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1.到着

2話目です。

「全連絡通路閉鎖、有線接続経路全切断、船体固定解除」


 とうに暗記した手順書を眺めながら、船長席(キャプテンシート)に陣取ったイリアが指示を発する。

 着陸船のブリッジには久し振りに船長以下七人の乗組員(クルー)全員が勢揃いして、イリアの指示通りの手順を確実に実行していく。


 全ての操作が完了して、一頻(ひとしき)りの確認の声がおさまると着陸船を母船に繋ぎ止めるのは華奢な数本のアームだけになる。

 全長二キロメートルの恒星間宇宙船がその長軸を中心に回転することで生じる遠心力により、着陸船はゆっくりとその船体を浮上させる。


「ロックアーム解除。母船より離脱」


 イリアの指示で、その左前方に置かれた主パイロット席に座るアルバートが仰々しく付けられた誤操作防止カバーを跳ね上げて、赤く塗られたスイッチを押し込む。


 最後に残った縛めが解かれると、着陸船はゆっくりと母船の上方へ漂い出した。


 全長、全幅共に百メートル程、厚みはその半分程度という、詰め込み過ぎたホットサンドにも似た無骨なデザインの着陸船が上昇するにしたがって、僅かな軌道の差で発生する速度の違いから、下方に位置する巨大な母船が先行していく事になる。


 正面スクリーンに先行する母船を見送り、着陸船は大気圏への突入を開始した。

 大気圏外縁との接触により船体が大きく揺すられ、綺麗な色とりどりの(フレア)が船体を包み込む。やがて着陸船は大気圏深く侵入してく。



 地球人類が、最初の恒星間宇宙船を建造してからおよそ半世紀後。

 慣性質量中和装置(バーゲンホルム)の発明と恒星間宇宙に存在する水素原子を燃料として進むラムスクープ駆動が実用化され、人類は広大な宇宙を手にする手段を手に入れることになった。

 第三世界の人口爆発と長期的な食糧危機を抱え、新たなフロンティアを必要とした人類は、一挙に太陽系外宇宙へ探査の手を伸ばし始めた。


 フローラ。

 太陽と同じカテゴリに属すG3型の恒星セパ・アルテアの第四惑星。

 その上自転周期(いちにち)が三十二時間、公転周期(いちねん)が五百日足らずと、全体的に5割増しの数値を持った地球型の惑星。


 超光速で通りすぎた無人探査船と使い捨ての探査機(プローブ)数機からの限られた情報から浮かび上がるのはは呼吸可能な大気と生存可能な気温を持った一見、理想的な植民惑星。


