ヘズルの落日 遠き日々 ①
Eternity~銀髪の守護者ルーファス~に登場する、黒髪の鬼神ライ・ラムサスの幼少期のお話です。
【 ヘズルの落日 遠き日々 ① 】
――深い、深い森の中。霧が立ちこめ、周りは百年の年を越えた木々ばかりが取り囲み、精霊が人を惑わすと噂されているこの地には、一番近い街の人間でさえ一切誰も近寄らない。
時折耳に聞こえてくるのは、姿の見えない鳥たちの囀りと、風が揺らす枝葉のざわめき、そして近くを流れる、小川のせせらぎに…獣道を歩く小動物の足音ばかりだ。
そんな静かなこの森にある、小さな小屋で…ライとレインは暮らしていた。
近くの木を切り倒して、ログハウス風に組み立てたこの小屋は、入口から入ってすぐのリビングに小さな調理用のキッチンとテーブルに二つの椅子、そしてその隣には扉のない、大きめのベッドが一つだけ置かれた寝室があるだけの簡素な家だった。
そのリビングにあるテーブルの椅子からぴょん、と降り、飲み干したミルクのコップを洗い場に運んで可愛い声が尋ねる。
「――ねえお父さん、今日はどこまで行くの?」
左右色の異なる幼気な瞳を輝かせて、小さなライはレインを見上げる。
「ライ、『お父さん』じゃない、俺のことは『レイン』と呼べ。何度も言っているだろう。」
そう言い聞かせるその人物は、ライと同じ色の漆黒の黒髪に紫紺の瞳を持つ、二十代後半くらいに見える男性だった。
少し癖がかったざんばら髪を無造作に伸ばし、パッと見た印象では野性味のある、よく日に焼けた顔をしている。
この頃のライはまだ6才の小さな子供で、近頃レインの真似をして一人称が拙い『おれ』に変わり始めたばかりだった。
「…でもレインはおれのお父さんだよね?どうしてお父さん、って呼んだらいけないの?」
それはごく当たり前の、子供の素朴な疑問だ。だがその疑問はレインを困らせる。
「おまえは近頃なんでもすぐにそうやって、どうして、どうして、と聞いて来るんだな。俺を困らせて楽しいか?」
そう溜息を吐いてライの小さな額を軽く中指でピン、と弾く。
「痛いよ、レイン。」
「いいからさっさと用意しろ。支度しないなら今日は置いて行くぞ。」
「や、やだっ!!ぼ…おれもいっしょに、行く!!」
そう言うとライは慌てて隣の部屋に行き、急いで外出用の上着を着て戻ってくる。
「薬草はポケットにきちんと入れたか?」
「うん、ちゃんと袋に入れてしまったよ!」
「よし、それじゃ…行くか。」
そう言うとレインは、腰にカラビナバッグと水のボトルを下げ、ごく軽い装備で小屋の扉を開けた。
ご機嫌で鼻歌交じりにライが先に飛び出す。
「転ぶなよ、ライ。」
「へーきだもーん!!」
――ここはラ・カーナ王国東にある、ロクヴィスという名の街からほど近い(と言っても街までは4時間ほども歩く)精霊の森と呼ばれる古い森の中だ。
各神々、精霊などの様々な信仰が盛んなこの国では、精霊は人間の守り神とされ、高位精霊の棲む地には魔物がほとんどいないとも言われていた。
実際それは強ち間違いではなく、目には見えない強いなにかの力を『精霊』と呼んで崇めているだけで、その力が深く作用している場所には魔物がほとんどいないと言うのもまた事実であった。
その証拠に、この森には地元の人間を近づけぬある種の力場が有り、一定の範囲だけだが魔物が生息できない。そしてレインはそういう場所を長期間に渡って調べ上げ、古代の遺跡を見つけてはそこがなんの遺跡なのかを確かめて歩く、といった行動をずっと繰り返していた。
彼のその目的について、そばにいるライにも詳しいことはわからない。
調査中の遺跡に向かおうとしているそのレインの前を、まるでハイキングにでも行くかのようにスキップをしながらライが歩いて行く。
鬱蒼とした森の中に、目印に立てて置いた木組みの道しるべが見えて来た。
昨日まではその道しるべが指し示す、左側の小道を行っていた。それを覚えていたライが同じように左の道へ入ろうとすると、レインがライを止める。
「ライ、今日はそっちじゃない。ロクヴィス遺跡の方だ。」
「こっち?」
「ああ。」
――巨石と巨石に挟まれた狭い入口を通り、光る文字がゆっくりと流れる、遺跡の内部へと足を踏み入れる。
足場の悪い道はレインがライを抱え、ライが転びそうになれば倒れる前にひょい、と持ち上げ、抱き上げたり、背負ったりしながら奥へ奥へと進んで行く。
仕掛けを解き、罠を躱しながらやがて最奥に辿り着くと、レインは目の前の紋章が光り輝く大きな扉を見て呟いた。
「――ああ、ここは…そうか、こんなところに。」
小さなライも扉を見上げる。
「きれいだね。なにか緑色に光ってるよ?」
「マスタリオンの紋章だ。この先には『神魂の宝珠』が眠っている。残念ながら俺ではこの扉を開けることは出来ないんだがな。…この印は…風、か。と言うことは…デューン・バルトだな。後々のために地図に記録しておこう。」
そう言うとレインはカラビナバッグからメモを取り出し、詳細な地図となにかを細かくメモに取って行く。
