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ヘズルの落日 遠き日々   作者: カルダスレス
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ヘズルの落日 遠き日々 ④

ライがレインに会えず泣いていた頃、レインはまだヘズルにいて、リグの家を訪ねていた。そこで語られる二年前の出来事。レインはライに会いに行けないと思っているようだ。

        【 ヘズルの落日 遠き日々 ④ 】



 ヘズルの街外れにある、鬱蒼とした森の中に高台があり、その上にポツンと建つ一軒家。この家には足を悪くして引退した元・冒険者で白髪交じりの焦げ茶髪と顎髭のリグ・マイオスと言う、熟年男性が一人で住んでいた。

 賑やかな街中からは離れ、好んで静かなこの場所に家を建てて暮らし、あまり他人とは関わらず結婚もせず恋人もいない。それ故に彼は変わり者や偏屈と呼ばれることもあり、街の住人とはほとんど交流を持たなかった。

 だがそれには理由があり、自分にとって最も大切な友人が、いつでも気兼ねなくここに立ち寄り、孤独なその心を癒やせるようにしておきたいと思っていたからだった。


 その友人…レインは、“お節介だな”と困った顔をして笑いながらも、今日のように近くまで来た時は遠慮せずに訪れ、辛いことや悲しいことがあるとその胸の内を少しずつここで吐き出して行く。


「――悪かったな、リグ…急に来て。」


 “近くまで来たから立ち寄った”、レインはそう言って疲れ切った顔をし、リグに気を使いながらも、あまり長居をするつもりがないのか、着て来たフード付きのマントを脱ぎもせず近くの椅子に腰を下ろした。


「なに言ってんだ、俺に遠慮は要らん。ほれ、おまえの好きなラ・カーナ産のブラウン・ティーだ。少し多めにブランデーを入れておいた、温まるぞ。」

 淹れたてで湯気の立つカップを手渡し、その熟年男性…リグはそばの揺り椅子をギシッと軋ませて腰を下ろした。

「少しは休め、レイン。この二年無理をしすぎだぞ。」

 自分のカップを口に運び、まだ熱い中の茶透明な液体をずずっと啜ると心配そうにそちらを見やる。


「…休んでいる暇などない、もうあまり時間がないんだ。」

 両手で掌を温めるようにカップを包み込み、眉間に深い縦皺を刻みながらレインは言葉を吐き出す。

 この二年間で髪は伸び、少しやつれて痩せたようにも見える。ライと離れてからは以前と違い、生活もかなり乱れがちなのだろう。

 そのレインは一口だけカップを啜ると、染み渡るブランデーの香りに“温かいな”と呟いた。


 リグはずっと以前から、レインが様々な連中に狙われ、追いかけ回されていることを知っていた。そのせいで街中には住めず、人が近寄らないような場所でずっと隠れて暮らすしかなかったことも知っていた。

 追って来るのが賞金稼ぎやならず者のような人間だけならまだいい。だがレインを狙って探し回っている連中の中には、人外の、もっと厄介な存在がいるのだ。


 そして今日もまたここを訪れたレインの服の裾に、僅かだが魔物のものではない、赤黒い液体の染みが付着していた。それに気付いていたリグは、ここに来る直前にも一悶着あったな、と容易に想像が付く。

 目の前の椅子に前屈みになり、背中を丸めて座っているレインが小さく見え、リグはその身を心から案じながら言葉を紡ぐ。


「――先日サイード様がここにいらしてな、おまえが来たらライをどうするつもりなのか、そろそろ答えを出すように伝えてくれと言われた。孤児院のラナ…あの修道女から頻繁に連絡が来るそうだ。」

 また一口ブラウン・ティーを啜ると視線を落とし、少し経ってから“そうか”とレインは一言だけ返した。

「おまえ、未だに一度も会いに行っていないそうだな。あれほど可愛がっていたのに…なぜだ?まさかこのまま完全に関係を断つつもりなのか?おまえは本当にそれでいいのか。」


 矢継ぎ早にリグは疑問を投げかける。このレインという男は、自身が背負う重責から、人との関わりをどうしても避けざるを得ないが、元来とても寂しがり屋で、愛する者への執着心は並の人間よりもかなり強い。

 その息子であるライとは、ライがもっと小さい頃に数回会っただけだったが、レインがどれだけ溺愛していたか、良く知っていた。

 それだけにいくら子供のためだと言っても、その子供が置き去りにされ心が壊れかかるほど会いたがっているのに、なぜ会ってやらないのかリグには理解できなかった。

 だがレインはリグの疑問に意外な答えを返す。


「…ライが会いたがっているのは、俺であって俺じゃない。グランシャリオで真実の姿を見る前の、以前の俺だ。…俺はあいつに、拒絶されたんだ、リグ。」

 レインはカップを握ったままその手にぎゅっと力を込めると、視線を足元に向け、項垂れて“…会えるわけがないだろう”と小さくそう言った。


「拒絶された?グランシャリオ…二年前の一件か、おまえが話したがらないから聞かなかったが、王都でいったいなにがあった?」

 レインは会いに行かないのではなく、どうやら会いに行けない、と思っているようだ。なにかがあってライに拒絶され、それと同じことになるのを恐れているのだろう。その“なにか”を知る必要がある、そう思ったリグはレインを問い質すことにした。


