表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘズルの落日 遠き日々   作者: カルダスレス
2/6

ヘズルの落日 遠き日々 ②

ヘズルを目指し、旅を続けるライとレイン。二人は契約主と共にラ・カーナの王都グランシャリオに到着します。ここは魔法の封印障壁と兵士以外武器の使用が固く禁じられている街でした。けれども追って来る賞金稼ぎ達の数はさらに増え…

        【 ヘズルの落日 遠き日々 ② 】



「…美味いか?ライ。」

 天然木のこぢんまりとしたテーブルに、黄色いクロスがかけられた四人用の席で、レインは目の前のせっせと食べ物を口に運び続けるライに尋ねた。

 そのライは子供用のワンプレート料理を注文し、それが余程気に入ったのか、ほこほこと湯気を立てるスクランブルエッグとボア肉のソーセージ、サラダを次々に頬張っている。


「うん。レインは食べないの?ボア肉のソーセージ、美味しいよ?」

 ほっぺたにパンくずと、ドレッシングのベタベタした白い液を付けながら、ライはフォークでプスッと刺してソーセージをはい、とレインに差し出した。

「いや、俺はいい。後で黒パンでも(かじ)るから、それはおまえが食べろ。」

 そう言ってその手を押し戻すと、まだ温かい目の前のスープだけをすすり、レインは眩しそうに目を細めて朝日が差し込む窓の外を見た。


 今朝方少し早く起き、森からここへと歩いて来たライとレインは、この宿に泊まっているはずの契約主と合流する前に食堂で朝食を取っている。


 昨夜あの後念のためにレインは、転移させて放り出した賞金稼ぎ達の様子を見に、ラプトゥルの巣へと単独で確認に行っていた。12人いた内の何人かはやはり逃げ出し、残りは既にやられていたため、その痕跡を全て魔法で消して来たのだ。

 その上で人の味を覚えたラプトゥルが近くの人里を襲わないように、巣にいた全ての個体を駆除していた。


 消しても消しても諦めそうにない賞金稼ぎ達に半ば本気で怒っていたため、昨夜は少しやり過ぎた気がする、と溜息を吐く。

 ネビュラは優しすぎるんじゃない?などと言っていたが、時々自分のこういう部分がかつての“名残”だと自覚し、後悔しているわけではないが、恐ろしくなることがある。

 それだけに自分はなるべく人との関わりを持つべきじゃない。そう思うレインは一刻も早くヘズルへ辿り着きたいと強く願っていた。


 だがそのためにはまだ、片付けなければならない大きな問題が残っている。そう、プラエミウムという賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)達のための依頼斡旋組織だ。ただでさえ賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)という連中は、金のためならどんなことでもしかねない。それなのに五千万(グルータ)もの大金が自分の身に賞金としてかけられているとなっては、もう誰も彼もが敵に回ってもおかしくはなかった。


「よう、なんだ早いな。おはようさん、坊主。ここ、いいか?」

 契約主の男がライとレインを見つけ、手を上げてこちらに近付いてくると、顔を洗って髭も剃ったシャキッとした顔でそうレインに聞いた。

 レインは黙ってこくりと頷き、横の椅子を指すように顔を動かして契約主に座るよう促す。

「おはようおじさん。」

 ライは元気に満面の笑みを浮かべて挨拶をする。

「お、ボア肉のソーセージか。おじさんもそれにするかな。」

「美味しいよ、これ。でもレインは食欲ないんだって言って、スープしか食べないんだ。」

「おお、そうかそうか、きっと酒でも飲み過ぎたんだろうよ。坊主は今日も素直で可愛いなあ。」

 男はかなりライを気に入っているらしく、にこにこしてまるで自分の子供にするように頭をわしゃわしゃと撫でている。


「なあ、ここからなら王都グランシャリオは四半日の距離だ。積み荷も多いから、二日は滞在することになる。着いたら出発時間の待ち合わせだけして、あんたは坊主と観光でも楽しんでくれや。

