13.分析
14話目です。
夕食を挟んで始まったミーティングに涼子の姿は無く、音声のみの表示がテーブル上に表示されていた。
メイアを一人にするわけに行かないから部屋から参加するって伝言はレナーに聞いたが、まあ本当の理由はそんなんじゃ無いことはイリアにも分かっている。
ま、だから直接言わずに伝言を寄越したんだろう。
一方のタチアナは赤い目と、すこし腫れの退いた顔でテーブルに就いていた。
「果実の分析結果から聞かせて貰えるかな?」
アルバートが言うのは涼子が最初に調査艇から見つけ、メイアが主食にしていたもの。
昨日二人を連れ帰った時に渡してあった。
「あれは果実ではありません、強いて言えば栄養芽と呼んだ方が相応しいものですね」
ケヴィンは回りくどい説明を始める。
「つまり?」
「種子がありません」
成る程。
種蒔きの為に出来た訳じゃないのは当然だろう。
なにしろあれを食べるのはメイアだけなのだから。
「その上、栄養価は非常に高い。アミノ酸に蛋白質、食物繊維から各種ビタミン、ナトリウム、マグネシウム等の金属イオン類。その他、生命維持に必要とされる栄養素を網羅しています」
「ー大したもの、まるでマナね」
イリアは呟く。
聖書に出てくる|奇跡の食物。
メイアにとってまさしくそうだったのだろう。
十歳の女の子が一人で生き延びる為に無くてはならないもの。
「そいつで七年間生き抜いてきたと言う事ね」
果実は、メイアを見付けた崖を中心にした半径五キロの森にしか見つかっていない。
つまりメイアの食料として誰かが作ったって事なのだろう。
『メイアはフォーレがくれたって言ってる。恥ずかしがりやの妖精はそのときから一度も姿を見せたことが無いって』
音声のみの表示から涼子の声が届く。
果実、それに捜索妨害。
そのどちらも中心に居たのはメイア。
けれど、彼女が並の能力者百人分の能力を持つとは思えない。
それでもメイアがなんらかの鍵を握っているのは確かだろう。
メイア、そしてフォーレ。
「じゃあ、そのフォーレが捜索の妨害をしたのか?」
アルバートが訊ねる。結論を急ぎたがる悪い癖は相変わらず。
「今もそのフォーレは森の中に隠れているのですか?」
『かもしれない。あたしが接触してからこっち、メイアもフォーレとのコンタクトが取れて無いみたいだから確認は取れないけど』
涼子はどちらの問いにとも採れる答えを返す。
「フォーレが実在するという証拠は在るの?」
『ー昨日も言ったけど、あのー爆発の時に感じた驚きと狼狽はメイア以外の誰かのものだと思う』
「それがフォーレだと?」
『わからない』
「わざわざ話を複雑にする必要は無いだろ。当面、涼子の誘拐も捜索の妨害もメイアの保護者もそのフォーレって事でいいんじゃないか」
アルバートが口を挟む。
イリアとしてはあまり単純化してしまいたくは無いのだが、現時点では仕方がない。
また矛盾が出ればその時に考えれば良いのだから。
「ー少し脱線しましたが、果実について分かった事は以上ですね」
レナーが報告を終える。
「それじゃ、メイアの住まいについての報告をお願い」
イリアの言葉にアルバートが音声のみの表示を見る。
けれど涼子は黙ったまま。
もしこの席にいればアルバートの視線に負けて涼子が報告をしていたのだろうが、今は見えないのを良いことにしらばっくれている。
「ー住み処を見て、草原と周辺の森もすこし調べて来たんだがな」
仕方なくアルバートが報告を始める。
何だか歯切れの悪い話し方。
ケヴィンみたい。
「あれはー楽園だな」
一瞬、皆の目が点になる。
言いにくそうだったのは其れか。
楽園だなんて全くらしくない。
「ー考えてみろ、乗っていた船が遭難して一人で未知の惑星で生き延びるだぞ、」
皆の若干妙な空気を黙殺してアルバートが続ける。
「いくら危険な動物が居ないとしても雨も降れば冬だって来る、食糧や燃料を蓄えるぐらいは必要だろ」
