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16.封印

17話目です。

 調査艇は居住コンテナ船の残骸を後に着陸船へ戻る。

 メイアは眠ったままで、コントロールルームは機関の発する僅かなノイズ以外静かなものだった。


 スクリーンに着陸船が見えたときに鈍い音と共に船体が揺れた。

「ーなんだ!」

 パイロット席に付いたアルバートが慌てて計器をチェックする。

 レナーが対空監視のログを確認する間にも鈍い衝撃が断続的に伝わって来る。


「二階だ、個室で異状反応!」

 船内モニターに個室で暴れるメイアの姿が映る。


「一緒に来て!」

 レナーに声をかけるとステップを駈け上がる。


 ラウンジを抜け、個室の前にたどり着く。

 中から何かがぶつかるような鈍い衝撃音が響いていた。

 躊躇していると、遅れてきたレナーが扉に手をかける。


 その瞬間、扉が内側から弾け飛ぶ。


 レナーが跳ね飛ばされる。

 扉と一体になって飛んできたメイアは、立ち上がると今度はこちらを向く。


 長い髪がもつれ、顔を隠している。

 手足には激しくぶつけた亀裂や打撲痕。


 床を蹴って突進してくるメイアを止めようとしてアッサリと弾き飛ばされる。

 メイアはそのまま、廊下の突き当り、非常ロックに突進する。


 もちろん、体当たりで開くような代物じゃあない。

 だけど、個室の扉だって内開きのそれなりに頑丈な作りだった。

 アルバートが体当たりしたってそう簡単に壊れるようなものじゃない。


 それが、外向きにこじ開けられたんだ。

 非常ロックだって、いつまで持つか。



「掴まれ!」



 そう思った時、アルバートの大声が響いた。

 身体が浮き上がる。

 床面が落ちー違う、廊下が回っていた。

 個室側の壁が床になり、反対の壁が天井になる。


 床を蹴って体当たりしていたメイアのつま先が空を切る。

 回転する床に足元をとられ、体制を崩して倒れる。

 さらに、廊下は回り続け、天井が床になる。


 回り続ける廊下に翻弄され、メイアは立ち上がれない。

 そのまに、廊下が前方に傾く。

 メイアのいる非常ロック側が空を向く。


 個室側の壁が天井に回り、反対側の壁が床になる。

 急勾配に傾いた床をメイアが滑り落ちてくる。

 扉の残骸とレナーを捲き込んで前方のラウンジに落下していく。



 辛うじて扉の外れた個室の入り口にぶら下がって、恐る恐るラウンジのほうをのぞき込む。

 ラウンジの手前の階段にアルバートの姿が見えた。

 廊下の回転はまだ続いている。

 こんな状態の船内でよく動けるなって感心する。

「ちょっと、これ何とかしてよ、腕がちぎれそう」


 ちょっとだけこっちを見て、無事なことを確認すると、アルバートはそのままラウンジに入っていく。

 しばらく何やらごそごそしている間に、船の姿勢がゆっくりと戻る。


 慌ててラウンジに入る。

 なんだこれ。

 メイアとレナーが一緒くたに簀巻きにされて、その上さらに床に磔にされている。


「…生きてるんだよね」

 ちょっと怖くなって聞いてみる。

 そんなに長い距離じゃあ無いけど、落ちたんだから。


「大丈夫、骨も折れちゃいない」

 事も無げに言い放つ。

「えっと、どうなってるの」

「少し強い麻酔をかがせて、念のため拘束してる」


 拘束って、もう少しやり方があるんじゃないの?

 レナーまで一緒に簀巻きにする必要あるのかな。


「急いでたんだ、仕方ないだろ」

 それで済ますんだ。


『ちょっと、どうしたの、何があったの!』

 不意にイリアの声が聞こえる。

 調査艇のアクロバットな動きを見て心配したんだろう。

「大丈夫だ、問題は、片付いた」

 アルバートが答えるけど、全然片付いて無いよね。

 ほんと、どうするの此れ。




「結局何があったの?」

 着陸船に戻ると開口一番、問い詰められる。

「メイアが、多分脱走しようとしたんだと思う」

 どう答えたものかわからず、結局見たままを告げる。


「何故、突然に」

 そうなんだよね、まあきっかけはあのコンテナなんだろうけど。

 それで逃げ出そうとする理由が全く分からない。

 なので、そう答える。

「全然わからない」


「あなたねぇ」

 いや、睨まれてもさあ。

「わからないものは、わからないとしか答えらんないでしょ」

 ねえ。

 さっきからアルバートはだんまりを決め込んでる。

 ずるい。


 レナーはメイアと一緒に調査艇の中。

 もう、目は覚ましてるんだけど。

 メイアが腕を抱え込んで離さない。

 睡眠薬が効いてあと半日は起きないはずなのに。

 ものすごい力でレナーを抱え込んでる。


「で、どうするの?」

 え、それを聞く?

