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②150/1000

 家の最寄り駅である立川駅に向かう。

 道中もスマホをチェックするが、やはり通信速度は上がらない。


 絶対、キャリア側の問題だろ。

 結構な大事おおごとになってると思うけど……。

 こういう時のためにテレビ買っておけば良かったかな。くそ。


 イライラしながら立川駅についた。

 オートチェッカーを通過しようとしたその時――


『ビービービー!!』


 警報が鳴る。

 周りのみんなが俺に注目している。


 な、なんだよ…………。

 でもおかしいな……、俺以外の人はみんなスイスイと通過していく。

 いつもと変わらない日常なのに、俺だけ取り残されたかのような気分だ。

 確実に通信速度のせいだ。モバイルSUIKAが利用できない。


 だがおかしい……見た感じ、慌てているのは俺だけだ。キャリアの不具合じゃないのか?

 くそ。一旦スマホショップに持っていこう。


 インターンの会社に連絡したいけどスマホがこの状態じゃどうしようもない。

 緊急事態だし、後でちゃんと話せば大丈夫だろう。


**


 マップも使えないので、どうにか記憶を頼りにリフトバンクショップに向かった。


「す、すいません! スマホの調子がおかしいんです!」


「左様でございますか。それではお客様の情報を入力いただけますか」


「は、はい」


 面倒だけど、急いで端末番号やパスワードを入力した。


一宮いちのみや亮太りょうた様ですね」


「は、はい。キャリアのトラブルじゃないんですかね?」


「現在トラブルは発生しておりません。端末の不具合かもしれませんのでお待ちください」


 担当のお姉さんは、俺の焦燥感を無視するように極めて事務的に仕事をこなす。

 少し眉間に皺を寄せた事に俺は少し不安になった。


「……端末にトラブルはございませんね。ですが……その……」


「な、なんですか?」


「通信規制状態になっておりますね」


「通信規制?? なんで?」


「も、申し上げ難いのですが……お客様のスコアが低いためでございます」


 俺はお姉さんの言葉が理解できず、「は?」と声を漏らす。


「す、スコアってLIMEスコアですか?」


「左様でございます」


「いやいや、590ですよ?」


「いえ……150でございます」


「は? はは、150!? 馬鹿な! トラブルですよそれ!」


「そう言われましても……」


「だ、だって150なんて……」


 五年前に使い始めたタイミングだって350からスタートだった。

 『初めの選択肢はコレでOK』とかいマニュアルを見ながら、友達と一緒に初回登録をやった。

 その時はみんな350だった。鮮明に覚えている。


「ど、どうにかしてくださいよ!」


「す、スコアに関してはこちらでは何もできません」


「絶対おかしいですよ!? それにひゃ、150だからってなんで通信規制かかるんですか!!?」


 お姉さんも困った顔をしているが、困っているのは俺だ。

 自然と声を荒げてしまう。


「なんとかしてよ! 絶対何かの間違いなんだ! 昨日は590だったんだ!」


「お、お客様、お静かに」


「静かにしてられないよ! で、電車にも乗れないんだよ!」


 その時――


「お客様」


 お姉さんの後ろに、明らかに偉い立場の男が立っていた。

 その男からは全く謝罪の意思は感じられず、むしろ少し高圧的な態度だ。


「他のお客様もいらっしゃいますのでお静かに。

 後、経緯をお話ししますので奥にどうぞ」


「あ……はい」


 俺は連れられるまま別室、というか従業員用の控室みたいな部屋に通された。


「こんな場所ですまないね」


「い、いえ」


「私は店長の牛島です」


「い、一宮です」


「うん、一宮()ね」


 客に対して君付けかよ、と思いつつもスルーした。


「えっとね。まずLIMEスコアがいきなり下がったらしいね」


「そ、そうなんです!」


「だけどそれはウチとは関係ないことだよね? LIMEスコアはLIMEの管轄だ」


「い、いや、そうですけど」


「だからLIMEに聞いてくれ。話としては以上だ」


 お、終わり?


