2.外出
3話目です。
フォーーン
ホロディスプレイの中で甲高いモーター音を響かせて針金細工の飛行体が緑の草原の上空を飛びぬけていく。
ピルルルル。
かん高い音が、ポケットに放り込んだ携帯端末から響く。
「はいはい」
操作中のドローンのリモコンを置いて答える。
スクリーンに映った奇妙な針金細工の飛行体ー大気中の微生物を捕まえる為に目の細かい網を張って飛び回るという乱暴な仕掛けの機械ーはそのまま安定して空中に留まっている。
『イリアからOKが出た、いつ出られる?』
耳にあてた受話器から、かすかな雑音と共にジュエルの声が聞こえる。
「んと、そうね…ちょっと待ってて。細菌類の収集がまだなの。一時間したら行く」
『判った、じゃあ』
通話が切れるのを待たずに端末をしまい込む。
「外へ出るけど、何か取ってきて欲しい物ある?」
少しばっかり離れて作業を続けているケヴィンに念の為一声掛ける。
「いや、必要なものはドローンで足りるから」
まあ、そだよね。
予想通りの答え。
さて、時間を決めたんだからそれまでちゃっちゃかと働きましょうか。
エアロックを抜け、格納庫に一歩足を踏み入れた途端、狭い格納庫内に響く調整中のエンジン音が圧力を伴って襲ってくる。
八ヶ月の間ずっと放置されていた搭載装備類の点検整備はまだ続いているみたい。
騒音に顔を顰めながら辺りを見回す。
奥というか、入り口から一番遠く、逆に船外への大型エアロックの真ん前に置かれたバギーは小山のような車体の四方にふん張った大きな低圧タイアと、ごっついサスペンションで荒れ地も砂漠もお構い無し。
いつも最初に使う事になるのでお馴染み。
すでに整備も終わっているのか、近くには誰もいない。
あたしを待ってるはずのジュエルもどこに行ったのやら。
手前の小型ヘリはまだ組立中で、回転翼のブレードも畳んだままだけど、そこにも彼の姿は見えない。
大馬力の水素エンジンで時速三`百キロで飛行することが出来る。マニュアル操作で三次元機動をするんで免許が無いと使えない。
普段一番お世話になる調査艇は着陸船に張り付いて、直接乗り込んで発進出来るようになっているので、この倉庫には置かれてない。
遠方の探査に使うことも出来るように中で寝泊まりが出来るようになっている。イオン駆動でヘリと違ってうるさくない。
AI制御でコントロールが出来るので、一応あたしにも飛ばせる。オートマ限定だけど。
「なにしてんだ、仕事済んだのか」
ジュエルの姿を探していると背後から、声がかかった。
「何だ、そのカッコ」
デイビッドはあたしの派手なオレンジ色の気密服を見て言う。
おろしたての新品、もちろん自前。
官給品の気密服に比べると、シルエットなんて裸みたいなもん。
本来はレジャー用。
「外に出んのか?」
バブルメットを被る為、まとめてお団子にした髪を珍しそうにみながらデイビッドが尋ねる。
「そうだよ、『様子見』」
正式には『初期探査』だけどね。
「ジュエル知んない?待ち合わせしたんだけど」
「あー、なんかさっき、おっさんに呼ばれてバギーの調整につきあってるよ。あっちのやつ」
デイビッドは、作業服のポケットに手を突っ込んだまま顎の先で向こうで整備中の一台を示す。
あ、あそこに居たのか。
「それ、まだかかりそう?」
「かかる、かかる」
デイビッドはポケットから小さな部品を取り出して投げて寄越す。
「そいつがなきゃ一生動かねえから」
クックッと下卑た笑い声を漏らす。
「あに、これ?」
キラキラしたガラス玉みたいな部品を受け取って両手で転がしながら訊ねる。
「エネルギー触媒のコア。おっさんがセットしたの掠めてきた」
「どーすんの?」
「あ、いやちょっと綺麗だからさ…」
綺麗?言い淀むデイビッドを見てその先の予想がついた。
「はーん、成る程」
訳知り顔で笑いかける。
「な、何だよ」
「別っつにい」
輝くビー玉を投げ返す。
