15.秘密
16話目です。
捜索完了範囲99.999999%。
それはつまり未捜索領域が0.000001%残っているという事だった。
百万平方キロの一億分の一、ほぼ百メートル四方の地域がまだ未捜索のまま残されている。
なるほど、そこにフォーレが隠れているのか。
メイアと二人、調査艇で待っていると、アルバートに続いてレナーまでが入ってきた。
「一緒に行けって」
ぼそりと追って来た訳を告げる。
ケビンさんが一緒に来てメイアは嬉しそうだ。
送られて来た座標をセットして調査艇は自動操縦で未捜索地点に向かう。
人間が操縦するとまた胡麻化されてしまうからね。
メイアと過ごした草原と、崖を過ぎ、さらに少しほど進むと不意に調査艇は停止する。
眼下には高い梢を天に向け聳える森が広がっている。
そのまま調査艇は密集した森の中に無頓着に降下していく。
高い梢に船体が引っ掛かると思った途端、スクリーンに映った風景が一変した。
高い梢を空へ向けた鬱蒼と繁る森の中にそれは在った。
最初、それは横倒しになった巨大なビルディングのように見えた。
根本から折れ、倒れた衝撃で更に何ヵ所かが折れ、崩壊したビルディングの残骸。
人の手による巨大な建造物という点では同じだが、それは、地上に建てられたものではなかった。
幅五〇メートル、全長二〇〇メートル程の建造物の残骸。
周辺の木々を押し潰し、一部には火災の痕だろうか黒く炭化した樹木も見える。
「マリー=テレーズの居住コンテナだね」
レナーが、あらかじめ調べておいたのか、淡々と言う。
メイアが乗っていた欠陥船の、居住コンテナ?何それ。
「初期の移民船で使われた方法で、簡単に言えば着陸専用の宇宙船。人工冬眠槽と反応炉を装備して、開拓初期の食料不足を解決するって予定だったらしいけどね」
アルバートは自動操縦を解除して着地点を選ぶのに忙しくて相手をしてくれない。
「初期って、今は使わないの?」
「開拓初期の移民と、後で冬眠から覚めた移民の間で階層化とかのトラブルが多発したらしくて使わなくなったね」
「懸命に開拓した土地を寝てただけの連中に渡したくないとか、法外な金額で取引をして払えなきゃ奴隷にするとかって話だろ」
アルバートが補足してくれる。
どうやら降りる場所は決まったみたいね。
「多かれ少なかれ移民星では聞く話だがね。逆に開拓者から二束三文で土地を買い叩くって話も有るけどな」
「あの頃は二級市民になって私有財産を放棄しないと冬眠槽に逆戻りなんて事も有ったらしいですから」
酷い話。
でも、人間てのは、所詮そんな生き物なんだよね。
着陸艇は居住コンテナの先端付近の破損箇所の近くに着陸する。
周辺警戒モードをAI任せに設定して船外に出た。
この居住コンテナが墜落したのはもう何年も前のはず。
それなのに、周囲の様子からは、さほどの時間が経っているようには見えない。
普通なら草に覆われ、ツタが蔓延り、亀裂から入り込んだ雨水で構造体が劣化しているはずなのに。
焼け焦げた木々も、ひしゃげたコンテナの外板も、往時の姿をとどめている。
まるで時が止まったかのよう。
エアフィルターを通して呼吸する大気もこれまでと違う妙に煤けた臭いがする。メイアの住んでいた所から五〇〇メートル程しか離れていないのに空気からして違っている。
歩みを進める毎に足元から乾いた灰が舞い上がる。
「駄目!」
居住コンテナあと1m程に近づいた時、鋭い叫び声に足を停める。
調査艇を出たところで立ち止まったままのメイアが続けて叫ぶ。
「行っちゃ駄目!入っちゃ駄目!」
駆け寄ろうとした所をアルバートに抑えられる。
「見ないで!」
メイアがフェイスマスクを剥ぎ取り叫ぶ。
「止めて!駄目!行かないで」
ふらりと一歩踏み出すと膝から崩れる。
「見ないで!いかないで!お願い」
腰が落ち、そのまま崩れ落ちる身体をレナーが駆け寄り支える。
「気を失ってる」
「一緒に中で待ってろ。部屋から出すんじゃ無いぞ」
アルバートの指示に頷くとメイアを抱きかかえて調査艇に戻っていく。
「気を抜くな、何が出てくるか判らんからな」
アルバートはもう一度コンテナに近づくと、破損した部分からコンテナ内へ入り込んでいく。
その後を追って裂け目を抜ける。
コンテナの中に照明は無く、亀裂から差し込む細い日差しで辛うじて真っ暗闇というわけではないが、視界を確保するにはあまりにも足りない。
手持ちの小さなライトの僅かな明かりだけが頼りだ。
何とも殺風景な通路がその小さな明かりの輪に浮かんでいる。
分厚く溜まった埃が放置された年月を語る以外に取り立てて変わったものは見えない。
十メートル程で隔壁と開きっぱなしの扉が出現する。
扉を抜けると辺りの風景が少し変化する。
天井が高い。
前の通路では手を伸ばせば天井に届く程の高さしか無かったが、こちらの天井は軽くその三倍は有る。
明かりを向けると二層のテラス状の通路が壁づたいに走っているのも見てとれる。
広さもちょっとした体育館ぐらいは有るだろう。