「ちょ、ちょっと待てよ! だからって通信制限は無いだろ!?」


 牛島はタブレットを操作し、画面を俺に見せた。


「契約事項に、『弊社が危険と判断した際は、通信の制限または遮断を行う事が出来る』とある。

 よって、本行動は契約に準じた行動となる」


「う、嘘でしょ」


「本当だ。いきなりスコアが急激に下がったから危険と判断したんだろう。

 ちなみにこのことに関して、ウチのどこに問い合わせても無駄だよ。

 スコアを回復させないことにはね」


 頭の中が真っ白になる。


「で、でも通信規制がかかってるとLIMEに連絡も出来ないじゃないですか!」


「そう言われてもね。

 まあ直接行くか……公衆電話を使うしかないんじゃないかな」


「こ、公衆電話……」


 そんなもの……見たことはあるが記憶にない。


 牛島は紙に何かを書いて俺に手渡した。


「これがLIMEのお問合せ窓口の番号だ。調べるのも大変だろうからね」


「え……あ……え?」


「話は以上だ。お帰りください」


「え、あ、い、いやいや!」


 牛島は目つきを鋭くし――


「帰ったほうがいい。でないと不退去罪として警察を呼ぶことになる。

 これ以上……スコアが下がるのは嫌だろう?」


 俺は、手渡された紙を握りしめて、帰るしかなかった。


**


 インターンの会社に連絡をしたかった。

 無断欠勤するような奴だと思われたくなかったし。

 だけど、俺には連絡方法が無い。場所も新宿だから歩いていくのは流石に無理だ。


 まずはとにかくLIMEに連絡しなければ。

 俺は一度も使ったことの無い、公衆電話を探した。


 俺の住んでる立川は結構大きい街だから公衆電話はあるはずだ。

 だけど記憶に無い。


 こういう時、警察に聞けばよかったんだろうけど、そこまで俺の頭は回らなかった。

 歩き続けること一時間。やっと駅の近くで公衆電話見つけた。


「わかんねえよこんな場所にあっても……」


 悪態をつき、公衆電話ボックスの中に入る。

 なんだろうか……滅茶苦茶見られている気がする。公衆電話を使うやつなんて俺だって見たことない。

 後、密閉空間だから暑い。首がねっとりしている。


 受話器をとり――ボタンを押す。

 反応が無い。


 あれ? どうやって使うんだろうか?

 公衆電話ってのは昔のドラマで見たことがあるぐらいだ。

 使い方がわからない。使い方をググることもできない。


 どうやってPAYすればいいんだ?

 俺は公衆電話を舐めるように見つめる。何か課金方法が記載されているはずだ。


 何かカードを入れるような場所がある。

 クレジットカードの読み込みだろうか? 残念ながらクレジットカードは持ち歩いていない。


 後は……【10】と【100】と書かれた穴がある。


「これって……まさか硬貨入れるのか!?」


 信じられないが、直接硬貨を入れる仕組みらしい。

 だが……こ、硬貨なんて持っていない。


 硬貨や紙幣なんて生まれてから使ったことが殆ど無い。

 電子マネー以外使うことなんてないからだ。


「や……やばい」


 俺は硬貨を手に入れなければならなくなった。



**


 【硬貨を手に入れる方法】をググりたい。

 とりあえず飲み物を買おう。少し腹も減ったし。


 コンビニに入り、コーラとおにぎりをピックアップし、自動会計を行う。


『330円です』


 機械的な音声を聞き、俺はタッチ会計を行う。


『もう一度タッチしてください』

『もう一度タッチしてください』

『もう一度タッチしてください』

『もう一度タッチしてください』

『もう一度タッチしてください』


 何度やっても会計は進まない。


「……あっ」


 そうか……PAYも使えないのか。だめだ頭が回っていない。

 で、でも、スコアが下がったとしてもPAYは関係ないはずだろ!?


