11.訪問
12話目です。
重く、ねっとりとした闇が辺りを包んでいた。
岩陰に身を隠すと、打ち寄せる波がくるぶしを濡らす。
叫び声が近付いて来る。
追い立てる声。
浜を目掛けて男達が集まって来る。
手に手に得物を持って、狩り立てるために集まってくる。
岩陰から離れ、波打ちぎわをよろめきながら走りだす。
いつの間にか、回り込んだ男達に道をふさがれ沖へと追い立てられる。
着物がまとわりつく。
水の冷たさに手足が思うように動かない。
水を飲み、溺れそうになりながら必死に沖に向かう。
それを追って舟がくる。
舟が追い付く。
何本もの櫓があたし目掛けて振り降ろされる…
ー轟音。
空を振り仰ぐ。
蒼い空にロケットがふらつきながら上昇していく。
いつしか暗い海が、緑なす草原へと変化していた。
逃げ惑うように一機の小型ヘリが飛んでいる。
見えるはずも無いのにその操縦席に誰が座っているのかを知っていた。
小型ヘリのわきを擦り抜けるその一瞬、ロケットは巨大な火球に呑み込まれる。
独りの人間を乗せた小型ヘリ共々。
「デイビッド!」
叫んだ途端、ベッドに起き上がっている事に気付く。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え?」
なんだってメイアがいるんだァ。
一瞬混乱する。
でもそうだ、ここはいつもの部屋じゃなくて、調査艇の共用の居室で、狭い四人部屋を二人で使っていたんだっけ。
アルバートは一人でラウンジのソファーを占領してる。
「よかったぁお姉ちゃん平気なのね。…すっごいなぁ、怖くなかった?」
怖い?ああ、そうか夢の話ね。
何の脈略もなくそう納得する。
「平気よ、大丈夫」
ほとんどは見なれた夢。
呪われたご先祖様の記憶。
半ば寝ぼけた頭で、そう答えて改めて気付く。
なんでこの子が人の夢を知ってるの。
「あの、やっぱりあなたテレパス?」
「テレパ…なに?」
ふん、自覚はないのかしら。それとも単に言葉を知らないだけ?
「ーねえ、…ここで一緒に寝てもいい?」
考え込んでいると、おずおずと切り出す。
「ーいいわよ」
一寸考えて返事を返す。
まあ狭いシングルベッドだけど、小柄な女二人ならなんとかなるでしょ。
毛布をめくってスペースを空けるとメイアはちょっと大きめのパジャマを持て余しぎみにしながら潜り込んでくる。
メイアは左腕にすがりつくようにしてすぐに寝入ってしまった。
結局一人寝が寂しかったのだろう。
それは同じだったのかもしれない、その後は悪夢も見ずにぐっすりと眠ることができた。
次の日は、メイアを見つけた場所へ出掛けることになった。
二十四時間の隔離中なのに、まったく人使いの荒いこと。
案内役も一緒だから効率が良いでしょなんて言われて、反論も出来ずに出発した。
調査艇は着陸船から離脱すると北西の方向へ進路を向ける。
念のためアルバートが昨日落とした無線マーカーを頼りにしてAI任せの自動操縦をセットする。
また変な隠れんぼをされないとも限らないからね。
メイアもコントロールルームに降りて来て、一緒にメインスクリーンに映る風景を眺めている。
調査艇は何の障害もなく目的地の上空に辿り着く。
アルバートによれば昨日は直前まで森の中の草地の存在が認識出来なかったらしいけど、今日はそんな事もなく、特徴的な崖も遠くから見えた。
本来の予定だと調査艇から外に出るのはもう少し先になる筈だった。
フローラの生物圏についての調査に時間が必要だと思っていたから。
でも実際には昆虫すら見つからなかったので予定は随分と前倒しになっていた。
調査艇を草原に下ろすと簡単なエアフィルターとフェイスマスクを着けて外に出た。
今更馬鹿馬鹿しいと思うけどイリアの厳命なのでメイアも同じ様に鬱陶しいエアフィルターとフェイスマスクを着用している。
今日の彼女は予備の作業着を着ているので他人が見れば調査する側の一員に見える。
本当は鬱陶しい筈のフェイスマスクにしてもおそろいって事で彼女的には楽しいらしい。
調査艇を降りるとメイアの案内で彼女の「家」に向かった。
小さな洞窟はさすがにアルバートが入ると狭苦しく感じる。
簡素なーというよりはただの洞穴以外の何者でもない洞窟を一渡り見回すとアルバートが率直な感想を返す。
「何もねえな」
可憐な女の子の部屋を想像していた訳でもないだろうけど、そこは鴉の巣程も自己主張の無い空間だった。
普通に考えれば食事などもこの洞窟でしていただろうに、食べ残しや取り置きの果物も無い。
アルバートがさらに洞窟の奥に向かい、程なく戻る。
「奥もすぐに行き止まりだし、何もないな」
少し腑に落ちない様子に涼子は尋ねる。
「何が気になるの?」
「保存食も無いし、排泄の跡もない。本当にここで生活してたのか?」
アルバートはこの洞窟が偽装じゃないかって疑ってるのだ。
「でも、確かにあたしも此処に泊まったわよ」
うん、間違いない。
「食事は向こうの森の中で果物を食べたから、此処に置いてなくてもおかしくないんじゃない?」
「雨の日はどうする?」
洞窟を出て空を見上げながら言う。
青い空に白い雲、たしか着陸してからは降ってないけど環境的には降雨は有るだろうな。
「わざわざ雨の中を食料を取りに行くのか?濡れた身体を乾かす為に焚き火をした形跡も無いんだぞ」
ふーむ、アルバートの疑問は分かった、こんな場所でサバイバルをするなら自分ならこうするって事とこの洞窟の状態が違いすぎるって事なんだろう。
でも、メイアはサバイバルしてたのかな?