「十やそこらの子供に、そんな知恵は無いだろ」
「だったらどうしてメイアは生き延びられた?」
「果実が有ったからではないのですか」
「食糧だけじゃない、気候や天候もフォーレが制御していたんじゃないか?」
『雨が降ってもメイアは濡れないって、草原の葉っぱもメイアを避けてくれるってそう言ってたね』
涼子が補足する。
「ーだから楽園だって言うのね」
「ーああ、その上俺にはどうにもこの構図が気に入らない。フォーレの目的は、動機は一体何だ?」
可哀想な女の子を助け、食事と住居を与え、何の心配もなく日々を送れる様に手当てしてくれるなんて…
「足ながおじさんか、下心一杯の悪い男って感じね」
「相手が人間ならな」
「人間で無ければ?」
「良くてペット、でなきゃ実験動物。俺たちはそんな場所に飛び込んじまったって事じゃないのか」
アルバートが最後の結論を導き出す。
「ーあんまり嬉しい設定じゃ無いわね。そうすると最優先はフォーレの探索、もしくはコンタクトって事かしら?」
「探して見つかると思いますか?」
ケヴィンの心配は尤も。
通信機を持ち遭難信号を出していた涼子ですら丸一日かけてようやく探し出したのだ。
それもクルーの犠牲の上に。
姿形も分からない未知の知性体をこの森と草原の中から見付けるなんて到底出来やしないと思えるのも無理はない。
でも。
「見つけなきゃね」
イリアは簡単に答える。
それ以外に答えなんて無い。
出来なきゃ尻尾を巻いて帰るしかない。
『何れにしろ高度な知性体が見つかったわけだし、植民調査は打ち切りでしょ』
涼子が口を挟む。
「どうして?」
『知性体が発見された場合には移民を禁じる条令が有ったじゃない』
「まだメイア一人が見つかっただけで、原住の知性体が見つかった訳じゃないでしょ。仮にフォーレが見つかっても、すでに何年も人間と共存してるのだから、移民を受け入れる事だってできるんじゃない?」
ロケットを発見した直後にもこの話をした記憶が有った。
知的生命体が見つかっても共存が可能なら植民は認められている。
もちろん地球人の勝手なルールだし、今まで異星で知的生命体に遭遇していないから適用もされた事が無いルールなのだけど。
『一方的な植民なんて侵略と同じじゃない』
今度は涼子も想いを言葉にする。
顔が見えない分、話し易いのかもしれない。
「ー一方的でなけりゃ良いのでしょ。その為にも早くフォーレを探して意思疏通を図らないとね」
イリアの方針はぶれない。
それは涼子にも十分分かっている筈の事だった。
翌朝から通常の調査と並行してフォーレと、メイアの船の捜索が開始された。
通常調査はすでに果実が食用になることが分かったので、フローラの土壌での地球産植物の成育試験が開始され、地球産の種がセパ・アルテアの陽光の下で小さな双葉を広げていた。
フォーレと、メイアの船の捜索は涼子とメイアを中心に進められる事になった。
コントロールルームと二重にダブって緑の木々が見える。
涼子はコンソールに座って中途半端な状態で探査を行っていた。
普段と違い、肉体から離脱して世界を探るのではなく、肉体に留まったまま世界を感じる。
自身が二重に存在し、視界だけでなくあらゆる感覚が二重に存在することに眩暈がする。
調査艇は短い間隔で移動をしながら探査を続ける。
それに従って涼子も短い探査を繰り返す。
メイアはフォーレを呼び続け、それでもフォーレは見付からず、日数だけが過ぎていった。
そして、涼子がミーティングに顔を出さなくなって一週間が過ぎていた。
コンコン。
ノックの音が小さく響いた。
夜のミーティングを終えて、そろそろ寝ようとしていたケヴィン・レナーは珍しい物を見るように扉を見つめる。
確かに彼の部屋への訪問者というのは非常に珍しい。
いぶかしく思いながら、レナーは扉を押し開いた。
「…どうしたんですか?」
こんな時間にって言葉は飲み込む。
扉の隙間からは涼子の半身が除いていた。