 決めるのは船長でしょ?

 確かに、連れてきたのはあたしだけどさ。


「そのまま調査艇に隔離するほうがいいかもね。」

 着陸艇に連れて来ても留置場はおろか、拘束衣だってない。

 手錠とかも無いし、手かせ足かせ?

「レナーが一緒に居れば、大丈夫じゃないかな」





 半日後、メイアは目覚めた。

 だが、それまでとは一変し、頑なに心を閉ざしていた。

 ただ、レナーから離れない。

 無理に引き離すとまたトラブりそうなので、そのままにしている。


 そして、イリアはそのまま二人を調査艇に隔離することにしたらしい。





「メイアのあれは、いったい何なんだ?」

 突然の脱走未遂から半日経って目覚めたメイアの態度が一変したことが、アルバートには理解できないのだろう。

「かなり極端な防衛機制ぼうえいきせいね」

 イリアが答える。


「昨日までは記憶を封じる事で防衛していたのが、今日居住コンテナに再会した事で記憶が戻った。それで今度はその記憶に対して傷つかないように感情をブロックしているんだと思う」

「感情をブロック?」

「そう。事実を思い出した結果、両親の死に傷つき、生き残った事に罪悪感を感じるようになる。悲しむ心だけでなく、楽しむことも禁じてしまうのよ」


「あの場所は、封印されていたのよ。フォーレとメイアの双方にとって忘れたい忌まわしい過去として」

 それを無理やりこじ開けたんだ。

 それなりの反動があって当然だよね。



「記憶が戻ったって言ってましたよね?」

 タチアナがイリアに尋ねる。

「ええ、たぶん七年前に起こった事を鮮明に思い出したと思う。でなければあんな状態になるとは思えないから」

「何が在ったのか訊かないんですか?今なら全てはっきりするのではありませんか?」

 タチアナの言葉に、一瞬腰を浮かす。

 それを牽制するとイリアは言葉を選びながら答える。



「ーいまのメイアじゃあ何も答えないわよ。何が有ったのかはこのブラックボックスを解析すれば大部分は判るはずだし。メイアが回復して過去に折り合いを付けられたら、その時に聞いても遅くはないでしょ」