バスケコート一面ぐらいは取れそう。
室内を薙ぐライトの光輪が埃の積もった床以外の物を照らす。
崩れ、倒れ臥した人形。
厚い埃に覆われ色褪せた布地に包まれたかつて人であった、今は動かない物体。
不思議と恐怖心は無かった。
当然予想されて然るべき範囲の事。
もしもこのコンテナが無人で、一つの死体も無かったらその方がよっぽど怖いかもしれない。
アルバートがゆっくりと死体に近づく。
膝を曲げ、ライトで照らして仔細に検分をする。
それを少し離れた場所から見ていた。
恐怖心は無いけど、近寄ってみたいとも思わないからね。
「自然死ってわけじゃあ無さそうだな」
調べ終えて腰を上げるとアルバートが言った。
「墜落したんだから、それが原因じゃないの?」
「腹に大穴が開いてる。それに、」
明かりを奥に向けてつづける
「あっちのは完全に頭を潰されてる」
アルバートはライトで示した方向へ歩みを進める。
慌てて、置いていかれないように後を追う。
光の輪の中に死体が入ってくる頻度が高くなる。
アルバートを追って入った通路には数メートル置きに死体が見える。
とてもじゃあ無いけどこんな処ついていけない。
「じゃあ、ここで待っていろ」
アルバートはそういい置くとそのまま奥に進んでいく。
ゆっくりと後ずさり、周囲に死体が見えない辺りでライトを床に向けて待つ。
アルバートの持つ明かりが真っ直ぐな通路をゆっくりと進んでいく。
左右に明かりが揺れるのは障害物を避ける為に抜け道を捜しているのだろう。
やがて、明かりは遠ざかり見えなくなった。
そうすると不意に心細くなった。
幽霊とか信じてる訳じゃ無いのに、すこしだけ不安になった。
だから、無意識のうちに能力を解放していたのかもしれない。
不意に視界の隅で何かが動いた。
明かりの無い部屋の中で子供が数人駆けていく。
同時に笑い声が耳に届く。
子供らしい甲高いはしゃぎ声が。
だけど、それは実体じゃ無い、こんなに近くに生きた人間がいて何の気配も感じないなんてあり得ない。
幻視。
誰かの意識か記憶が流れ込んでいる。
深くこの住居コンテナ船と共に封印してあった筈の忌まわしい記憶。
メイア?それともフォーレの記憶か。
「こんな星に居られるか!」
男が叫ぶ。
流れ込む記憶の断片が幻を見せる。
「もう沢山よ!」
女が嘆きの声をあげる。
「お外怖いよー」
子供逹が口々に訴える。
「止めろ!離陸なんて出来るわけないだろ」
揉み合う男逹。
轟音と共に森の梢の上に浮かび上がる居住コンテナ。
推力は長く続かず、支えを無くした船体が大地に叩きつけられる。
エネルギー供給が停まり、人工冬眠槽の生命維持装置も停止する。
墜落を辛うじて生き延びた一握りの人々にも救援も無く、エネルギー供給の止まった船内で生き続ける事は出来なかった。
助け合えばよかったのに、残された僅かな食料を奪い合い、殺し合い、結局誰一人として生き延びることは出来なかった。
一歩船の外へ出る事が出来れば生き延びることが出来たかもしれない。
けれど、誰一人、外へ出ることが出来なかった。
化物のいる森へは。
ただ一人メイアだけが外に出ることが出来たのだ。
ただ一人フォーレに答えることが出来たのだ。
だからメイア一人が此の星で生き残ることができたんだ。
視界を覆っていた幻はいつしか消え、一人暗闇の中に立つ自分に気付く。
やがてライトの明かりと共にアルバートが戻る。
「…どうした?」
アルバートは不審な表情をみせる。
「何でもない…、見つかった?」
「ああ、この通り」
アルバートはライトとは反対の手に下げていたごついケースを持ち上げて見せる。
それは通称ブラックボックスって呼ばれる航行記録装置や交信記録装置、航海日誌などの各種記録を納めた不揮発メモリーの塊。
これがあれば船内で何が起こったのかを知ることができる。
たぶんその中に先ほど見た封印された記憶を裏付ける記録が見つかるだろう。
それまではその事を話すのは止めておく事にした。
何の証拠もないって言われるだけだからね。
「お帰り」
調査艇に戻るとコントロールルームでレナーが迎えてくれる。
「メイアは?」
「寝かしてる」
目の前のスクリーンには、居室で眠るメイアの姿が映っている。
「見てくる」
そう言うとステップを上がりラウンジを抜け、解錠コードを打ち込んで扉を開ける。
メイアは安らかな寝息をたてている。
膝を付いてそっとその寝顔を覗き込む。
そっと片手を額に当てる。
軽く瞳を閉じ、少しだけ能力を押さえている箍を緩める。
先程のメイアの言動について何か判ることは無いか、もちろん心が読める訳ではないが、感情の残滓でも掴めるのではないかと思ったのだ。
けれど、そこには何もなかった。
怒りも悲しみも、絶望も孤独も。
あの叫びの中に感じた感情は何も。
そして、そこには何もなかった。
喜びも楽しみも、期待も憧れも。
この数日間見てきた人間らしい感情と呼べるものは何も残っていなかった。
続きは明日です。




