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恋なんて知らなかった 【後編】 R15  作者: 湯川 柴葉
第七章 初めてのキス
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第61話 突然抱き締められた

毎日1話午前3時投稿

 月曜日の午後。

 院生たちの目を避け、教授室の椅子に座って、昨日のデートのときに彼から借りたスマホを取り出した。

 教えて貰ったとおりにボタンを軽く押すと、メニュー画面が開く。LINEのマークにタッチするとLINEが開いた。

 このタッチすることをタップというそうなのだが、タッチとどう違うのか調べてみた。


 タッチ(touch)は接触する。タップ(tap)は軽く叩く。液晶画面での操作方法を指す言葉。でも、どちらの方法でやっても結果は変わらない。

 要は液晶画面のセンサーが反応すればいいのだから、同じことだ。みんながタップと言っているから、私も知ったような顔をしてタップと言おう。


 教えられたとおり、電波のマークも点いているからWIFIも大丈夫みたいだ。

 届くかどうかをテストしてみるため、「こんにちは」と入力して送信した。

 緑色枠内に「こんにちは」が表示され、その左横に送信時間が表示された。無事に送信できたみたいだ。

 ちょっと見ていたら、送信時刻の直ぐ上に「既読」という文字が表示された。彼が見たということよね。

 すると、直ぐに白い枠が出て「こんにちは! 無事届きました」というメッセージが表示された。

 確かに便利だ。私が今見てるから、彼にも「既読」が表示されているのよね。凄い! 私のスマホを見ている状態が結果的に伝わるのだ。


「昨日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

「また帰る頃に連絡しますね」

「はい。よろしく」


 文字による短い会話だが、ちょっと新鮮な感じ。

 これはこれで便利なツールよね。

 結心さんにも、これで連絡できたら便利かも知れない。でも、これ、家ではWIFIないから使えない。

 もう少し使ってみてから、買うかどうかを考えよう。


 夕方になって皆が帰ったころに、またLINEをしてみた。

「今日もお疲れさまでした。そろそろ帰ろうかと思います」

 直ぐに既読になって、返信がきた。

「お疲れ様です。僕も帰ろうかと思ってた。どこかでお茶でもしない?」

「連続記録を作ろうとしてますか?」

「あはは、そんな気は毛頭ないけれども、まあ声を聞いたら会いたいと思ってしまう」

「声は聞いてないけどね」

「あ、そうか。文字だけか」

「近くの喫茶店で会うと、誰かに見られるかも知れないわよねぇ」

「そうだねぇ……」

「じゃ、私の家でお茶を飲む?」

「いいの?」

「ご飯も食べたい?」

「毎日外食して帰るのも何だから、今日はお茶だけにする」

「分かったわ。もうすぐに出る?」

「5分ほどで出られる。この前のところで待ってるよ」

「はーい」

 確かにスマホは便利だ。電話のほうが楽だけど、誰にも気兼ねしないで連絡できるのは、素晴らしい。

 手早く帰り支度をして、研究室と教授室のカギをチェックしたあと、校門へと向かった。

 待ち合わせ場所に歩いていくと、ちょうど彼の車が止まったところだった。


「4日連続記録ね」と笑いながら車に乗り込んだ。

「どう? スマホは便利でしょ?」

「うん、便利ね。使い方も特に難しくないから、すぐに慣れたわ」

「詩織さんが環境に即応できる優秀な人だからよ。できない人が結構いるからね」

「そうなの? まあ、パソコンを毎日触っているから、感覚的には難しくないのかもね」


 家に着いて、私が先に上がって洗濯物を片付けたりしていると彼がやってきた。ソファに座って貰って、お茶の用意をして、私も彼の向かい側に座った。


「新しいスマホはいくらくらいするの?」

「スマホは、これをそのまま使ったらいいよ。新しいのを買わなくていい」

「結心さんとLINEするには、WIFIの契約が必要なのよね?」

「学校ではWIFIできるけど、自宅なら契約しないとね」

「契約は、月5百円程度?」

「電話が要らないなら、それくらい。LINEだけなら、もっと安い低速通信でも十分」


「手続きは、お店に行くの?」

「このスマホを使って、ここでネットから申し込みすれば簡単」

「ここでできるの?」

「僕のスマホ経由で通信すればできる」

「へぇ~。……LINEの名前はどうするの?」

「LINEは登録を一度削除してから再登録すればいい」

「再登録ができるのね」


「契約には、多分、クレジットカードが必要になる」

「カードは怖いから、口座引落のほうが安心なんだけど?」

「格安スマホはカードだけかも知れないなぁ。調べておいてあげるよ」

「ありがとう。カードだけなら、スマホ契約は止めるわ」

「え~? じゃ、僕が契約して貸してあげるよ」

「貴方との連絡なら学校では契約不要なのに、私が貴方以外との連絡に使うのだから借りるのは遠慮するわ」

「でも、家の電話よりLINEのほうが既読で分かるから僕にも便利。月ワンコイン程度だもの安い」


 相変わらず、私たちの会話は恋人同士の会話じゃないわよねぇ。だけど、連絡事項やら質疑応答やらで結構忙しい。それに、どんな会話をしたらいいのか二人とも分からないのが現実みたい。愛の囁きなんて、したことないのだもの。


 

 暫くして、彼が帰ろうとして立ち上がったので、私も見送ろうと思って立ち上がり、彼の傍に行った。

 彼はくるりと向きを変えた瞬間、私をぎゅっと抱き寄せた。

 私は、思わず「あっ!」と小さな声を出したが、彼の胸に抱き締められて身動きが取れなくなった。

 

 予期しない突然の出来事だったのに、頭の中では、男の人の胸って案外広く感じるものなのねとか抱き締められるって安心感みたいなものを感じる、とか意外なほど冷静に分析しながらじっとしていた。このまま、暫くこうしていたいと思ったから、ゆっくりと彼の背中に手を伸ばして、そっと抱き締め返した。


 結心さんが「頭の中が真っ白になった」って言ってたけれど、私は違った。何故だろう? ……きっと感情の違いなのだろうと思う。彼女は、本当に天野さんに首っ丈で、大好きで仕方ないくらい愛している。私は、それほどではない。彼から求愛されて、色々と考えた末に少しずつ好きになってきたのであって、結心さんみたいに情熱的な恋ではない。


 だから、抱き締められて嬉しいのは確かなのだけれども、そして安心感のようなものを感じているのも間違いないのだけれども、その情熱の違いが結心さんの恋との違いなのだと思う。……まあ、そんな分析なんてどうでもいい。私の恋は一歩進んだのだ。


 暫くそうしていると、彼が私を抱き締める力を緩めて少し身体を離した。私も彼の胸から顔を離して彼を見詰めた。彼が、少し前屈みになって私の顔に近付いてきたので、私は慌てて「ちょっと待って!」と叫んだ。「一度に進むと頭がパニックになるから。……お願い!」と言うと、彼は「ごめん。つい抑えきれなくなってしまった」と言って、身体を離した。

「ううん。突然だったから驚いたけど、抱き締められたのは、何だか嬉しかったよ。でも、ここからは多分もう少し心の準備が必要みたい」と私は答えた。

「ありがとう。……許可なく抱き締めてごめん」と彼は謝った。

 私は、彼の謝罪に対する答えとして、今度は私のほうから彼を抱き締めた。彼も抱き締め返してくれた。今日は、これで満足だわ。


 結心さんが、美味しいところは何度も楽しむみたいなことを言っていたけれども、確かにそうよね。

 幸せは、何度も噛み締めるのだ。



読んで頂きましてありがとうございます。


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