「くそ……」


 PAYのアプリを開くが……『情報を取得しています――』の画面から一向に変化が無い。


「くそ……くそ……くそ……」


 自動会計機の前で地団太を踏んでいる俺を、他の客は訝しい目で見ている。

 そして――


『係りの者が参ります、そのまましばらくお待ちください』


 とメッセージが聞こえ――

 俺は……逃げた。


**


 公園に座り……逃げた自分を思い出し自己嫌悪に陥った。

 何逃げてんだよ俺は……。


 だが事態はかなり深刻だ。

 PAYが使えないってことは……一切買い物が出来ず、そして電車にも乗れない。

 出来ることが殆ど無い。


「ハア……」


 スマホを見ると時計だけはしっかり動いている。

 時刻は13時半。【7/1 Tue】と書いてある。


「最悪の七月だな……」


 心身ともに疲れた。


「今日は……帰ろう」


 俺は家に帰り、冷蔵庫にあった少しの食料を貪り、ただ眠った。


**


「うお……あちい」


 昨日を繰り返しているかのように、暑さで目を覚ました。

 また冷房が止まっているようだ。


「くっそ……」


 アレクシが使えないので、リモコンに再度手を伸ばす。

 だがクーラーは反応しない。


「あ? マジ? 壊れた?」


 七月にクーラーが壊れるなんて地獄だ。

 なんなんだ。今年はスーパー厄年なのか?


 仕方がないので、冷蔵庫から水を取り出し飲むことにした。

 だが――


「え!?」


 冷蔵庫の中が真っ暗だ。なんとか冷気を持続させているが……このままだとただの箱になる。


「おいおいおい!」


 停電だ。周囲を見渡せば、全ての電化製品のライトが消え真っ暗闇だ。

 スマホの電気だけが光っている。


 嘘だろ嘘だろ。泣きっ面に蜂なんてレベルじゃないぜ。

 泣きっ面を蜂の巣に突っ込むぐらいの不幸続き。


 頭を抱える俺。だが――

 奇妙な事に気が付いた。


 俺は恐る恐るベランダに向かう。

 外からの明かりが見えるからだ。


 月明りだろ?


 と願うようにカーテンを開くと……


 向かいの家は煌々と輝いていた。


「は、はは」


 いや、向かい側とこちらは区画が違う!


 俺の住んでる区画が――! あ あ あ あ あ あ!


 同じマンションの隣の部屋から明かりが漏れていることを発見し、俺は気付いたのだ。


「電気が止まった……」


 悪夢は終わらない。


**


 通信が止まり電気が止まった。

 電気が止まった理由がわからない。

 電気も……LIMEスコアで止まる? ば、馬鹿な。


 どうすればいい。

 電気が止まったらどうすればいいんだ?

 いやそもそもLIMEに連絡しないと。 あ~、硬貨。硬貨はどうすればいい?


 ググらせろよ! ググラセロ!


「うううぅうぅぅぅ! くっそおおお!!」


 床を思いっきり叩くと痛い。

 でもその痛みが心地よい。

 やりきれない思いを少しでも発散出来た気がするのだ。


 とりあえず汗ばんだ服を着替え、少し外を回ることにした。

 歩いていれば何か良いアイディアを思いつくかもしれない。

 もしかしたら停電かもしれないのだし。


**


 家の周囲をブラブラして、俺と同じように停電になっている場所を探す。

 だがそんな家は無さそうだ。

 というか深夜なので、消灯しているのか停電しているのか判断が出来ない。

 正常な思考ではないことを体感する。


 とりあえず……戻ろう。


 エントランスに戻り、スマホを使い開錠しようとした。


 ――開かない。

 おかしいな、さっきまでは使えたのに。


 暗証番号を使い、開錠試みる。

 ――開かない。


「あれ……?」


 スマホと暗証番号をリトリイし続けること10回以上。

 どうやっても開けることは出来なかった。


 俺は家を失った。


**


 どうしようもない。俺はどうすればいいんだろうか。


 硬貨は無い。電話も使えない。LIMEに連絡が出来ない。

 そもそもスマホは時計としてしか利用できない。

 電池は二日はもつだろうけど。


 家には戻れない。

 PAYが使えないので何も買えない。


 孤独。

 心が締めつけられているようだ。

 逃げ場が……無い。



 誰かに会いたい。

 俺を俺だと認識してくれる誰かに。


 そう考えて、まず思い出したのは両親だ。

 兵庫に住んでいる両親にどうにか連絡をとりたい。

 だけどスマホの通話は使えないし、行くことなんてもっと出来ない。


 ああ、ミホに連絡しないと。

 次のデートどこにするか決めてなかった。

 土曜日までに連絡出来るようになるのだろうか……。

 LIMEスコアは何かの間違いに決まっているんだ、どうにかなるはず。


「そう……か、学校か」


 学校に行けばミホにも会える。

 今日は水曜日だ。トモタケだって10時には学校にくるはずだ。

 他にも俺の知り合いはたくさんいる。

 学校に行けばいいんだ。



 家から学校のある吉祥寺まで歩いていけるだろうか?