 “俺に話してみろ”、リグがそう言うとレインは、よほど話したくないのか…暫くの間黙り込んだ後で俯いたまま重い口を開いた。


「――二年前…グランシャリオの宿で俺は、少し疲れが溜まっていたこともあり、近衛騎士が周囲を監視しているから大丈夫だろうと油断して…ライの隣でぐっすりと寝入ってしまった。」


 …あの日いつも通り気を緩めさえしなければ…普段と違い、魔法封印の結界内にいたのだから気を抜くのではなく、逆にもっと警戒しなければいけなかったのに、と今でも悔やんでいる。


 ――あの晩俺は、突然頭に響いたネビュラの叫び声で目を覚ました。



『レイン――っっ!!!』

 頭の中を激しく揺さぶられたかのように、ネビュラの声が耳に響き渡り、レインは驚いてガバッと飛び起きた。


『ライが…ライが連れ去られたっ!!!』

 今のネビュラは周囲に注意を払うことは出来ても、魔法封印の結界内にいるだけで魔力供給が断たれて弱体化するため、グランシャリオにいる間は仕方なく神魂の宝珠の中に戻っていた。


 横を見ると腕の中で寝ていたはずのライの姿がない。


 ベッドの上には今日大切にする、とライが言っていたばかりのオルゴール・ペンダントが置かれていた。ほんの少し前にトイレに起きたライが、寝ぼけて失くさないように、とわざと外して置いて行ったらしい。


 それをすぐに無限収納にしまい、寝ていたままの服装でレインは靴も履かず、裸足のまま部屋から飛び出す。するとそこには部屋の前を警護していたはずの近衛騎士が倒れており、首元に手を当てて確かめると、死んでいるのではなく、ただ眠らされているだけだということがわかった。

 そのまま吹き抜けになった廊下を走り、階下に階段を駆け降りると、一階のあちこちに人が倒れており、目に付く宿内全ての人間がその場で眠らされていた。


「――薬じゃない…魔封じの結界障壁内で魔法は使えない。…まさか特殊魔道具(ユニークアイテム)か…!?」

 倒れた人々の横に膝をつき、その様子を調べるとレインは呟く。

『レイン、外の見張りの近衛騎士達に異変はない、眠らされているのは宿内の人間だけだよ…!』

「!」

 それを聞いたレインは、すぐに外へと飛び出し、周囲の警戒に当たっていた近衛騎士隊長…エドルドス・カヒムに掴みかかった。


「おい!!誰かおかしな奴がここを通らなかったか!?あまり見ない髪色の人間とかだ!!」

「な…ブラッドホーク殿!?いえ、見ておりませんが…その格好は…!!」

 驚いたエドルドスはすぐに異変に気が付いた。


 監視の目を擦り抜けての侵入。魔法以外の手段での護衛や目撃者の排除…並の人間が出来ることじゃない。


 ――そうか、奴らだ。


 ゴッ…


 ライを奪われたレインの怒りが激しく燃え上がる。紫紺の瞳が真紅に変わり、異様な輝きを放ち始めた。漆黒の黒髪はチリチリと火の粉のようなものを散らしながら、毛先から少しずつ真紅へと変化し始め、ゆっくり…ゆっくりとその身に、激怒した紅い獄炎のような闘気が纏わりついて行く。

 それを見た近衛騎士達とエドルドスは驚愕して恐れおののいた。



「――魔法が使用不可能な封印結界の中で、一度に大勢の人間を眠らせることが可能なのは特殊魔道具(ユニークアイテム)ぐらいだ。そしてそんなものをあんなところで使用するのは…奴ら、“蒼天の使徒アーシャル”しかいない。」

 手に持っていたカップのブラウン・ティーが冷め切る前にぐいっと飲み干すと、レインはすぐ脇のテーブルにそれを置き、さらに続ける。

「スウェルヘーゼ村で襲って来た賞金稼ぎが“緑髪の中剣を持った男”に頼まれたと言っていたことから、プラエミウムの背後には蒼天の使徒がいると気が付いてはいた。だが国内に数多くいる賞金稼ぎを使うのなら、直接手を出してくる可能性は低いだろうとそんなに警戒していなかった。そこを見事に突かれたんだろうな。」