「これでラ・カーナに眠る神魂の宝珠は二つ…だが肝心なものは見つからない。…いったいどこに眠っているんだ。」
がっかりとした表情のレインを見て、ライは尋ねる。
「レインはなにを探してるの?」
「ん?ああ、俺にとってお前と同じぐらい大切なものだ。」
レインがライを抱き上げる。
「ライ、この文字が見えるか?ここにあるこの文字とこの文字の組み合わせは、その先に危険を伴う、重要なものが隠されていることを表しているんだ。まあ万が一にもないとは思うが、この文字が並んでいる遺跡には、間違っても近付くんじゃないぞ。」
「…どうして?」
「危険だからだ。資格のない者が近付けば、遺跡の仕掛けが動いて閉じ込められたり、罠に嵌められて命を落としたり、碌なことにならない。よく宝が眠っていると勘違いして入り込む輩がいるが…そう言う人間はまず生きて帰れないな。」
レインの話を聞きながら、ライはわかっているのかいないのか、興味がなさそうにふうん、とだけ返事をした。
「ねえお父さん、お腹すいた。ここが一番奥だよね?もう帰ろうよ。」
「ええ?…もう腹が減ったのか。朝食からたったの四時間しか経っていないぞ?…まあおまえはまだ小食だからな。仕方がない、一度帰ってまた出直すか。それからライ、何度も言うが――」
「もう、わかってるよ。レイン、って呼べばいいんでしょ。」
そう言うとライは不満げにその小さなほっぺたを膨らませた。
――穏やかで、平穏な時間がゆっくりと過ぎて行く。
時折必要なものを買うために、一番近い街へと数時間かけて出掛ける以外、ライとレインはほとんど森から出ることがなく、人目を避けてずっと生活しているようだった。
だがある日、遺跡から戻ると二人の家の前に見慣れぬ碧髪の男性が立っていた。
「お、おとうさ…レイン、うちの前に知らない人がいるよ!」
驚いたライが急いでレインの影に隠れる。
「――あれは…大丈夫だライ、俺の知り合いだ。」
ライを安心させるようにレインがその頭を優しく撫でた。
「サイード…来てくれたのか。こんな所まで…すまない。」
「いいえ、気遣いは無用です。他でもない、あなたの願いですからね。…大きくなりましたね、ライ君は。」
「ああ、今年で7才になる。」
「…そうですか。こんにちは、ライ君。初めまして、私はサイードと言います。よろしくね。」
そう言って碧髪の男性は優しくライに微笑んだ。
その日の夜三人で食事をした後のリビングには、真剣な表情で話をしているレインとサイードの姿があった。ライを早めに風呂に入れ、ベッドに寝かしつけた後でレインは、サイードにここまで来て貰った理由を話している。だがその内容は隣の部屋で聞き耳を立てていても、幼いライに理解できるはずがなかった。
「――本気で言っているのですか?レインフォルス。そんなことをすれば、いずれ必ず永遠の別れが来るのですよ?」
「考えに考えて出した結論だ。もう決めた、変える気はない。」
いつになくレインの表情が暗く、重苦しいことにこっそり覗いていたライは、不安を覚えた。
「…せめてもう少し経って、あの子の意思を確認してからでも良いのでは?」
「それでは遅すぎる。これは早ければ早いほど良い。俺はライには幸せになって貰いたいんだ。どんなことをしても――」
「ですがそれでは…そこに、あなたの幸せが入る余地はないのですか?もういい加減に自分を許してもいい頃でしょう。過去のことはもう忘れなさい。」
「忘れられるわけがないだろう…!!」
声を荒げてレインが椅子から立ち上がる。
「どれだけ時が経とうとも、今だってこの手には、あの時の剣の感触が残っている!!それなのに…忘れられるわけが、ないだろう…!?」
「レイン!自分を責めるのはやめなさい、あれは…貴方のせいではありません。」
「――頼むサイード。俺が本当に許され、過去のことを忘れられるようになるには、すべてが終わらなければ…無理だ。だからライだけは…ライだけは、普通に、幸せに暮らせるように…手を貸してくれ。…お願いだ。」
辛そうに俯くレインをサイードはただ悲しそうに見ていた。
翌日になるとレインは突然簡易ベッドを作り、寝室に運び込んだ。その日からサイードは帰らず、暫くの間この家に滞在することになったのだ。
初めのうち警戒していたライは、サイードといるレインが珍しく楽しそうに笑っていたため、すぐに打ち解けてレインにするようにサイードにも甘えるようになった。
そのライをサイードも自分の子供に接するように可愛がる。そんな三人の生活が一月ほど続いたある日、ライが高熱を出して寝込んだ。
「――やはり身体が悲鳴を上げてしまいましたか。…かわいそうに、まだ小さいのにこんなに苦しんで…。」
サイードが冷たい湧き水でタオルを濡らし、ライの額に当てて繰り返し頭を冷やす。
「…仕方がない。それでもこれを乗り切って安定しさえすれば、ライは人里で普通に暮らせる。」
苦しむライを見ながら、それでも冷静に言って退けるレインに対し、溜息を吐いてサイードは続けた。
