7.捜索
8話目です。
「スケジュールが滅茶滅茶」
タチアナがぼやく。
「仕方ないよ、放っておく訳にゃいかないし」
デイビッドが朝食のマフィンを咀嚼しながら答える。
タチアナはすでに持て余しぎみな朝食の残りをつつきながら鼻を鳴らして不同意の表明をする。
「偽善者なんだから」
二人以外の乗務員は既に食事を終えて引き続いて行われる涼子の捜索準備を始めている。
「もう、死んじゃったんじゃ無いんじゃないの?はやいとこ諦めてスケジュールを進めて欲しいわ」
「ちょっと、止めろよな」
デイビッドがたしなめる。
「そんなこと誰かに聞かれたらどうすんだよ。只でさえ厄介事で頭が痛いんだから、これ以上面倒を増やさないでくれよ」
「直情径行のパイロット逹にはそんな事聞かせないように気を付けてね」
背後からイリアの疲れた声が届く。
「あ、もう始めます?」
慌ててデイビッドが訊ねる。
調査再開の予定時間にはまだ間があるが、イリアはコントローラーを操作して壁面に昨日と同じ地図を表示させていた。
「馬鹿がね、もう出ちゃったのよ、だから仕方なくね。そっちは予定通りでいいから」
映像の中にすぐに赤くマークされた機影が現れる。
ジュエルが乗った小型ヘリだ。
「俺達も行こう」
デイビッドが立ち上がるとタチアナを促す。
「心配しなくても仕事はちゃんとやりますから」
タチアナはイリアへ捨て台詞を残すとデイビッドを追ってラウンジを後にする。
「ほんと、いい加減にしてよね」
イリアは疲れたように呟いた。
デイビッドと途中で別れタチアナは調査艇との連結口に向かった。
直結した入り口から割り当てられた調査艇に乗り込もうとすると、呼ぶ声がきこえた。
振り替えると今別れたばかりのデイビッドが追いかけてきていた。
「どうしたの?」
「あ、いや、これ」
意味不明の言葉と共に右手を差し出す。手のひらには小さなキラキラ光るガラス玉のようなものが載せられている。
「何なの?」
タチアナは不思議そうにそのガラス玉を見る。
「ーエネルギー触媒コア。ちょっと綺麗だからさ」
そう言うとタチアナの右手を掴みその手のひらにガラス玉ーエネルギー触媒とやらを載せた。
「昨日渡そうと思ったんだけど、ばたばたしたからさ」
それだけ言うと踵をかえして格納庫の方向へ駆けていく。
取り残された格好のタチアナは右手に載せられたガラス玉をつまみ上げて覗き込む。
複雑な結晶構造が光を回折させ、虹色に煌めく。
「子供じゃないっての‥」
エネルギー触媒コアが何なのかよくわからないけど、宝石ってわけではない、小振りなビー玉サイズのガラス玉は女性に送るものとしては普通じゃないだろう。
百歩譲って装飾品にするにしても、イヤリングには少しばかり大きい。
何より一つっきりでは格好がつかない。
さりとてこのサイズで真ん丸の形は指輪にも厳しい。
ペンダントヘッドにするには何か枠か金具が必要だ。
そんな風に問題点ばかりを頭に浮かばせながら、何故かタチアナは妙に楽しげに頬を緩ませていた。
暫くそんな事を考えながら手のひらでガラス玉を転がす。
それからその小さなガラス玉を大切そうにポケットに入れ、タチアナは調査艇に乗り込んだ。
取り敢えずパイロットのコンソールに付くと丁度少し離れて並んだレナーの調査艇が動き出すところだった。
待つ間に探索ルートの設定をどうするか考える。
すでに予定していた捜索範囲は捜し終えているのだからあとは勘にでも頼って捜すか、捜索範囲外まで足を伸ばすか…。
信頼できる程の勘も無ければ、リスクを被る気もないタチアナは各機体と着陸艇のAIで相談させ、十機のドローン群も含めて統合管理して最適なルートを設定を行うように指示をする。
そうこうするうちに、レナーの調査艇が離れた事を確認して艇を離床させた。
調査艇が探索高度に達すると個人用のホロスクリーンが上半身を半球状に取り巻く様に展開される。
可視光、赤外線熱感知、ドップラーレーダーなどの調査艇自前のセンサー入力だけではなく、前日に展開した沢山の監視端末からの入力画像が順次切り替えながら表示されていく。
