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3.探索

4話目です。

 甲高い排気音をあげてバギーは岩場のデコボコの地面を走っていく。

 着陸船から半径二キロの警戒領域を抜け、さらに一キロほど進んだ岩盤の途切れる辺りでバキーは停止する。

 安全装置付きのスイッチを操作して大きな半球体の透明な貝殻みたいなコックピットカバーを全開にする。


 風が吹き過ぎる。

 薄手の気密服に金魚鉢のようなバブルメットというまるで観光客おのぼりさんが月面観光に出るみたいにお気楽な格好で、バギーの高いシートから抜け出し地表に降り立つ。


 やわらかな風が身体の上を吹きすぎていく。

 官給品の気密服じゃよほどの強風でなきゃ感じられなかった筈。

 『裸のような開放感』て訳にはいかなかったけど、支払った金額に見合うだけの効果はあった。


 一方のジュエルはこっちと比べものにならない完全武装のいでたち。

 軽装甲宇宙服は加圧型の完全密閉式。

 外気圧が上がろうが下がろうがまったく感じられやしない。


 宇宙服って言うより歩く戦車。

 全身ゴッツイ装甲に覆われている。

 バギーのコックピットで隣に座られると狭っ苦しいったらない。

 というか、よくこれでバギーの運転が出来るなこいつ。


 数歩離れ、ピクニックシートを広げて岩棚の端近くに腰を下ろす。

 本当は隔離シートって呼ばれてる、必要以上に汚染されないようにする為の予防策。

 ひんやりとした岩肌の感触がシートと薄い気密服を通して心地良い。

 ほんの数メートル先には緑の大草原。

 さわさわと風に吹かれ楽しげにゆれている。


 この邪魔なバブルメットが無ければ青臭いむっとした香りを心ゆくまで嗅いでいられるのになぁ。

 ま、今は胸元を抜けていく風を感じ、草いきれで一杯の草原の香りを想像して心を慰めよう。

 きっといつかメットもフェイスマスクも捨ててこの草原に立てる日を想って



 抜けるように蒼い空に、綿菓子のような白い雲が上空の風に乗り流れていく。

 その影は緑の草原をまだらに染め、美しい一幅の絵を描き出す。

 でも牧歌的と言うには少々パーツが足りない、せめて数人の農夫と草を食む家畜が必要。

 

 草原の風景を目蓋の奥に焼き付けると、ゆっくりと腰を伸ばしピクニックシートの上に仰向けに寝転がる。

 バブルメットの後頭部が岩肌に当たる硬い音が響き、視界が空と雲で一杯になる。

 流れる雲をぼんやりと眺めていると催眠効果があるのかだんだんと目蓋が重くなってくる。

 とはいえここで眠りこける訳にはいかない。


 両の腕を身体の正面に真っすぐに伸ばすとそのまま両側に開く。

 十字架に架けられたイエスのような姿で虚空に視線を凝らす。

 視野が狭まり蒼い空の一点がぐんぐんと迫ってくる。

 あまりの勢いに一瞬、反射的に目を閉じる。


 頭の芯の鈍く痺れるような感覚が頭蓋の外へ向け拡散する。

 瞬間、強烈な幸福感と解放感に包まれ、一瞬の後あたしはそこにいた。

 肉体という狭い檻から開放され、自由になる。

 誰であれ、またいかなる物理法則であれ今のあたしを束縛出来やしない。

 

 雲のヴェールが視界を遮る。

 眼下に巨大な一枚岩の台地とその中央の着陸船が見える。

 今乗ってきたバギーの姿は小さ過ぎて見分けが付かない。

 その側に横たわる人型なんて全く。


 風景は着陸前にスクリーンを通して見たまま、なんの変わりも無い。

 その風景の全てを視界に収めたまま、意識を着陸船へと向かわせる。

 ヘルプに入ったタチアナと二人で作業を進めるレナーや船長席でロケットの情報を集めるイリア、明日からの調査の為に装備品の整備を進めるアルバートとデイビッド。


 皆の様子が直接見える訳ではないけど、意識の流れや大まかな感情の動きが感じ取れる。

 皆、仕事に集中してる。

 妙な雑念も無く、自分の仕事をきちんとこなしてる。


 次いで皆から離れ、着陸艇の周囲をぐるりと囲んだ警戒領域を調べていく。

 やっぱり、どこにも生物の気配が感じられない。

 普通なら岩の割れ目なんかに潜んでいる地虫のような下等な意識すら感じ取れない。


 もう一度丹念に辺りを窺ってみるけれど、それでもやっぱり気配なし。

 今度は範囲を広げて、監視領域まで調べてみてもそこにもジュエルと自身の抜け殻以外の存在は見当たらない。

 さらに捜索の手を広げていくと、ようやくバックグランドに草原に群生する植物たちの原始的なノイズが入ってくる。


 だけど、それだけ。

 普通ならば感じられる虫や小動物たちの歓声や断末魔の叫びなど、自然の営みの中で常に聞こえる声がまったく聞こえない。

 どうなってるんだこの星は?