「あなたも頑固ですね。…それでこの後はどうするつもりなのですか?捜索は続けるのですよね?」
「当然だ。あれは俺でなければ探し出せない。それに…もうあまり時間がない。暗黒神の復活が近付いている。今までの悠長な探索では間に合わないかもしれない。だから…ライをヘズルにあるソルエルピス孤児院に預けようと思っている。」
ライの頭を優しく撫でながら、愛おしいものを見る優しい目で見て…レインはそう口にする。
「あの街には俺が信頼している数少ない友人がいる。事情を話し、ネビュラの神魂の宝珠を一緒に預けておけば、万が一俺になにかあってもライを守れる。」
「ネビュラですか…闇の精霊は気まぐれなので、私はいまいち信用出来ません。神魂の宝珠を人間に預ける、と言うのも賛成できないのですが、本気ですか?」
「ふ…サイードはおまえを信用できんとさ、ネビュラ。」
苦笑してそう言ったレインとサイードのそばを、見えないなにかが飛び回る。
「うるさいチビっ子ですね。なぜこの坊やが守護七聖<セプテム・ガーディアン>に選ばれたのか、今でも私にはわかりませんよ、まったく。」
「ネビュラの七聖入りは俺との縁だ。…ネビュラには随分助けられているからな。」
指先でなにかに触れてでもいるかのように、なにもない空間をくすぐる。
「…お、とう…さん…お水…」
はあはあと苦しそうにライがレインに手を伸ばす。その小さな身体を抱き起こし、レインはコップの水を飲ませる。
「…そこに飛んでいるの…なに…?…大っきな目…黒と灰色の……」
そう呟きながらまたライは深い眠りに落ちて行くのだった。
ライが元気になって暫く後、サイードは二人に別れを告げて去って行く。サイードがいなくなってライは、数日の間寂しそうにしていたものの、それもすぐに忘れていった。
またライとレイン二人だけの生活に戻り、静かな暮らしは続く。ライが7才の誕生日を迎え、この森でのレインの調査が全て終わり数ヶ月が過ぎた頃――
――レインが唐突にライに告げる。
いつもと同じいつもの朝食の風景。だが今朝のレインはどこか寂しそうで、それでいて厳しい表情をしていた。
「――ライ、食事が済んだら荷物をまとめろ。今日でこの家とはお別れだ。」
レインの言葉にライは疑いもせずいつものように返事をした。
「うん、わかった。今度はどこへ行くの?」
今までも何度も同じようなことがあったため、慣れっこになっているライは、特に驚く様子もなく聞き返す。
その自分を信じ切った瞳にレインは胸が痛んだ。
「ヘズルという名のラカルティナン細工職人が多くいる伝統的な古い街へ行く。もうここへは戻らないから、忘れ物がないように大切なものは全て持って行くんだぞ。いいな?」
「はーい。」
椅子からぴょんと降り、ごちそうさま、そう言って食器を洗い場に運ぶ。
この小さな後ろ姿ももうすぐ簡単には見られなくなる。仕方がない、これがライのためだ、そう思ってはいても…レインの心は沈んで行くのだった。
――家の中の家具や食器、衣服など全ての荷物をレインは無限収納に仕舞い込んだ。
無限収納とは、カード状の収納媒体で、スイッチを入れて光を当てると物体が瞬時に吸い込まれ異空間に保管される便利アイテムのことだ。
この無限収納は、魔物の駆除を主活動とする魔物駆除協会から、守護者か冒険者に名前を登録すると支給される。それには一定の資格を必要とするが、旅をしている以上、魔物を狩るのは当たり前で、素材を売ればそれなりの資金になるため、旅慣れたレインは冒険者として当然のようにその資格を持っていた。
家から外へ出ると、一度レインは立ち止まり住み慣れた家を振り返る。レインにとってもこの家はライと長く暮らした思い出深い家なのだった。
おそらくもう二度とここへは戻らないだろう。そう思い、心の中でこの家に感謝と別れを告げる。
「なにしてるの?レイン、早く行こうよ。」
ライの手がレインの服の裾を掴んで引っ張った。今日ばかりはなにも知らずに自分を見上げる無邪気なライが羨ましい、そう思いながらその大きな手でライの頭をくしゃりと撫でる。
「――ライ、友達が欲しいか?」
住み慣れた家を後にライとレインは歩き出す。
「うん。」
「…そうか。今度の街では長く暮らすことになるから、きっと友達ができるぞ。」
「本当!?」
「…ああ。」
こうして二人での最後の旅は始まった。
――ライとレインが目指すヘズルという街は、隣国ファーディアの国境からほど近く、今いるロクヴィス地方からは国を斜めに横断するような道程の先にある。距離的には真っ直ぐ進んでも乗合馬車で一ヶ月以上かかり、その間レインは馬車の護衛の仕事を受けながら、代わりに護衛料と相殺で最長距離を運んで貰う方法を取ることにした。つまりは魔物から馬車を守りながら旅をするのだ。
ロクヴィスの街で運良く護衛を募集していた、長距離を移動する荷運び用の幌馬車を見つける。護衛料相殺の条件が気に入られて交渉は上手く行き、その場で契約を結ぶことにも成功した。
それから契約主に許可を取ると、レインは買い込んだ数日分の食料を積み込み、馬車は二人を荷台に乗せてすぐに街を出発することになった。
