4.報告
5話目です。
少し遅い食事を終えると、多少寛いだ気分になる。
お腹が空いてると機嫌が悪くなる人っているからね。
やっぱ食事は大事。
「まずは、簡単に現状の確認をしておきましょう」
イリアが立ち上がって全員を見回す。
船内の設備は多目的に使われているので少し前まで食堂だったラウンジは、イリアの一言で今からは会議室になる。
と言っても何も変わるわけじゃないけどね。
着陸船の限られたスペースで単一の目的に使われるのはコントロールルームとクルーの個室ぐらい。
個室って言っても狭いベッドと小さなテーブルとシャワールがあるだけのせいぜいが小綺麗な穴蔵ってところ。
「アルバート、飛翔体の現在位置は?」
「えーっと」
アルバートがパネルを操作すると、テーブル上の空間にセパ・アルテア星系を俯瞰したホログラム映像が表示される。
映像は小さく光る主星と4つの内惑星の軌道を含む範囲で始まり、急速に第四惑星に近づく。
第四惑星の昼の面から発進したロケットの軌跡が軌道面から斜めに飛び出すように描かれる。
「だいたいこのあたり、まあまだ大した距離を進んでるわけじゃあないが、この軌道を進んでも行き先には何も無いな。」
点滅するロケットの現在位置はすでに軌道上に留まっている母船の軌道を越えて確実に外宇宙に向かっている。
「外惑星に向かってるんじゃない?」
見たまんまだけど、一応尋ねてみる。
「不可能とは言わないがね。ロスが多すぎる。どこに向かうにしろ最短航路の二倍以上の時間と燃料が必要になる」
口調が、飲み込みの悪い生徒に対する教師のそれになる。
そりゃあ、確かにアルバートにとっては、出来の悪い生徒なんだろう。
「第一、それだけの燃料を積んでるとは思えないしな、引力圏を離脱してしばらくで燃料切れになるはずだよ」
「ジャンプ航行に移るとかの可能性はない?」
ジュエルが、後を引き取って質問を続ける。
ジャンプ航行ってのはいわゆる超空間航行の事。
通常のアインシュタイン時空を外れて四次元だか五次元だかの空間を経由することで一瞬にして数光年、いや数十光年を移動しようって夢の理論。
今のところ種々の理論と小規模で壊滅的な結果に終わる実験だけで実際には誰もやったことない。
「可能性はあるさ、いくらでもね。ただし今のところどんな兆候も見られちゃいない。そういうことだ」
アルバートはそう言うと肩をすくめて見せる。
それはまだ情報が足りないってこと。
まあ、まだ発見後そう時間も経って無いのだししょうがない。
「てことは、飛翔体については何も進展無しって事なのね」
イリアが再確認する。
「じゃあケヴィン、そっちの調査はどんなぐあいかしら」
「通常のサンプル収集と同定作業を行ってますが、取り立てて見るところはないですね。まあまだ本格的な収集をしてるわけでも無いですし」
ケヴィン・レナーの答えは可も無ければ不可もなし。
確かにドローンで捕まえた微生物サンプルだけじゃ何とも言えないものね。
本格的に調査が始まるまではいつもこんな感じだけど。
「そう、まあ今の処は仕方ないわね」
イリアもそれが分かっているのだろう、それ以上ケヴィンを追求するつもりも無い様だった。
「機材の状態はどうなの?」
で普通の流れならこちらへ来るはずの質問が、スキップされてまたもやアルバートにお鉢が回る。
「あ、えと…」
予想に反した順序飛ばしにアルバートの答えが少しもたつく。
「まあ、相変わらず。バギーの一台でアイドリングがばらついて調整が必要なのと、ヘリのブレードが一枚曲がってたんでとりあえず交換だけはしておいたけどね」
「バギーはまだそれほど使わないからいいけど、ヘリは明日バランス調整忘れないでね」
基本、「様子見」以外にはバギーを使うのはもっと先になる。
最初は安全性が高くて密閉された調査艇を使うのがイリアのいつものやり方。
それでもヘリやバギーの準備は真っ先にさせる。
降下したらもうそこは敵地の真ん中だからすべての装備を稼働可能な状態にしておく。
これもイリアのやり方。とにかく慎重。