 なあ坊主、王都はでけえぞ。父ちゃんと(はぐ)れたら、下手すりゃ会えなくなっちまうかもなぁ?」

 男は揶揄うようにニヤニヤと、意地悪くこちらに聞こえるように囁いた。

「えっ…や、やだよおれ…!レインから絶対に離れたりしないよっ!!」

 ライが驚き慌てて飲んでいた水のコップをトン、とテーブルに置く。その拍子に中の水がパシャン、と零れた。

「おい、脅かさないでくれ。変に怯えたらどうしてくれるんだ。」

「ははは、悪い悪い、冗談だよ。だが坊主、父ちゃんの手は絶対に放すんじゃねえぞ?じゃねえと()()()()()()()()()()魔物に喰われっちまうからな。」

「……」

 そう言ってライとふざけている男を、レインがふと気にかけて見る。深く関わるつもりはないが、今の言葉を聞いて男の事情がほんの少しだけ垣間見えた気がしたからだった。



 食事を済ませ、契約主の準備が整うと、一路王都グランシャリオを目指してまた幌馬車は出発した。

 今日のライは(すこぶ)る元気で、大きな街に行けるのを楽しみにしているのか、浮き足立ってご機嫌だ。だがそれとは反対にレインはずっと難しい顔をしている。


 ――滞在期間は二日。その間どうライを守りながら過ごすか…レインは今まで人を避けて生活してきた都合上、王都グランシャリオにはほとんど入ったことがなかった。

 地理にも疎い上に契約主の言葉通り、街はかなり広大で、おまけに魔法を使わせないための封印結界が張られており、追い詰められても転移魔法で逃げるのは不可能だった。


 人口があまりにも多い王都は、おそらく敵も身を隠しやすいだろう。まともに戦って相手を消すには人目が多すぎるし、騒ぎになっても困る。…どうしたものか。

 襲われた時の対処法が全くないわけではなかったが、魔法が使えないとなると、ライに見られないよう人間を殺すのはかなり難しそうだった。


 出来るならこの手はなるべく使いたくはなかったが…そうも言っていられないな。


 少しずつ近付いてくる王都を見て、レインはその前に覚悟を決める。先ずは様子を見て、自分を襲ってくる人間がいるのかどうか、全てはそれを確かめてからだ。



 ――王都グランシャリオの外壁は高さが10メートルほどで、等間隔で並ぶ鋼入りの円柱とラカルナ装飾の施された“ラプロビス(固くなる粉の意)”という名の建築素材で作られている。

 この素材はラプロ岩石を砂状になるまで細かく砕き、プルビスと言う名の粉と混ぜ合わせてから水で練って、土台となる網状に組まれた鋼筋に付着させ塗り込んで使用する。水分が抜けて乾燥すると薄い青みがかった乳白色になり、その段階で彫刻を施してから、最後に魔法をかけることで強固な壁となる。

 そしてラカルナ装飾というのはラ・カーナ王国の芸術家が手がける様々な建築用装飾の総称を言い、動植物や精霊、伝説上の生物と言われる妖精、小人などをモチーフとしたこの国自慢の芸術作品だ。それはどれだけ眺めていても飽きるものではない。

 当然のことながら、幌馬車の荷台後方から見えるその美しい外壁に、ライも興奮して大はしゃぎだった。


「すごいすごい、ねえ見てレイン!とっても綺麗だよ…!!おれ、もっと近くで見たい…!!」

「こら暴れるなライ、落ちるぞ。」

 レインは少し困ったような顔をして、今にも飛び降りそうなライを揺れる馬車から落ちないように、しっかりと抱え込んだ。


 外壁でこのはしゃぎようだと、街中や王宮を見たら到底大人しくしていてくれそうにはないか…とレインは少し心配になる。ライはすっかり観光気分になっているようだが、賞金稼ぎに狙われる危険度は、街道で魔物に遭遇するよりも遙かに高いのだ。


 レインの不安を余所に目の前を流れて行く壁だけの景色は、さながら延々と続く彫刻作品を眺めるようなもので、ぐるりと一周を回るように通る街道も、ただ見ているだけであっという間に門へと辿り着いてしまった。


 ガラガラと車輪が石畳を進む音を立て、馬車は大門の中へと吸い込まれて行く。


 鋼鉄製の巨大な外門は防御態勢の整ったグランシャリオでは有事の時以外、上げられたままが通常だった。街中の警備を担当する兵士は魔法と武技の両方に優れ、守護者並みに魔物とも渡り合える強者が務めており、中規模以上の町村にはその厳しい訓練を受けて試験に合格した者が派遣されている。


 目の前に立ち並ぶ藍色の屋根と白亜の壁の建物群は、馬車用に広く整備された大通りを埋め尽くすようにずっと遙か奥まで続いていた。その光景は外壁と同じようにライの目を惹きつけて止まず、暴れるライを抑えるのにレインが苦労するほどだった。