 リグは立ち上がり、またレインのカップに今度はブランデーを注ぐ。

「おいリグ、酒は…」

「まあいいから飲め、どうせ酔えやしないだろう。」

 一度困った顔をした後、レインは一口だけ口に入れて飲み込み、そのキツさに喉を押さえる。

 リグはふっと微苦笑してからまた真顔になり話を元に戻した。


「――要するにライを攫ったのは蒼天の使徒だったってことか?」

「…ああ、そうだ。奴らはそう簡単に尻尾を出さない。だがグランシャリオでは魔法が使えないからな、俺の持つ対抗手段では大して抵抗できないと踏んだんだろう。その時は意外にもあっさり見つけられた。…賞金稼ぎ連盟(プラエミウム)の本拠点でな。」



 ――俺が怒りを解放したことで近衛騎士達は撤収し、すぐにプラエミウムの拠点がある区域の民間人を城に避難させた。

 昼に国王に話しておいた通り、俺がこれから何をしようと、()()()()()()()



 グランシャリオ内に複数ある賞金稼ぎの拠点に、音もなく侵入したレインは、相手の姿を確かめもせず邪眼を開き次々と中にいた人間を殲滅して行く。

 建物内の捜索はすべてネビュラの感知に任せ、向かってくる賞金稼ぎ達を深淵の闇に落とし、精神を破壊するだけでいい。それだけであとは勝手に死んで行くのだ。

 その姿は見るものに恐怖だけを与え、さながら(くれない)に染まる死神のようにすら見えた。


 一つ、二つ、と次々に拠点を襲い、残るは最大の本拠点、第四地区の建物だけになった。ネビュラの感知によるとこの場所にもライの姿はなかった。そのことは想定内で、どこかもっと違う場所に運ばれたのだろうということは推測可能だった。

 だからと言ってここを見逃すつもりはない。ラ・カーナ王国内の(おも)立った依頼斡旋業務がここを中心に行われていることを、知っていたからだ。


『レイン、この中に蒼天の使徒がいる。しかも上位だよ、ライを攫ったのは多分こいつだ!』

 ネビュラが異質な力の存在を感じてレインに忠告した。

「…そうかおまえがそう言うのなら間違いないな。」

 レインは悠然と歩き、賞金稼ぎ連盟(プラエミウム)の建物正面にある入口から、扉を開いて堂々とその中へ入って行く。

 まず入ってすぐの場所にある、サロンにいた7、8人の賞金稼ぎとならず者を邪眼で仕留める。レインの怒りが強いせいか、彼らの硬直時間は短く、すぐに発狂して争いを始めた。怒声が上がり、罵り合う声や辺りを破壊し始める音を背後に、そのまま歩みを止めることなく階段を上り、二階にいた他の連中もすぐに邪眼の餌食にした。


 レインの感覚が段々と異様さを増し、少しずつ敵を屠る感触に、まともだった理性が麻痺してきて、なぜ自分が今までこの力を使わなかったのか不思議だ、と、ある種の恍惚感さえ感じるようになり始めた。

 それは瞋恚(しんい)(ほむら)が完全に目覚める前兆でもあった。


≪意に染まぬものは消してしまえ。刃向かうものは許すな。愚か者は滅びろ。滅びてしまえ。≫ そんな声がどこからか聞こえてくるような気がする。

 …奴らはどこだ。…どこにいる。頭の中は怒り一色だった。


 最上階に足を踏み入れ、連盟本部のだだっ広い会長室に辿り着くと、そこには“強欲”を身体で表したようなでっぷりと太り、コテコテに着飾った中年男がいた。

 その中年男はレインを見るなり、その座り心地の良さそうな革張りの椅子から転げ落ち、ひいい、という情けのない声を出して失禁しながら後退った。


 嚇かし甲斐のない男だ、とレインは思う。俺のこの姿を見ただけで腰を抜かすくらいの小心者であるのなら、初めから楯突かなければいいのに。もっとも、所詮は金に目が眩んだだけのことなのだろうが。


 だが、目的はこの男だけではない。


「こそこそと隠れていないで出て来たらどうだ?いるのはわかっている。」


 レインは姿の見えないその者に向かって威嚇の意味も込め、邪眼を開いた。


 世界が一瞬、また暗転する。


 それに絡め取られた中年男はその場で硬直し、数秒で気が触れ、きゃははははは、と声を上げて笑い出した。


「――我々にその邪眼は効かないよ、レインフォルス・ブラッドホーク。」


 スウッと背景から湧き出るように、その緑髪の男は部屋の壁の隅から姿を現した。


「僕は蒼天の使徒アーシャル、フォルモール様直属のル・アーシャラー第四位、エクシオル。君さ、邪眼の持ち主のくせに、本当にあんな人間の子供が唯一の弱点なんだね。」


 嘲るようにほくそ笑んだその男は、首の後ろをさっぱりと刈り上げて、耳に白金の棒が数本付いた耳飾りをしている。その瞳は猫や蛇のように細く縦長で、一見するとまるで邪悪ななにかの化身のように見えるのだった。


