12.闘争
13話目です。
洞窟の調査を終えて帰ってくる頃には隔離期間の二十四時間は終了していた。
メイアを船内に入れることについて少し揉めたけれど、一人で置いておく訳にもいかなかったので、イリアも不承不承了解した。
メイアを連れてラウンジの扉を抜けると、タチアナが一人座っていた。
「…何よそいつは」
絞り出すような声でタチアナが訊く。
「ん?」
何言ってるんだ?
「何で此処に居るのよ!」
タチアナが叫ぶ。
「そいつの所為じゃないの!デイビッドがー」
あ、そういう事。でもね、
「違うよ。って言うかデイビッドが堕ちたのは事故でしょ、メイアの所為じゃ無いから。ーそうね、強いて言えばデイビッド本人の責任かな」
タチアナの科白をひったくるように言う。
昨日とは全く方向の違うその言葉にアルバートが少し眉を寄せてこちらを見る。
「ー何ですって」
まあ、もちろんタチアナに我慢できる訳がない。
「だってね、危険は承知で来た筈じゃない?分かってて来たんだから、事故に有っても本人の責任」
そんな彼女を軽くいなすかのように言い放つ。
「ーあんたを探して事故にあったのよ、よくもそんなことが言えるわね」
「だとしても、あたしが責任を感じる相手はデイビッドであって、あんたじゃ無いから」
正式なパートナーならともかく、そうじゃない彼女に謝罪する理由は無いんだ。
「あたしは自分の仕事してるの。ちゃんと女の子見つけて来た。寝惚けてなんかいなかった証拠にね。事故ぐらいで使い物にならなくなるような甘ちゃんはサッサとこんな仕事辞めちゃった方が良いんじゃない?」
本気でそう思う。とはいえ、仕事の途中で「辞めます」なんて言われちゃ困るんだけど。
まあ、主にイリアが。
パン!
なんてくだらないことを考えていたら左の頬に衝撃を感じた。
メイアが目を丸くして驚くのが見える。
パン!
返す手で今度は右の頬を引っ叩かれる。
アルバートが慌ててメイアを引き離す。
「デイビッドのお陰で助かったくせに!」
タチアナが叫ぶ。
「あんたの勝手に皆迷惑してるの!少しは反省ぐらいしたらどうなの!」
「ーしてるわよ。まあ、だから一発は我慢するけど…」
右腕を上げ、水平に振り抜く。
途中、軌道上に在ったタチアナの頭が弾かれる。
反撃を予想していなかったのかな?
思った以上に吹っ飛んで、タチアナは床に倒れる。
いや、平手なんだけど。
リアクション良すぎない?
「二発目は御返ししとくから」
予想外のリアクションだけど、慌てて助け起こすのも違うよね。
床に倒れ込んだタチアナが振り返り、飛び起きざまに拳を向けて来る。
避けきれず、一緒になって床に倒れ込む。
上になったタチアナが半身を起こすと両腕を振り回す。
「あんたの所為なんだから!全部あんたの所為なんだから!謝れ!デイビッドに謝れ!」
本気で顔面を狙う厄介な拳固を両腕でブロックしする。
「地が出たじゃない!この似非お嬢様が!」
「あんたなんか何よ!能力者だからって偉そうに!デイビッド一人助けられないくせに!」
「だからあたしの所為だっての!」
「そうよ!」
タチアナの両の拳が床に叩きつけられる。
頭を守るように上げた両腕の間から思わずつぶった眼を薄く開けて見る。
真っ赤な眼に大粒の涙が止めどなく溢れている。
「ーお門違いだって、何度言えばわかんの?」
「黙んなさいよ!」
戦意喪失したタチアナを邪険に押し退けて立ち上がる。
タチアナはそのまま床に仰向けに転がり両腕で顔面を覆う。
「ーたく、そこで泣く?普通」
椅子に座り込むと携帯端末の画面を鏡代わりに取り出す。
「ああもう、酷い」
最初の往復ビンタは当然、避けていたはずの拳の嵐も何発かは顔に当たったのかな。
頬には手形が残り、頬骨や額に打撲跡を残している。
もう二三発叩き返しときゃよかった。
そう思ったものの、今さらそうもいかない。
端末を放り出し顔の検分を止め、上着の袖を捲って腕に残った青あざを確認する。
女の細腕とはいえ振り回した拳固にはそれなりの威力は有ったのだろう。
肘から手首にかけてかなり酷い。
暫くすれば腫れるし熱も持つかもしれない。
まあ骨に影響はなさそうだし日常生活には影響ないでしょ。
視界の外でアルバートがタチアナを助け起こし空いた椅子に座らせている気配がする。
メイアは引き離されて入り口付近で呆然としている。
「ー何が有ったんだ?」
そんな小康状態のラウンジに入ってきたジュエルの第一声に誰も答えない。
四人を順に見回してからジュエルはもう一度同じ台詞を繰り返した。
