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エピソード2 怪物公爵の噂


 こうして、アンネローゼは怪物公爵の屋敷を訪ねることになった。けれどエクリプス公爵家を訪れたアンネローゼを出迎えた執事より、公爵の不在を告げられてしまった。


「……訪問日はお知らせしていたはずですが?」


 相手は公爵で、こちらは子爵家の令嬢でしかない。それでも、守られるべき礼儀があるはずだと批難の視線を向ける。それに対し、執事は恐縮しっぱなしである。


「大変申し訳ありません。やむにやまれぬ事情がありまして」

「……そうですか。それで、おかえりはいつごろになりそうですか?」

「その……明日か、明後日には」


 数刻どころか、日付を跨いでの大遅刻。

 横に控えていたシャロが一歩まえに出る。


「――そちらから縁談を持ちかけておいて不在などと、失礼にもほどがあります!」

「シャロ、止めなさい」

「しかし、アンネローゼ様!」

「シャロ?」

「……失礼いたしました」


 シャロがしぶしぶといった様子で引き下がる。

 それを横目に、アンネローゼが口を開く。


「侍女が失礼いたしました。ですが、お約束していたのも事実。なぜエクリプス公爵様が不在なのか、その理由を教えてくださいますか?」

「申し訳ありません。礼を逸する行為であることは重々承知しております。しかしながら、これは不測の事態でして」

「その理由を訊いているのですが?」

「実は、その……領内で魔物が発生したため、旦那様は討伐に向かわれたのです」

「そうですか。それならば仕方ありませんね。日をあらためさせていただきますわ」

「お待ちください。どうか、旦那様が戻られるまで屋敷にご逗留ください」

「よろしいのですか?」


 ここからイシュタリカ子爵領まで片道でも数日は掛かる。ロベルトが明日、明後日に帰宅するというのなら、このまま滞在するほうが楽なのは事実である。


「もちろんです。旦那様より、最大の敬意を持って持て成すようにと仰せつかっております」

「……そうですか。では、お言葉に甘えるといたしましょう」



 こうして、アンネローゼはエクリプス公爵家に滞在することになったのだが――


「アンネローゼ様、もう帰りましょうよ。求婚をしておいて、お見合いの当日に不在とか、アンネローゼ様のことを見下している証拠ですよ。会う価値ありませんって」


 貸し与えられた客間は最高級で、それだけで相手が誠意を見せていることは明らかなのだが、それでもシャロの怒りは収まらないようだ。

 アンネローゼはそんな侍女の頭を慰めるように撫でた。


「わたくしのために怒ってくれてありがとう。でも、魔物の討伐は領主の立派な仕事よ」

「それは、そうですけど……でも、自ら騎士団を率いる必要はないでしょう?」

「たしかに、ね。でも、彼はエクリプス公爵家の当主だから」


 エクリプス公爵家は騎士団が強いことで有名だ。そして歴代の当主も、自ら騎士団を率いていたという。現当主が同じように騎士団を率いていてもなんらおかしいことはない。


「それに、お見合いのために民に犠牲を強いる人と結婚するなんてわたくしは嫌よ?」

「……まあ、アンネローゼ様ならそう言うでしょうね」


 そう言いつつも、シャロはものすごく不満そうだ。


「なんだか、最近ずっと不満そうね?」

「不満という訳じゃありませんけど……アンネローゼ様、初恋の君はいいんですか?」


 シャロの言葉に、アンネローゼは一瞬だけ身をこわばらせた。だけどすぐに笑顔になって「もう十年も前の話よ?」と笑う。


「十年前だと即答できるくらい覚えているではありませんか」

「やめて。どこの誰かも分からない相手のことよ」

「でも、再会したら分かるかもしれませんよ」

「――止めなさいって言ってるでしょ」


 少しだけ声を荒らげた。


「……申し訳ありません。出すぎたことを言いました」

「うぅん、貴女がわたくしを思って言ってくれているのは知っているわ。でも、その話はもうおしまい。現実はそんなにドラマティックじゃないんだから」


 シャロはその言葉になにも言わなかった。

 けれど、その言葉はまるで、ドラマティックな再会を望んでいるかのようで――それを自覚したアンネローゼはわずかに目を伏せた。

 そうして部屋に沈黙が流れる。


「……そうだ。アンネローゼ様、町に行ってみませんか? ロベルト公爵様にお会いせずとも、町の評判なんかを聞くことで、なにか分かるかもしれませんよ」

「……そうね、気分転換に行ってみようかしら」


 アンネローゼとシャロは平民のお嬢様に見える程度の服装に着替えて部屋を出る。それから使用人に外出を告げて正門へと向かったアンネローゼは、ふと足を止めた。


「……アンネローゼ様?」

「いま、猫がいなかった?」

「猫、ですか?」


 シャロがアンネローゼの視線の先をたどる。


「そう、すっごく毛並みのいい黒い猫」

「見ていませんが……ここで飼っているのでしょうか?」

「うぅん、あまりそういう話は聞かないけど……見間違いかもしれないわね」


 気のせいということにして、アンネローゼ達は今度こそ町へと足を運んだ。エクリプス公爵領の領都はとても大きな町であるが、実のところ辺境にある。

 これは元々、エクリプスが公国であり、王族の姫を娶った際にラングレーに属することを選び、エクリプス公爵家となったからだと言われている。


 とまぁ、そんなエクリプス公爵領の領都を歩く。

 王都から離れ、常に魔物による危険と隣り合わせの辺境の地。にもかかわらず、アンネローゼが最初に思ったのは、活気がある――ということだった。


「シャロ、あそこのおばさんに話を聞いてみましょう」


 露店通りの一角、果物を売っているおばさんの元へと歩み寄った。


「すみません、この時期にオススメの果物ってどれですか?」

「ん? ――って、これはまた、ものすごく綺麗なお嬢様だね。……ええっと、旬の果物かい? そうだね……こっちのリーシアの実なんかオススメだよ」

「じゃあそれを五つほど」

「はいよっ!」


 おばさんがシャロの用意したカゴにリーシアの実を詰めてくれる。それを眺めながら、アンネローゼはさり気なく、エクリプス公爵家の評判について尋ねた。


「エクリプス公爵家かい? そりゃもう、立派なお家さね。少し領地から外れたらたちまち魔物の跋扈する。そんな危険な地で平和に暮らせるのは、間違いなく領主様のおかげだからね」

「最近当主様が代わったって聞きましたけど、いまの当主様も立派な方なんですか?」

「ん? あぁ、それはもちろんさね。いまの当主様も素敵な方だよ。若い頃からお父様と共に討伐に出掛けていたし、町に災害が起きたときは真っ先に駆けつけてくれたからね」

「へぇ……」


 どうやら、かなり精力的に活動している人物のようだ。そうして何人かに話を聞いてみるけれど、みんな口を揃えて立派な領主様だと言う。

 だけど――と、アンネローゼは首を傾げた。


(王都じゃ怪物公爵なんて噂されているのに、町の人達はその噂を知らなそうなのよね。箝口令が敷かれているという訳でもなさそうだけど……)


「……あの、いまの領主様の顔を見たことはありますか?」


 何人目かの相手にそう尋ねた。


「ん? あぁ……小さい頃は、ね。でも最近は、甲冑を着ている姿しか見たことがないね。今朝、討伐から凱旋なさったときもたしか鎧を着込んでいたしね」

「……え、今朝、帰ってきたんですか?」

「ん? あぁ、そうだよ。凱旋パレードがあったからね」

 

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