5.現地調査
6話目です。
翌朝、目覚めたときには、既にジュエルの姿は無かった。
早番の当直に当ってたはずだから先に出たんだろう。
ラウンジにはジュエルを除いて皆が揃っていた。
食事をしてるか、食後の休憩をしてるか、そんなまだのんびりとした空気が漂って居る。
いつも通り、多めの朝食に取り掛かる。
夕食はほとんどサラダかシリアル、ヨーグルト程度で、朝食を沢山取る主義。
寝る前に沢山食べると肥るんだよね。
朝食べないと力で無いし。
ジュエルは「朝っぱらからそんなに食えるか」って言ってトーストとミルクに果物ぐらい。
アルバートもジュエルとおんなじだけど、イリアは3食しっかり取る方で朝も夜もしっかり。
あれで肥らないのが不思議。っていうか年取ったら絶対肥る。
「みんな、食べながら聞いて」
涼子よりも早く来ていた分、大量の朝食も既に食べ終えたイリアが立ち上がって、回りを見回す。
「二隊に分けて調査に出る。私と、タチアナ、ケヴィンでロケットの発射地点を含む北東の森林地帯。アルバート、デイビッド、涼子で南の海岸線から川をさかのぼって草原地帯。ジュエルは留守番、OK?」
特に異論は出ない。
留守番役は船長のイリアかパイロットの二人のどちらかになる。
いざって時に着陸船を動かす権限と能力があるのはその三人だから。
デイビッドには能力はあっても権限がない。
他の3人は能力も権限もないってわけ。
「初期調査期間だから、船外活動は原則禁止、調査端末散布とドローンによる調査ネットワーク構築が今日の目標。各隊リーダーにしたがって出発」
イリアの指示は相変わらず慎重。
セオリー優先。
因みに初期調査期間の間接調査が終わると船外活動も含んだ基本調査期間に入る。
土壌分析や地球産の植物の栽培試験や現地の動植物に関する生理的な検査も始める。
その後の順応調査期間になって初めて気密服でなくフィルター濾しの現地大気呼吸が許可される。
まだまだ先は長いって事。
「ここが発射地点…」
うっそうと繁った森の中に、突然現れた空き地の中央を見下ろす位置で調査艇をホバリングさせたまま、イリアが呟く。
三人の乗った調査艇は順調に調査端末の展開を行いながらロケットの発射地点までやってきたところだった。
対空時間の短いドローンは調査艇の周囲を周回しながら周辺監視を担っているが森の中には動く物の気配はない。
別のスクリーンには途中展開してきた調査端末からのデータが表示されているが、涼子からの報告の通り植物以外の存在を示すデータは見られていない。
「ええ、けれど本当にこんな所から飛び立ったのでしょうか」
同様にスクリーンをのぞき込みながらタチアナがその言葉を受けるように言う。
まったく、そう言いたくなるのも無理はない。
ほぼ円形のその空間は、直径二十メートル程。
周囲の木々の高さは優に三十メートルを越える。
そこに、ぽっかりと開けた空間。
確かに真ん中に存在する黒焦げの発射痕と周囲の樹皮に残る焼け焦げ跡は、ここからあの飛翔体が飛び立った事を示していた。
だが、普通に考えればこんなに発射地点に似つかわしくない場所と言うのも無かった。
周囲の樹皮を見ても分かるようにひとつ間違えば森をまるごと焼き払いかねないし、打ち上げに必要な資材を運び込むのにも苦労しそうな鬱蒼と繁る森の奥深くなのだ。
いったいどういった理由からここを発射地点に選ばなければならなかったのかイリアには到底理解し難い事に思えた。
「さあて、どうなのかなーケヴィン、ロケットは今朝はどんなぐあい?」
「あいかわらずですーそう、そろそろ噴射が止まる頃ですね」
とりあえずパイロットシートに付いたケヴィンが最新のデータを報告する。
「噴射が?どうして」
「燃料がなくなる頃ですからー色々なデータからそろそろだろうという予測が出てますね」
ロケットの噴射炎から割りだした燃焼温度と遭遇時の加速状態、そこから考えられる燃料を、そのボディに精一杯に積み込んだとしても、せいぜいが三十時間の全力噴射が限界だろう。
