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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

49日の終わりに。

作者: ほとり

 暑さが残る夏の終わり、日が傾き始めヒグラシがカナカナと鳴き始めた。

 男は額から流れた汗を手で拭い、一人コツコツとアパートの階段を上がり、自室に向かった。


 片手に持ったビニール袋が時折壁にぶつかると中の缶同士がぶつかり合い、音が通路に木霊する。


 この男の名は、阿波島 隆(32)


 目元には、クマができ、褐色の悪い顔立ちをした男は、一室に向かって小走りに歩いていた。


 何かに怯えるように後ろを振り返ること数度、やっとのことたどり着いた3階の一室の前で、手慣れた手つきで鍵を取り出し、鍵をあける。


 ドアノブを捻る際、ワイシャツが汗でべっとり貼りつくとその視線に気がついた。


 歩いてきた通路の先。階段昇降部の日陰に目を向けるとそれはいた。


 人の形をした化けものが立っている。薄茶色に汚れた布地を羽織ったそれは、風になびかれるでもなく、長く縮れた髪の毛を漂わせる。

 時折下ろされた髪の間から見える眼が恨めしく睨んでいた。


 慌てて、ドアをあける。身を投じてドアを閉めた。


 鍵をかけると同時にドアノブが、ガチャつガチャっガチャッガチャとひねられた。


 男はゆっくりと下がり、玄関のヘリに足がかかると地べたに腰から崩れ落ちた。そして、身を縮めて震えだす。


「あっ、あと2日、もう、限界だ。もうたくさんだ」


ーーあと2日耐え凌げば解放される。この地獄から元の生活に戻れるんだ。


 あいつは亡くなった。亡くなってから付き纏われるようになってあと2日で49日。それを過ぎればこの悪夢も終わるだろう。


 薄暗く冷えた廊下に一人うずくまると部屋の四方から何かが這いずり回る音が聞こえる。


 男は、肩を抱き合わせ、歯をカチカチと鳴らすと涙を垂れ流す。置き時計の短針は5、長針は49を指していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 若くに他界した妻の葬儀が執り行われることとなった。会場内に木魚が鳴り響き、念仏の唱える声が聞こえる。


 妻の葬式の最中に参列者の席からヒソヒソと声が聞こえた。


ーー奥さん自殺したなんて。

ーーいい奥さんだったのにどうして?

ーー隆さんの浮気じゃない?

ーー大層なこと言うな、仏さんの前で


 カズミの親戚の声が聞こえる。どれも有らぬ疑いをかけられたものばかりだ。


 葬式が終わると1人の坊主が歩み寄り、一人でに呟いた。


「これから、49日が過ぎるまで夜の外出はおやめなさい。」


「貴方には、悪いものが取り憑いたようだ。それは、時間だけが解決してくれます。」


「奥様は、現世にとても未練があるようです。49日が経てばそれも潰えるでしょう」


ーー訳がわからない


 結婚して早数年、お互いに手を取り合い、助け合いながら暮らしてきた。


 近所ではおしどり夫婦とまで言われていたのに、棺の中を覗き込む、あの薄汚れた婆さんをカズミに会わしてから、歯車は突如狂い始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 いつも仕事帰りに立ち寄る駅のホームに婆さんは立っていた。誰からも気に止められることのない空虚な存在として佇んでいた。


 電車がホームに近づくとそれを濁った目で追っていたる。自分の乗る電車であったため、乗り込むとホーム側の席に座る。ふと気づくと婆さんは目の前に立っていた。


 席はどこも空いてないようで、自分が婆さんに座席を譲っても彼女は座らなかった。そうこうしている内に他の人に席を奪われた。


 座席を譲る際に話しかけたことで、次の日から向こうから話しかけるようになった。


 どうやら、身寄りがないらしい。それがなんだか無性に悲しく感じて家に招き入れた。


 家に招き入れたのを良く思わなかったのかカズミは、婆さんの話になると顔を顰めた。


「貴方、何いってるの。お婆さんなんてーーー」


 それからというもの婆さんは毎日訪ねるようになるとカズミは部屋に引きこもるようになった。


 気が触れたかのように、死に執着する様になっていった。


 そんなカズミを尻目に毎朝自分は仕事に出掛けるのであった、


 カズミがアパートから飛び降りたあの日、婆さんはニタリと笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 パッと目が覚めた。自分は足を抱えて眠っていたらしい。身体を起こすとグーンと背伸びをする。


 散らかったコンビニ弁当の容器と缶を踏み越えるとリビングに置いてある置き時計の時刻は、6時30分を指していた。


 久しぶりによく眠れたようで、身体が軽く感じられる。

 ふと昔の事を思い出す。朝が弱い自分とは裏腹にカズミは朝からよく働いてくれた。


 幸せだった当時の情景が目に浮かぶ。ちょうどこの時刻はカズミがベランダで洗濯を干していた。遅れて起きてきた自分に「お寝坊さん」なんてよくいっていた。


 唐突に男はベランダへと向かった。そこに妻がいるように感じられたから。外が見えないように窓一面に張り巡らせた新聞紙を破り捨て、開かないように貼ったガムテープを剥がすとベランダに出た。


 男は、我にかえると青ざめた。男が見たのは辺り一面の闇である。時刻は夕方の6時半。なぜーー。


 男の肩に重みが掛かる。男が視線を向けると、そこには顔の潰れたカズミの姿があった。


 恐怖のあまりに塀を乗り越える。視界がグラリと反転すると風切り音が聞こえた。


 暗闇の中で男が最後に目にしたのは、こちらをニタリと笑う2人の姿であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 近所のアパートで、飛び降り自殺があって2週間。公園の砂場で遊ぶ男の子は、木陰のベンチに腰掛ける男に気がついた。

 手には、膨らみのあるビニール袋をぶら下げ俯いているようだ。


 気になって眺めているとご近所さんと話していたお母さんがやってきた。


「お利口に待ったたね!帰ろうか!」


「うん!」


 お母さんに手を引かれ、公園の出口に向かうとき、気になって振り返ると男の濁った瞳と目があったーーー。


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