 その幌馬車は大通りから繁華街へと向かい、宿屋が多く並ぶ界隈の入口で止まると、ライとレインをそこに下ろした。

「俺がここで泊まる宿はいつも決まっててな、マイマイ亭っつう食事の美味い所を贔屓にしてる。おまえさん達ももし気に入った宿が見つからなかったら、そこへ来るといい。」

「ああ、もしもの時はそうさせて貰う。」

 レインと契約主は一応明後日の早朝に、大門前の広場でまた会う約束をしてここで別れることにした。

「んじゃまたな、坊主。迷子にだけはなるんじゃねえぞ?」

「な、ならないよ!!」

 はははと笑いながら男は馬車を走らせ去って行く。この後は倉庫街にある各町村からの荷物を一手に引き受けて扱っているという、運送業者の拠点へ向かうのだそうだ。


「さてと…先ずは宿を何処にするかこの辺りを見て回ってみるか。」

 左下に並んでレインの服の裾を掴んでいるライにそう話し掛ける。

「うん。」

 ライは大きく頷いてすぐ、きゅっと口を真一文字に閉めると、レインの左手を小さな手でしっかりと握った。

 レインはその意外な力強さにほんの少しだけ驚き、ライに視線を向ける。どうやらライは男に脅かされたせいか、レインから離れまいと必死になっているようだった。


 ふっと微笑み、レインはライに言い聞かせる。

「心配するな、俺はこんな所におまえを置いていなくなったりしない。」

 ライはその言葉を聞くとぱっとレインを見上げ、安心したかのように笑った。


 この宿屋の多い通りは、宿と宿の間に土産物屋や洋服屋、道具屋や飲食店などが点在しており、時折扱っている品物の中に珍しいものも見かけられた。

 特にラカルティナン細工の店が多く、目を見張るほどの細工の美麗さにまだ子供のライでさえ目を輝かせて魅入ってしまう。

「なにか欲しいものが見つかったら、言えば一つくらい買ってやるぞ。」

「え…いいの!?やったあっ!!」

「いやここじゃなくて…おい、ライ!?」

 ライはそう聞くなりぱっとレインの手を放し、すぐ目の前の店にドアを開けて飛び込んで行ってしまった。

 店の看板を見上げるレインの目に、“カーテルノ・ラカルティナン・オルゴール”という文字が入る。


 ラカルティナン細工のオルゴール店。一つくらい買ってやる、とは言ったもののかなり値段が張りそうだ。困った顔をして右手でカリカリと頭を掻き、ふう、と溜息を吐くとライの後を追ってドアを開ける。

 カランカランとドアベルが心地の良い音を立て、レインを迎えてくれた。

「いらっしゃい、そこの坊やのお父さんかしら?」

 ダークブラウンの壁に落ち着いた雰囲気の硝子ケースが並ぶ店内には、年配の老婦人が一人店番をしていた。

 老婦人に軽く頭を下げると、硝子のショーケースに張り付くライを見て、レインは額に手を当てる。


「…そんなにラカルティナン細工が気に入ったのか?」

 ライのそばに行き、レインもショーケースを覗き込む。

「うん、だってすごく綺麗だよ。おれ、こんなに綺麗な物初めて見た。ねえ、レイン、オルゴールって、なに?」

「オルゴールというのは自鳴琴とも呼ばれる、蓋を開けると音楽が流れる箱のことだ。」

「音楽…?」

「…そう説明してもおまえには難しいだろうな。すまないが、触れても構わないオルゴールはないだろうか?」

 レインが尋ねると老婦人はこれならいいわよ、と言って見本のオルゴールを出してくれた。

 早速ライが蓋を開け、キン、コロン、と流れる優しい曲に聴き入っている。


 その間にレインは店に並んでいる品物を見て、手の出せそうな値段の物がないか一通り見て回った。だが――


 レインの頭の中でガン、と鐘が鳴る。


 …高い。桁がもう一つ少なければなんとかなるが、到底今の手持ちで買える金額ではなかった。

 昨夜狩ったラプトゥルの戦利品を売ればそれなりの金額になるが、それでもまだ足りない。一番安い物でも後一万(グルータ)は必要だ。

 もしライが欲しいと言い出したら、諦めて貰うしかないな。親として一度口にしておきながらだめだと言うのはかなり情けないが、仕方がない。


 そう思った時だった。ライがレインの方を振り返り、そのオッドアイをキラキラさせて口にする。

「レイン、おれっ、これが欲しい…っ!!」


 一時の間を置いてレインががっくりと項垂れる。


 ――やはりか。


 普段大抵のことには動じないレインでも、ライのこととなると話は別だった。そもそもライはあまりわがままを言わず、お腹が空いたとか、お風呂に入りたい、とか当たり前の欲求以外になにかが欲しい、と口に出すこと自体がほとんどない。

 これまでライが自分からレインに欲しいとはっきり強請ったのは、これが二度目だった。


「あー…ライ、すまないが…――」

 背中に冷や汗が流れるほど気に病んで、レインがライに謝り言い聞かせようとした。が――

「ふふ、それなら坊や、あなたにぴったりの物を見せてあげる。ちょっと待っててね。」

「え…あ、いや…!」

 レインは驚いて老婦人を引き止めようとしたが、彼女はさっさと奥に引っ込んで、少し経つと小さな箱に入ったなにかを持って戻って来た。


「これならきっと、坊やのお父さんも気に入ってくれるわよ。」

 そう言うと箱を開け、中から鎖の付いた小さなオルゴールペンダントを見せてくれた。

 それは折りたたみ式の螺子を巻き、ボタンを押すと曲が流れるようになっており、表面に非常に精巧なラカルティナン細工が彫られていた。

 かなり小さいが、それだけに手間と技術が必要なもっと貴重な品物だと思われた。

「すごいや、こんなに小さいのに、ちゃんと音がする…!!」

「気に入ってくれた?」

「うん!レイン、おれこれにする!!」

 そう言ったライはガッチリと品物を掴み、もうなにを言っても手放しそうになかった。


「――困ったな、俺に買える値段の物ならいいんだが…代金はいくらだろうか?」

 恐る恐るレインが尋ねる。

「そのオルゴールはね、試作品で売り物ではないの。だから代金は要らないわ。」

「え!?いや、いくらなんでもそう言うわけにはいかない、安くして頂けるのなら有り難いが、さすがにタダで貰うわけには――」

「いいのよ。以前ヘズルに住んでいた時、細工職人を目指していた息子が練習で作った物なの。オルゴール曲もオリジナルで有名なものではないし、いつか手放そうと思っていたから。」

