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0.プロローグ

初投稿になります。

全21話の予定になります。

 切っ掛けは些細な言い合いだった。

 内容なんて覚えてない、ちょっとした言い間違いを執拗にからかわれての、売り言葉に買い言葉。

 癇癪をおこして歩み去った少女の、いつもと違う反応に驚き、対応出来ぬ間に彼女の姿は仲間たちの視界から消えてしまっていた。


 暫く怒りのままに歩みを進めていた少女は、ふと脚を停める。

 静謐な、物音ひとつしない森の中でようやく少しばかり冷静になると、遅まきながら母親からの忠告が思い出される。


『船が見えない所へ行ってはダメよ』


 もちろん、

 船など影も形も見えない。


 辺りを見回すうちに、どちらの方向からの来たのかもわからなくなる。

 けれど、その事実を認める冷静さは少女には無かった。


「さ、かーえろっと」

 つぶやき、踵を返すと歩き出す。

 もちろん、それは船へ向かうものでは無かった。



 時間の経過と共に中天にあった太陽は地平線に近づき、森の中へ届く陽光を減じていく。

 疎らな木々の影に薄暗くなった森の中、少女は疲れ果て一本の木の根元へ座り込む。


「お腹すいた…」


 飲まず食わずで歩き続けた為、無駄に疲れ、お腹は減って、もう一歩だって歩けない。

 元よりそれ程遠くまで出掛ける予定も無かったので、飴の一つも持っていない。

 歩き回っているあいだに見た森の中にも食べられそうなものは見当たらなかった。


 言葉にした事で食欲を刺激されたのか、少女のお腹がキュルキュルと可愛い音を立てる。

 少女が顔を顰める。


 カサッ


 少女の耳に木の葉の擦れ合う様な音が届く。

 今まで聞こえなかった音。

 風も無いのに突然に聞こえ出した音は少女の頭上から聞こえてくる。


 コン。


 枝から何かが落ちて軽く頭に当たる。

 転がり落ちた物を拾い上げる。

 少女の小さなこぶしよりさらに一回りは小さな丸い木の実。


 見上げる少女の目に映るのは、梢から下がる無数の木の実。

 ほんの今しがたまで存在していなかった物。


「…すごい、魔法みたい…」

少女はつぶやくと手に持った最初の一つに齧り付いた。





 風が鳴っていた。


 見渡す限り続く緑の草原を渡る風は、低く高く唸りながら下生えの若草を翻弄する。

 草原の色を映したような淡い青緑の空の下、風渡る草原が見渡す限り続く。


 緑の大海原の向こうに見える遠い森の木々が梢を揺らす。

 もっと近くへおいでと手招くように。

 それに応えるように歩き出す。

 森に向かい、ゆっくりと。

 草原がざわめきながら道を開ける。


 荒れ狂う緑の海に出来た一筋の道をたどって、森のはずれにたどり着く。

 森の下草も、木々さえもが、身を寄せ、森の奥へと更に道は続いて行く。

 躊躇する事もなく、森の奥へと進んで行く。

 間もなく道は跡絶え、一本の老木が姿を現す。


 ぽっかりと森の中程に開いた空き地にその木は立っていた。

 木肌は厚く、ごつごつと盛り上がり、それの耐え抜いた年月の長さを物語っている。

 そっと近づくと、その太い幹に両の腕を巻き付ける。


 桜色の頬をその長い年月を経た樹皮に押し当てる。

 ため息とも、歓喜の声ともとれるような吐息が唇から漏れる。

 ゆっくりと瞳を閉じ、老木を抱き締める。


 強く、それでいて優しく。


 遠く離ればなれになっていた恋人を抱くように。


 年老いた父母を抱くように。


 放浪の末にたどり着いた故郷の友を抱き締めるように。


 森を、草原を、大地を抱き締める。

 歓喜が身体の内から溢れ出し大地を覆い尽くす。


 星の隅々までもが歓びで満ち溢れる。

 そして、共に生きる歓びとなり寄せ返す。

 すべてが一体となり完璧となる。


 ー世界の総てがその内にあった。





 ピピピピピ、ピピピピピ、ピピ‥


 甲高い電子音が不躾に幸福な眠りを中断する。

 執拗に鳴り続ける目覚ましに、眠りこけてた意識がのろくさと覚醒を始める。


 至福の絶頂にいたはずなのに、どうしてこんな風に叩き起こされなくてはならないのかが、ゆっくりと思い出される。

 慌てて、目覚しを止めて、隣に眠ったままのジョエルを乗り越えると。

 床に散らかった衣類を拾い上げる。


 とりあえず人前に出られる姿になって廊下へ駆け出す。

