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17.事実

18話目です。

 居住コンテナの発見から三日後、ブラックボックスの解析が完了した。

 そして、その膨大なデータから発掘された事実にイリアは頭を抱えることになった。


 ラウンジのテーブルの上には二つのホロスクリーンが浮かんでいた。

 居住コンテナのコントロールルームの監視映像と、機関駆動データを元にしたシュミレーション画面。


 コントロールルームには三人の当直員の姿が見えた。

 時刻は昼近く。

 着陸した宇宙船で当直が三人も居るというのは妙な気がする。

 不意に叫び声と銃声とおぼしき破裂音が聞こえてくる。

 三人の当直員が何事かと慌てる。

 画面奥の扉が開き、数人が手に武器を持って現れる。


「船を発進させろ!」

 先頭で当直の一人に銃を向けた男が叫ぶ。

「何を言ってるんだ、発進なんて出来るわけないだろう!この船は着陸専用なんだ」

「コンテナを切り離せば大気圏離脱出来るはずだ!」

「馬鹿な事を言うな!」

「うるさい!さっさとコンテナを切り離せ!」


 正面の二人のやり取りに気を取られている隙に、当直の一人が目の前の男から武器を奪い取ろうと飛びかかる。

「止めろ!」

 交渉を続けていた当直の一人が叫ぶ。

 銃声と、破裂音。何人かが倒れ、別の何人かが揉み合う。


「コンテナを切り離せ!」

「発進だ!全出力を叩き込め!」

 人数でも武装でも劣る当直員に勝ち目はなく、画面は大きく揺れ始める。

 シュミレーション画面上で、居住コンテナはその巨体をゆっくりと持ち上げる。


 切り離したはずのコンテナ部分も一緒に上空へと浮かび上がるが、すぐに推進力が不足し、地表へと落下してしまう。

 高空からの落下にコントロールルームの全員が床に叩きつけられる。

 それでも全員が絶命した訳ではない、呻き声と床をずるずると這う音が聞こえる。


「どうした!今のは何だ!」

 何処からかコントロールルームを呼び出し状況を確認する声。

「船長…すみません、馬鹿どもが襲ってきて、」

 起き上がることが出来ないのか。姿の見えない声が答える。


「被害状況は?コンテナは無事か?」

「ー待って下さい。今確認します」

 画面の片隅で一本の腕がコンソールに伸ばされ、その下から土気色をした男の顔が現れる。


「ー船外殻破損」

 男は片腕で身体を引き上げ、コンソールにのし掛かるようにして身体を支える。もう一方の腕は動かずだらりと垂れたままだ。

「…主反応炉出力低下、乗員の三十二%死亡、六十五%負傷…」


氷室アイスルーム発動しろ」

 船長が報告の途中で命令する。

「ー船長?」

「もうこの船はおしまいだ。ジーン保存に全資源を投入しろ」

「ーわかりました」

 男はコンソール上で苦しそうに動きながら命令を実行していく。


「ーフェールセイフ解除、最終安全弁切断、船内環境システム停止、全エネルギー供給を氷室アイスルームへ」

 映像はそこですっぱりと途切れる。カメラへの電源供給も絶たれたのだろう。

 けれど、ブラックボックスの不揮発メモリーは記録を維持し続け、こうして七年前にマリー=テレーズで起きた事件の全貌を明らかにする。




「これ以降は映像も機関の動作記録も有りません」

 タチアナが映像の途絶えたスクリーンを前に説明する。

「ーこの、墜落で乗員が死亡したということ?」

 イリアが訊ねる。


「この騒ぎでと言った方が正しいかな、コントロールルームの外でも撃たれた死体がいくつか有ったからな」

 アルバートが答える。

「誰も助からなかったの?」

「即死でなくとも、誰の助けもなく生き延びるのは無理だろう」


「でも、メイアは…」

「…そう、彼女は生き延びた。不具にもならず、どうしてだと思う?」

 アルバートの問いに誰も答えない。

『もう一つ疑問が有るのですが』

 自室でメイアに付き添っているレナーが発言する。向こうでも映像は見れているのだろう。