この後幌馬車は比較的安全な街道を選んで長い道のりを進んで行く。時折出会した魔物からレインは依頼主と馬車を守り、護衛料の代わりに戦利品を獲ながら報酬を稼ぐ。通り道に立ち寄る町や村にあるギルドで戦利品を換金すれば旅費には困らなかった。
道中は買い込んだ食料を野営で調理して三食を取り、夜はネビュラの結界障壁で安全を確保してから眠りにつく。その繰り返しだ。
ここまで五日ほど馬車か野宿でしか休めていない。そろそろきちんとした宿を取らないと、まだ子供のライは体力が心配だ。少し疲れが溜まってきたのか、ライはあまり元気がなく、昼間もウトウトするようになっていた。
揺れる幌馬車の中でレインの足を枕にして横になる、ライの頭を撫でながら…レインはそう考えていた。
「この先に風精霊を祀っている小さな村がなかったか?」
馬車の契約主に声を掛けるとすぐに返事が返ってきた。
「ああ、あるよ。スウェルヘーゼ村だな。」
「悪いがそこで今夜は宿を取らせて貰いたい。子供が心配なんだ。」
「少し荷下ろしもあるし、構わないぜ。坊主まだ小せえもんなあ。そんな子供連れでヘズル下りまで向かうなんざ、中々大変そうだ。もしかしてあんた…なんかワケありだったのかい?」
契約主の言葉にレインはなにも答えなかった。
やがて日暮れが近付いて来た頃、ようやく小高い丘に数基の風車が並んで建つ、草原に囲まれたスウェルヘーゼ村が見えて来た。
魔石を使った魔物避けの雷柵にぐるっと囲まれ、解放された村の門前には、仕掛け魔法陣による魔物用の罠がいくつか張られている、レンガ造りの建物が十軒ほど並んだ小さな村だ。
その門からレイン達を乗せた幌馬車は村の中へ入り、看板のある食堂をかねた小さな宿へと向かった。
「ほらライ、今日はこの村で宿を取ろう。五日ぶりにベッドで寝られるぞ。」
「うん…お父さん、眠い…」
ぐずるライを抱きかかえて宿の中へ入ると、受付で部屋を借りレインはすぐにライをベッドに運んだ。
「夕食もまだだが、この分じゃ無理そうだな。」
当分は目を覚ましそうにないライを置いて部屋を出ると、階下の食堂へ向かう。空いているテーブルに着くと、簡単な食事と身体を温めるための酒を注文した。
料理が来るのを待つ間、周囲を見回すと常連客らしい中年の男達と、ウェイトレス、他に何人かの宿泊客と一緒に来た契約主の姿が目に入る。契約主の男はレインと目が合うと、早くも一杯やっていた酒のジョッキを掲げて挨拶をして来た。
特に変わった客はいなさそうだが…そう思うレインの瞳は用心深く、なにかを警戒するように周りを窺っていた。
――風の下級精霊達がなにかに怯えている。近くに魔物でもいるのか…?
訝しむレインの周囲を、なにか見えない存在達が右往左往しながら慌ただしく飛んでいた。
「へえ…お兄さん、変わったのを連れているね?ここの風精霊はともかく、金瞳に黒と灰の精霊だなんて、それ、もしかして闇の精霊かい?」
いつのまに現れたのか、宿泊客らしきジプシー風の女が背後から馴れ馴れしく声を掛けてくる。レインは顔を上げその女を一瞥すると、返事もせずあからさまに無視して背を向けた。
「つれないねえ…結構いい男なのに、そんなんじゃ精霊には好かれても、女には嫌われちまうよ?」
女は離れて行くどころか、猶もそう言って話し掛けてくる。
「お待たせしました。」
ウェイトレスが出来立ての食事と酒を運んで来て、手早くレインの前に並べて行く。ほどなくしてウェイトレスがその場を去ると、レインはなぜかその料理をほんの少しずつ切り分け、そばに置かれていた紙ナプキンの上に乗せて、皿の脇に置いた。
さらにその後で左手の掌を上に向けてその前に置き、フォークを持った右手だけを使って器用に食事を食べ始める。
その奇妙な行動にジプシー風の女はポカンと口を開けて、暫くの間その様子を眺めていた。それから少し経つと、レインが無視して食事をしているにも関わらず、クスリと笑いながら断りもなく目の前の椅子に腰を下ろした。
「――精霊に食事を分ける人間なんて初めて見たよ。おまけにそれは椅子代わりなのかい?わざわざ自分の手に座らせるなんて…あたしみたいに精霊が見えなきゃ、変に思われるよ?」
大きなお世話だ、と言わんばかりに鬱陶しそうな目でレインは女を見る。
然も親しげに声を掛けてきたこの女をレインはかなり警戒していた。精霊が見えるのは本当のようだが、“識者”であるにも関わらず、レインの周囲にいる風精霊達が近寄って行かないからだった。
“識者”とは通常目に見えない存在を認識できる瞳の持ち主のことを言い、その大半は心が純粋であったり、優しく善良な性質の人間であるため、不可視存在達に好かれることの方が多い。
だがこの女のように精霊達が近寄って行かないタイプの人間には二種類あって、過去に無理矢理精霊を使役して苦しめたり、殺したりしたことがあるか、または精霊が嫌う種類の匂いを発しているかのどちらかなのだ。
この女はそのどちらだろう?とレインは思う。