 エクシオルが現れた瞬間にレインは動き、秒で間合いを詰めると武器も手にしていないのに、それが存在しているかのように素手でエクシオルの腕を貫いた。

「なっ…!!」

 エクシオルが慌てて飛び退くと、貫かれた腕から激痛が走り、出血してポタポタと血が滴る。

「馬鹿な、武器も持っていないのに、僕の腕をなにかで貫いた…!?」

 レインは紅く光る瞳に残光を伴い、冷酷に見下ろすとゾッとするほど冷たく言い放った。

「誰に言われたのか知らないが、俺のこの邪悪な力がおまえ達には効かないと、本気で思っているのか?」

「!?…ど、どう言う意味だよ…!?」

 自分が傷付けられるなど予想もしていなかったのか、エクシオルは狼狽えて聞き返した。


「邪眼の効果は人間の精神を破壊し、最終的に死に至らしめる。それ自体はおまえ達蒼天の存在に効きはしないが、この力の効果はそれだけじゃない。

 大方あの狂信神官に正しい知識も与えられず、いいように使われているのだろうが…俺の真の正体を知りもせず、よく楯突く気になったものだ。

 憐れだとは思うが、おまえはライに手を出した。…ここから生きて逃げられると思うなよ。」


 言うより早く、レインの手が目にも留まらぬ速さで空を斬る。


 その手には武器などなにもない。なにもないのに、エクシオルの身体にあちこちから激痛が走り、見る間に傷を負って行く。


 どうなってるんだよ、魔法は使えないはずだし、僕は混乱してもいない!!精神支配なんて僕らに通用しないし、見えない武器を持っているのか…!?でもいくら腕で庇ってもなんの抵抗もない…!!


 エクシオルは防御も出来ず、すぐに満身創痍に陥った。


「――ま、待て…っ!!僕を殺せば、子供の行方がわからなくなるぞ…!!それでもいいのか…!?…がっ!?」

 レインの手を止めようとしたエクシオルの頭を、その手が顔面ごとガシッと掴んだ。

「おまえから()()()()必要はない。その頭の中を()()()、ライがどこにいるか俺にはわかる。」

「ぐ…ぎゃああああっ!!!!」


 レインはエクシオルの頭の中に意識を飛ばし、無理矢理“侵入”した。


 邪眼で精神を破壊できなくても、あれは“邪眼”だと視認するだけで心の入口を開く。


 心の入口を押し開かれれば、開かれた相手が“なにかで攻撃される”と反応しただけで、攻撃を受け、“防げない”と思っただけでどんな防御も不可能になる。

 精神を支配されなくても見ただけで心が無防備になってしまう、それが邪眼の真の恐ろしさなのだ。

 それにもう一つ、レインは自分の意識を相手の中に侵入させることが可能だ。そこに悪意を持って入り込めば内側から相手を殺すことが可能だった。

 元々人間ではない蒼天の使徒は、人間とは異なる肉体を持っており、死ねば光の粒子となって霧散する。

 それを集めて持ち帰れば、蒼天の使徒の本拠地で復活も可能だったが、レインはそれすらも完全に消滅させた。


 ――エクシオルの意識の残滓から、レインはライの居場所を探す。


 だがそのあまりにも過酷な状況に瞋恚(しんい)(ほむら)が爆発した。



 ――レインはその時のことを思い出すと、自分がまだ完全に闇から抜け切れていないことを自覚する。時折感じる“名残”と言い、人の世界(フェリューテラ)にいるべき存在でないことを犇々(ひしひし)と感じてしまうのだ。


「…怒りで我を忘れた俺は、その場所を建物ごと爆炎で吹き飛ばし、グランシャリオの魔法封印の結界障壁を突き破って…ライの居場所に転移した。」


 リグは黙ってレインの話を聞き続ける。表情は硬く、想像よりも遙かに重大だったその事態に心を痛める。


「俺がその場所に着くと…ライは透明な魔法製の檻の中に、錯乱状態でラプトゥルの集団に囲まれていた。あの凶暴なラプトゥルに繰り返し襲われ続ける恐怖で、ライは半狂乱になっていたんだ。」

 レインが膝の上で交差していたその両手が微かに震える。


 “なぜ奴がライを閉じ込めた檻をそんな場所に放置していたと思う?”…レインがリグにそう問いかけた。

 リグは黙って首を振る。そんな理由など知りたくもないし、わかりたくもない。だがリグのそんな思いを余所にレインは続けた。


「王都に着く前日に近くの森で俺達を襲った賞金稼ぎの集団を、俺がラプトゥルの巣に転移させて放り出したからだ。そのときの生き残りが、俺を恨んでそうエクシオルに提案したんだよ。“奴の子供を、同じ目に遭わせてやれ”、ってな。」