事も無げにいうケヴィンにイリアはなにかを考え込んでいるような表情を見せる。
「噴射が止まると、その後あのロケットはどうなってしまうのですか?」
タチアナが訊ねる。
「どこか目的地らしき場所に向かってるのですか。それとも脱出に失敗して落ちてきてしまうのでしょうか?」
「そのうち落ちて来るか、衛星になるか、外宇宙へ向かって漂い続けるかー最新の予測では微妙な線ですね」
ケヴィンの言葉にさほど納得した様子もないままタチアナはうなずく。
「何か気になることでもあるの?」
二人のやり取りを聞いていたイリアがタチアナに問いかける。
「え、いいえ、別に…。ただ、こんなに、何にも無い所から飛び立つ苦労は並大抵では無いと思いませんか?それがそんな中途半端に挫折してしまうのはどうにも納得がいかない気がしません?」
「擬人化しすぎね。涼子の報告のせいかもしれないけど、相手が人間とは限らないのだから、価値観も目的意識も違って当然で、貴方の納得感とは全く無関係だから」
イリアは調査の基本を説く。
「…だから、案外こんな場所から飛び立つのも必然なのかも知れない」
その言葉もタチアナにはやはり納得のいかないもののようだった。
草原を抜け南の海岸線近くに到着すると、調査艇は通常の手順に従って生物分布調査を開始した。
遠浅の海へ、調査端末ー受動ソナーつきの水中カメラと、中継器のセットーをばら撒いていく。
水中カメラはゆっくりと海底に沈んで行きながら海中の様子を映し出す。
海面に浮かんだ中継器からそれらの画像や受動ソナーの受容データが調査艇のスクリーンに流れ込んでくる。
調査艇は海岸線を南下して、割と大きな川の河口で進路を変える。
河の中央上空を進みながら、同じように調査端末を投下していく。
同時に川岸の草原や小さな林には陸上用の調査端末ー小動物用の熱源感知器と受動レーダーが一体化したホロカメラーを打ち込んでいく。
移動能力は無いがその分長期間稼働できるので使い勝手がいい。
すでに日は十分に高い。
それでも草原は奇妙に静まりかえっていた。
これがかつての地球や他の植民星なら小鳥のさえずりや獣達の営みの音が聞こえてくるはず。
でもここで聞こえるのは風に揺れる背の高い草のざわめきだけ。
水中のカメラからも青々とした水草の揺らめく映像以外何も送られてこない。
調査の初期段階ではよほどの事が無い限り調査艇から出て直接地表に降りるようなことはしない。
調査艇のメインキャビンには前方に二つのパイロットシート、その後ろに二つのオペレーター席、中央後部に船長席が作られ、狭いながらも着陸船と似通ったレイアウトになっている。
目の前のスクリーン上には草原や林に展開された複数のカメラからの映像が数秒毎に切り替えながら表示されている。
デイビッドの前のスクリーンには水中カメラの映像が表示されている。
「何にも見えねぇな」
ちらっと覗く画面上では青々とした草ー海草が揺らめいてる。
コンブとかいかにも海草って感じではなくて草原が水の中に有るみたいな真っすぐなピンとした葉っぱがなびいている。
やっぱりそれ以外の生き物ー魚とか貝とかの姿は全然見えない。
呆れるほど地上の草原と似た風景。
「そっちはどうだ?」
アルバートが覗き込んでいるこちらに気づく。
「てんで駄目、全然何も引っ掛からない。レーダーも、熱源も全く感度無し」
スクリーンの隅に映る赤外線映像や、レーダーチャートも確認しながら答える。
「そうか」
不愛想な答えにも、アルバートはとりたてて表情を見せずに頷いた。
…暇だ。
普通の調査なら小動物や魚介の大まかな分類なんかで忙しい時間のはずがぽっかりと空いてしまっている。
それでも早々に引き上げるって訳にもなかなか行かない。
すこしためらってからアルバートに提案してみる。
「ねえ。もうちょっと西の方行かない?」