「ー別に何でもないわよ」
女同士の争いにジュエルは関係ない。
アルバートだってその場に居ながらまったく干渉してこなかったのだし、今更ジュエルに説明する必要何て無い。
「何でもないって事があるか」
けど、この単純馬鹿はそんな事全然分かってない。
「少しは大人しくしようって気はないのか、散々迷惑かけて、またこんな騒ぎを起こして!」
「あたしが騒いだわけじゃないわよ」
「あたし達は調査に来たんじゃ無いの?あたしはちゃんと女の子をーメイアを見付けて来たじゃない!ちんたら手順通りの調査やってるより何倍も成果を出してるじゃない」
「それで仲間が死んでるのにか!」
ジュエルが声を荒げる。
「ーあたしの所為なんだ」
「いや、そうは言ってないだろ」
ジュエルが慄いたように言い繕う。
「どうせそう思ってるんじゃない」
いい加減面倒になって、立ち上がるとラウンジを後にする。
腕と顔の手当てをしてからシャワーを浴びる。
もう皆のところへ戻る気もなかったので時間をかけて念入りにスキンケアなどもして自室へ戻ると何故か部屋の前にレナーが待っていた。
「どうしたの?」
「この娘、連れて行ってくれってアルバートが」
語順も口調もてんでレナーらしくない。
随分困っていたらしい。
成る程、保護者役がトンズラしてしまったので送り届けるように命じたのだろう。
で、行き先が分からないのでこの男は主不在の部屋の前でボーっと待っていたって訳だ。
「そっか、あー」
「どうかしましたか?」
「…またシャワー浴びなきゃ」
折角スキンケアもしたのに。
この娘一人でシャワー使えるかな?
「悪いんだけど、食べるもの二人分持ってきて置いといてくれない?」
またラウンジに戻る気はしないのでこれ幸いとレナーに頼んでしまう。
「わかりました」
レナーはホッとした様に答える。この娘と二人きりは堪えたのだろう。
「それと、…」
もう一つの伝言を聞くとレナーは早々に退散する。
その後ろ姿を見送るとシャワーを使わせるためにメイアに向き直る。
「どしたの?」
何となくメイアの雰囲気が妙で訊ねたのだけど、「何が?」って質問で返されちゃう。
まあ具体的に何がって訳じゃないし「別に」って流してしまう。
「何で放っておくの!」
レナーの後に現れたイリアは直ぐにアルバートに説明を求めた。
別室での説明にイリアの血圧が一気に上がる。
「少し発散させた方が良いかと思ったんでね」
アルバートは興奮して歩き回るイリアを眺めながら答える。
この男はいつだってそうだ。
イリアの雷を柳に風と受け流していつだって主導権を握ってしまう。
それが頼もしい時もあれば、無性に腹立たしい時もある。
今日は後者だ。
まったく!
「発散!女二人に殴り合いさせといて発散ですって!」
足を止め、呆れたように言い放つ。
「まあ、まさかタチアナがあそこまでやるとは思わなかったけどな」
手を出すとはなぁ。
アルバートがぼそりと呟く。
「大体、涼子はどういうつもりよ!まるで挑発するみたいに」
まあ、普段だって別に人当たりが良い訳じゃないし、相手がタチアナであればお互い犬猿の中なのはわかっている。
が、それにしたって普通じゃない。
公式にはデイビッドが事故にあったのは誰の責任でもーもちろんデイビッドの責任でもない。
それをどうしてわざわざあんな風に言わなければいけないのか、責任はともかく、きっかけは涼子の失踪にあるし、ヘリを出す事を許可した事はイリアも後悔していた。
涼子が全く自分には責任も反省する事も無いと考えているとは思えないのに。
「挑発してるんだろ」
当たり前のようにアルバートが答える。
「何でわざわざ」
「あのままじゃあ、矛先がメイアに向かいかねなかったしな。それに、嘆き悲しんでるより怒りまくってる方が役にはたつからな」
実際、昨日からタチアナは役に立たなくなっていた。
まあ個室に籠っていないだけましではあったが、ラウンジで一人ぼーっとしているだけだったのは事実だ。
「少なくとも一人人手が減った責任は感じてる。もう一人役立たずを作りたく無かったんじゃないかな」
「にしたって、遣り方ってものが有るでしょうに。何も殴り合いなんて」
イリアは頭を振って嘆くように言う。
また暫くは二人の間に事が起こらないか心配しなきゃならない。
そんな事してる場合じゃないってのに。
「ー誰かに殴って貰いたかったのかもな」
アルバートがしばらく考えた挙句に口にしたその説はイリアにも、不思議と納得のできる答えだった。
続きは明日です。