――その時だった。宿の宿泊用の部屋がある二階からガシャーンという硝子の割れる音が響き、外から誰かの悲鳴が聞こえる。
「だ、誰か…ワイバーンだぁっっ!!ワイバーンが出たぞっっ!!!」
ガタンッ
その声にレインは慌てて席を立ち、ライが眠っているはずの部屋へ急いで向かう。
残された女がその場でニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
バンッと大きな音を立てて扉を開けると、窓を破り、中型の飛蜥蜴が目の前で鋭い歯の付いた口を開き、その首を擡げていた。
「ライ!!どこだ!?」
「レ、レイン…ここ…!!」
ベッド脇の壁との隙間に、闇色の結界障壁に守られて無事だったライの姿が目に入る。すぐに駆け寄りライを抱き上げると、レインは無限収納から中剣のミスリルソードを取り出して引き抜いた。
「助かった、ネビュラ…!!そのまま障壁を頼む。」
レインの横を飛んでいた見えないなにかが素早く動く。するとすぐに結界障壁がライとレインを同時に包み込んだ。
「――へえ、闇精霊の守りがあるってのは本当だったんだ?離れていても子供を守れるなんて、凄いじゃないか。」
背後から先ほどの女の声がする。
キシャアアァァッ
それに反応して、目の前のワイバーンが鳴き声を上げた。
「おまえは…ワイバーン使いの賞金稼ぎか。やけに馴れ馴れしいと思えば…誰に頼まれた?」
この女に風精霊が近寄らない理由…それはどうやら後者のようだ。下級精霊は飛蜥蜴の匂いを嫌がる。
女とワイバーンの両方から少しだけ後ずさり、レインは距離を取った。
「さあねえ、誰だろうねえ?あんた、随分と高額な賞金が懸けられてるよ?その分だと良くわかってるみたいだけど…安心おしよ、その坊やにはこれ以上手を出さないからさ。大人しくあたしと一緒に来な、レインフォルス・ブラッドホーク。」
そう言うと女は無限収納から自身の武器らしい革製の鞭を取り出した。
「『メタスタシス・アベオ<転移して去れ>』」
シュンッ
「なっ…転移魔法!?」
その一瞬の隙を突きレインは転移魔法を使って宿の外へ出る。
シュオッ
ライを抱きかかえたまま転移したのは村の門前に近い場所だった。
「ライ、走れるか!?」
「う、うん…!」
抱いていたライを下ろし、その手を握るとレインは村の外へと走り出す。
「いた!!待ちな、逃がさないよ!!」
女はワイバーンに跨がって空からレインを追って来た。
街道へ出て僅か五日で賞金稼ぎに見つかるとは、先が思いやられる。逃げるのは簡単だが、追われ続けてはヘズルに辿り着くのが困難になるだろう。今後のことを考えるなら、このまま逃走するのではなく戦って相手を消してしまうのが一番だった。
そう考えたレインは、被害を及ぼさないように村の外へと賞金稼ぎをおびき寄せることにしたのだ。
ある程度離れたところで追って来る敵の方に向き直り、右手で持っていた剣を胸の高さまで上げて水平に翳すと、問答無用で攻撃魔法を放った。
「『グラウィタス・カデーレ<重力よ落下せよ>』」
幾つもの黒い球体が出現し、空中のワイバーンと女に次々と襲いかかる。
ギャッという鳴き声と共にワイバーンが女ごと地面に落下し、叩き付けられた。
「ライを頼む。」
レインが見えないなにかにそう言うと、ライが再び闇色の結界障壁に包まれた。それは目隠しの役割もしており、ライからも敵からも内外が見えないようになっていた。
落下したワイバーンと女のところへ向かいながら、レインは容赦なく次の魔法を放つ。
「『パラリーシス・サイレンシオ<麻痺して動くな>』『スティーリア・カプトゥーラ<氷柱よ捕らえよ>』」
その行動は徹底しており、自分を狙う相手に反撃の隙を微塵も与えなかった。
「う、動けない…!?ひっ…!!」
相手の身体を麻痺させてから氷魔法で攻撃し、一瞬で距離を詰める。そのあまりの速さに女は驚愕した。
ヒュッ…
月明かりが剣の刃に反射し、残光を伴って振り抜かれる。その一撃は強化魔法なしでワイバーンの硬い表皮を切り裂いた。そしてそのまま、今度はまるで手に吸い付いてでもいるかのようにくるりと剣の柄を回転させて持ち替えると、ワイバーンの急所を深く貫いた。
女の前にドサリと音を立てワイバーンの死骸が横たわる。
「嘘だろう…わ、ワイバーンがこんなあっさりと…!?」
「攻撃の届かない上空にいるのならともかく、魔法で叩き落としてさえしまえば俺の敵じゃない。」
そう言って女を冷ややかに見下ろすとその剣先を突き付け、レインはもう一度尋ねた。
「もう一度聞く。誰に頼まれて俺を捕らえようとした?」
「ま、待ってよ言うから!!りょ、緑髪の…やけに立派な中剣を持った、変わった服装の男だよ…!」
「緑髪…」
緑髪、と聞いてレインにはその心当たりがあるようだった。
「その連中に、失敗すれば待つのは死だと聞かなかったのか?俺は自分を狙う相手に決して容赦しない。それがたとえ“識者”で“女”であってもな。」
その言葉に女は死を悟り、恐怖におののく。