「ねー、雨の日はゴハンどうしてたの?」
この際、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いよね。
「?…ゴハンはあっち」
メイアはそう言って腕を伸ばす。
示しているのはやっぱり昨日果物を食べた辺り。
「雨でも?」
繰り返し確認する。
ゴハンって言葉に引っ掛かっただけかもしれないから。
「うん、雨でも」
「濡れちゃうでしょ?」
「?」
意味が分からないのかメイアは小首を傾げて涼子を見つめ返す。
「えーっと、雨は分かるのね?」
「空からお水が落ちてくるんでしょ?」
メイアがコックリと頷き答える。
「そうそう、お水が落ちてくると、みんな濡れちゃうでしょー地面も、葉っぱも、メイアも」
「メイア、濡れないよ」
「え?」
「メイアが行くと雨がよけてくれるんだもん。葉っぱもメイアにぶつかんないよ」
雨がよける。
それってどういう事?
「なるほど、それじゃあ食料を保存する必要もなきゃ火を起こす必要も無いか」
アルバートは納得したように呟く。
「じゃあ、ここはメイアの寝床なんだな」
「うん!」
「じゃあ、今度はそうだなぁトイレに案内してくれないか?」
「いいよ」
なんだなんだ、アルバートとメイア二人で意気投合して、どうなってるんだ?
一人取り残されてるうちに話を決めた二人は洞窟から出て草原の真ん中へ向かって歩き出す。
と、草むらにさしかかったメイアが妙な動きをする。
「どうしたの」
保護者を自認する涼子が駆け寄り、じたばたしているメイアを支える。
「なんか進み辛ーい!」
「進み辛い?」
ってどういう事だろう。もう何年もここに暮らしてるのに。
「葉っぱが邪魔する」
メイアは胸元まで伸びる葉を掻き分けもせずに強引に進もうとしている。
「だって、まえは邪魔しなかったもん、避けてくれたもん」
まえはって、そう言えば昨日はどうだったろう。たしかに手足剥き出しのまま草むらに分け入って傷一つ付けて無かったかな。
ああ、そういえばそうだった。
ー雨が避けるってのも本当かもしれない。
「成る程、天然の水洗式な訳だ」
細流に着くとアルバートが感心したように言う。
寝室と食堂、トイレが分かったとすると…あとはお風呂かな。
一昨日もそこまでは教わってないので、尋ねてみると案の定メイアはせせらぎの上流を指して走り出す。
崖肌を細く流れる小さな滝とビニールプールより一回り大きな滝壺。
天然のシャワーと水風呂って訳ね。
「お風呂の時はどうするの?」
メイアは不心得顔でこちらを見る。
「だから、お風呂の時は濡れるでしょ?どうやって乾かすの?」
タオルなんて上等な物、見てないし、葉っぱじゃ拭けないもんね。
「ドライヤー」
頓狂な声をあげる。
「ドライヤー?」
何だそれ、いや何だかは判ってる。
「うん、ドライヤー」
メイアは繰り返す。でも涼子にはその意味が解らない。
携帯用のドライヤーでも持ってるのか?
でも七年もバッテリーが持つわけ無いし。
考えているとメイアが焦れたように動いた。
細く落ちる滝に頭を突っ込む。
長い髪が濡れ、ペッタリと貼り付く。
そして叫ぶ。
「ドライヤー」
だが、その言葉に対する反応は無い。
「フォーレ!ドライヤー!」
焦れた様にメイアが繰り返す。
「…フォーレ?」
メイアが途方にくれた表情で周囲を見回す。
濡れた髪から流れる滴が作業服に染みを広げる。
メイアに近づくと濡れた髪を両手で絞る。
タオルなんて持ってきてないから。
「…フォーレ、どっか行っちゃった……」
泣きそうな顔でメイアが呟く。
「うーん、フォーレは恥ずかしがり屋さんだからあたし達が居ると出て来ないのかもね」
そう言ってメイアをなだめる。
でも、本当にフォーレはどうしてしまったのだろう。
メイアの言葉を信じるなら「ずっと一緒にいた」筈なのに。
メイアを託して消えてしまったのだろうか。
いったい、何処へ?
「さて、次は船を探そう」
「船?」
「ああ、この娘が乗ってきた船を見つける必要があるだろう、昨日の報告は状況証拠というにも弱すぎる。偶然同じ名前が見つかったってだけで、真実とはとても判断できない。」
ああ、そうか疑い深いんだね。
続きは明日です。