コース設定はAI任せても結局は人間が監視しなければならない。
もちろん、救難信号を受信したり、捜索対象者が視界に入れば瞬時に呼び出ししてくれるわけだから何も人間が血眼になって探す必要なんかないのだけれど、さすがにタチアナもそこまで命令を無視するつもりもない。
調査艇はしばらく考えるように中空に止まっていたが、ゆっくりと回頭し、海岸方面に向かって進み始める。
思いついてプライベート回線でデイビッドを呼び出す。
『なに?』
先刻の事もあるのか少しそっけない声がノイズの向こうから聞こえる。
「そっち、大変でしょ。機体コントロールこっちでやったげる」
ヘリ単体で自動操縦も可能だが、ドローン群も捜索に投入しているので、ヘリ含めて調査艇で統合制御した方が効率が良いはず。
中途半端に独立して動く機体がある方がパフォーマンスが下がるから。
ヘリと言っても所詮は大きなドローンのようなものだ。
十分に必要なセンサー類は備えてる。
遠隔で姿勢制御と航行管理を行うことなんて調査艇の能力からすれば造作もない。
『へ?大丈夫かそれ』
遠隔操作と言ってもせいぜいが数キロの範囲で遅延なんてほぼゼロ。
手動コントロール優先なので必要があればすぐにデイビッドが対応するので問題なんか無い。
「大丈夫よ、その分しっかり目を開いててね」
退屈だからって寝られては流石にまずいしね。
ドローンネットワークの中にデイビッドのヘリを組み込む。
と言っても他のドローンのように定期的に調査艇に戻って急速充電させる必要は無いし、高度や探査ルートは別設定が必要なので、希望を聞いて設定を変更する。
『ありがとうな』
デイビッドの言葉にタチアナの気分が少し晴れる。
既に二〇機のドローンを投入している中でたった3機のヘリ追加になんの意味があるのか理解に苦しむ。
調査艇に比べて原始的で危険な乗り物なのに、なんでだか男連中はああいうのが好きらしい。「操縦してる気がするっ」て何?
無論、デイビッドに提供したサービスを他の二人にもという気持ちは全くない。
アルバートはともかくジュエルが受け入れるとは思えない。
ああいう非論理的な男がパイロットというのもタチアナには理解できないことの一つだった。
そうこうしているうちに調査艇は受け持ちのエリアに到達する。
順次ドローンが排出され其々の哨戒ルートを目指して飛んでいく、それに合わせ新たな映像がスクリーンに追加されていく。
タチアナは頭を空っぽにしてこの沢山のスクリーンをたった一人で監視するという苦行を開始した。
イリアは前日と同じく失踪地点を中心にした百キロ四方の衛星画像を映したスクリーンの前に陣取って画面上に動く五つの輝点をにらんでいた。
数が多い上に調査艇との行き来の多いドローンまでは表示させていない。
捜索側の台数が増えた分、それぞれの担当するエリアが狭くなり、より精緻な捜索が出来ているはずなのだが、それでも涼子の痕跡は見つかっていない。
相変わらず救難信号も受信されておらず、手掛かりなしの状態に変化は無い。
スクリーン右下の確認済みのエリア比率は九十九.八%から何の変化も見せていなかった。
五つの輝点はそれぞれの操縦者の決めた捜索ルートに従って飛んでいる。
失踪地点を中心にしながら、四象限を順に調べていくアルバート。
感情のままにある意味無駄なルートを選ぶジュエル。便宜的に決めた十キロ四方の升目状のエリアの中を舐めるように走査していくケヴィン。
アルバートに似たルートを取りながらやや飛ばし気味なデイビッド。
妙に同じあたりをうろうろとしているタチアナの動きが気になってイリアは声をかける。
「タチアナ。その辺りに何かあるの?」
『その辺りって?』
タチアナの返事は特に何も考えていないように思えたが、一応確認をしてみる。
「あなた、先刻から同じ辺りを回ってるでしょ。何か意味が有るの?」
『同じ辺りですか?』
タチアナの返事はなんとも頼りない。
自分が捜索しているルートを認識していないのだろうか?