 ――ライを見つけた俺は、周囲に(たか)っていたラプトゥルを怒りに任せ、その血を浴びるのも構わずに屠った。

 そして檻の魔法を解除し、ライを解放して魔物の血に(まみ)れた手で抱きしめようとした。


「そうしたらライが言ったんだ。“違う、レインじゃない。あんな怖いの、レインじゃない。怖い、触らないで”…そう言ってライは、俺から逃げたんだよ…!」


 リグの前でレインは肩を震わせる。ただ肩を震わせて背中を丸め、俯いていた。


 その顔はリグからは見えない。覗き込むことはせず、レインが顔を上げられるようになるまで、リグは暫くの間黙って待ち続けた。


 ――その後レインは怖がって自分に近寄らないライを連れて帰るために眠らせ、その夜はそのまま宿に戻った。そして翌日の朝には後のことに一切構わず、全てを放り投げて王都から出発したらしい。(そうするのが一番王国騎士達にとっても最善だったからだ)

 賞金稼ぎ連盟(プラエミウム)の本拠点を壊滅させたことで、追っ手もかからず以降は問題も起きなかったが、道中ずっとライはレインを怖がり、そばに寄ろうとしなかったそうだ。


 問題はそこからだ。


 レインを怖がるようになったライに耐えられなくなったレインは、攫われた後のライの記憶を、暗示をかけて封印してしまっていた。


「怖かったことはみんな忘れて思い出すな。そう言って俺は、自分に都合の悪いことは全部封じ込めてしまったんだよ。俺はライに嫌われたくなかった。怖がられたままで手を放したくなかった。自分のエゴからライにそんなことをしておいて、どうしてのこのこと会いに行ける…?」

 自分の情けなさを嫌というほど感じているのか、泣いているわけではないが、泣いているように笑ってレインは自分の右手の拳を眉間の下に押し当てた。


 ――ことの全ての顛末は要するにそういうことだったらしい。


 暫くの沈黙の後、リグは大きく溜息を吐いてレインに告げる。


「――おまえがあの子に会いに行かない理由はわかった。だが、記憶を封じたのは大きな間違いだったな。…どうせ手放すつもりだったのなら、封印などせず、怖がられたままにしておけば良かったんだ。」

 リグはその声に厳しさを以てレインを諭す。

「そうすればライはおまえを恋しがることもなく、今頃は孤児院に馴染み、それこそおまえが望んだように普通に暮らして行けたかもしれん。それを妨げたのはおまえのあの子への執着心であり、単なる我が儘だ。」


 レインはその言葉をただ黙って聞いていた。自分がしたことを良くわかっており、その過ちから逃げ、“今もライを苦しめているのはおまえだ”というリグの責めを受け入れながら。




 ――ライは今日も精霊木(せいれいぼく)に登る。レインは近くまで来ても会いには来ない。その意味を考え続けて。


 マグとミリィという二人の子供が新しく孤児院に来てから一週間。ライがレインの名を聞いて、ヘズルの入口まで追いかけて行ってからも一週間。その一週間の間、ライはほとんど話をせず、食事もあまり取ろうとしない。このままではまたここに来た当時のように倒れるのが目に見えていた。


「おーいライ、下へ降りて来いよ。少し俺と話そうぜ。」

 シンは下から見上げて、遙か上の方まで登っているライに声を掛ける。ライはそのシンを一瞥し、また目線を遠くに戻してその場から動こうとしない。


「…だめだよシスター・ラナ。あいつ、降りて来ない。」

 少し後方にいたラナを振り返り、困り顔でシンは言う。

「…そう。」

 ラナは肩を落としたシンに右手で触れ、その脇を通り精霊木(せいれいぼく)の真下から上を見上げた。下から見上げたライの顔は枝葉に隠れてその表情がよく見えない。

「シン、ありがとう、もういいわ。後は私がライと話してみるから…少しの間子供達をお願いね。」

 シンはラナをその場に残し、ライを気にするように時折振り返りながら丘を下りて教会の中に入って行った。

 ラナは再び上を見上げてライに話し掛ける。


「ライ、話があるの、降りていらっしゃい。」

 ラナの言葉にライは小さな声でぼそぼそと返事を返す。

「ご飯をちゃんと食べないと倒れる、とかそう言う話ならわかってるから、放っといてよ、シスター・ラナ。…一人でいたいんだ。」

 ライは太い枝に座ったまま背中を丸め、両手で膝を抱えると顔を埋めた。

「――そう、どうしても降りて来ないのならいいわよ。無理矢理下ろすから。…『ライ、ヴェラーレ<ライ・おいで>』」

「え…っ」


 ラナがそう呟くと、ライの身体がふわっと浮き上がって、その後で急降下し、ラナが立っていた精霊木(せいれいぼく)の根元にストン、とそのままの格好で下ろされた。

 ぽかん、と口を開けたままライは目の前のラナを見上げる。

「さ、これでいいわね。」

 ラナはにっこりとライに微笑んで修道服のスカートを掴んで整え、その横に腰を下ろした。


「びっくりした…シスター・ラナ、魔法が使えるの?」

 ライは驚いて目を丸くし、隣に座ったラナを見る。

「ええ、使えるわよ。普段はお仕事以外でなるべく使わないようにしているけれど、私にはなにかあった時にあなた達を守る力が必要なの。それにね、この場所には私が魔物や悪い人が近づけないようにここを守る結界障壁を張ってあるのよ。」