「や、やめて…許して!もう二度とあんたを追わないから――」
「『インヴィターレ・モルテム<死へと誘え>』」
直後、女は声も上げずに息絶える。レインが使った魔法は、人間のみに効果がある即死魔法だった。
言葉の通り、レインは自分を狙う敵に対して一切の情けは掛けない。情に絆されて隙を見せれば、やられるのは自分の方だと嫌というほど知っているからだった。そしてそれはライに見せることのないレインの冷酷な一面でもあった。
「『イヴァニッシュ<消えて失せよ>』」
ライに見られる前に魔法でワイバーンと女の遺体を消し去ると、レインは何事もなかったかのようにライの元へと戻る。
当のライは闇色の結界障壁の中で、すやすやと眠っていた。
ひゅるんっ
それを解除し、普段は姿を隠しているそのなにかが、レインの横に現れる。
『やれやれ、ライは本当に大物だね。ワイバーンに襲われかけたって言うのに、障壁の中で寝ちゃうなんて大した子だよ。』
そう言ってふよふよと宙に浮かぶそれは、顔にギョロっとした大きな金瞳が二つと、小さな赤い口があり、鼻はなく、猫型の大きな耳が左右に付いている。顔から胸元までが灰色で、他は真っ黒い肌をしており、二股に分かれた細長い薄く毛の付いた尻尾と、真紅に灰褐色のヒラヒラした布を身に纏っていた。
彼の名は“ネビュラ・ルターシュ”。闇の大精霊だ。
「このままじゃライが風邪を引く。」
レインはライを抱き上げ、村の方へと歩き出した。
『なに?まさかあの宿へ戻るつもり?風の下級精霊が飛び回ってて、うるさいんだけど。』
文句を言いながらネビュラはレインの後について行く。
「ワイバーンが近くにいたせいだろう。俺を狙った賞金稼ぎのせいで宿の部屋が壊された。交渉して弁償しなければならないし、契約主もあの宿にいる。おまえは来るのが嫌なら宝珠に戻っていても構わないぞ。」
『それは退屈だからもっと嫌なんだってば!』
ガラガラガラガラ…
翌日次にライが目を覚ました時、そこはまた幌馬車の上で、もうかなり日が高くまで昇っており、スウェルヘーゼ村は遙か後方に過ぎ去っていた。
「起きたのかライ、随分とよく寝ていたな。夕飯は食べなかったしお腹が空いただろう。あの宿の朝食を用意して貰ったぞ。…食べるか?」
「うん…おはようお父さん。ねえお父さん、昨夜…竜に襲われなかった?」
サンドイッチをレインの手から受け取り、頬張りながらライが聞く。
「あれは竜じゃない、ワイバーンという飛蜥蜴だ。俺がきちんと退治したから安心しろ。それとこれからは、今まで以上に俺をお父さんと呼ばないように気を付けろ。人前では特にだ。いいな、ライ。」
レインはライに今までになく厳しくそう言い聞かせるのだった。
「どうして…ううん、なんでもない。わかったよ…レイン。」
どうしてお父さんと呼んではいけないのか。その理由を、ライは幾度となくレインに尋ねている。けれどレインはその問いにきちんと答えをくれたことがなく、いつもはぐらかされるばかりだった。
そのことがライの心に小さな棘となって刺さっていた。
――それから数日後、幌馬車は深い森の中を通る街道を進んでいた。
周囲に木々が増えるにつれ、少しずつ襲ってくる魔物の数が増している。ここは中型で獰猛な魔物が多く、狩りが得意で音もなく飛びかかる、退化した小さな羽を持った外見の“ラプトゥル”に遭遇するのが最も危険だった。
そのため契約主が不意打ちで襲われることのないように、この森を抜けるまでの間レインが馬車の手綱を握っていた。こうしておけば馬が狙われても瞬時に反応でき、後方はネビュラに守りを任せられるので一番安全なのだった。
馬車は順調に進み、道程の中程を過ぎた頃、前方から馬に乗った三人の冒険者らしき男達に出会す。
「よお、ギッシリ荷を積んでるな。王都へ向かってるのか?」
背中に双斤斧を装備した、人相の悪い髭面男がそう言って声を掛けてきた。他の二人もあまり善人のようには見えず、然もすると盗賊かごろつきといった印象を受ける。
「ああ、そうだ。あんたらはそっちから来たのか?」
レインは馬車を止め、荷運び人の振りをして相手の様子を窺いながら答えた。
今のレインはマントのフードを目深に被り、口元を布で覆って顔をあまり見せないようにしていた。この格好は長距離を行く馬車の御者にはそう珍しい姿でもなく、幾度となく擦れ違う他の荷馬車や行商人達に顔を見られないようにするには都合が良かった。
「ちょいと仕事でな。そうだ、どこかで黒髪の親子を見かけなかったか?二十代後半ぐらいの男と、おそらくは6、7才のオッドアイを持つ男児を連れている。」
相手の男もこちらの反応を窺うように見ている。
6、7才のオッドアイ…それは間違いなくライのことを指した言葉だと思われた。
「いや?見ていないな。その親子がどうかしたのか?」
レインはその男に平然と嘘を吐き、聞き返した。
「俺らは賞金稼ぎでな。そいつらを探して街を渡り歩いてるんだよ。もし見かけたらギルドの方にでも連絡してくれや。」
「ギルド…魔物駆除協会の方か?」