「さて、じゃあお待ちどうさま。」
イリアが振り向くとにっこりと微笑みかける。
「何か楽しい情報を持ってきたんでしょ?」
あは、完全にバレてる。何でかなぁ。
「そうです」
もったいぶった口調で、にっこりと笑ってイリアを見返す。
「まず、現時点までのフローラの生物相についてですが、ロボット船による第一次探査の結果、植物ー葉緑素を持って光合成によって生命維持を行う生命体しか見つかっていません。」
そう、だからこそこの惑星には植物相を意味するフローラって名前が付けられる事になった訳。
「また着陸前の上空からの探査においても大型、中型の動物についての観測はなされていません。当然、着陸後に闖入者の様子を探りに来る小型の動物も見つかっていない筈です。」
全員が当然知っていることを改めて説明する。
「そして、着陸後に行った『初期探査』においても同様の結果が出ています。このフローラには、少なくともこの大陸には動物と呼べるものはネズミ一匹、ムカデ一匹発生していません。微生物以上に進化したのは植物だけです。」
聴衆の何人かが明らかに怪訝な表情を浮かべている。
イリア、それにレナーは色の濃い眼鏡の奥に隠れた瞳を軽く細めているのが辛うじて見て取れる。
「…ロケットは?じゃああれは誰が飛ばしたの?それともみんなであの小さな船に乗って行っちゃったの?」
残る一人、タチアナが疑問符だらけの質問を投げる。
「残念ながら現時点でその質問に答えるだけの情報は持っていません。ですが、可能性で良いのなら、ひとつだけ心当たりが有ります。」
少し溜めを入れて続ける。
「先ほども言いましたが、このフローラには、少なくともこの大陸には動物と呼べるものは発生していません。何人かは気が付いたと思うけど、此の星に動物は発生しませんでした、ですが、それはこの星に動物がいないということではありません。事実本日実施した『初期探査』でわたしは植物以外の存在を見つけました。この星には動物がいます。それもほとんど人類と呼べる程私達に似かよった生命体が。」
「人類だって?」
デイビッドの声が静まり返ったラウンジに大きく響く。
「何かの間違いって事はないの?」
大きな丸テーブルの涼子の向かいの席から、イリアが念を押すように問い質す。
「そーよ、あなた寝ぼけてたんじゃないの?」
尻馬に乗ってタチアナが小馬鹿にしたような口調で言う。
「人類っていうのは、つまり地球人、ということかな?」
そんな二人の間に流れる剣呑な空気に気付いているのかいないのか、イリアの隣に座ったレナーが落ち着いて質問を口にする。
「そうですね、多分。まあ地球人以外に出会ったこと無いので、違うかもしれませんが。感覚的にはまるっきりあたし達と同じでした」
つまらない諍いを始める場面でもないので、まずは真っ当な質問に意識を向ける。
結果として無視された格好になったタチアナが面白くなさそうに表情を歪ませる。
はは、いい気味。
「はいそうですかって納得のいく話じゃねえなあ。だってそうだろ、こんな所まで足を延ばした船の話なんて聞いてやしない」
デイビッドが、タチアナの隣から、さらに言いつのる。
「あのね、あたしは自分の仕事をして、その報告をしてるだけだから。否定するのは勝手だし、納得してくれなんて言ってないから」
ま、当然の反応なので軽くあしらってしまう。
ああ、これも気に入らないわけね。
さらに鼻面に皺を寄せるタチアナの判りやすい反応に思う。
「そいつがロケットを打ち上げたって事か?」
「んー、違うと思うんだけど。地図出せる?」
アルバートがテーブル上に上空からの映像を呼び出す。
着陸地点を中心にして右上ー北西の森の中に×印がついているのが確か発射地点。
「此処が、此処だから…」
中央の白い岩盤を指した指先は、迷いながら左の方向へ動く。
「…こっちの方かな」
「正反対だな」
「惑星規模で考えればほぼ同一地点と言っても良いわね。百キロも離れてない」
イリアが指摘する。
「確かに」
言われてみればその通り。
