6.失踪
7話目です。
ラウンジのドアが開く音にジュエルは振り返った。
「お帰り、収穫はあった?」
疲れ顔で入ってきたイリアに声を掛ける。
「全然、一応残存物を採取したから、ケヴィンの分析待ち」
「例の『何か』の方はどうなっています?何か連絡は?」
続いて来たタチアナがカフェからカップを二つ運びながら聞く。
「なんか、果実を発見したって連絡が入ったけど、そんなにたいしたことなのかい?」
「そうね、本当に果実を発見したのなら、少なくとも動物が存在することは確実になったわけね」
イリアが、不心得顔の二人にうなずいて見せる。
「他には?」
「後は、そうロケットが分解した」
「分解したって、どういう事です?」
タチアナが聞き返す。
「破片の回収は?映像が入ってるでしょ、見せて」
カップを手近なコンソールに置いて、イリアが言う。
「回収用に一隻出させた。追い掛けてたやつが破片の直撃を受けたらしくてね」
そう言いながらコントロールパッドを引き出して指令を打ち込む。
壁面にノイズだらけの荒れた映像が映し出される。
「こいつなんだけど。今、丁度母船が裏に入ってるもんでね。ほら、あそこに見えるのがロケットだろ、多分」
カラーノイズが入った画像の右上の隅のほうにかすかにそれと分かるものが見える。
閃光がひらめき、何かがカメラに向かって接近してくる。一瞬、映像が乱れあとはノイズ以外なにも映さなくなった。たぶんカメラか、監視艇自体が破壊されたのだろう。
「タチアナ。これ何とかならないの?」
決して鮮明とは言えない映像の質についてうんざりした様子でイリアが尋ねる。
「ん、でも中継衛星自体が転用部品のよせ集めですから。下手に手を入れると目も当てられなくなるんですよ。これでもトリマとか調整して、けっこう『まし』になったんですけど」
電子機器の整備を担当する彼女は、不治の病を宣告するように言う。
「いっそのことこんなボロ船、派手にぶち壊して新しいの貰ったら?」
ジュエルが茶々を入れる。
「いいわね。どうせだったらもっとましなパイロットもね」
「これ以上のパイロットが見付かればね」
「あら、それだったら新しい船よりずっと簡単よ」
さらにジュエルが応戦しようと口を開きかけた時、ラウンジに緊急呼び出し音が響く。
全員の携帯端末も含めてすべての通信機器で緊急呼出音が鳴り響く。
舌戦に加わらずにいたタチアナが他の二人より先に端末を取り出す。
「タチアナです、どうぞ」
素早く呼び出し元を確認して答える。当然のことだが、涼子達の乗った調査艇からだった。
『緊急事態だ、涼子が消えた』
雑音交じりのアルバートの声に三人が一斉に緊張する。
「消えたってのはどーいう意味だよ!」
自分の端末を取り出したジュエルが喚く。
『すまない、調査艇で現地についてから調査端末を展開して周囲の確認をしていたんだが、しばらくして涼子が周辺探査をー例の「様子見」をやりたいって言って、居住スペースの個室に籠ったんだ、あんまり遅いんで見に行ったんだがあの馬鹿が消えちまってた。追っかけようにもドローンや調査端末にも写っていないし、救難信号も出ていないみたいで…』
途中でジュエルが大股でラウンジから出ていく。タチアナにその後を追わせ、イリア一人が残る。
「分かったわ。今、ジュエル達が出たからそこから動かないで」
そんな言葉も聞こえないかのようにアルバートが続ける。
『…とにかく、こいつで捜索を続けるから』
『イリア、悪いが着陸船も出られるように一応準備をしといてくれ』
イリア達の使っていた調査艇の再発進の準備をしているジュエルが割り込んでくる。
「ちょっと、なによそんなに大袈裟な事なの?」
慌てて聞きただす。
『分からないよ、ただ場合によっちゃ百人からの能力者と一戦交えなきゃならないかもしれない』
ジュエルの科白に一瞬言葉を失う。
「百人?いったい何なのよそれ」
イリアは弱々しくつぶやいた。
調査艇の後部エアロックから出て行く涼子の姿は艇内の監視カメラに捉えられていた。
妙に緩慢な動きと開いた瞳孔から、自分の意志で調査艇を離れたのでは無さそうだった。「様子見」で出会った何者かに制圧された可能性が高かった。
ただ、調査艇から出た涼子の姿は、調査艇の周囲を回るドローンや、展開済みの調査端末にも捉えられていなかった。
もちろんそれらのセンサー類は調査艇を監視するようには出来ておらず、どちらかといえばノイズ源として影響を受けないように設定されているのだが、だからといって一切痕跡がないのは不自然を通り越して異常といえた。
そもそも空中に静止した調査艇から涼子がどのようにして消えたのか、一切がわからず、どんな相手なのか判らないが、涼子が言っていたように強力な能力者が存在する事を想定しておいたほうが間違いがなさそうだった。