 立川から吉祥寺までは中央線で一本だ。どうにかなるだろう。

 時刻は午前5時。周りも明るくなってきている。


 暑くなる前に行こう。学校へ。


**


 学校は遠かった。

 電車を使えば40分程度で到着するが、歩くとかなりしんどい。

 水分が欲しくなり、小学生以来だが公園の水道で水を飲んだ。

 美味いが少し泣けてくる。


 腹も減ってきて足取りは重くなる。


 だがなんとか国分寺駅についた。

 吉祥寺まではあと四駅。


**


 大通りは避けた。服装が殆ど寝間着だからだ。

 あと何故か罪悪感に近い感情がある。LIMEスコアが低いだけなのに罪悪感。

 信用スコアを失ったことで、本当に社会から信用されない人間になってしまったかのようだ。

 

 俺は何もしていないってのに。




 歩く事五時間。

 足取りは重かったし、気温も高くなった。

 それでも止まることなく少しでも歩いた。


「へへ、止まるが少ないで『あゆみ』なんだぜ……」


 早く…………誰でもいいから会いたい!

 俺を知っている誰か! そんな思いだけで歩いた。


 熱中症で倒れれたら、救急車で運んでくれるのになあ。

 そんなことを考えたが、俺の体は思ったより頑丈みたいだ。



「つ、ついた……!」


 成明大学の校門に辿り着いた。

 時間は11時だった。


「あ……あ……あ!」


 豪運だ。ちょうど学校の中にトモタケを見つけた。


「と、トモタケ!!」


 俺の叫び声はトモタケに伝わらなかった。


「トモタケ! トモタケ! トモタケ!!」


 枯れた声で叫ぶ声にトモタケは反応した。

 始めは誰だかわからなかったのだろう。戸惑っていた。

 こんな寝間着姿で髪もボサボサなんだ、仕方がないだろう。


 だけど、驚いたような声で「おおお~?」といい手を振ってくれる。

 俺を知っている奴がすぐ近くにいる。


 涙が出そうだった。だが――


『ビイイイイイ!!!』


 けたたましいブザーが鳴り、少なくない周囲の人間が硬直した。

 かなり騒めいている。な、なんだよ……。


 すぐさま警備の人間がやってきた。

 正門にこんなシステムがあるなんて知らないぞ。


「皆さん、すいませんね! 不審者チェッカーが作動しました。

 すいませんがスコア読取機リーダーで皆さんのスコアをチェックさせてください」


 俺は思いっきり狼狽えた。

 小声で「す、すこあ……」と反射的に呟いた。



 順番に皆、スコアがチェックされている。

 俺の番は……ゆっくりと近づいてくる。


 あのブザーは……俺が原因だ。

 低スコアのやつが侵入すると警告を鳴らすシステムがあると聞いた事がある。

 将来的に導入される噂は聞いていたが……。

 だけど学校にそんな仕組みが導入されているなんて聞いていない。聞いていない!


 俺は震えた。

 そして――


 トモタケをチラっと見て……警備の人が俺の事を見ていないことを確認し……。

 逃げた。



**


「ハアハア……」


 学校から走り去った俺は、人通りの少ない市街地でへたり込んだ。


 多分……俺が逃げたことはバレている。

 監視カメラかもしれないし、スキャンシステムかもしれない。

 なんらかのセキュリティシステムで俺だと特定されたはずだ。


「ううう……なんでこんなことに……」


 最善策がまったくわからない。動けば動くほど絡まっていく気分。

 まるで犯罪者じゃないか……。


「くそお……どうする」


 警察に行けばいいのだろうか? 何もしていないのに?