「どうぞ」

『彼らは何故あんな事をしたのですか?せっかく此処まで辿り着いたのに。どうしてこの惑星を離脱しようとしたのですか』

「その答えも此方こちらにあります」

 タチアナがコントロールパッドに指を走らせる。

 スクリーンにテキストデータが表示される。

「マリー=テレーズの航海日誌スターログです」

 タチアナは表示されたテキストを適宜スクロールさせながら概要を説明する。


「この日誌は地球出発の日から始まっています。数ヵ月間は平穏な航海の中での些細な事件や滑稽話などが書かれているだけですので、情報価値は高くありません。ー出発から五ヶ月後に最初の異状が記載されています」

 タチアナは画面のスクロールを止める。そこに書かれていたのは短い文章であった。


〝回頭終了後、主エンジン再始動出来ず。原因不明〟


 恒星間宇宙船は目的への行程の半分までは加速を続け、中間地点からは減速をして、目的地近傍で相対速度がゼロになるように飛行する。

 回頭後の再始動が出来ないというのは減速が出来なくなった事を表していた。


「二ヶ月後、修理が完了して主エンジンの再始動に成功しますが、既に減速は間に合わない状態になっていたようです。マリー=テレーズは九ヶ月目には目的地を通過し、十二ヶ月目になりようやく進路上にG型恒星と居住可能な惑星を発見しています」

 それが、セパ・アルテアと第四惑星フローラ。

「居住コンテナを切り離し、着陸した乗組員はこの星で生き抜く決心をしていました。幸い、危険な大型獣も存在しないフローラは彼らに楽園のようにみえました。ー私たちと同じように彼らもまた騙された訳です」


「騙されたって何?」

「危険なんかない、そうキースさんはおっしゃいました。あなたも」

 こちらを正面から睨みつけて続ける

「こんな素敵な星って浮かれていらしゃいました」

 タチアナの指摘に誰も返す言葉が無い。


 それ以上の反駁が無い事を確認するとタチアナは説明を続ける。

「ーやがて、最初のトラブルが発生します」

 スクロールした航海日誌スターログにはいくつかの文がハイライトされていた。


〝フランクリンの娘の姿が見えなくなった。船内外を捜索したが手がかり無し〟


〝フランクリンの娘はまだ見つからない、神のご加護がありますように〟


〝フランクリンの娘ーメイアが見つかった。とても元気だ。神よ感謝します。〟


「一人の少女が行方不明になり、三日後に帰ってきました。メイア=フランクリン、あのむすめです。彼女は森の妖精に助けてもらったと、そう言ったそうです」

 画面上を次々とハイライトされた文字列が現れ、消えていく。目まぐるしく表示される航海日誌スターログの抜粋を読み、タチアナの説明を聞くのが困難になりイリアは流れる文字列を追うのをやめた。それは後で確認すれば良いことだ。


「子供達は彼女を嘘つきと呼びます。妖精など居ない、メイアは嘘つきだと。そして、いつしかメイアを除いて子供達は外へ出なくなりました。外でメイアと遊んでいるとーつまり苛めていると、何故だかすごく怖くなるというのがその理由です。当然大人達はそれを信じはしませんでした」

 タチアナは淡々と続ける。


「けれど、いつしか大人の中にも外へ出ることを厭がる人が出てきました。ー何だか気味が悪い、見られてる気がする。そんな漠然とした理由です。ーそして、森を切り開いて畑を造ろうと外に出た数人が心臓麻痺で死んでしまうに至って誰も外へ出なくなったのでした。ーメイアを除いては」


「メイアの森の妖精を信じなかったのに、森の魔物を怖れ、そして、メイアを怖れるようになった人々はメイアを魔物と契約した魔女だと断罪して殺そうとしました」

「ーそんな事が」

 思わず呟く。


「かろうじて両親の手でメイアは外へ逃れました。外に居れば誰もメイアを追っていかなかったのです。ーそして、森の魔物を怖れた人々がコンテナを放棄して第三、第五惑星への移動を主張し、実力行使に出た結果が先程の映像です」