「いいや、プラエミウム…賞金稼ぎ連盟の方だ。頼んだぜ。」
“ほんじゃあな。”そう言うと男はヒラヒラと手を振って、レイン達が向かう方向とは逆に馬を走らせて去って行く。
鞭を入れ、レイン達の馬車も再び出発した。
――プラエミウム…二年ほど前に数カ国共同で、個人投資家達が私的に出資し設立した、民間の賞金稼ぎ専門組織だったか。魔物駆除協会とは対をなす、汚れ仕事を多く扱っているという…
面倒な、とレインは顔を顰めた。先日のワイバーン使いも、随分高額な賞金が懸けられていると言っていた。今の連中といい、この分ではどこの街に行っても安心して過ごせそうにはない。そう考えると今のレインにとっては、魔物などよりも人間の方が余程厄介な相手だった。
「あんた…大丈夫か?この前の時といい、いったい何をしてあんな賞金稼ぎに追われるようなことになっているんだ?」
荷台にライと一緒に隠れていた契約主の男が、さすがに気になりだしたのか聞いてきた。
「…少なくとも犯罪の類いが原因でないことは確かだ。下手に情けをかけてこちらが燃やされては堪らないからな、降りかかる火の粉は容赦なく払うことにはしているが…それ以外でライに顔向けできないような真似はしないように、これでも気を付けている。」
「坊主か…まあ親として子供に会わせる顔が無くなっちまったら、それこそお終いだからな。」
「おれ?おれがなに?」
首を傾げるライの頭を契約主の男がポンポンと撫でるように叩く。
「まあこの前も聞いたが、なんかワケありなんだろうとは思ってたさ。あんた、こっちの名前を聞こうともしねえで契約だけ結ぶんだもんな。最初から深く関わり合いになる気がねえんだろう?一緒に酒も飲んでくれねえしなぁ。」
そう言って男は少し残念そうに笑った。
――最初から深く関わり合いになる気がない。確かにそれもあるが、それだけで相手の名を聞かないわけではなかった。
レインはとても用心深く、特にライを連れている時ほど他者を簡単には信用しない。そしてたとえ契約を交わした相手であっても、万が一こちらを先程のような賞金稼ぎなどに売り渡そうとする素振りを見せれば、その場で命を奪うことも念頭に置いていた。
だがいくら身を守るためだと言っても、なにも感じないわけではない。もしそういう事態に陥った時、相手と親しくなりすぎて酒を酌み交わしたり、名前など素性まで知ってしまえば、いざという時に躊躇ってしまうかもしれない。そう恐れてもいたのだ。
「…俺が信用出来なければ、この森を抜けた後で契約を解除して貰ってもいい。途中で放り出されたからと言って、賞金稼ぎなどに俺達を売りさえしなければ、危害を加えたりもしないから安心しろ。」
「おいおい止してくれ、そんな気はねえよ。あんたの腕は買っているし、もちろん信用もしてる。逆に親しくなれなくて残念だと思ってるんだ。坊主は可愛いし、報酬は道中の魔物から獲れる戦利品だけでいいと来た。おかげで今回の旅じゃ荷運びの報酬が丸々稼ぎになる。あんたには本当に感謝してるよ。」
男の言葉にレインはただ一言“そうか”とだけ答えた。
その日の夜は森の出口まで後もう少し、と言うところでライとレインだけ街道を少し外れた野営地で休むことにした。
「なんだってこんな所で?もう少し行きゃあ安全で、ゆっくりできる旅籠屋があるってのに…」
理由がわからず、男が首を捻る。
「いや、今日の所はここでいいんだ。あんたは遠慮せず先に森から出て、街道沿いの宿で休んでくれ。明日の朝、時間までには合流する。」
「…そうか?まああんたがそう言うなら…わかった、気を付けてくれよ?頼りにしてるんだからな。」
「…ああ。」
ライとレインを野営地に置いて、幌馬車を操り男は森の出口へと去って行く。
「おと…レイン、どうしておじさんと一緒じゃなくておれたちは野営なの?」
具沢山のスープを食べながらライが不思議そうに尋ねる。
「悪いな、ライ。今夜はここで我慢してくれ。今テントを用意するから。」
食事を済ませるとレインはすぐにテントを設営し、ライが眠れるよう無限収納からテント用の布団を出して用意した。
その後でライが眠ったのをきちんと確認すると、自分はテントに入らず、焚き火の前で地面に布を敷いて横になる。
ひゅるんっ
『…レイン、来てるよ。昼の奴らだ。』
ネビュラが姿を現し、レインに声を掛ける。
「ああ、予想通りだな。…やはり気付かれたか。ネビュラはライを頼む。」
『うん、任せて。まあレインなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね。』
シュンッ
そう言ってネビュラが姿を消すと、ライが眠っているテントが結界障壁で隠され、周囲から一切見えなくなった。これでライに危害は及ばない。
――7…9…12全部で12人か。結構な数を連れて来たな。
レインは寝たふりをし、地面に横になったままこちらに近付いてくる足音で、その数を数える。
気配が周囲を囲み、かなり近くなったところで、レインは小さく呟くように呪文を唱えた。