 確かに植物しか発見されていないって事は知ってるけど、ここまで徹底してるの?

 更に腕を伸ばし、視界を広げる。

 捜索の範囲を広げて行くにつれ、視界から細かなディティールが失われていく。

 ロケットの発射地点と教えられた辺りまで腕を広げても何一つ変わったものは見当たらない。

 異星人も、その文明の痕跡も。


 やがて個々の構成要素はお互いに見分けがつかなくなり混沌と混ざりあう。

 意識までもが混沌のなかに混ざりこみ、緑のバックグラウンドノイズの中へと消え失せそうになる。



 その時、一つの閃光が現実へと戻らせる。

 植物では無い何か別の生命体の気配。

 一瞬にしてかき消すように消えてしまったその気配の痕跡を追って意識を凝らす。


 広がり、薄まりつつあった意識体を搔き集め、消えた気配を追い急速に密度を上げてく。

 着陸地点から数十キロ離れた、自転軸から決めた方位でいうところの西。

 太陽の沈む方角。

 ロケットの発射地点とは逆の方向。


 消えた気配を追いかけそこまで来て慌てて急ブレーキをかける。

 目の前に強大な壁がそそり立っていた。


 壁。


 今はそう見えるけど、これは実体じゃ無い。

 きっとここに生身の身体で来て見てもなーんにも見つからないはず。

 今の生き霊みたいな状態では入る事の出来ない場所。

 バリア?結界?何だろうとにかく壁。


 その壁に沿って進んでみる。

 壁は緩やかに湾曲して途切れる事無く続いている。

 そのまま一周して元の場所に戻ってくる。

 直径はだいたい五キロぐらい。

 それだけの地域が、完全に隔離されていた。


 しばらく思案。

 たぶん此処をこれ以上調べても何も変わらない。

 次は生身の身体で来ることにして様子見に戻る。


 緑。


 緑の中に拡散し、埋没して行く。

 気掛かりなこと、心配なこと、すべてが消えて行く。

 温かな思い、憎しみ、悲しみ、なにもかもが緑のモノトーンの中に埋もれて行く。

 思考は途切れ、感情の無い感覚だけが残る。

 ただ一面の緑の中に……溶け込んで…





「遅いな」

 一仕事終えてラウンジでくつろいでいるとデイビッドが呟いた。

「何が?」

「涼子達さ、もう四、五時間になるんじゃないか?」

 その名前にタチアナは少し顔をしかめた。


「どこで何をしているの?」

「外で、ーええと何だっけ?」

 デイビッドは少し離れて座るレナーに水を向ける。

 あっちの方が年上だし経験も長い筈でなのに、この人はそんなのまったくお構いなし。

 まあ、レナーも気にしてないみたいだから良いのかな。


「初期探査と聞いていますが」

「ああ、それそれ。ーって、何?」

「…涼子さんの能力についてはご存じですか?」

 デイビッドの軽い質問にレナーは質問で返した。

「さあ。なんとか能力者とか聞いたような気はしますけど?」

 相変わらず勿体を付けた話し方にタチアナは少しばかり苛つきながら答える。


「ええ、彼女は能力者としてはかなりランクの高い部類に入ります」

「あんなにいったいどんな能力が有るんです?」

「広域のシンパスー生物レーダーと言った方が判り易いかもしれませんね」

 それのどこが判り易いのかタチアナには全く分からない。


「えーっと、つまり何が出来るんだ?」

 その想いはデイビッドも同じだったのだろう、具体的な説明を求める。


「居ながらにして、周辺の生物の個体数や種別のおおまかな分類が出来るらしいですね」

「周辺って?」

「個人差はあるようですが、数キロから数百キロの範囲をカバーできるらしいです」

「そんな事、どうやったら出来るんです?」

「精神波ー脳や神経系から発生する微弱な電磁波を受け取ると説明されていますね。感情の変化なども判るそうです」


「感情…心が読めるって事なの?」

「あくまでも感情で、考えが読める訳ではないと言われています」

 それにしたって、

「…化け物ね」


 タチアナは何か嫌なものを見たようなに表情を歪める。

 能力者というものについて正確な知識を持っている訳ではなかったが、世間一般に共有の嫌悪感は持っていた。


「おい、止せよ」

「だって、結局はゴズリンなのでしょ」

 ゴズリン・コワチェカ、能力者の代名詞となったその男のことをタチアナは思い出した。

 もう何百年も昔、世界の半分を消滅させかけた男。


普通人ノーマルにだって犯罪者も殺戮者もいますよ」

「ご立派な意見ですこと」

 レナーの教科書的な回答にタチアナは吐き捨てるように言う。


「私、能力者って嫌いです。私たちと違う力が有ると言って、特権階級みたいに扱われて」

 要するに生まれつきの能力で得をしているのが許せないのだ。

 自分が苦労して就いた仕事に何の能力もない小娘が、「能力者」だとかいう理由で大きな顔をしているのが、我慢ならないのだった。