 老婦人のヘズル、と言った言葉にライが反応して話し出した。

「ヘズル?おれたち、そのヘズルに行くんだよ。ロクヴィスから来て、そこに行くんだ。ね?レイン。」

 “まあ、そうなの、それは偶然ね”と老婦人はライに微笑む。

「あ、ああ…だがそれでも…本当にいいんだろうか?」

 戸惑いながらレインはもう一度老婦人に尋ねた。

「ええ。保存魔法で壊れないようにはしてあるし、なにより坊やは大事にしてくれそうだもの。この世界でただ一つの物だけれど、きっと亡くなった息子も喜んでくれるわ。」

「世界で、ただ一つしかないの?じゃあおれ、絶対大事にするよ!約束するっ!!」

 レインの目の前でライと老婦人が指切りをして約束を交わしている。


 亡くなった息子、か。だがいくらなんでもタダというのは…ああ、そうだ。


 なにかを思いついたように、レインは無限収納から小さな硝子ケースに入った青緑色の石を取り出す。

「――ならせめてこれを受け取って貰えないか?」

「あら…それは?とても綺麗な石ね。」

「ソル・エルピスの守護石(ガードストーン)だ。これがあれば魔物や邪な存在は一切あなたに近づけない。泥棒や強盗と言った類いの人間ですら無意識に避けるから、この店の守りにもなるだろう。」

「ソ、ソル・エルピス様の守護石(ガードストーン)ですって…!?頂けないわ、そんな貴重な物…!!」

 老婦人は顔色を変えて後退り、レインに両手と首を振って断ろうとした。


 ソル・エルピスとはラ・カーナ王国で崇められている古い伝承の人物を指す名前だった。その守護石(ガードストーン)とはあらゆる災禍から身を守ってくれる、国宝級の貴重魔法石のことを言う。


「いや、是非貰って欲しい。俺にとってこの石は宝の持ち腐れでな、持っていても役に立たないんだ。さあライ、おまえが渡してあげてくれ。」

「うん。」

 返事をするとライがそのケースを受け取って老婦人にはい、どうぞと言って手渡す。

「い、いいのかしら…?却って申し訳なかったわね、どうもありがとう。」

「それはこちらの台詞だ。おかげでライの喜ぶ顔が見られた、ありがとう。」

 礼を言ってレインは精一杯の微笑みを向け、深く頭を下げた。


 その後ライとレインは来た時と同じようにドアベルを鳴らし、二人で店を出て行く。再び通りへと戻ると、今度こそ宿を探すために歩き出した。


「後で魔法が使える場所に出たら、それに占有魔法をかけてやる。たとえ失くしたり盗まれたりしても、おまえから一定距離離れたら瞬時にちゃんと戻ってくるようにな。」

「うん。失くさないように首にかけて…これでいいかな。」

 オルゴールペンダントを首にかけ、着ていたシャツの中に入れると、ライはまたレインの手をしっかり握る。

「ラカルティナン細工ってすごいんだね。ヘズルはその職人さんがいっぱいいるってレインは言ってたよね?着いたらあの綺麗なの、もっとたくさん見られるかなあ。」

 “まあ、見るだけならな”と、また強請られないことを祈りながらレインは苦笑する。


 その時だった。突然耳に声が響く。

『レイン、後を付けてくる複数人の男がいる、気をつけて!』

 それは姿と気配を隠し、宝珠の中に戻っていたネビュラの警告だった。


 気付かない振りをしてライの手を引き、レインは対応策を講じる。が、道もわからないこの場所では大した案は浮かばなかった。


 仕方ない…!


 ガシッ


「ふわっ!?」


 いきなり自分の身体が浮いて地面が遠ざかったライは、驚いて声を上げる。レインが突然ライを抱きかかえ、前方に向かって走り出したのだ。

「え?え?なに、なんなの、レイン…!?」

「喋るなライ、舌を噛むぞ!!いいから俺にしがみ付いていろ…!!」


 “気付かれたぞ、追え!!” と言う柄の悪そうな声が後ろから追いかけて来る。その足音の数から、おそらく追っ手は4、5人ほどだろうと思われた。


 こんな昼の人通りが多い時間帯でも構わず襲ってくるのか。これは思った以上に厄介だな。そう思いながらレインはスルスルと人の合間を器用に擦り抜け、人気の少ない方へと道を選んで駆け抜ける。

「ね、ねえレイン!どうしてあのおじさん達、追いかけて来るの!?怖いよ…!!」

 ライが恐怖を感じるのは、おそらくこれが初めてのことだろう。人相の悪い違う年令の男達が、目を血走らせて追って来るのだ、怖がるなという方が無理というものだ。


 今まではライを怖がらせないために、知られないように陰でこっそり始末したり、ネビュラの結界障壁で見えないように隠したりして、なにかあっても誤魔化してきた。だがここではそれも出来ない。魔法が使えない以上、今はただ人目を避けて戦える場所まで逃げる続けるしかなかった。


「待ちやがれ!!」

「逃がすか!!」

 擦れ違う人々が目を丸くして“なんだなんだ”、“何事か”と言う顔でライを抱えたレインとそれを追う柄の悪い男達を見送る。


 この先が何処に繋がっているのか、レインにはほとんどわからなかったが、契約主がこちらの方に馬車を走らせて行ったことから、倉庫街に通じているのではないかと予想していた。それは見事に当たり、通りを行く馬車の姿は遠くに見えても、歩く人はほとんど見なくなって来た。

 おあつらえ向きにライが身を隠すのにもちょうど良い、大きな木箱が積まれた袋小路が目に入る。


 ――よし、ここなら…!!


