挨拶
綺麗なお庭を通り過ぎて邸に入ると、この家の執事と思われるダンディーなイケメンおじさまが和かに出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ユリシュティ坊っちゃま」
「あぁ、ただいま戻った。ユージン、坊っちゃまはもうやめてくれと言ってるだろ」
顔を歪めて返事をするユリシュティを見ながら、このイケオジな執事さんはユージンという名なのか!と思っていた。
「ユリシュティ坊っちゃまがご結婚なされ、家長を継がれた暁には旦那様とお呼びいたします。この家の執事を務めております、ユージンと申します。ユリシュティ坊っちゃまをどうぞ宜しくお願い致します」
前半部分をユリシュティに向けて、後半部分はリュリアーナとレイフォードに向けて挨拶をしたユージンに、二人も挨拶をする。
「レイフォード・シュベルツァです。どうぞよろしく」
リュリアーナは兄に倣って淑女の礼をとって挨拶をする。
「妹のリュリアーナ・シュベルツァですわ。よろしくお願いしますね」
二人の挨拶を和かに聞いていたユージンは「ユリシュティ坊っちゃま、お客様をどちらにご案内いたしますか?」と聞く。
「あぁ、先に父様と母様に紹介したいのだがどちらにいらっしゃる?」
「それでしたら書斎にいらっしゃいますのでご案内いたします」
案内してくれるユージンの後を3人でついて歩く。
少し歩いたところで現れたドアの前で立ち止まった。
「こちらでございます。今の時間でしたらティータイムになさってると思いますよ」
ユージンがコンコンコン、とノックをすると「入れ」と声がかかり「先に伝えてきますのでお待ち下さい」とユージンが中に入っていった。
しばらくしてユージンが戻ってきて「それではどうぞ」とドアを開けてくれる。
「父様、母様、友人を紹介するよ」
「失礼します。シュベルツァ公爵家長男、レイフォード・シュベルツァと申します」
先ほどと同じように兄に倣って淑女の礼をとり、リュリアーナも挨拶をする。
「妹のリュリアーナ・シュベルツァと申します」
「初めまして。ユリシュティの父、魔王のラティスだ。こちらは妻のユーシェリア」
ユリシュティ様と同じ艶やかな黒髪に夜空のような瞳を持つ男性が立ち上がって挨拶をしてくれる。
隣の女性は、菖蒲の花のような綺麗な紫の髪に、珊瑚のような桃色の瞳を持つスレンダーな美人さん。
二人が並んでいるととても絵になる美男美女だ。
ユティ様はお父様であるラティス様似なのね!
素敵だわ!
「ユティはあまり友人がいないから、どうか仲良くしてやってほしい」とラティス様が声をかけてくれる。
「ラティス様とユーシェリア様にお願いがありますの!」
リュリアーナが姿勢を正し堂々と声を上げる。
レイフォードが止める間も無く・・・。
「ほう、なんだ?聞こう」
ラティス様の瞳が面白そうに輝く。
ユーシェリア様は変わらず微笑んでいる。
「ユリシュティ様をわたくしにくださいませ!」
ラティス、ユリシュティ、レイフォードの男性3人の声が重なる。
「「「は?」」」
ユーシェリア様は驚いた様子もなく「まぁ!素敵」と微笑んでいる。
「わたくし、ユリシュティ様に惚れましたの!どうか結婚をお許しくださいませ、ラティス様!ユーシェリア様!」
懇願するようにラティスとユーシェリアに頭を下げるリュリアーナ。
それを見て我に返ったレイフォードは「待てリュリアーナ。それはいくらなんでも」と止めに入る。
同じように驚きを隠せず固まっていたラティス様も我に返る。
「なんてことだ!ついに息子の良さをわかってくれる女の子が現れた!パパは嬉しい!リュリアーナ嬢は見る目があるな!」
我に返ったラティス様は、少しキャラが変わっていた・・・。
「あぁ!どうしようユーシェリア!とても嬉しい!だがユリシュティはまだ10歳だ!嫁に出すのは早いと思うんだ!もう少しパパと一緒にいてほしい!」
今世の魔王は、息子を溺愛する父親だった。
レイフォードとリュリアーナは驚きを隠せず、ユリシュティは額に手を当てうなだれている。
ユーシェリア様だけがまともな返事をする。
「ラティ、落ち着いて。ユティは男の子だから嫁には行きません。お嫁さんをもらってこの家に一緒に住むんですからずっと一緒ですわ」
なんとなく、ずれた会話だなぁと思っているとユーシェリア様から声がかかる。
「あなたは本当にユリシュティで良いの?お友達が少ないからか、人への接し方が下手だし口下手なところもあるわ。それに今は魔王の息子だけれど、いずれは魔王になるのよ?そんなユリシュティのお嫁さんになるということは、あなたはいずれ魔王の妻になるということよ。それでもユリシュティが良いの?」
最初から微笑みを絶やさなかったユーシェリア様が微笑みを止め、真剣な眼差しでリュリアーナに問う。
「もちろんですわ!ユーシェリア様」
「覚悟は疾うにできておりますわ!」と言葉を続けるリュリアーナを見て、ユーシェリアは再び微笑んだ。
「ユティ、あなたはどうなの?こんなにユティが良いと言ってくれる女の子なかなかいないのではなくて?」
にっこりと微笑みながら自分の息子に問いかけるユーシェリア様に、ユリシュティ様は困惑した顔を向ける。
「か、母様!でも、僕は女の子と話したことがないから、扱い方が分かりませんし・・・」
そこにリュリアーナが嬉しそうに口を挟む。
「あら!わたくしはとっても嬉しいわ!だってユティ様と関わる女の子はわたくしが初めてということでしょう?最初で最後の女になれるなんて恐悦至極にございますわ!」
ユリシュティは本当に嬉しそうに笑みを浮かべるリュリアーナを見て、自分の胸に温かなものが溢れるのを感じた。
「リュリアーナ嬢は本当に見る目があるな!息子は本当に素晴らしいんだ!魔王の資質も歴代の魔王より高い!それに賢くてとても優しい子なんだ!魔王の息子なのにな!」
ラティス様がそれはそれは嬉しそうに息子自慢を始めるのをユーシェリア様が「ラティ、あんまり言うとユティが口を聞いてくれなくなるわよ」と言って止める。
「それは困る。もうやめよう。それでリュリアーナ嬢、私とユーリは賛成するよ。あとはユティ次第だな」
ラティス様はそう言いながらリュリアーナに笑いかけてくれる。
「息子を頼む」と。
「お任せくださいませ!わたくしのこれからの人生の全てをかけて、全身全霊でユティ様を幸せにしますわ!この世のどの家庭よりも幸せな家庭を築いてやりますわ!」
そう断言するリュリアーナがとても美しく見えたことは言わないでおこうと思うユリシュティだった。