 今は目的地に合わせた三十二時間制をとる船内は、まだ夜明け前の時間帯で、廊下にも人影はない。

 ブリッジへ向かって駈けていく規則的な足音だけが空調の低い唸りに混じって響いていた。



「あら、早い」

 前方から声が懸かる。

 声の主を確かめるまでもない。


 長い金髪を太い三つ編みにまとめ、化粧ッ気の無いそばかす顔を向けているのはイリア・ヘス。

 この船の船長兼医者で、調査隊の指揮官なんだけど、あんまりらしく無いよね。


「ちょっと眼が覚めたから」

 揶揄する視線を無視して答える。

「で、もう見えた?」


 続く問いかけの相手はイリアじゃあない。

 夜間の当直者が通常陣どる場所、主パイロットシートにへたりこんでいるアルバート-正真正銘の主パイロット-へだ。

「見えはしたがね、さして強く光ってる訳でもないし、よく判らないんじゃないか」

 言いながらコンソールに手を伸ばす。

 正面スクリーンの中央付近に人の頭程の大きさの球体が浮かび上がる。


 惑星フローラ。

 セパ・アルテア星系の第四惑星。

 この船の目的地。


 その姿が、この航海が始まって以来、初めてスクリーンに表示されていた。

 気の無さそうな風情で居たアルバートも、イリアも妙に押し黙り、単調な空調音だけがブリッジを満たしていた。


 航海の前半は、主星でさえ満足に識別出来る距離じゃあ無かった。

 後半は後ろ向きになってブレーキを掛けながら進む船からは、その噴射が邪魔をして目的地を見ることなんて出来なかった。

 星系に到着して噴射を止め、回頭作業を開始した今、ようやくフローラの姿を見る事ができるようになったんだ。

 つまりはその為にだけ、目覚しまでかけて、真夜中にブリッジまで出かけて来たという訳。

 船長と主パイロットが揃って夜勤してる理由もまあそんなとこ。


 星系の外縁部からでは惑星の映像は電子的な補正していても決して鮮明なものじゃない。

 でも、それでも。

 スクリーンに映るのはたとえようも無く美しい星。

 スクリーン外にある主恒星(セパ・アルテア)からの光を反射し、(みどり)に輝く惑星。


 周囲にうっすらと雲をまとわりつかせているのだろうか、まだ大陸と海洋の境界すら明確でないけれど、それでも郷愁をそそるような美しさを見せている。

 その美しい星を見ていると、不意に全身が総毛立つ。

 ぶるりと震える身体(からだ)を無意識の両の腕がきつく抱き締める。


「‥綺麗」

 囁くように、ため息とともに言葉が漏れる。

 ぼやけた細部を見極めようとするかのように身を乗り出してスクリーンを見つめる。


「いいけどね、あんたそんな格好じゃ風邪をひくわよ」

 寒さに震えたと勘違いしたのかイリアが忠告してくる。

「あと、どのくらい?」

 呆れるような声を無視して問いかける。


「行程としては十日、‥いつ降りられるかは、船長に聞いてくれ」

 アルバートの返答に頷き、暫く無言でスクリーンに浮かぶ惑星を眺める。

 たぶん、少しづつは近くなっているのだろう。

 けれど、スクリーンに映る惑星の姿は少しも変わり無く。

 変わらず少しぼやけた映像を映し続けている。


「もう一眠りしてくる。やっぱ眠い」

 いまだに幻想的とも言えるフローラの映るスクリーンに背を向けると、さっさとドアを抜けて、急ぎ足で自室までの廊下を戻る。


 部屋には先ほどと変わらぬ様子でジョエルが眠っている。

 一時居なくなったことなど気づいてもいないのだろう。

 その胸元にしがみつく様にしてベッドにもぐり込むと、ジョエルの無意識の左腕が肩を引き寄せる。

 いつもと変わらない規則正しい呼吸と力強い鼓動が心地良い。



 いったい何が起こったのかよく判らない。

 ブリッジのスクリーンに浮かんだ碧い惑星の姿を見た瞬間、期待と悲しみが、歓びと失望がない交ぜになった奇妙な予感がした。


 あれはいったい何だったのだろう。


 予知と呼ぶには曖昧で、気のせいだと片付けるには激しすぎた。


 そんな思いとは無関係に、船は何事もなく翠の惑星へと向かって行く。

 七人の乗組員を乗せて、ただ静かに星の海を渡りその目的地たる惑星へと向かって行く。

 そこにどんなものが待ち受けているのか、皆目見当が付かない。


 総ては船とその乗組員が惑星フローラにたどり着いた時に始まる。

 たぶん…

今回は2話同時投稿です。

感想お待ちしています。

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