「ええ、そう。どうしてその場所に拘るのか教えて」
『えっと、ルートはAI任せなんですけど、そんなに同じ場所ばかり探して…ますね』
自分でルートの再確認をしたのだろう。タチアナの声に疑問の色が乗る。
「AI任せ?」
イリアの中で何かが引っかかった。
『えと、とにかく同じ場所ばかりじゃ意味ないですね。すこし動きます』
タチアナはAI任せを非難されたと思ったのか、すぐにルートを変えて動き始める。
「さて、どうしよう」
AI任せのルート設定を批判されたと思ったタチアナは今度は丁度スクリーンに出したルート設定画面に探索密度を表示してみる。
やはり、失踪地点を中心にして探索の頻度が高くなっている。
真っ赤に表示されたその中心部から離れ、周辺部の青く塗られたあたりを周回するルートを設定するようにAIに指示を出す。
さっきとは違って、基本の方針を自分で決めたのだから後はAI任せでも問題無いだろう。
皆が涼子の失踪地点を中心に考えたルート設定をしている為、逆にタチアナの乗る調査艇はかなり外れの方向へ向かって加速を開始した。
地図上で青く塗られたのは東の草原から海岸にかけての一帯だった。
草原から海岸へ、また草原へと戻りながら捜索を継続する。
何度目かの往復運動で妙なデータを拾った。
海岸から草原へ戻るとAIはそのまま進路をその先の森へ向けた。
フローラへ到着したその日にロケットが飛び立った森。
昨日イリアと一緒に調査に来た時に散布した調査端末が熱源を探知している。
カメラ映像には相変わらず植物しか写っていないが、広範囲の調査端末で熱源反応を探知している。
感知温度の分析から熱源の本体を計算させて船外カメラを向ける。
見覚えの有る噴煙が上がっていた。
「ロケットです。エリアH3。前回の地点から五百メートル西で噴煙発見」
『ロケットです。エリアH3。前回の地点から五百メートル西で噴煙発見』
レシーバーから飛び込んできたタチアナの声に視線を向ける。
デイビッドの乗ったヘリの更に向こうに噴煙らしき影が微かに見えた。
その不確かな影に一瞥を投げるとジュエルはマイクに喚き返す。
「放っとけ。それどころじゃないんだ」
剥き出しのフレームの数メートル下を梢がかすめ飛んでいく。
思わず、コントロールスティクを引きそうになるその手を辛うじて押し止める。
パイプを組んだ骨組みの四隅に高出力のモーター直付のローターと申し訳程度のコックピットをつけただけの二人乗り小型ヘリ。
AI制御で安定性は高く、操縦も難しくはないものの、森の梢に触れんほどの低空飛行で飛ばしていくのは神経を使う。
この速度で接触すれば無事では済まないのだから。
『用心して。あれが涼子の消えたのと無関係とは言えないのよ』
イリアの声が割ってはいってくる。
「どういう事だよ!」
いらだってジュエルが喚き返す。
夜が明けて捜索を再開してから六時間近くが過ぎていた。
『忘れたの?前のが分解したのと涼子が消えたのはほぼ同時よ。偶然だって言い切れて?』
「分かったよ、だけどこっちからは手が出せない、そっちでちゃんと見張っててくれ。…調査端末はどうだ、何か見えないか?」
調査艇に乗りさらに上空を飛んでいるレナーに呼び掛ける。
『駄目です、反応ありませんね』
相変わらずなレナーの言葉にも心なしか疲れが見える。
すでに全員が疲労していた。
昨日からの調査艇での捜索に、今朝からぶっ続けでのけっして安楽とは言えない小型ヘリの操縦を続けているのだから。
作業環境としては楽な調査艇に乗る二人にしても展開したスクリーンを不断で監視し続けるのは決して安楽な作業ではなかった。
『皆!ロケットが落ちていくわ。気をつけて!』
イリアの緊迫した声が全員に届く。
「落ちて?どういうこと?」
『避けて!突っ込んで来る!』
タチアナの声とほぼ同時にヘリのたてる音とは比較にならないほどの大音響がひびき渡る。轟音とともに巨大な物体が目前に出現する。
コントロールスティックを引き、危なっかしく機体を傾ける。AI制御のおかげで転倒せず斜めにスライドしながらロケットの進路から逃げ切る。
その次の瞬間、ロケットが大音響とともに爆発した。
続きは明日です。
感想お待ちしています。