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夜8時ごろ、俺は家に帰ってきた。一人暮らしのワンルームはベッドとテレビ、最低限の家具しかない。
物が沢山あるのは好きじゃない。物があれば散らかる。散らかった部屋はストレスが溜まる。
シャワーを浴びながら、今日の夕方お茶した子の事を思い返していた。
彼女の名前はリエだった。角一がやってた携帯ゲームの子と名前が似てる。
夕方、街を一緒に歩いて、カフェでお茶して別れた。何の話をしたか覚えてないのに、じゃあね、と言った時のリエの表情は、はっきりと思い出せる。首を少し傾げ眉を下げた、困ったような、何かを期待しているような顔。
同じような女の子の顔を俺はこれまで何回も見てきた。自分の可愛さに自信があるんだろう。お茶する以上の関係に進める自信があるんだろう。俺から今後の進展を感じる言葉を貰える自信があるんだろう。
リエは今日、本当に楽しかったのだろうか。何の話をしたか覚えてないのは、少なくとも俺はリエとの会話が面白くなかったからだと思う。リエはずっと自分の話をしていて、俺はずっと相槌を打っていた。何となく覚えているのは、この前彼氏と別れた、みたいな話。全然リードしてくれない、男らしくない、自分はもう何とも思っていないのに、向こうは自分に未練がある、みたいな話だったと思う。
街を一緒に歩いている時、リエが男連れの友達を見つけ、声を掛けた場面があった。
声を掛けてすぐ、リエはさり気無く俺の方へ体を寄せてきた。
声を掛けられた女の子はリエと同じ位可愛いかったが、連れている男の見た目は完全に俺の方が良かった。
その子はチラチラと俺を見て羨まし気な顔をしていて、リエは友達と話している間、上機嫌で自慢気だった。
誘われたからお茶したけど、もうリエとは遊ばない。リエと付き合いたいわけじゃない。これ以上関係を深めると、ややこしくなりそう。
俺はリエの表情に気付かなかったフリをして、できるだけ爽やかな笑顔を貼り付けて去った。
可愛いだけの子はいくらでも居る。
遊ぶ子は他に居るし、同じような子はいくらでも寄って来る。
髪を拭きながらリビングへ戻る。ふと、目に止まった黒いゴーグル。
引っ越してすぐ、テレビとセットで買ったVRゴーグルだ。映画を見る時に数回付けたくらいの代物で、もうそろそろ捨てようかと思ってた。
手に取った瞬間、今日の角一の言葉を思い出す。
『なんだかつまらなさそうに見えるから』
ーーーーー…ゲーム。所詮仮想の世界だろうが。
捨てる前に、やってやろうじゃないか。マジファンΣ。やってみて、現実の、俺の世界の方が面白いって証明してやろうじゃないか。