 “ヘズルの街の人達を含め、シンも子供達も誰も知らないけれどね”、そう言うとラナは秘密よ、と言わんばかりにピンク色のつやつやした口元に右の人差し指を立て、ウインクをした。


「ねえ、ライ。他の子供達の手前、今まで黙っていたけれど…私はね、レインとは以前からのお友達なの。」

 さらに驚いたライは顔を上げ、ラナの口からレインの話が出たことに興味を示す。

「もしかしたらあなたは、レインに置いて行かれた、とか捨てられた、とか思っているのかもしれないけれど、それは違うわ。レインは最初、あなたを自分から離すことは考えていなかったのよ。あなたのお母さんに託されたからには、一生自分のそばで守って育てる、そう言ってね。」


 ――ラナは八年ほど前、レインが初めてヘズルにライを連れてきた時のことを思い出す。まだ二才になったばかりの小さな男の子を厚手のコートの中に抱えて隠し、同じヘズルに住むレインの友人であるリグ・マイオスと一緒に教会を訪ねてきた。

 子供の育て方を教えて欲しい。なにを食べさせればいいのか、どんなことに気をつければいいのか、一通り急いで教えてくれ、レインはいきなりそう言って来た。

 呆れたリグがおまえには無理だ、ラナに預けろ、そう言って説得しようとしたのだが、自分が育てると言い張り、頑として譲らなかった。


「――ライは俺の宝だ、なにがあっても離さない。レインがあなたを抱きしめてはそう言って、幸せそうに笑っていたのを覚えているわ。」

 ラナはふふっと思い出し笑いをする。

「…でもそのレインが、五年くらい前にこう言って来たの。『ライが友達を欲しがっている。叶えてやりたいが、そうなれば俺はもう一緒にいられない。七才になったらヘズルに連れていくから、この国の中で一番安全なラナの所で預かって欲しい。』とね。」

「…!」


 その言葉を聞き、ライは愕然とする。


『ライ、友達が欲しいか?今度の街には長く住むことになるから、きっと友達が出来るぞ。』


 ロクヴィスの森の家を出発した日に、レインがそう言っていたことを思い出した。


「――俺が…友達を欲しがったから?…だからレインは俺をここに連れて来たの?ねえ、シスター・ラナ…そうなの…!?」

 ライはラナの腕を掴んで詰め寄った。

「…そうね、それが一番の理由よ。あなたは滅多に我が儘を言わない子で、レインに欲しいものを強請ることがなかったそうなの。

 そのあなたが一番最初に欲しいと強請ったのが“友達”だったそうよ。レインは随分悩んだみたいだけれど、どうしても叶えてあげたかったんでしょうね。」

 ラナはこの上なく優しい瞳でライを見てそう言うと、ライの頭に手を伸ばし、そっとその黒髪を撫で始めた。


 ラナに頭を撫でられ、ライはレインがいつもそうして優しく頭を撫でてくれていたことを思い出し、すぐにじんわりと涙が浮かんでくる。シンがラナに頭を撫でられるのが好きなように、ライはレインに頭を撫でられるのは大好きだった。

 ライはラナに頭を撫でられると、レインを思い出して泣きたくなるから拒否していたのだ。


「シスター・ラナ…でも俺、レインと離れるくらいなら、友達がいなくても平気だったよ。きっと我慢できた。」

 ライは耐えきれずにその瞳からぽろぽろと大粒の涙を零しながら呟く。それに対しラナは“本当にそうかしら?”と疑問を投げかけた。

「今はそう思っても、何年かすればあなたはやっぱり、同じようにレイン以外の人との関わりを求めるようになる。でもそれは人間として当たり前の感情なの。

 人は限られた閉鎖的な環境で長くは生きて行かれない。それを知っているからこそ、レインはあなたを手放すことに決めたのよ。

 そしてレインには事情があって、人が多い場所で暮らしていくことが出来ないの。…あなたがここに預けられた理由、そのことは理解できたかしら?ライ。」


 ライは黙って涙を拭いながらこくりと頷く。


「いい子ね。…それでね、まだここから大切な話は続くの。…そのレインのことなのだけれど…本当はね、最初の話では月に一度位はあなたに会いに来るはずだったのよ。」

「え…?それ、ホント…!?」

 泣き濡れた瞳で見上げるライにラナは頷いて続ける。

「それなのに連絡が来ないから…あなたに話すわけにも行かなくて、ずっと黙っていたのだけれど、その理由がようやくわかったの。…ねえ、ライ…―」


 ――ここに来る前に立ち寄った、グランシャリオでの出来事は思い出せる?