 勿論、その情報だけで大規模な移民船を送り出す訳にはいかない。

 その為、八ヶ月の時間とコストをかけ、七人の人間が送り込まれる事になった。



 対Gシートの、柔らかなクッションを通して、微かな振動が伝わってくる。

 けどそれも、突入直後の激しい揺れと、騒音に比べれば、静寂と呼んでも良いくらい。


 大気圏突入時のブラックアウトから回復すると、中継衛星を経由して母船から送られてくる情報が、目前のホロディスプレイ上を止めどなく流れてく。


 格納されていた外部カメラや各種センサーが展開され作動を開始する。


 徐々に輝きを取り戻し始めた正面スクリーンには地表の風景が写っているけれど、暗視装置を介してすらほとんど黒一色で何も見えない。


 衛星《月》を持たないこの惑星の夜は暗く、街の明かりどころか、焚火ひとつ見えない。

 そんな寂しい風景を目の端に捕らえながら、涼子はスクリーンにタッチして地表探査プログラムを開始する。


 プログラムの開始と同時に、大小様々なホロスクリーンが上半身を取り巻く様に展開される。


 着陸船は、フローラの夜の半球の上空七千メートルをゆったりと飛んで往く。



 船はやがて昼の半球に入ろうとしてた。


 雲海の彼方から光が射す。


 急激な明るさの変化に追従しきれずに、正面スクリーンがハレーションを起こし極彩色にきらめく。

 やがて、スクリーン上の映像は深いブルーの空と、その下にどこまでも広がる緑の大地へと変化する。

 わずかに海岸線や高い峰を除いて、見渡す限り緑の衣に覆われた大地。


「ふわぁー、れい


 先程までの殺風景な視界から一変したスクリーンに思わず叫び声を上げてしまう。

 ホロスクリーン放ったらかしで、正面スクリーンに見入っている両の瞳が焦点を失い、表情が抜け落ちていく。

 やがて…



「涼子!」


 その声に視線が揺れる。


「あ…」

 ー御免ごめん、の言葉が出る前に、イリアの両の掌が涼子の頬を挟み込みピシャンと打つ。


「痛ったー!」

「しっかりして、まだ早いでしょ。ージュエル、正面スクリーン通常センサモード」


 軽い頬打ちに過剰な反応を返すとイリアの叱責が飛ぶ。

 その言葉が終わらぬ内に、正面スクリーンがワイヤーフレームと赤外線写真の混ざった味気無い表示に変わる。


「おー痛」

 少し赤くなった両頬を両手でさすりながら呟く。


 クスクス。

 小さな笑い声は隣の通信・電子機器コンソールに座ったタチアナだ。

「何よ、笑ってんじゃないよ」

「だって、相変わらずの間抜けっぷり」

「あのねぇー」

 立ち上がりかけた途端、頭を押さえられる。


「りょ~こ」

「あーはいはい」

 低い声と眼力〈それと腕力〉に押されて仕方なく腰を下ろす。


 クスクス

「お前も、仕事中だろ」

 イリアの叱責はタチアナにも向かう。はは、いい気味。


「はーい、分かりました」

 タチアナも船長に逆らうつもりはないらしい。その優等生面にムカつくんで、思いっきり睨んでやる。


「…」

 無言の攻撃を鼻先で撃退してタチアナは素知らぬ顔で仕事に戻る。

 まあこっちも、いい加減にしないとイリアが本格的に怒り出すからね。

 さっさと仕事に戻りますはい。




 七人の乗組員クルーを乗せて着陸船は滑らかにその速度と高度を落としてく。

 航空力学的にとても飛びそうにない形状の船体を上手にコントロールするのは枯れ草色の髪と灰色の瞳をした副パイロットのジュエル。


 その隣では主パイロットのアルバートが何やら面白く無さげに前方のスクリーンを眺めている。

 どうやらここまでのジュエルの操縦は文句の付けようが無いみたい。


 船は昼の半球の四分の一を過ぎようとしてた。


 目前のホロスクリーンには艇外カメラが捕らえた地表の姿が順次表示されてく。

 どちらを見ても広がっているのは緑の森と、草原。未開の大自然。


 中央のスクリーンには視差を最適に調整した立体映像が映される。

 赤外線で捉えた情報を付加し、直接肉眼で見るよりもはっきりとした映像はかえって人工的で、感情移入するには向かないんだよね。

 まあ、イリアの事だから、どうせ判っててそうしてるんだろうけど。


 涼子の周囲に展開されたホロスクリーンには、それぞれに赤外線やサブミリ波などのごく狭い波長で撮影した映像が流れている。


 リアルタイムで確認される事は殆ど無いけど、こうした映像から地下資源や生体分布が明らかにされるので無下にはできないんだよね。


 着陸船はさらに高度を下げてく。


 高々軌道からの事前調査で着陸地点として候補に上げられていた巨大な一枚岩の台地。

 その周囲を巻くように更に降下を続ける。


 不意に、ホロスクリーンの一つで動きがあった。

 システム内の無口なAIが自動的に熱赤外線カメラの表示を中央のホロスクリーンに移動し拡大する。


「右前方2キロ、高熱源体発生」

 スクリーンを一瞥して見たままの情報を告げる。

 熱赤外線映像ーサーモグラフの中で比較的低温を示す水色と緑に彩られていた森林地帯の中央部分が黄色、赤、さらに白く輝き始める。

 日中の植物の表面温度から遥かに高い温度の物体がそこに発生してた。


「さらに温度上昇中」