「ライ、耳を塞いでそこの木箱の陰に隠れていろ。俺が呼ぶまで、なにがあっても出てくるんじゃないぞ、いいな?」

「わ、わかった…!」

 レインは抱えていたライを下ろし、追って来る男達の前へと踵を返す。ライは言われたとおり、すぐに木箱の陰に隠れてしゃがみ、震えながら耳を塞いだ。


 バタバタと足音を立て、追って来た五人の男達にレインは取り囲まれた。

「追い詰めたぜ、レインフォルス・ブラッドホーク!!」

 男達が手に持っているのは武器ではなく、レインを捕らえるためのロープや袋などの拘束道具だった。

「――おまえ達もプラエミウムの賞金稼ぎか。この俺を敵に回すからには、覚悟が出来ているんだろうな。」

 レインは男達に最後の脅しをかけるため怒りの闘気を全身に纏った。

「今すぐ逃げ出せば、後は追いかけん。留まるなら全員死ぬぞ。」

 黒い闘気を撒き散らしながら、男達を冷ややかに見下ろす。


「怯むな!グランシャリオじゃ騎士団と警備兵以外、武器の使用は許されねえ。いくら伝説の賞金首でも、素手で俺らを倒せるはずはねえ!!」

「いくらてめえでも、得意な魔法が使えなきゃ逃げられやしねえだろ、観念しな!!」

 へへへ、ゲヘヘ…と、今にも臭いそうな口元に野卑た薄笑いを浮かべ、男達がにじり寄る。今この男達の頭の中にあるのは、手にした五千万(グルータ)もの賞金に埋もれ、歓喜の声を上げている自分の姿だけだろう。

 だがこの男達は一つ大きな勘違いをしている。レインが魔法を使うことに長けているのは事実だったが、今までそれを主な攻撃手段として使って来たのには理由があったのだ。

 もちろんライに出来るだけ知られないようにする手段としても、魔法が便利だったというのはあるのだが、本当のところはレインが持つ、もう一つの力をなるべく使いたくなかったからなのだ。


「おらあ!!てめえら、押さえ込めええっ!!」


「『開け邪眼(イヴィルアイ)。』」


 ビシッ…


 その瞬間、世界が暗転し、闇からなにかがこちらを覗き込んだような感じがした。


 レインの瞳がほんの一時血のように紅くギラリと輝き、襲いかかろうとしていた男達全員が、まるで石にでもなったかのように固まって動けなくなった。


「な…なんだ、身体が動かねえ…っ!!」

「俺もだ、まるで石みてえに固まっちまった…!!なんだこりゃあ…!!」

「ゆ、指一本動かねえぞ、どうなってんだおいっっ!!」

 男達はその場で青ざめ口々に騒ぎ出すも、動かない身体はなぜかカタカタと小刻みに震えている。


「――ライ、もう出て来ていいぞ。」

 レインは静かに一度目を閉じ、再び開くと隠れているライを呼んだ。

「レイン…!!」

 ライは両手を伸ばして駆け寄り、余程怖かったのか半分泣きながらレインに抱きついて顔を埋めた。


「もう大丈夫だ、怖い思いをさせてすまなかったな。」

 レインはライの頭を優しく撫でるとそのまま抱き上げ、男達を放置して何事もなかったかのように歩き出す。

「…?あのおじさん達、今度は動かなくなったの?…変なの。」

 石像のように動かず固まったままの男達を見て、ライは不思議そうに首を傾げる。

「後ろは見るな、ライ。」

「う、うん…。」


 ライを怖がらせずに男達を消すには、もうこの方法しかなかった。


 ――レインが使用したのは『邪眼(イヴィルアイ)』という闇の特殊能力だった。その眼に睨まれ囚われた者は、一定時間身体が麻痺して動けなくなった後、幻覚に襲われ発狂して突如凶暴化する。一人ではその場で叫び声を上げたり、気が触れて笑い出したりして、最終的に自殺するだけだが、集団だと殺し合いに発展する。

 人の精神を破壊し、死に至らしめる邪悪な特殊能力。レインはこの力を嫌っていたため、余程でない限り使いたくはなかったのだ。


 グランシャリオに入る前、もしもの時はこの力を使う、と覚悟を決めてはいたが、あまりにも襲ってくるのが早すぎる。この分では騒ぎにならず立ち去るのは難しい。そう判断したレインは、ある行動に出て先手を打つことにした。


 時間はまだ午後三時を過ぎたところだ。謁見には十分間に合うだろう。


「ライ、せっかくだからグランシャリオ城を見に行こう。外壁みたいに綺麗な彫刻や装飾がたくさん見られるぞ。」

「本当!?うん、見たい!!やったあ!!」

 先程の男達による恐怖は後を引かずに済んだようで、ぱっと顔を明るくして喜んだライにレインはホッと安堵する。

 ライはどうやら芸術的に美しい物が好きみたいだ。ラ・カーナの国民は総じて美術、芸術に興味を持つ人間が多いが、さほどその文化に触れたことがあるわけでもないのに、ラカルティナン細工に惚れ込むなど、子供ながら大した審美眼だ、とレインは思う。