「どうして見つからないのよ」
すでに涼子が行方不明になってから十時間が経過していた。
イリアの前のスクリーンには涼子の消えた地点を中心にした百キロ四方の衛星画像が映し出されていた。
そのほとんどが草原と森林に覆われている。
二隻の調査艇からのスキャンデータがそこに重ね合わされて、捜索が終了したエリアが順にブルーに色を変えている。
二隻の調査艇と各艇に搭載された十機づつのドローンをフル稼働させて捜索したが、南方の海岸線周辺とその先の遠浅の海を含んだ一万平方キロの中に涼子の痕跡は無かった。
着陸船や調査艇から一定以上の距離離れると自動的に発信されるはずの救難信号も受信されていない。
全く手掛かりなしの状態であった。
スクリーンの右下には捜索範囲に対して、確認済みのエリアの割合が表示されている。九十九.八%と表示された数字はそれ以上の変化を見せない。
「なんで、一〇〇%にならないのよ」
イリアが不機嫌そうに八つ当たりする。
「〇.二%も誤差が出るなんてどういうシステムよ」
スクリーン上には既にブルーに塗られていない場所は無い。
それなのにシステムは捜索完了率を九十九.八%から変えようとしない。
南側の海岸線と西の涼子が最後に確認された地点を中心にして今も二隻の調査艇で捜索を続けている。
もう日暮れまで三十分ほどの時間しか残されていない、一日が三十二時間もあるフローラでは只でさえ活動時間が長く、疲労も蓄積しやすい。
二次遭難なんてことになってはたまったもんじゃない。
「アルバート、全員着陸船に引き上げて。続きは明日にする」
イリアは捜索メンバーの撤収を命じた。
『まてよ、もう少し…』
「駄目よ、もう体力的にも限界でしょ、ジュエルも文句を言わずに戻って来なさい」
パイロット達の抗議の声を無視してイリアは撤収を命じた。
涼子の安否を確認したい気持ちは誰よりもイリアが強く持っていることを知っている二人はその命令に不承不承ながら従う。
「明日は、ヘリも出して捜索をする」
ジュエルがラウンジに顔を出すなり言い放つ。
「いきなり何」
「二機じゃあ全然手が足りない、ヘリを出せばあと三機、今日の倍は密度を上げて捜索が出来る」
「ヘリじゃあ危険だわ、まだ周辺調査は全然終わって無いのよ」
「鳥一匹居やしない、大した危険なんかないよーそれよりも数出す方が大事なんだよ」
「そうは言うけど、その大した危険の無い星で涼子は失踪してるのよ」
そう言われるとジュエルは黙ってしまう。
未知の危険は常に付き纏う。
安全に思えたフローラにしても、いつ凶暴な牙を剥くかしれないのだ。
「ヘリを出すことに賛成なのは?」
全員が戻り席についたのを確認してイリアは問いかける。
その質問にパイロット二人とデイビッドが手を挙げる。
それを見てタチアナがテーブルの下でデイビッドの足を蹴り跳ばす。
「反対なのは?」
勢いよく手を挙げるタチアナに今度はデイビッドが渋い表情を見せる。
「あなたは?」
自らも控えめに挙手しながらイリアは残る一人に訊ねる。
「自分で飛ばせる訳ではないですから」
「賛否を論じる立場には無いと言う訳?」
ケヴィンの科白を代弁する。
「賛成三、反対二、棄権一。じゃあ、明日はヘリを出すことで良いよな」
ジュエルがもう結果は出たとばかりに席を立つ。
「何処に行くの?」
その動きにイリアが注意を向ける。
「明日の準備をしないと」
「まさか今から整備が必要なの」
冗談じゃない、それじゃ話が違う。
「大丈夫、ヘリは三機とも直ぐにでも飛べる状態だよ」
アルバートがそんな懸念を打ち払う。
「だけど、明日は長丁場になる、燃料の準備もあるし整備は念入りにしておくに越したことはないだろ」
「判った、三十時まで許可します。そのあとは朝六時まで格納庫は使用禁止。鍵を掛けさせてもらいますからね」
これで少なくとも徹夜のまま捜索に出るなんて事だけは避けられるはず。
部屋にいれば眠れるという保証も有る訳じゃないけれど、気休め程度にはなる。
「…了解」
不承不承だろうがジュエルはそう答えるとラウンジを出ていく。
落ち着いて座ってなんて居られないってのは解るけど。
「まずは腹ごしらえしないとな」
アルバートが立ち上がると大きな声で宣言する。
ジュエルを追ってヘリの整備に行くべきか迷っていたデイビッドが明らかにホッとした表情を見せる。
「そうよ、こっちが倒れちゃ元も子も無いから、きちんと休息も取る事。じゃあ解散」
続きは明日です。
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