお見舞いに来たんじゃないの?」

「あ、そうだった! 先生、お大事になさってくださいね!」

「とって付けたようなお見舞いの口上だなぁ」

 皆で、楽しそうに笑ってしまった。


「あまり長く居るといけないから、ぼちぼち失礼しましょう。先生、ゆっくり養生してくださいね」

 私が適当なところで纏めて帰るきっかけを作った。

「皆さんで来てくださいまして、本当にありがとうございました。ご迷惑をお掛けしていますが、どうぞ宜しくお願いいたします」

 奥様が丁寧に挨拶を返して下さった。綺麗で優しそうな奥様だ。

「先生、では失礼します! ゆっくり休んでくださいね! 授業のことは心配しなくていいですからね」

 学生の一人が言うと、近藤先生は慌てて、

「そうはいかん! できるだけ早く授業を再開しないと、君たちは遊び癖が付いてしまう」

「え~? 身体を大切にしないとだめですよぅ」

 別の学生が返す。

「君たちは、ちっとも僕の心配をしてないだろう? 授業がなくてもレポートを出させるようにするかねぇ」

「心配してま~す!」

「レポート反対で~す!」

「これ! 貴方たち、いい加減にしなさい! 帰りますよ!」

「は~い!」


「奥様、申し訳ありません。近藤教授がお優しいので、学生たちが好き勝手なことを言ってしまいまして……」

「とんでもないです。主人も嬉しそうにしていますから、気分転換になったみたいでありがとうございました」

「それでは失礼致します。どうぞお大事になさってくださいませ」

 奥様に再度丁寧に挨拶をして病室を辞した。奥様がエレベーターまでお見送りをして下さったので、何度も頭を下げる羽目になったのは言うまでもない。



 研究室に戻ってきた。歩いたこともあるけれど、気疲れしてしまったので、教授室でちょっと仮眠してしまった。椅子の背凭(せもた)れに身体を預けて先ほど会った彼の奥様のことを考えていたら、うとうとしてしまったのだ。お見舞いに行けば、奥様に会う可能性があることは予期していたのだけれども、実際に会ってみると正直に言って想像以上に重かった。奥様が意地悪そうだったらそうでもないと思うが、思っていたよりも優しそうに見えたので、何だか申し訳ないような気持ちになってしまう。


 それに、かなり綺麗な方だった。こんなに綺麗な奥様がいるのに、何故彼は浮気なんかをしているのだろう? そりゃ、中に入ってみないと分からないことが夫婦にはあるのだとは思うけれども、綺麗で優しそうなら文句を言うのは贅沢じゃない? だって、100点満点の人なんていないでしょうから、1つや2つは難点があっても我慢すべきだと思うもの。


 彼からは奥様の悪口なんて一度も聞いてない。彼から聞いたのは、「惰性の関係だから、別れても構わない」みたいな内容の話だったと記憶している。つまり、どこが悪いとかではなくて、形式上の夫婦でいるだけであって、倦怠期どころか愛情の欠片(かけら)もない関係だと言う意味だったのだろう。だから、私は、それほどの罪悪感を持たなかった。


 私は、奥様が気付かない限り奥様の邪魔をしているような罪の意識を持たなくていいと思っていた。ちょっと借用するだけみたいな軽い気持ちになっていたのだと思う。それが、実際に顔を合わせてしまうと、奥様に申し訳ないという気持ちが湧いてきた。彼との仲が悪そうだったら何も思わなかったかも知れないのに、そんな雰囲気無くて、綺麗で感じの良い奥様だったから、彼が悪いのだと思ってしまう。


 夕方、彼からLINEメッセージが送られてきた。奥様が帰っても、相部屋だから電話はできないので、メッセージだけ。


「今日は、お見舞いに来てくれてありがとう」

「どういたしまして。元気そうで安心しました」

「若い学生たちが数人くると、やっぱり突然部屋が明るくなるねぇ」

「若くない人が混ざっていてごめんなさいね」

「いや、そんなことない! 詩織さんが来てくれたのが一番嬉しかった」

「あら、そんなことを書いていていいのですか?」

「大丈夫だよ。それに、お世辞で言ってるのではなくて、本当に嬉しかったから」

「まぁ、それはどうも」


「手術の結果と検査の結果も心配なかったのよね?」

「あゝ。心配なかったから、僕もほっとした」

「良かったですね。じゃ、退院は早いの?」

「多分、週末には退院できると思う」

「少し体重が落ちたでしょ? 少し痩せたように見えたわ」

「そうなんだよね。少し痩せた。手術のせいと言うよりも、手術後まだ真面(まとも)なものを食べてないから」

「そうよね。何しろ胃の手術だものねぇ。でも、内視鏡手術だから、4日目くらいからはもう食べられるのじゃない?」

「毎日お粥のご飯粒が増えていく」

「最近、手術後の食事は案外早いのよね。まあ、腫瘍の大きさにもよるかも知れないわね」


 暫く、そんなやり取りをしたあと、私は家に帰った。家に帰ってから、結心さんにLINE電話で話をした。

「そうなんだ。詩織さん何も言わなかったから知らなかったわ。私たちはお見舞いしなくていいの?」

「いいよ。そんなに親しいわけじゃないでしょ?」

「うん、そうだけど、詩織さんを通して、かなり親しいのと同じくらい良く知ってるわよ」

「あはは、それ言えてるかもね」

「でも奥様と会って話をしたら、詩織さん、今、気持ちが不安定になってるでしょ?」

「そうなのよねぇ。色々と考えてしまってねぇ。複雑な気持ちなのよ」

「大丈夫? 天野さんと一緒にそちらへ行こうか?」

「ありがとう。今夜、ゆっくり一人で考えてみるわね。それから、二人で来てくれたら嬉しいかも」

「分かった。天野さんにも伝えておくわね。そんなに急がなくてもいいだろうけど」


 私からお願いしなくても、結心さんから来てくれると言ってくれた。結心さんは、こうした気配りができる人なので、本当に有り難い。



読んで頂きましてありがとうございます。


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