「…あれか」
さすがにすぐに分かったようで少し眉根を寄せて涼子を見る。
「うん、だってさぁ…」
こんなの時間の無駄だしとはさすがに言えないけど、ニュアンスはアルバートにも判ったみたい。
「オーケー、船長に聞いてみよう」
そう言ってイリアへの回線を繋ぐ。
やったね、アルバートが言って駄目はないもんね。
呼び出し音数回でイリアの声が聞こえる。
『はい、どうしたの』
「船長、こちらは殆ど成果無し。時間も余裕が有るんで少し涼子が何かを見たって言う辺りまで足を延ばしたいんだが、構わないかな」
『少しってどのくらいなの?』
「二十㎞ぐらいかな」少しさばを読んで答える。
『…仕方ないわね、気を付けて、連絡を忘れないでね』
やったね、心の中で小躍りしながら一応表面はしかつめらしい顔つきでアルバートに頷く。
まあ、どうせバレバレだろうけど。
視界の隅でデイビッドが露骨に馬鹿にした表情を見せていた。
「さて、正確な場所を示してくれないか?」
言いながらアルバートがスクリーンに上空からの映像を映し出す。
「ここが、着陸地点よね、えっと…たぶんこっちの方向かな」
着陸地点の白い岩盤から草原を抜け、北西の方向に指を動かす。緑の濃い森の中に入ってしばらくのあたりで指を停める。
「ここからだと西というより北だな」
指先を睨みながらアルバートが呟く。
どうせ方向音痴です。
「別にさっきの所と大差無いようだがな…本当に何かいるのか?」
森の上空を、低くかすめて飛ぶ調査艇の一方のパイロットシートに座ってアルバートがつぶやく。
「方向は合ってるはず、確かにこっち」
確かにスクリーンは今までと大差無い森の風景を映していた。
それでも何かが近付きつつあることを確信していた。
気付いたのはそれが映り始めてかなりたってからだった。
「待って、止めて」
スクリーンを食い入るように見詰めながら言う。
アルバートが瞬時に調査艇を空中に静止させる。
「何だ、なにかいるのか?」
「これ見てわかんない?」
スクリーンを指して聞いてみる。
「分かれば聞いてないと思わないか?」
とアルバートはしらっと答える。もう一度睨みつけてやる。
「左手の大きな木の向こう。見えて?」
「ああ、でも何が?木しか見えねえけど」
デイビッドが不審げに聞く。
「いい、これでどう?」
スクリーンに指を滑らせ、映像を拡大して見せる。
枝から下がる丸い実が大写しになる。
「それで?」
「果実が有るんだから、それを食べる動物が居るでしょ」
果実ってのは中の種を動物に運んでもらうための入れ物なんだ。
食べて運ぶ動物が居なきゃ存在しないのに。
「何が証拠だよこんなもん」
デイビッドは相手にしやしない。
「だから、果実ってのは…」
「ただの推測だろ、これが果実だって証拠も無いのに先走りすぎなんだよ」
デイビッドの言い様はあくまでも懐疑的だ。
「証拠ってんなら、ちゃんとその生き物見つけろよ、こんな木の瘤じゃなくて」
「…わかったわよ!ちゃんと見つけてやるわよ!待ってなさい!」
キャビンを飛び出すとタラップを駈け上がり調査艇の二階部分の小さなコンパートメントに飛び込む。
今いる場所は、多分昨日の『壁』の内側になるはず。
ここでなら邪魔されることなく『何か』に接触できるはずだから。
下にいる二人が少しーかなり、邪魔だけど。
まあ何とかなるだろう。
襟元を緩めると狭い作り付けのベッドに腰掛け、ゆっくりと深呼吸を始める。
過剰に取り入れた酸素による酩酊感がゆっくりと拡がっていく。
瞳を閉じる。
身体が揺れ。徐々に横倒しになる。
閉ざされた目蓋を透かし、調査艇の船体を透かし、蒼い空が視界一杯に広がる。
背後には緑の森が、果てしなく続く。
邪魔な二人の事も一切忘れ、飛翔する。
続きは明日です。
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