どーせタチアナにプレゼントとかすんだろう。
デイビッドは軽口を叩き合うには良い相手なんだけど、どーも女の趣味が悪い。
「んじゃ」
軽く手を振ってバギーの方にへ向かう。
小山のようなバギーによじ登って小さなコックピットの中でようやくジュエルを見つけた。
おっきな図体してんのに、すぐどこにいるかわかんなくなるんだよねこの人。
「ほら、何してんの。もう時間」
手近のコンソールに脇に抱えたバブルメットを置くと、そう声をかける。
ちょっと間を置いてからのそのそと這い出してくる。
途中どこかにぶつけたらしく小さな罵り声が聞こえる。
「ああ、もうそんな時間か。悪いな、なんか調子が悪くて…」
見ればアルバートもコクピットの後ろのエンジンユニットに半身を潜り込ませて作業を続けている。
「動かないの?」
「あ、ああ」
「ふーん」
ざっとコクピットの計器類を眺めると両手を揃えてバギーの車体に置き、目を細める。
ジュエルの視線を感じながら意味ありげに眉を上げ軽く首を振ると、別の場所に手を置き同じことを繰り返す。
三度目に冷えたエンジンに手を置き、目を細めると納得したように頷く。
「ガス来てないんじゃない?」
「そんなわけねえ、さっきも確認したんだから」
涼子の不審な動きに作業を中断していたアルバートが答える。
「うーん、そうねー」
もう一度意味ありげにエンジンに手を置き考える振りをする。
「触媒…とか」
「触媒?そりゃちゃんとセット…」
エンジンと燃料タンクの隙間に突っ込まれたアルバートの手が空っぽのケースを掴んで現れる。
「アル~、頼むよ」
散々手間を取らされたジュエルが肩をおとす。
「っかしいなあ」
ぶつぶつと何やら呟きながら光る触媒コアをケースにセットする。
「それ、綺麗ね一つ頂戴」
右手を差し出して言う。
「駄目だ、危なっかしい」
デイビッドが持って行ったぐらいだから良いかと思ったのに、ケチね。
「ーなんでわかった?」
「んー、あたし位になると機械の気持ちも判るんだなぁ」
薄い笑みを浮かべながら答える。
まるっきり信用していないアルバートの視線なんて気付きもしない振りで。
「じゃあ、もういいっしょ。これ借りてくよ」
ジュエルの頭を軽く弾いてバギーの車体から飛び降りる。
置き忘れたバブルメットを抱えてジュエルが追いかけてくる。
「おい、種明かししろよ」
こっちもまるっきり信用していない。まあ当然か。
「それより、何か言うこと無い?」
「ありがとう」
「違う」
「凄いな、驚いた、感心した」
「全部違う」
「ーえっと、新しい気密服だね」
ようやく答えにたどり着いたジュエルを軽く睨む。
つっても正解には程遠い。
ボディラインを強調して身体に密着した気密服は、裸同然のシルエットでちょっとセクシー…のはずなんだけどジュエルに期待するだけ無駄かな。
「いい色だな、似合ってるよ」
なんとか六十点の回答を捻り出す。
「けどさ、これ。本当に大丈夫なのか?」
気密服の生地を引っ張りながら言う。
「別に真空中に出る訳じゃなし、いいっしょ」
もちろん、バブルメットとこの気密服で真空中にだって出られる。
もっとも伸縮性があって膨らんじゃうから、全然セクシーじゃなくなっちゃうけど。
「それにボディーガードが守ってくれるんだから安全でしょ」
灰色の瞳を見つめてにっこりと微笑む。
間違っても未知の惑星に最初に降りるのに着るような服じゃない事ぐらい知ってる。
何しろ安全性で言えば官給品の何十分の一。
でも、それを判った上でなんでこの派手な気密服を選んだかっていうと。
『まるで、裸のような開放感』そんな誇大広告のような宣伝文句が目を惹いたから。
まあ、宣伝文句の十分の一でも感じることが出来るのならこのバカげた買い物も意味が有るってもの。
続きは明日です。
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