「機関全開、左旋回、急速上昇!」

 ほぼ真下と言ってもいい程の地点からの警戒情報を受けてイリアは着陸船の高度を上げ、進路を変える。


「見て!」

 タチアナが正面スクリーンを指して叫ぶ。

 そこには噴き上がるように立ち上る大量の噴煙が映ってた。


「…火山?」


「違う」

 即座にタチアナの言葉を否定する。

 理由も告げない否定にむっとした表情を視界の隅に捉えるが、今はそれもどうでも良い。

 サーモグラフの中で熱源が徐々に動いてる。

 溶岩流や火山弾ではない。熱源は広がらず、飛び出してくる訳でもない。

 噴煙に隠れたままゆっくりと浮かび上がってくる。

 やがて正面スクリーンでも大量の噴煙の中から何かがゆっくりと上昇してくるのが見てとれる。

 サーモグラフ上ではその上昇してくる物体の底の部分がもっとも高い温度を示してた。


「これは…ロケット?」

 長さ20メートル程の寸胴の物体はその末端部から大量の噴煙を吐き出し、徐々に加速しながら上昇してくる。

 噴煙が何倍もの太さに拡がりながら森とロケットを繋ぐ壮大な柱を作り上げる。


「速度1800メートル毎秒。更に増速中」

 後ろに座ったレナーが続ける。

 既に正面のスクリーンは大小に分割されて、飛行物体と母船の予想軌道表示や物体のクローズアップ、発射地点の鳥瞰画像などが映し出される。


「予想は?」

 一段高い船長席に立ち上がり楽しそうにスクリーンを見たままイリアが訊ねる。

 退屈紛れに途中まで編んでいた金色の三つ編みが解けながら揺れている。


「推力の継続時間によるが、最大想定なら大気圏脱出。途中で止まれば、衛星軌道に載るか、もしくは弾道弾だな。」

 答えるのは勿論、メインパイロット席のアルバート。こちらは先刻と変わってやや楽しそう。

 でも緊張感の無さは相変わらず。


「脅威度は?」

 さらにイリアが尋ねる。


「当船への最大接近2キロメートル。母船への接近軌道も取りそうに無いな、今のところ」

 ジュエルが脇から答える。


「それで、どうするかね。追い掛けて見るかい」

「そうだなぁー」

 コンソールに垂れ下がった、腰まで届く黄金の髪をゆっくりと掻き上げながら、イリアは答える。


「別にいいや。後で涼子に確認させるから発射地点教えてやって。ーそれと、一応上から追跡艇出しといて」


 それだけ言うと、キャプテンシートに潜り込んで、そのまま上昇して行くロケットを見詰めてる。

「ロケット飛ばすような文明があったんだ」

 そんな文明があったら移民なんて無理だよね。

「…無駄足かぁ」


「まだ、決まった訳じゃないから」

 イリアが叱りつけるように言う。

「無線通信も人工建造物も無いのにあんなの一つで文明なんて呼べる?」


「そりゃあね、けどロケットだよ」

「仮に土着の先住者が居たとして、それが十分に知性的な生物だとしても、共存できる環境であれば移民は認められてるの、それを調べてくるのもあんたの仕事でしょ」

 イリアはどうだって感じで、胸を張って見せる。

 それって、侵略じゃん。

 まあ言えないけどね、そんな事



 ロケットはやや傾いた姿勢のまま、そのシルエットをにじませながら緑の星の重力を振り切ろうと、大量の推進剤と噴煙を噴き出しながらゆっくりと虚空へと昇って行った。


 着陸船は、何事もなかったように高度を落として行く。

 地形図の中央に位置する巨大な白い一枚岩がゆっくりと正面に見えて来る。


 正面スクリーン右、副パイロットの席に陣取ったジュエルがいくつかのコマンドをコンソールに打ち込むと、針鼠のように上下左右に張り出していた探査機材やアンテナが順に格納されてく。

 同時に、地表探査プログラムが終了し、目前のホロスクリーンも消滅する。


 これでするべき仕事は一先ひとまず無くなって、あとは二人が着陸船を緑の大地に降ろす手際を見物するだけ。


 優に五キロ四方はありそうな白い岩盤で出来た台地が迫って来る。

 緑の草原の中に浮かんだ白い島。


 それは、やがて視界一杯に広がる。


 軽いショックと、わずかに船体が傾いたような感触に遅れて、正面スクリーンに着陸完了のサインが出る。

 姿勢制御用のバーニアの噴射が止まり、エンジンの稼動音が徐々に小さくなっていく。



「さてと、」

 アルバートとジュエルがひと通りチェックを終えた頃を見はからって、イリアがシートから立ち上がり全員を見渡す。


「デイビッドとアルバートは各装備品の点検整備を始めて。バギーを一台先に組んどくの忘れずにね。ジュエルとタチアナで半径二キロの範囲でモニターガードシステムの展開。二百%以上の重複をさせるように。それから涼子とケヴィンは分析機器の点検と大気分析。微生物のサンプリング程度は、やっといてね」


 それからこちらに向かい、念を押すように続ける。

「準備ができたら連絡するから、今回はロケットについても調査するの忘れないで」


 はいはい、発射地点に何者かが残ってればね。

 心の中で呟く。

「ー『初期探査』以外の船外活動は原則禁止。いい?じゃ、作業開始」


次は明日です。

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