消える、夢
ああ、これは、夢だ。
夢の中で、自覚した。
自分の横にいるのは、人気のユーチューバーだ。
会ったことはないけれど、毎日見かける顔だ。
毎日見かけると言っても、スマホの向こう側に、見かける程度だ。
実際に会ったことが無いから、どんな人なのかはわからない。
実際に会ったことが無いから、どれくらいの大きさなのかはわからない。
実際に会って話をしたことが無いから、どんな人なのかはわからない。
実際に会って話をしたことが無いから、どれくらい話が盛り上がるのかはわからない。
だというのに。
やけに盛り上がるユーチューバーの横で、自分もやけに盛り上がっている。
やけに盛り上がるユーチューバーの横で、自分がやけにはしゃいでいる。
それはまるで、旧知の知人のように。
それはまるで、家族のように。
それはまるで、長年の無二の親友のように。
話題をかっさらう、人気のスポットに共に向かい、うまいものを食べながら、たわいもない話をして盛り上がり。
話題をかっさらう、人気のスポットに共に向かい、目につくものを絶賛したり、ディスったり。
話題をかっさらう、人気のスポットに共に向かい、楽しく時間を過ごし、充足感に浸り。
ずいぶん、間の良い会話をしている。
ずいぶん、仲の良い会話をしている。
ずいぶん、キレの良い会話をしている。
ずいぶん、心地の良い会話をしている。
自分と一緒に遊んでくれる、仲の良いユーチューバー。
自分と一緒に話してくれる、仲の良いユーチューバー。
自分と一緒に過ごしてくれる、仲の良いユーチューバー。
一緒に笑い合って。
一緒に軽口を叩いて。
ああ、自分はこんなにも、ユーチューバーと仲がいい。
・・・これは、夢だ。
・・・夢だと、自覚してしまったじゃないか。
目の前の、ユーチューバーが自分に微笑む。
目の前の、ユーチューバーが何かを言っている。
ユーチューバーが、何を言っているのかはわからない。
けれど、自分は、ユーチューバーが何を言っているのか、理解している。
なにを言っているのかわからないけれど、自分は喜んでいる。
なにを言っているのかわからないけれど、自分は楽しんでいる。
なにを言っているのかわからないけれど、自分は満足している。
・・・ああ、間もなく、夢が、さめる。
・・・夢から覚めてしまえば、自分は、もう。
頭が、醒めてしまった。
目は、覚めてしまったのだ。
楽しかった時間が、揮発してゆく。
ユーチューバーとの楽しい時間が、消えてゆく。
夢の欠片が、消えてしまう。
仲の良いユーチューバーが、消えてしまう。
現実のユーチューバーは、自分のことなど全く知らない。
現実の自分は、ユーチューバーのことなど映像でしか知らない。
自分の知る、ユーチューバーが消えてしまう。
目を閉じ、夢を、追ってみる。
目を閉じ、夢を、逃さぬよう。
目を閉じ、夢を、求める。
ああ。
もう一度。
ユーチューバーと。
自分が、夢に落ちてゆくのを、自覚した。
二度寝に、成功したのだ。
ついつい、夢を追ってしまうな。
ついつい、夢に逃げてしまうな。
ついつい、夢を求めてしまうな。
ああ、これは、夢だ。
夢の中で、自覚できた。
あとは、自分の思うままに。
さあ、楽しい世界の幕開けだ。
夢の中は、友達でいっぱいだ。
なにを言っているのかわからないが、とにかく楽しく会話をしている。
夢の中は友達でいっぱいだ。
なにが楽しいのかわからないが、とにかくみんなで笑っている。
夢の中は友達でいっぱいだ。
夢の中は友達でいっぱいだ。
夢の中は友達でいっぱいだ。
もう起きる気など微塵もわかない。
夢の中ではこんなにも自分は、楽しく過ごせるというのに。
夢の中ではこんなにも自分は、言葉を口にすることができるというのに。
夢の中ではこんなにも自分は、孤独ではないというのに。
目を開いて、夢が消えてしまえば、現実しか見えなくなってしまう。
誰とも会話しない毎日。
誰とも心を通わせない毎日。
誰とも目を合わせない毎日。
誰も自分のことなど知らない世界。
誰の事も知りたいと思えない世界。
ああ、つまらない世界などいっそ閉じてしまえばいい。
つまらない世界など、閉じてしまえばいい。
世界など、閉じればいい。
・・・これは、夢だ。
・・・夢だと、自覚してしまったじゃないか。
まずい、自覚する夢は、実に素直で安直で。
まずい、楽しかった夢が揮発してゆく。
まずい、つまらない現実が広がってゆく。
まずい、まずい、まずい、まずい・・・。
・・・ああ、間もなく、夢が、さめる。
・・・夢から覚めてしまえば、自分は、もう。
頭が、醒めてしまった。
目は、覚めてしまったのだ。
夢が、揮発してゆく。
夢が、消えてゆく。
夢が、消えてしまう。
夢が。
夢が。
「ちょっと!!!いつまで寝てんの!!!」
クッソ寒い時期だというのに、いきなり布団を引っぺがされた俺は、寒さに震えあがって一気に目が覚めた。
…なんか変な夢を見ていた気がする。
…楽しかったような。
…つまらなかったような。
…一瞬で消えたな、夢の記憶が。
…俺は何を見たんだろう??
「もうお昼だよ!!二時から大食いユーチューバーのイベント見に行くって言ってたじゃん!!間に合わなくなるよ!!!」
「ヤベ!!!マジか!!!」
夢の事より、現実だ!!!!!!
大慌てでラインを流す。
―――寝坊した、場所取りよろ!
次々に返事が流れてくる。
―――おけ
―――帰り牛丼奢れし!
―――歯磨きくらいして来いよ
俺は返事を流して。
―――マジみんな愛してるぶちゅ―!
次々に返事が流れてくる。
―――おえ
―――帰りサーロインステーキ奢れし!
―――唇潤して来いよ
相変わらずテンポのいい奴らだ。
俺はいつもの熱烈なハグをかますことを心に決めて、大急ぎで、出かける準備を始めた。
「ねえねえ、この人?今日見に行くの。」
スニーカーの紐を結び始めた俺に、かーちゃんがスマホ画面を見せてくる。
…同年代の、やけに歯の白い、イケメン男。
…どこか親近感のある、イケメン男。
「ああ。そうだよ、くいっぷり見てくるわ!!」
…なんだろう、この、デジャブ。
…なんだろう、やけに。
…なんだろう?
・・・まあ、いっか。
俺は玄関のドアを開け。
真冬の、冷たい空気を吸い込んだ。
すっきり目覚めた朝は、気持ちがいいな!!!
今日も一日、楽しもう!
俺は騒がしい世界へと、駆け出した。
現実が一番満たされていたりしないでもないらしい!