「――『イヴァネスコ・プロクス<消えよ炎>』」
フッ…
焚き火の火が一瞬で消え、辺りが暗闇に包まれる。
「くそ、気付かれたぞ!!逃がすな!!」
ザザザッ
さすがに敵も慣れたものだった。焚き火の火が消えて完全に真っ暗になったにも関わらず、慌てず慎重に包囲していたレインに襲いかかろうとした。だが――
「『スピーナ・ディアペルノ<荊よ貫け>』」
ヒュッ…ドスドスドスッ…ドドドドッ
真っ暗闇の中なにかが次々と貫かれる音と、周囲にいた何者か達のギャッ、ぐえっ、があっ、と言う短い悲鳴がそこかしこから響き渡った。
そして静寂が訪れると再びレインが焚き火に火をつける。
「『イグニーツィオ<点火しろ>』」
ボボンッ…ゴッ…
最初の焚き火よりも遙かに激しい炎がレインの周囲一帯を明るく照らし出す。
月明かりさえなかった森の中、真の暗闇でレインに襲いかかろうとした12人もの何者か達は、全員その手足を蔓荊で貫かれ、一切の身動きを取れなくされていた。
「――やはりおまえ達か。昼に会った時すぐに襲って来なかったのは、仲間を集めるためだったんだな。」
そう言って冷たい瞳で見るレインの正面には、両手に双斤斧を持ったまま蔓荊に拘束されている、昼に会ったあの賞金稼ぎの男がいた。
「レ…レインフォルス・ブラッドホーク…!くそ、…まさかここまでの野郎とは…!!」
「か、頭ぁっ!!いてえ、いてえよっ!!」
「た、助けてくれえ、動けねえっ!!」
周囲の12人もの賞金稼ぎ達は、呻き声を上げながら助けを求める。
「おまえ達の依頼主は誰だ?言え。誰に頼まれて俺を探していた?」
レインは静かに立ち上がり、髭面男に近付く。
「へっ、誰とかじゃねえ、プラエミウムで俺達賞金稼ぎ全員に、てめえの捕獲依頼が出てるんだよ。生きて捕まえりゃあ五千万Gまで出すってな。」
「五千万…!?」
これにはレインもさすがに驚いた。あまりにも高額で信じられない金額だったからだ。
「それだけあれば一生遊んで暮らせるほどの大金だ。今じゃこのラ・カーナ中で賞金稼ぎがてめえを血眼になって探し回ってるぜ?そこまでは知らなかったのかよ。ハハハッ。」
――それはこの連中を消したくらいでどうにかなる問題ではなかった。この髭面男が言う通り、どこへ行っても賞金稼ぎが追いかけ回してくるだろう。このままでは到底ヘズルになど辿り着けない。
「――そうか、それならプラエミウムという組織そのものを消滅させるしかないな。」
レインが恐ろしいほどの怒りの闘気を身に纏った。
賞金稼ぎ達はその凄まじい漆黒の闘気に恐れおののき、恐怖でガタガタと震え出す。
「て…てめえ、なんだその化け物染みた闘気は…!?」
あまりの恐怖に髭面の男は失禁していた。
「情報をくれた礼に、おまえ達は生かして逃がしてやろう。手足の傷も治癒魔法で治してやる。但し、この森の奥地にあるラプトゥルの巣に転移させ放り出す。」
「ひいいっ!!」
「ラ、ラプトゥルだって!?や、やめてくれっ、俺達は守護者じゃねえんだ、魔物なんかとまともに戦えねえっっ!!」
「やめろった、頼む助けてくれえっっ!!」
レインの言葉に口々に男達は騒いで叫び出す。
「その上で命があり、生きて帰れたら二度と俺を狙おうなどと思わないことだな。もしもまた俺の前に現れたら、次は一瞬で殺す。覚えておけ。」
「よ、よせっやめろ、俺らが悪かったっ!!頼むから…っっ!!」
賞金稼ぎ達がいくら泣こうと喚こうと、状況が変わることはなかった。
「『スピーナ・リーベルタス<荊よ解放せよ>傷を癒やせ、『エリアヒール』『ウォラーレ・メタスタシス・デスティネーション<転移せよ、飛ばせ目的の地へ>』」
レインの魔法が次々と発動し、彼らは一瞬でその場からかき消された。
ひゅるんっ
『あはははは、馬鹿な人間達だなぁ、レインを本気で怒らせるなんてさ。でも傷を治した上に生かして逃がすなんて、ちょっと優しすぎない?何人かは生き延びそうだよ?』
ネビュラが現れケラケラと笑う。
「生きて帰れば俺に手を出したことを後悔し、周囲に忠告もするだろう。それでも俺に向かってくる者はまた消すしかない。…俺の日常はこんなことばかりで、もううんざりだ。」
レインはネビュラに背を向け、拳を握りしめて呟く。
『うんざり、か。その気持ちはわからなくもないけどね。…でもそれでも、キミにはライがいるじゃないか。なにもかも失ったぼくのマスターと違ってさ。』
「っ…!!」
ネビュラの言葉にレインの顔色が一瞬で真っ青になり、酷く動揺する。
『――ごめん、今のは忘れてよ。それより、プラエミウムとか言うのをなんとかしないとね。…行くんでしょ?ヘズルに。』
ネビュラはひゅるっと飛んで、レインの肩にちょこんと腰を下ろした。
「…ああ。」
『もう少し先はあるけど、ライのためだもん、頑張ろう?レイン。』
そう言ってネビュラはレインの頬に顔を擦り寄せ、気を沈ませる彼を励まし、慰めて言うのだった。
本編序盤つまらなくてすみません…ある程度話が進んだら少しずつ直そうと思っています。良かったら
本編もよろしくお願いします。