 シスター・ラナに突然そう尋ねられ、ライは二年前にここへ来る途中に立ち寄った、あの素晴らしく美しかった王都グランシャリオの風景を思い出す。

「…うん、思い出せるよ。とても綺麗な大きな街で…ラカルティナン細工を初めて見た。そこで目の前のオルゴール屋さんに入って…――」

 そこでライは言葉に詰まる。


 オルゴール屋さんに入って、それから…?なにかが抜け落ちている。なにか大切なことを忘れている。

 レインとお城へ行った。…お城へ行ったことは思い出せるのに、そこからまたなにかがぷっつりと途切れている。

 その日の夜は?どこかに泊まったよね?…レインが横で眠ってた。なにかで起こそうと思って、揺すっても鼻をつまんでも起きてくれなくて…それで?


 ――思い出せない。いくら考えてもなにも思い出せなかった。


「――シスター・ラナ、変なんだ俺…ヘズルに着いた時のことははっきりと思い出せるのに…グランシャリオのことは少ししか思い出せない。なにか大切なことも忘れてる。…なのに忘れてることも忘れてた。…なんかおかしいよ、俺…!」

 自分の記憶がおかしいことに気付き、混乱するライを落ち着かせるようにラナはライを抱き寄せた。

「ああ、大丈夫。大丈夫よ、ライ。今すぐに思い出そうとしなくていいの。それはあなたにとって、とても怖くて恐ろしい記憶なの。だから思い出さなくてもいいわ。」


 とても怖くて、恐ろしい記憶。…どういうこと? ライの疑問は膨れ上がる。


「ライに思い出せないことがあるのと、レインが会いに来ないことには関係があるの。でもそのことをいつまでもそのままにはしておけないわ。だからね、ライ。レインのお友達に会いに行ってみない?」

 ラナは抱き寄せていたライの頭に横からコツン、とおでこを当てて提案する。

「レインのお友達…?」

 “そこに行けば、レインに会える?”…ライはまず真っ先にそうラナに尋ねた。



 ――その日の午後、ライはラナに“レインのお友達”と言うマイオスという人の詳しい話と住んでいる場所を聞いて、その人に会いに行くことを決めた。

 レインにもう一度会うためには、そこへ行って、自分が忘れている“とても怖くて恐ろしい記憶”を思い出さなくちゃいけない。もちろん思い出すのが怖ければ忘れたままにしておくことも出来る。それはその人の話を聞いた後で、それでもレインに会いたいか自分で決めればいい、そうラナに言われたのだ。


 もちろんライに不安がないわけではなかったが、それでもレインに会いたい気持ちに変わりはなかった。


「だったら俺も一緒に行ってやるよ。」

 ずっとライを気にして心配してくれていたシンが言い出す。ライよりもヘズルに詳しいから、と道案内を買って出てくれたのだ。

「ありがとう、シン。」

 迷いの消えたすっきりした顔をして、ライがこの時、初めてシンに笑顔を見せた。


 ――ラナの話を聞いて、ライは気力と感情を取り戻していた。まだレインに会えたわけじゃない。それでも、レインが自分をここに預けて行った理由はわかった。

 頭と心に長い間かかっていた薄暗くくすんだ霧が、一気に晴れたような気がした。


 ライとシンは教会の扉の前で見送るラナに手を振って街へ向かい歩いて行く。


 もういつもの無表情ではなく、虚ろな瞳でもなく、真っ直ぐに前を見て横を並んで歩くライの姿に、シンはつい嬉しくなって思わずへへへ、と笑った。そのシンに首を傾げて“なにがおかしいの?”とライは訝しむ。

 二人はまず、いつものように坂道を下り商店街に行って、マイオスさんが好きだというブラウン・ティーと焼き菓子を買い、それを手に店を出ると街外れに向かって住宅街を横切るように裏通りへと足を踏み入れた。

 だがその途中、普段なら気にも止めないあるものに、ふと、ライの目が止まった。


魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)、<依頼斡旋>賞金稼ぎ連盟(プラエミウム) →』


 それはなんの変哲もない路地裏の案内板だった。


 “プラエミウム”


 ライはその言葉を幾度となく耳にした記憶があった。唐突にそのことを思い出し、それがいつのことだったか、気になって思い出そうと記憶を辿る。

「おい、どうした?ライ。」

「あ…、ちょっと。」 


 この言葉…何度か聞いた気がする。レイン…多分、レインに関係すること…――


 もう少しでなにか思い出せそうなのに、出て来そうで出て来ない。ライの中でなにかが引っかかって気になる。


 その時だった。


 ガシッ


「むぐっ!?」


 突然背後から布で口を塞がれ、誰かの大きな手に荒々しく身体を持ち上げられた。


「な…ライ!?なにすんだ、おっさん!!うわっ!?」


 シンが誰かに突き飛ばされ、そばに置いてあった樽と木箱に引っくり返る。


 ガラガラっドガシャンッ


 ――シン…っ!!