よくもそんな場所を着陸地点に選んだものだって、イリアの強運というか悪運というか、本当に感心してしまう。
「本当に、他には動物は居ないんですね?」
レナーが不思議そうに尋ねる。
「うん、少なくとも今日見てまわった範囲にはね」
異星人も原住民も居ない。
ちなみに文明度が高いと異星人で、低いと原住民になる。
まあ、見て回った範囲なんて、この星の面積のごく一部でしかないのだけれど。
周回軌道を回る母船からの情報でも、南北極付近は氷の世界で少なくとも地表には植物も見つかっていない。
海の底にどんな生物が生きているかなんて、地球でさえ完全に分かってる訳じゃない。
ましてやロボット船による調査と、着陸後たかだか数時間調べただけじゃあ何も分かって無いに等しい。
「何か気になるの?」
イリアが問いただす。
「理由が分からないので」
レナーはいつものように直接的でない話し方をする。
「それって、細菌類を調べてたときに言ってた話?」
ああ、そういえばそんなこと言ってたよね。
レナーが僅かに頷くのを確認し、補足することにした。
なにせ、本人に話させると回りくどいし専門家以外にはよく分からないからね。
「要するに、細菌には動物型の物もいたのね、それなのにどうして小動物や昆虫すらいないのかなって話」
普通に進化すれば動物が居ておかしくない環境で、どうしてこう植物ばかりの世界に成ったのか、簡単に言えばレナーの疑問はそういう事。
「この星は何かおかしいってことか?」
デイビッドの言い方はちょっと納得がいかない。
「えー、どこがおかしいのよ!こんなに素敵な星なのに」
主観丸出しのセリフにイリアが天井を仰ぐ。
「まあ、本当に動物がいないのかどうか、もし絶滅したのなら、その理由を調べないとな」
アルバートが職務放棄したイリアをフォローする。
「いずれにしろ今のところは情報が不足してるよ。初日には充分過ぎるほど問題が山積みになったわけだが。俺はもう疲れたし続きは明日にしたい。いいかな?」
そう言ってアルバートは確認をとるようにイリアに振り向く。
一応船長はイリアだし、ミーティングの解散権も彼女にある。
でもアルバートがこう言って、イリアが頷かないはずがない。
そういうことで、着陸後第一回のミーティングはお開きになった。
濡れた髪をタオルで巻いて、シャワールームから戻ると暗く照明を落とした部屋の狭いベッドにジュエルが座っていた。
「シャワーは?」
先刻までと同じ服装と乾いた髪を見下ろして訊ねる。
「後にするよ」
そう言いながら腕を取り、引き降ろす。
仕方なく隣へ腰かけると髪からタオルを手荒く取り、まだ濡れたままの髪を長い指でかきまわす。
「で、何が気になるの」
一見、先刻と変わらないように見えるけどその瞳の色は、いつの間にか灰青色に変わっている。
真剣に考え事をするときの色だ。
「別にたいしたことじゃないんだけど。さっきね、言わなかった事があるんだ」
ちゃんと気付いてたんだって嬉しくなってジュエルの肩に頭を凭せ掛けて話し出す。
「言わなかった事?」
「うん。さっき言ったでしょ生き物が見えたって。あれ、実はほんの一瞬しか見えなかったんだ。あたしの意識がそれに触れたとたんにブロックされたみたいなんだ」
「ブロック?心理なんたらとかいうあれの事かい?」
「ー精神障壁。だから、この星には能力者がいるって事なんだ。でね、そのブロックの範囲が、優に直径五キロはあったの。あんだけの範囲を完全に閉鎖するんだと並の能力者が優に百人は必要な筈。でもそんな気配全然なかったんだ」
ジュエルの手が止まる。涼子の髪にからめた指を離すとそのまま腕を滑らせて肩を抱く。
「能力者百人分…そりゃ大変だ…」
あ、信用してないなこいつ。
「―だから言いたくなかったんだよね。人類がいるって言っただけで眉唾なのに、能力者が百人隠れてるなんて、誰もまともに取り合っちゃくれないでしょ」
「―まあ、普通はそうだろう、何の証拠もないんだし」
そーなるよね、基本科学者ってのはリアリストだもんね。
ま、仕方ないか。
続きは明日です。
感想お待ちしています。