 この様子なら、ラカルティナン細工で有名なヘズルにもすぐに馴染めるだろう。


 一路王城へ向かうことにしたレインは、珍しそうに街並みを見てははしゃぐライを見ながら、その未来の姿に思いを馳せる。


 ヘズルでこの先、自分と別れた後…ライはどう育って行くのだろう。出来ることならこのまま大切にそばで守り続けたかった。だがそれでは…だめなのだ。

 自分と一緒にいては、人との関わり合いが持てず、閉鎖的な世界で暮らして行くことになってしまう。

 いつか大人になり、誰かを愛し愛されて子供を持ち、親になる喜びと家族を持つ幸せを…ライには与えてやりたかった。

 そのためなら自分の存在は忘れられても構わない。寧ろ忘れてくれた方がいい。レインが願うのはただ、ライの幸せだけだった。



 ――30分ほど歩き、やがて二人はグランシャリオ城の前に架けられた大きな橋に辿り着く。そこからライがぽかんと口を開けて城を見上げた。

 幾重にも重なり、城全体を包み込むような魔法障壁の呪文帯。それが白と薄いラベンダーのような色に輝き、ゆっくりと回転している。

 月白(つきしろ)城と呼ばれるグランシャリオ城は所々の彩色に薄群青色を取り入れ、それが空と雲と相俟って、神々しさを感じるほどに美しい城だった。

 その上正面の城門に通じる橋には、ラカルナ彫刻の像が並び、橋の欄干にまで細かい装飾が施されているのだからいくら見ても見飽きない。


「ほらライ、見惚れていないで歩いてくれ。」

「う、うん…でもレイン、あそこに怖そうな鎧を着たおじさんが立ってるよ?大丈夫なの?」

「ああ、心配するな。」


 レインはライの手を引いて、ライが言う“怖そうな鎧を着たおじさん”の元へと歩いて行く。

 城の守護騎士達が左右からすぐに槍を交差してレインを止める。

「止まれ!この先はラ・カーナ国王陛下が御座す、グランシャリオ城だ。許可無き者は通さぬ!!」

 レインはすぐに守護騎士の前に出て自分の名を名乗り、現国王に謁見を申し込んだ。

「――俺の名はレインフォルス・ブラッドホーク。『太陽の希望を求める、邪眼を開く者』だ。急を要する頼みがあって現国王陛下にお目通り願いたい。」

「…!!」

 そう聞くなり守護騎士達は顔色を変える。

「か、かしこまりました…!!直ちに陛下にお伝え致します。失礼ですが、なにか証明となるものをお持ちでしょうか?」


 レインはすぐに無限収納から掌大のエンブレムを取り出し、それを見せる。そのエンブレムには三日月と太陽が彫られ、それに重なるように七つの点が刻まれた紋様が描かれていた。

「月と太陽、グランシャリオの紋章だ。」

「確かに。少々お待ちください…!!」

 守護騎士の片方が慌てて「開門!!」と声を上げ、大扉から城の中に走って行く。

「どうぞ、こちらへ。すぐに謁見の間へご案内致します。」

 残る片方の守護騎士が、緊張から強張った顔をしてライとレインを城内に招き入れる。


「ふわぁ…すごいねレイン、お城に入れるんだ。」

「必要な時だけな。失礼がないように静かにするんだぞ。」

「うん、わかった。」

 数秒も進まない内に近衛騎士と思われる上位騎士が数人、バタバタと慌てたように駆け付けると、案内役を守護騎士と交代し、レインに頭を下げた。

「ラ・カーナ王国近衛騎士隊長、エドルドス・カヒムと申します。謁見の間まで自分がご案内致します。」

「…ああ、よろしく頼む。ライ、おいで。」

 近衛騎士達を見るなり、レインはライに両手を広げて手招きをする。

「え…おれ、自分で歩けるよ?レイン。」

 なぜ自分をここで抱き上げようとするのか戸惑い、ライが聞き返す。

「わかっている、でも()()な。」

 その“一応”、とはレインがなにかを警戒している時によく使う言葉だった。


 戸惑うライを抱き上げ、近衛騎士達に囲まれてレインは謁見の間へと案内される。だがレインは、自分が決して歓迎されてはいないことを良くわかっていた。


 緊張した面持ちの近衛騎士達。彼らは丁重に扱うべくライとレインに接しているが、その実レインを酷く恐れている。万が一にも怒らせてしまうことがあれば、ただでは済まないと知っているからだった。

 歴史や伝統、神々や精霊、そして芸術や文化を大切にし、常に美しくあるこの国は、その国民も国王もまた信心深く、伝承なり言い伝えなりを古くから受け継ぎ、重要なものと重んじる性質を持っていた。