 「LIMEスコアが下がりました! 助けてくれ」とでも言えば保護されるだろうか?

 意味が解らない。行くにしても交番じゃだめだ。大きな警察署じゃなきゃただの不審者扱いになる。


 自分の家には入れない。学校もダメだ。

 誰か……友達の家? そんな友達は……いない。


「ははは……」


 自分の空虚な友人関係に虚しくなる。

 SNSでいくら繋がろうが、困ったときに頼れる友達一人もいない。

 違うな。SNSありき、スマホありきの生活だから、通信が遮断されるとどうしようもないのだ。


 いや……でもミホなら。

 ミホに会いに行こう。ミホの家なら知っている。

 ミホなら俺の事を信じてくれる。


 縋るような思いで、ミホの住む荻窪まで歩いた。



**


 電車でたった二駅なのにニ時間かかった。

 空腹で死にそうだし、炎天下の中歩いたためか頭痛もする。

 多分脱水症状だろう。


 ミホの住むマンションに到着し、まずいことを思い出す。

 ミホの家はAPSと呼ばれる事前に許可が無いと入れない仕組みになっている。

 LIMEで連絡しておけば、チケットを発行してくれるのだ。

 

 つまりインターホンが無い。そしてLIMEで連絡も出来ない。


 ミホの家が見える場所まで来た。

 だが俺は路地裏に隠れている。あわよくばミホが出てこないかと期待している。

 時刻は18時。まだ帰ってきてはいないと思う。いや……微妙な時間だ。


 石でも投げるか? 居住者にくっついて入る? 色々考えるがロクでもない事しか思いつかない。

 LIMEを起動してみるが……やっぱりだめだった。



 ミホの部屋は二階だ。


「は……ははは」


 排水管に足をかければどうにか登れるかもしれない。

 ボルダリングは得意だし。


「よし」


 俺は排水管に手をかけ、どうにか登れそうであることを確かめた。

 いける……。20秒もあれば……登れる。

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。


 一度手を放し、深呼吸をして――再度排水管に手をかけた。

 強く……強く握りしめたその時――


「やめておきな」


 俺はビクっとして手を離した。

 振り返ると思いもよらぬ人物がいた。


「せ、セレブ?」


「セレブ?」


「あ~いやいや」


 セレブ……というか俺たちが勝手に呼んでいるだけだから、セレブはセレブであってセレブではない。

 本名は……確か伊東だ。


「い、伊東……君?」


「どうも。君は……一宮君かな?」


「あ、ああ」


 俺はセレブと話なんかしたことが無い。

 だがセレブは俺の事を知っているらしい。


「今、この家に侵入しようとしただろう?」


「え……あ……そうだな」


「犯罪行為は見過ごせないね」


「う……すまん」


「ハア、泥棒にでも入ろうとしたのかい?」


「違う! ここはミホの……俺の彼女の部屋なんだ」


「ああ、なるほどね」


 普通に誰かと話せる。ちょっとだけ嬉しい。

 たとえ相手がセレブだとしてもだ。


「でも、なんでセ……伊東君がここにいるんだ?」


「君が大学の前から逃げたからさ」


「え、あ……え」


 なんでそんなことを知っているんだ。

 もう……広まったのか? 絶望……。


 やべえ……頭が痛くなってきた。


「大丈夫かい? 車を待たせてあるから中で涼むといい」


「え?」


「その様子だと……何も食べていないんじゃないのか? 顔色も悪い」


 なんで……そんなことまでわかるんだ?


「とにかく来なよ。大通りはすぐそこだから」


「あ、ああ」


 セレブについていき、ワゴンタイプの車に乗せてもらう。

 ありがたいことに飲み物と大量の食料が置いてあった。


「食べてていいから、少し待っててくれ」


「い、いいのか?」


「ごゆっくり」


 癪に障る言い方だが、これほどうれしい事は無い。

 火照った体に炭酸水が染み渡る。

 おにぎりも美味い。


 いけ好かないと思っていたセレブだが、こんなにいいやつだったなんてなあ。

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