〝怖れていた事態となった。コンテナを棄て離脱をしようと暴徒がコントロールルームを襲った。幸いコンテナの破棄指令の無効化措置により企ては失敗した。だが、当船も乗員も多大な損害を受けた。私は氷室アイスルームの発動を命じた、間もなくこの日誌も記録できなくなるだろう、神よどうか我らのジーンに祝〟


 航海日誌スターログの最後、中途半端に途切れたままの文が表示されたまま画面は停止していた。


「二つの疑問についての答えは明白だと思われます。メイアは事故の時点では既に船内にはおらず、森の中に逃げ込んでいたのです。そして、彼らがこの惑星から逃げ出そうとしたのは、ここが楽園では無かったからです」

 タチアナは締め括る。メイアが生き延びた理由は判った。彼らが逃げ出そうとした理由も。


氷室アイスルームって何?」

 流れを無視して訊ねる。

『ー非常事態に発動する冬眠槽の凍結保存処理です。遺伝情報の長期保全の為の措置ですね』

 レナーが律儀に答える。

「じゃあ、移民はあの中でまだ眠ってるって事?」


「ー凍結保存って言ったでしょ。人工冬眠は冷凍する訳じゃ無い事ぐらい知ってるでしょ」

 イリアが仕方なく説明する。

 人工冬眠は低体温にしても凍らせたりはしない。

 そんなことをすれば細胞が破壊されて人間は死んでしまう。

 マリー=テレーズの船長は敢えてそれを命じたのだ。


「コンテナ船の中心部には冷蔵された卵子と精子が非常用の遺伝子プールとして保管されてるの。それを守るためにねエネルギーが無くなる前にコンテナ船全体を凍らせたのよ」

 七千人を保冷材の替わりにしたわけだ。多分まだコンテナ船の中心部は硬く凍ったまま、誰かが手を伸ばす日を待っているのだろう。


「何故メイアだけが受け入れられた?他の子供達や乗員はどうして駄目だったんだ?」

 脱線した会話を戻す様にジュエルが口を開く。その疑問はイリアの思いを代弁している。

「そこの彼女と同じだからでは有りませんか」

 タチアナは冷たい視線をこちらに向ける。


「どういう意味?」

「フォーレもあなたも、あのむすめもあたし達と違う生き物ですものね。化物同士、気が合うのではありませんか」

 タチアナは艶然えんぜんと笑みを浮かべる。

「あんたね!」

「おお怖い。ー冗談ですよ、あなた方とあらそおうなんて、そんな無謀な事しません」タチアナは妙に浮かれた口調で続ける。「一人の為に七千人を殺した相手ですからね」


 ラウンジが一瞬静まり返る。

「ーそれは、|フォーレがメイアの為に《・・・・・・・・・・》マリー=テレーズの移民を殺したって事?」

 イリアは静かに訊ねる。


「そうではありませんか?」

 タチアナはさも可笑しそうに言う。

「メイアを信じずに苛めた、だからフォーレは他の子供達を、それを止めず一緒になって殺そうとまでした大人達を排除したのではありませんか?」

 タチアナは彼女の結論を告げる。そして音声のみ(ボイスオンリー)表示の向こうに呼び掛ける。

「ですから、レナーさん。せいぜい彼女に優しくしてあげて下さいね。でないとみんな死んでしまいますから」




 調査は暗礁に乗り上げてしまった。

 タチアナの言葉はともかく、マリー=テレーズの乗員が森を切り開こうとして死んだことは事実のようだった。

 乗員と共に七千人の冬眠状態の移民が死亡した事も。

 七千分の一という生存確率は移民星として不適当さを如実に表した数字であった。

 フォーレとのコンタクトが実現しない中、推測、憶測だけでこれ以上の危険を容認する事は出来なかった。

 そしてイリアは調査を終了し、メイアを連れて帰還する決定を下した。

 着陸船が惑星フローラに着陸してから六百時間余り、十九日が過ぎていた。

続きは明日です。

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