「ここが謁見の間にございます。よろしければお子様をお預かり致しましょうか?」

 近衛騎士隊長がさりげなくそう告げる。

「いや、長居をするつもりはないから結構だ。」

 レインはその言葉を不快に思い、ジロリと近衛騎士隊長を睨む。すると相手は一瞬たじろぎ、すぐに頭を下げた。

「かしこまりました、では中へどうぞ。」

 音もなく開かれた赤と金の立派な大扉から謁見の間へと足を踏み入れる。その後に近衛騎士達が案内と護衛、と称して“なにが起きても対応できるように”続く。


 やれやれ、とレインは溜息を吐いた。こんな状況でさえなかったら、国王に謁見などしないものを。あからさまにこうも警戒されると、気分を害され不愉快にもなる。

 信心深いのも時には困ったものだ、そう思いながら玉座へ向かい、敷かれた金刺繍の絨毯の上を躊躇わずに足を運ぶ。


 正面の豪奢な椅子には、既に国王らしき人物が緊張した顔で腰掛け、待っていた。


 レインは国王の前まで進む前にライを下ろし、その手を引いて一定の距離まで近付いたところでピタリと立ち止まる。

「――こちらの都合で急な謁見を申し込んだにも関わらず、すぐに対応していただき、感謝する。俺はレインフォルス・ブラッドホーク。既に告げた通り“邪眼を開く者”だ。」

 レインなりに礼を尽くし、軽く会釈をするように身体を前に傾けると、不遜な態度になり過ぎないよう気をつけながらなお、相手に対し自分の存在と立場を知らしめて話し掛ける。


「『太陽の希望を求める、邪眼を開く者』よ、余が現ラ・カーナ王国国王サハリオスである。エンブレムを所持していると聞いたが、念のためもう一度確認させてくれぬか。」

「ああ。手に取り、確かめるといい。」

 レインは再びエンブレムを取り出し、それを受け取りに来た国王付きの従者に手渡す。従者はそれを大切に預かり、国王の下へと持って行き、国王がそれを手に取り確認する。

 そして確認した後また従者がそれをレインの元へと返しに来る。面倒だがその一連の流れの後でようやく本題に入れるのだ。

「間違いなく本物のグランシャリオ紋章だ。して、急を要するそちらの頼みとはどのようなものであろうか。できる限り応じたいとは思うが、無理難題もあるやもしれぬ。早速お聞かせ願いたい。」

 さすがの国王もレインの急な頼みと聞き戦々恐々の様子だ。


「なに、そう難しいことではない。」

 レインは顔を上げたまま一度視線だけを床に落とし、口元に微かな笑みを浮かべる。

「俺達は今日と明日の二日間、このグランシャリオに滞在し、明後日の早朝には発つつもりだ。その間なるべく平穏に過ごすつもりだが、それを邪魔する煩い羽虫が飛んで来るのでね、それを追い払っただけで騒ぎになると困る。」

 そこまで言って腕を胸元で組み、今度は国王を真っ直ぐにその紫紺の瞳で見据えると、肝心な要求部位を口から放つ。

「だから()()()()()()()()()、グランシャリオの兵士達が一切介入しないように、末端まで言い聞かせておいて欲しいだけだ。」

「…!」

 国王が一瞬身を乗り出し、立ち上がろうとした。それを近衛騎士隊長が口を挟むことで押し留める。

「お…お待ちください、ブラッドホーク殿!!無礼を承知で伺います、貴殿はこの王都でなにをなされるおつもりなのですか…!?何卒委細をお話いただきたく、お願い申し上げます…!」

 彼らはレインの為人(ひととなり)を知らず、唯々(ただただ)恐怖の対象として恐れていた。それほどまでにレインの持つ特殊能力である、あの“邪眼”は恐ろしい力なのだ。


「プラエミウムという依頼斡旋組織があるだろう。賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)共の連盟体だ。そこに俺の生け捕り目的で五千万(グルータ)もの高額な賞金をかけた馬鹿がいる。」

「な…っ」

「す、すぐに確認を!!」

「直ちに!!」

 国王は青ざめて愕然とし、近衛騎士隊長の命令で騎士達が慌ただしく動き出す。


「今までにも度々賞金首として追われたことはあったが、今回はその比ではない。ここへ来るまでに既に二桁の賞金稼ぎ共を消す羽目になった。」

 連中に対する忌ま忌ましさで、その目に怒りが浮かんでいるのを国王は見て感じ取る。

「俺は今、理由があってヘズルを目指している。一刻も早く辿り着き、その後はまた姿を消し、表に出るつもりはない。だがこの状態ではそれもままならん。そこで餌に(たか)る害虫を叩き潰し、それでもまだ諦めないようならプラエミウム自体を消し去るつもりだ。」


 淡々と目の前の人物が恐るべきことを告げる。彼の怒りを買う者は、誰であろうと生き残れないだろう。近衛騎士隊長は背中に冷たいものが流れ出るのを止められなかった。


「か、確認取れました…!既に情報は国内全域に広まり、手の付けられない状態です。」

 レインは騎士団がものの数分で確かめられるほど賞金稼ぎ達の行動が活発化していることを感じ取った。

「く…ならばせめてこちらからも貴殿に協力するか、護衛を――」

「必要ない。寧ろそんなことをすれば関係のない人間を巻き込むぞ。まあそれでも構わないと言うのなら監視だろうが護衛だろうが好きにするといい。」

 焦る騎士達を尻目に、レインは言い放つ。

「信用しろ、と言う方が無理なのだろうが、俺は関係のない人間に被害を出さないよう配慮している。くれぐれも余計な手出しをせず、二日間だけ()()()()()()()。俺の話はそれだけだ。…行くぞ、ライ。」