 ライの視点が回転し、目の前の景色が石畳だけに変わる。それがもの凄い速さで揺れながら過ぎていき、シンの声がどんどんと遠ざかって行った。


「ライーーっっ!!!嘘だろ…だ、誰か…誰かあっ!!!ライが、ライがーーっ!!」

 あっという間に遠ざかって行くライを抱えた男達に、なすすべもなくシンが叫ぶ。


 バタバタバタバタと裏通りに響く男達の足音と、はあはあと言う荒い息づかいと共に、柄の悪そうな声がライの耳に聞こえる。


「へっ、ようやく捕まえたぜ、ブラッドホークの子供(ガキ)!!これで奴をおびき出せる…!!懸賞金はまだ取り下げられちゃいねえ、こいつで今度こそ五千万(グルータ)だ…!!」

「おい、早くしろ!!守護騎士に見つかる前にずらかるぞ、急げ!!」

「んんーー!!んんーーっっ!!」

 ライは混乱して精一杯声を出そうとするが、口を塞がれていて呻き声しか出て来ない。かなりの距離を抱えられたまま移動した気がする。男達は足が速く、ヘズルの中にも詳しいのか、迷わずに街の人気がない方へと向かっているようだった。


 ブラッドホーク…レインのことだ…!おびき出す?この人達、誰…!?


 ≪攫われる…!!誰か…助けてっっ!!…怖いよ、レイン…っっ!!!≫ ライは恐怖に怯えた。


「さっさと頭から袋に突っ込んじまえ!!」


 手足をロープで縛られ、猿轡(さるぐつわ)を噛まされてさらに頭から袋を被せられなにも見えなくなったところで、ライはまた抱えられて運ばれて行く。


 一瞬だけ見えた薄汚れた旅装束に、破れて(ほつ)れたマント。腰にぶら下げただけの鞘に入った曲刀。年令は三十代〜四十代ぐらいで顔に傷があり、二人とも破落戸(ごろつき)か盗賊のような風貌だ。だけどライにこの男達の見覚えはない。


 この二人はつい一週間ほど前に、ヘズルの入口でレインの名を口にし泣いていたライを見つけ、なぜか近付くことの出来ない孤児院教会からライが出てくるのを今か今かとずっと待ち構えていたのだ。

 その目的はレインを捕らえることで手に入る五千万(グルータ)もの懸賞金であり、この男達はプラエミウムの賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)であった。


 ヘズルの街外れにある森の奥から、街道に出られる裏の出入り口がある。そこに守護騎士はおらず、普段閉鎖されているため、ほとんど人が通ることもない。

 奇しくもその出入り口がある森は、今日ライが訪れようとしていた、リグ・マイオスの自宅がある高台のすぐそばだった。

 滅多に人の来ないこの森を、見るからに柄の悪い二人組が袋を抱えて通り抜けて行く。リグはライ達がこちらへ向かったとラナからの連絡を受け、家の入口に迎えに出ていて、偶々その男達を目撃していた。

 まさかその抱えられていた袋の中に、ライが入れられているなどとは夢にも思わずに。


 ――男達は街の外へとライを運び出すことにまんまと成功した。


 目立つ街道を避け、比較的魔物の少ない裏道を通り、一旦街から少し離れた場所にある、打ち捨てられた小村の廃墟へ向かうと、崩れかけた家屋の床にライが入れられた袋を乱暴に下ろした。


 ≪痛いっ!!≫ ライは出せない声で悲鳴を上げる。


「ふう、ここまで来りゃ守護騎士の追っ手にもそう簡単には見つからねえだろう。」

 男達は地べたに荷物を下ろし、胡座をかいて腰を下ろそうとした。ところが気を抜く間もなく、すぐそばから薄ら寒い女の声が辺りに響く。

「うっふふふ、見〜つけた。」

「!?…なんだ?」

 男達の前にスウッと部屋の隅の暗がりから、背中まで伸びた長い緑髪に同色の瞳の、艶めかしい色気を放つ女が姿を現した。

「ご苦労様。わざわざ坊やをここまで運んできてくれて、感謝するわ、あなた達。」

 薄紫の唇から心の籠もらない礼を言うと、女はスッと音も立てず素早く動いた。

「女…!?て、てめえ…なんだ、どこから現れやが…ぎゃあっ!!」


 ドサンッ


「このアマなにしやがる…っぐがあっ!!」


 ドサッ


 ――なに?…なにが起きてるの?なにも見えない、わからない…怖いよ…!!


 恐怖にガタガタと震えるライの耳に、男達の声と、なにかが地面に倒れるドサッという音が木霊する。


「一度壊滅させられたのに、またこの子を狙うなんてお馬鹿さんね、懲りない人達。まあおかげでこちらの手間が省けたけれど。」


 女はライが入れられた袋に近付き、その口を開けてライを中から引っ張り出す。


「――大丈夫?坊や。怖い賞金稼ぎのおじさん達は始末したから、もう危害は加えないわ。ふふふ、私を覚えてる?()()()()()()()()()()。」


 顔を上げたライの目に、その緑髪の女はゾッとするほどに冷ややかな、氷の微笑を浮かべて見えた。



次回、最終話…の予定です。

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