「じゃあ、ブラックボックスの解析にはどのくらいかかるんですか?」

「多少破損している部分もありそうだし、データの読み込みと再構築に三、四日はかかるんじゃないかな」

 大量のデータを一旦着陸船のシステムに移してから仮想マシン内でデータの再構築をさせるのにはそれなりの時間と手間が必要になるーらしい。


「手伝ってもらえれば有難いんだけどな」

 アルバートが言う。

 電子機器やプログラムに関してはタチアナの方が知識も経験も豊富だからだろう。

「ブラックボックスは触った事ありませんけれど」

「大丈夫、それはこっちも一緒だから」

 そうして、二人はブラックボックスの解析の為にラボに籠ることになった。


「で、結局フォーレは居たの?」

 メイアにかまけていてもそもそもの目的の方を忘れたりはしないよね。

 戻ってから初めてその話題を振られたので、躊躇ちゅうちょしながら答える。

「ー居たわ。もっとも直接コンタクトを取れたわけじゃないけどね」

 その答えにイリアは怪訝そうな表情を浮かべる。


「そんな事、言ってなかったじゃねえか」

 アルバートが不満そうに口を挟む。

「ー説明が面倒だったから。アルバートがブラックボックスを探しに行ってる間に、フォーレの記憶が見えたのよ」

「記憶?」

「そう、あの居住コンテナの中で起きた事。フォーレ自身もその記憶を封印していたの」


「いったい、何が起きたっていうの?」

「答えはそのブラックボックスの中にあるはずよ。フォーレの記憶が正確なものかどうかわからない間はその事は話したくない」

「ーわかった」

 イリアは意外と簡単に引き下がった。

 付き合いが長いとこういうところは楽。


「それじゃ、結局フォーレは見つからなかったって事なのか?」

 アルバートが不満げに言う。

 そう、あの場にはフォーレの記憶だけが有った、つまりフォーレ本人の所在は不明。

 けれど、あの封印された記憶で判った事があった。

 これまでも疑っていたけれど、それがほぼ確信できるようになった事が。


「ーまあ、見つからなかったって言うのか、そもそも見つける必要なんか無かったって言うべきなのかな」

 何言ってるか分からないだろうなと思いながら話す。

「どういう意味?」

 イリアが訝しげな視線を向ける。


「フローラへ到着して十五日間、その間に私たちが見つけたものは何?」

 そう言って室内を見回す。

 挑戦的な視線を向けたタチアナと、一切の発言をしていないジュエルを含めた四人から答えは返ってこない。


「ロケットにメイア、今日は居住コンテナも見つかった。けれど、肝心のフォーレはどこにも居ない。ずっと一緒だったメイアが呼んでも現れない」

 そのまま言葉を続ける。


「恥ずかしがりの妖精ーメイアはフォーレをこう呼んだわ。

 まるで、お伽噺とぎばなしに出て来そうな感じよね。

 そして、大抵、お伽噺とぎばなしはこんな風にうの。

『それは、いつも彼女の目の前に在ったのに、彼女は全然気付きませんでした』

 って」

 恥ずかしくなるようなステレオタイプのフレーズを口にするとゆっくりと皆を見回す。


「フォーレっていうのはなんだと思う?

 異星人の名前?

 メイアのぬいぐるみの名前?

 ううん、そんなんじゃ無い。

 メイアに会うまでフォーレには名前なんか無かったの。

 だから彼女が最初(・・)に呼んだ名前を自分に付けたのね ーフォーレスト


 フローラの森。


 そして、多分フローラの全植物の意識集合体のことなのよフォーレってのは。

 だから、探す必要なんか無かった。

 今も、最初からフォーレは私たちの目の前に居るのよ」


 七年前のある日、マリー=テレーズの中で何かが起き、少女は一人森の中へ逃げる。


 鬱蒼と繁る森の中、そこで一人きりで目覚めた少女が呟く。


 その言葉がフォーレをフォーレたらしめる。


 ーそして妖精が生まれる。


    小さなお姫さまを護るため。




 何かがメイアを眠りから呼び醒ました。

 狭いベッドでパパの胸元に潜り込むように丸めていた身体をすこし離す。


 暗闇の中でパパの胸が規則正しく上下しているのが見える。

 星明かりしかないフローラの夜のお陰でメイアはずいぶんと夜目が利くようになっていた。


 突然に蘇った記憶はメイアに混乱を引き起こしていた。


 何も感じない。

 ベールの向こうに世界が在って、メイアはいまだにあの暗い居住コンテナ船に取り残されている、そんな現実感の無さにメイアは対処できなくなっていた。


 あれから毎晩、何度も目が覚める。

 うなされる訳ではなく、不意に目覚め、闇の中で独り震える。

 今もメイアは凍えるような寒さを感じ震え出す身体をどうすることも出来ずにいた。


 震える身体を強い力でパパが抱き締めてくれる。

 強ばった四肢が少しずつ暖められ柔らかさを取り戻す。


 背中を優しく叩く手に、耳元で彼女を呼ぶ優しい声に、少しだけ安心する。

 そして再び眠りに落ちる。

 そんなことを幾度か繰り返し、また耐え難い一日が始まる。




 腕の中で断続的な震えがようやく収まりつつあった。

 小さな手がレナーの胸元でシャツを掴み握りしめる。

 最後の震えが収まるとメイアはようやく安定した寝息をたてはじめる。


 軽く不規則に背中を叩いていた手の力をさらに緩める。

 徐々に間隔が遅くなる。

 最後に手のひらを背中に落とすとレナーは手を止めて視線をあげる。


 居住コンテナを調査してから二日間が経っていた。

 あれから三回目の夜。

 あの日以来メイアはレナーから離れなくなった。

 あの日の夜、涼子に預けてシャワーを使わせようとするとメイアは暴れ、ビックリするような力で涼子を撥ね飛ばしシャワールームの扉に何度も体当たりを繰り返した。

 それ以来シャワーもレナーが使わせている。


 レナーが目に入る範囲にいれば大人しくしているのだが、涼子を含めて他のクルーには全く心を開く様子はなく、近づくと逃げ、捕まえると暴れる始末で殆んど一日中レナーはメイアの面倒を見ることになった。

 

 握りしめた小さなこぶしからシャツを外すとレナーはゆっくりと起き上がる。

 幼い寝顔に涙の跡が見える。

 無表情に人形のような焦点の合わない瞳をしたままでこうして涙を流しているメイアを見るとどういう訳か胸が締め付けられるような気がした。

 涼子から一晩預かった後、なし崩しのように任されてしまった時には正直厄介者としか思えなかった。

 それでも昼間は涼子も相手をしてくれたし、シャワーや食事の時間などはゆっくりすることができたのに、今ではシャワーもこうしてメイアが眠った一瞬を狙ってそそくさと済ませるのが普通になってしまった。

 どう考えても一層厄介者になった筈なのだが、あんなになついていた涼子すら遠ざけたメイアがレナーだけを頼りにして震える身体を預けてくる。

 それがいとおしく感じられる。

 レナーにとってこんな感情は久しぶりで、戸惑うばかりだった。

続きは明日です。

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