「お願いがあるんだ」
そう言って涼子は扉の影から『お願い』を引き寄せる。
「この娘、一晩預かってね」
この娘ー少し大き目のパジャマを着て両手で枕を抱えたメイアが眠そうに立っていた。
「ーって、えー!」
レナーは驚きの声をあげる。
普段の彼のイメージと違うリアクションに涼子の頬が弛む。
「あんまり放って置くとさ、ジュエルが拗ねんのよ、だからね宜しく。朝には迎えに来るから」
そう簡単に言うとメイアの背中を扉の中に押しやる。
「ちょっと、そんな、誰か他の人に頼んでよ、何で俺がー」
「嫌なの?」
メイアの両肩に手を置き、涼子がずいっと乗り出す。
顎を突き上げて下から半眼で睨む。
「嫌なの?」
涼子の顎の下から同じように睡眼でメイアが繰り返す。
「あ、嫌な訳じゃ…」
きっぱりと嫌だと言えない時点でレナーの敗けは決まったようなものだ。
「じゃ、宜しく。信用してるからね」
気楽に言うと涼子はさっさと扉を閉めて行ってしまう。
後には呆然としたレナーと満面に笑みを浮かべたメイアが残される。
「あー、」
ショックから立ち直れずに意味不明のため息を洩らすだけのレナーに見切りをつけ、メイアは作り付けのベッドによじ登ると抱えてきた枕を置いて一人頷く。
「ねよ~」
その警戒心の欠片もない所作にケヴィン・レナーの最後の抵抗の意思も消え失せる。
「ったく」
ぼやくとベッド下の物入れから毛布を一枚引っ張り出す。
ベッドの上から使用中の毛布を取り上げると、新しい毛布を広げてメイアの頭の上から被せる。
「うわぁ」
突然に頭上に降ってきた毛布を掻き分けメイアが顔を出す頃にはレナーは狭い床に毛布を被って横になっていた。
「ケビンさん?」
呼び掛けにも答えないレナーをメイアは少し何かを考えるように見る。
やがて毛布と枕を引き摺ってベッドから降り、レナーにへばり付く。
「うわぁ!」
情けない悲鳴を上げてレナーは飛び起きる。
撥ね飛ばされたメイアがビックリ目で見返す。
「な、なんでベッドで寝ないんだよ!」
「ケビンさんは?」
真ん丸目で問い返す。
「僕は良いの!大人しくベッドで寝なさい!」
普段の落ち着いたケヴィン・レナーからは想像できない慌てっぷりにメイアのビックリ目は更に大きくなる。
「一緒に寝るー」
メイアはそう言うと半身を起こしたレナーにペッタリとくっつき、そのまま二人は床に転がる。
「ーこんなとこじゃなくてちゃんとベッドに…」
「此処でいい」
洞窟の固い床にくらべれば充分に快適なのかメイアはレナーの言葉に耳を貸そうとしない。
というか、眠くてどうでもいいのかもしれない。
仕方なく毛布を広げてメイアをくるみ横たわるレナーに待ち構えたようにメイアが身体を寄せてくる。
小さなおとがいをレナーの胸に預け、逃げ出されぬ用心のように華奢な腕を回し、むずかる幼児のように目を閉じ眉根にシワを寄せている。
「だから女なんか嫌いなんだ」
ケヴィン・レナーは小さく呟いた。
何故だろう、部屋が広く感じるのは。
元々一人部屋のサイズが変わったわけじゃあない。
偶に現れて、少し話をして優しく触れてくれた男が居なくなった。
ただそれだけの事。
何かを約束していたわけでもない。
未来を話したわけでもない。
もらったものは少しの言葉と小さなガラス玉。
あの時、あたしがヘリのコントロールをしていなかったら彼は生きていたのだろうか。
マニュアル操作に移るタイムラグなんて百分の一秒も無いって言うけど。
あたしがコントロールしてることで彼が油断していたとしたら。
操縦装置から手を離していたとしたら。
もしかしたら、其の所為で…
思いついた可能性はどんどんあたしを追い詰める。
考えても仕方がない。
無かったことに出来るわけじゃあない。
誰も知らないことだ。
忘れてしまえ。
けれど、
忘れられない。
私は知っている。
無かった事になんて出来ない。
考えたくない。
だってあたしが悪いんだから。
続きは明日です。