「うん。」

 レインは再びライを抱き上げ、なにも出来ずに立ち尽くす国王と近衛騎士達を置き去りに謁見の間を後にする。


「少しだけだったが、城の中は見られたか?」

「うん、あの大きな椅子に座っていた人が王様なの?なんだか元気がなかったね。」

「そうだな、きっとなにか心配事が出来たせいなんだろう。王様って言うのはものすごく大変な仕事だからな。」

「そうなんだ。こんなに綺麗で大っきなお城に住めるから羨ましいとちょっと思ったけど、おれ王様にだけはなるの止めようっと。」

 真顔でそう言ったライを見て、レインは思わず吹き出し、声を上げて笑ってしまう。それを見た周囲の騎士達はギョッとしてレインから後退った。

「おまえには敵わないな。俺のライ…おまえを守るためなら、俺は悪魔にでもなんにでもなってやる。」

 改めてそう誓ったレインは、ライの頬にそっとキスをした。


 用は済んだ、と城の出口から外へ出ようとしたレインの耳に、門前で言い争う複数の怒声と、守護騎士達の毅然として騒ぎを静めようと対応する声が聞こえてきた。


 俺がここにいることを知った賞金稼ぎ達が、既に集まりだしたか。


 レインは一旦足を止め、どうするか考える。邪眼で邪魔者だけを消すことは可能だが、さすがに王城の前で堂々とすることではない。無理に押し通ってライが怪我でもしたらそれこそ自分の抑えも利かなくなるだろう。なによりまたライを怖がらせるのだけは避けたかった。


「お待ちください、ブラッドホーク殿。そのまま出られては騒ぎに巻き込まれます。せめて城下までは我ら近衛騎士に護衛を――」

「ああ、そうして貰おう。」

 レインは考え直し、いともあっさりと近衛騎士隊長の申し出を受け入れた。角を立てずに安全に、その上さらに効果的に外へ出るにはそれが最善策だったからだ。


 “精々派手に賞金稼ぎ達を追い払ってくれ”そう不敵に笑ったレインに、近衛騎士隊長はゾッと寒気を覚えた。



「開門!!」

 再び開かれた城の大扉から、ライを抱いたままレインが堂々と賞金稼ぎ達の前へ姿を現す。

「静まれぃ!!ここは国王陛下が御座すグランシャリオ城前だ、用のない者は直ちにこの場から離れよ!!然もなくば騒乱罪にて拘束するぞ!!」

 近衛騎士達がレインの周囲に壁を作り、盾となって賞金稼ぎ達の前に立ちはだかった。

「どけや騎士共!!ブラッドホークを渡せ!!そいつには五千万(グルータ)の賞金がかかってるんだ!!」

「渡せ!!ブラッドホークを渡せ!!」

 周囲から一斉に地鳴りのような怒声と叫声が沸き起こる。

「近衛騎士隊、制圧!!刃向かう者を取り押さえよ!!」


 その一声で近衛騎士隊の賞金稼ぎ狩りが始まった。

「抵抗するな!!煽動する者も確保せよ!!」


 武器を持つ者と、持たざる者。その勝負は歴然で、あっという間に騒ぎは制圧された。


「どうぞ、ブラッドホーク殿。これで城下までは少し落ち着いて通れるでしょう。」

 近衛騎士隊長が流れ出る額の汗を拭いながらレインに告げる。

「ああ、すまない。感謝する。」

 事態を見守っていたレインは、そのままゆっくりと橋を渡る。途中、近衛騎士に押さえ込まれていた賞金稼ぎの男が悔しげに目だけをレインに向けて毒突いた。

「くそっ、汚えぞてめえ…!!まさか騎士団を味方に付けるとは…どうやってこいつらを手懐けた…!?」

「我らは味方になったわけでも手懐けられたわけでもない。馬鹿か貴様は?いや、馬鹿だからこそか。身の程を知らず己らが誰に手を出そうとしているのか…今一度挑む相手をよく確かめるのだな。」

 レインの代わりに近衛騎士隊長が罵るように返事を返す。


 ――こうしてライとレインのグランシャリオでの一日目は終わった。


 ライとレインはその後食事と大きな風呂が自慢だという中級クラスの宿を見つけ、今夜はそこに泊まることにした。結局近衛騎士隊長はライとレインの護衛を諦めず、勝手にしろ、と言ったレインの言葉通り宿の部屋やその周囲の警護に付き、忍び込もうとする賞金稼ぎ達を見つけては牢屋送りにして一晩を明かした。


 グランシャリオの騎士団は、王命でレインに邪眼を使わせるような事態にならぬようにしろ、とでも言われているのだろう。

 それで済むのなら黙ってここを立ち去っても良かった。だが根本的な解決には至っていないのだ。

 明日になっても襲ってくる連中の数が減らないようであれば、行動に移す。レインはそう決めた。

 ライが寝息を立てるベッドに自分も潜り込み、そっとその身体を包み込むように抱きしめる。


「――お休み、ライ。安心して眠れ。」


 レインはそう呟き、久しぶりに自分も深い眠りに落ちて行くのだった。


次回、少し成長したライのお話に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