「特権階級ですか…」

 レナーが何やら奇妙な口調で繰り返す。

「何ですか」

「ああ、いえ別に何でもありませんよ」

 タチアナの険のある口調にレナーは黙り込んでしまう。

 この妙に回りくどく、底の知れない男も大嫌い。どうしてこの船には嫌な奴ばかり居るんだろう。

 タチアナは心からそう思った。



「遅いな」

 アルバートがメインスクリーン上をゆっくり移動する歪んだデジタル時計を睨んで独り言ちる。

「ーそう?」

 その後ろの船長席キャプテンシートからイリアは気の無い返事を返す。

 少し出発も遅れたし、そもそも初期探査の時間は涼子よりもジュエルにかかってる。

 長引いてるってことはある意味安全だって事で、それほど心配することじゃない。


「そろそろ日暮れ時だし、呼び戻した方が良くないか?」

「心配?」

 ちょっとからかってみたくなってイリアは悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「何か有った時の船長キャプテンがね」

「ば、馬鹿言ってないでさっさと呼び戻して」

 真面目な表情でしらっと言われ、つい突慳貪つっけんどんに言ってしまう。


「へいへい」

 アルバートはシートを回すとジュエルへ連絡をとる。

 イリアは思わぬ反撃に熱くなった頬を両手で押さえる。


「…まったく」

 小さな呟きはイリア本人以外に届くことはなかった。





 視界が揺れた。

 沈みかけた太陽の光をうけた夕焼け雲が震えている。

 五感がばらばらになりそう。

 不意に視界が狭まる。

 今まで見えていた物がどんどん消えていく。

 お馴染みの喪失感。

 天空から落ちていくような感覚。

 そして、

 丁度良いサイズにできた型枠の中へと、すっぽりと入り込むような感覚。

 ピシャンと音がして扉が閉まる。


 そして涼子は住み慣れた檻の中に戻った。

 まぶたを開くと、横ざまに軽装甲宇宙服のヘルメットが覗いている。

 中の顔は偏光グラスで見えないけど、少し心配そうな気配が伝わる。


「ん、何?」

 少々混乱しながら聞いてみる。ごっつい宇宙服の片手がまだ肩を掴んでいるのを感じる。

「目は覚めた?」

 左右をせわしなく見回しながらジュエルが聞いてくる。くごもった声は胸元のスピーカーから聞こえてくる。


「ああ、何かあった?」

 揺り起こされたらしい。まだ頭がはっきりとしない。

 ゆっくりと半身を起こす。

「日が暮れるから戻れってさ。化け物でも出ちゃ困るからな」

 此方が正常に目覚めたことを確認すると、ジュエルは立ち上がり、バギーへ戻るように指示する。


「化け物ね、ーそれなら此処に一人居るんだけど…」

 ジュエルにも聞こえないほどの囁き声で呟くと立ち上がり、ピクニックシートをそのままにしてバギーへ向かう。

 シートには自壊機構があって最後はただの炭素の塵になるので環境汚染の心配も無い。

 開けっ放しのコクピットカバーを引き下ろし、しっかりロックすると、ジュエルの緊張がすこしだけ和らぐのを感じる。


「今日はずいぶんと長丁場だったじゃないか。なにかおもしろいものでも見付けた?」

 ジュエルはパネルを操作しながら話しかける。

 せき込んだ様な音をたてて背後の水素エンジンが息を吹き返す。

「…まあ色々…」

 曖昧な口調に一瞬怪訝そうに振り返り見ていたジュエルも、それ以上何も言おうとしないので、諦めたようにバギーをスタートさせた。



 バギーは来た道を逆にたどって、今度は着陸船の前に展開した仮設の格納スペースに入っていく。

 いったん外で動かした機材は基本的に船内に持ち込まない。

 もちろん使い捨てにする事は無い。

 最後に撤収する時には徹底的な洗浄をして格納庫にしまい込むけど、それまでは基本的に屋外の仮設スペースに置きっ放しになる。


 ジュエルと別れてエアロックに入り、防疫の為の面倒な処置に入る。

 三十分ほどかけてようやく全行程を終えると防疫エリアを抜けて、身支度を整えラウンジへ向かう。

 二度の徹底的なシャワーを浴びてようやく意識が明晰さを取り戻す。


 あれは、どういうことなんだろう。

 あの一瞬に見えたものは…


 太陽の光を受けて輝く、緑の植物に覆われた星。動物と呼べるものの一切存在しない、葉緑体によって自ら栄養を作り出すことの出来る生命体のみが存在する星、フローラ。

 初期探査を含め、今までの総てのデータがそのことを示していた。

 でも、あの一瞬に見たのは、最も見慣れた生物ー人類。

 ほんの一瞬、かき消すように消えた意識。あれは人類のもの、それも、そうたぶん…


続きは明日です。

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