表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

第八話 前途洋洋

 藤木ふじき峻一しゅんいち

 帝国の中枢にいる人間であり、かつては皇帝の信任も厚かった。千一にとっても、峻一はこの世で尊敬する人だった。

「峻一……誰?」

 軍兵にとって、それは初めて聞く名前だった。

 昌虎に小突かれると、軍兵は何もなかったかのようにそっぽを向いて歩き始めた。

「俺の勘違い……なのか?」

 千一は頭をかかえた。なぜ、今の直感を抱いたのか、全く分からない。あの顔は、峻一に少しも似てはいなかった。にも関わらず、急に峻一のことを電撃的に思い出し、声をかけてしまったのだ。

 友人にして……英雄。峻一はそんな存在だった。決して一言で片づけられることのできない人間。おいそれと近づき、本性を知ることすらできない人間。にも関わらず、峻一は自分がそんな畏れ多いものだと微塵も感じてはいない様子で。

 千一の憂鬱は、歌吾のあのへつらいで書き消えた。


「千一様、よく来てくださいました!」

「あなたこそ帝国の未来を支える貴重な人材だ。そのような人物と会えるとは、私とは何という――」

 千一にはそんな言葉で素直に喜べるほど単純な人間ではなかった。彼にとっては歌吾は鉄屑街が帝国の笠下に入ることを認めてくれるだけでいいのだ。むしろそれ以上の回答など許さないのだが。

 なぜこれほどのお世辞が言えるのか、理解できない。

 千一は胸倉をつかみ、叫ぶ。

「俺はそれが嫌いだ」

 急に歌吾の眼がつり上がっていく。

「さすがだ、私の媚を嫌うなんて」

 もはや数秒前とは別人。

「黒也がなぜ私の言葉を喜べるのか理解できなかったよ。あいつは機械を操る力を与えられた分、人間本来の理性を犠牲にしてしまったのさ。そういう風に改造されたのは分かるが、元からおつむが弱かったんだろうな、え?」

 まるで千一を煽るように。

「何が言いたい。お前は私を愚弄しているのか?」

 千一は彼の言葉に相変わらず不機嫌だった。

「いや、私はずっと溜込んでいたんだよ。こんな廃墟で何十年もあいつに仕えなければ」

「それでお前は、帝国に臣従することを誓うんだな?」

 全く、歌吾は千一にへり下る様子を見せない。とはいえ、千一は妙に彼に対して面白味を感じた。この顔の変方は、凡人に真似ができるものではない。

「ああ。黒也が所持していたカードもお前にやる」

 肩をすくめる歌吾。表情に困る千一。

「話し方からして、どうにも我々に対して簡単に従う感じではないようだな。嫌いではないよ」

「ああ、俺は形式的にお前たちに従うんだ」

 何と自分の傲岸不遜さを隠さない男よ、と千一は一瞬笑いそうになった。だが、笑いで済まされない疑問が、今の彼にはあった。

「ところで……先ほどの少年は何だ?」

「先ほどの少年?」

 佐々木賢、星昌虎程度は名前を把握していた。だが、その他に一人いた、知らないガキ。そうか、あいつのことか。

「黒也はあいつらを捕えた時に怪しまなかったのか? 藤木峻一に似ているとは……」

 ずっと傍若無人な態度で接していた歌吾が、ひそかに顔を曇らせた。峻一……帝国の裏切者。千一のような忠臣ともいえる人物が、口にする名前ではない。一度だけ会ったことがある。カードの密売のため、帝都で立ち会った時。

「峻一? まさかあんな……」

 あれほど威厳と容赦のなさに満ちた人物が、あのガキだとは到底思えない。

「若返ったとでも?」

「俺の気のせいだ。このことは誰にも言うな!」

「はい! これは帝国一の秘密、私のあなた様への忠誠の証です!」

 からかう歌吾。

 病人のように、白い眼を向こうに投げかける千一。



 文明開化号はほとんど無傷の状態で返却された。一時は何をされるか不安でならなかったが、軍兵はこおの節目に息をひとまず撫下ろした。だが賢は意気消沈したまま。

 軍兵はあの怖ろしげな年上風の男――きっと倍の年月を生きてきたに違いなかった――の茫然とした視線が忘れられなかった。なぜ、軍兵ではない誰かと間違えたのだろう。――いや、でも俺と似ている人間がそこまで畏怖を感じさせる人間なのか?

「お前、あいつが誰か分かってたろうな?」

 昌虎が、突然思出したように尋ねる。

「な、何のことですか?」

「お前に一言かけた奴だよ。俺はお前が殺されるか心配でならなかったからな!」

 中々話が進まないことに業を煮やして、

植村うえむら千一せんいち。帝国防衛局のトップにいる人さ」

 とゆかり。

「帝国防衛局」 その言葉にゆかりは、思いつく限りの悪意を乗せたように聞こえる。

 もしかして、あの牢獄で俺を虐待した人間の一味なのだろうか。再び、軍兵の胸に走る悪寒。

 ゆかりは昌虎にしゃべり散らす隙を漏らさず、

「四十年前に帝国が成立した時から存在する機関だよ。屍人が常人を根こそぎ滅ぼした後で、屍人同士のつぶし合いを抑制するために造った組織。あいつはずっとそこの局長として君臨してる。ある意味、皇帝についで偉い人間といっていいかもね」

 四十年間も、帝国を外敵から守っているというのか。確かにあの威厳は、年齢にふさわしいものとは思えなかった。やはりこの世界では、外見で物を言うことは許されない。

 しかし、そう静かに思案に耽る暇は与えられなかった。

「撃って来やがった!?」

 城壁の砲台が火を噴き、煙と衝撃を砂にまぶす。車体が左右にゆれる。焦るゆかり、依然として落胆する賢。

「な、なんで……」

「知るか! とにかく全速力で離れるぞ」

「分かってる!」

 ゆかりは急にハンドルを回し、またもや文明開化号に強烈な重力。

「でも、この後どこにいくんですか?」

 賢が嫌そうに、

「おい昌虎! こいつに花園町の歌を聞かせてやれ」

「今はあの砲声をどう聴取るか手一杯だからな!」



 この街で何が起こっているか、まして自分の半径数メートルで何が起こっているかなど、鉄屑街の防衛システムを奪い取った今の歌吾にとっては知悉していることだ。

 もしあの軍兵が峻一であるとしたら、生かすわけにはいかない。歌吾は、すでに防衛システムに自我を没入して、街と一体化していた。目の前で、文明開化号がまだ近い所を走行している。

 歌吾は無論千一たちに対して従順になったわけではない。黒也を売ったのは保身のためで、もし帝国に内輪もめが起きたら即、反抗するつもりでいる。

 だが、あの千一の動揺は本物だ。歌吾は危険な物を感じた。

 もしかしたらあの少年は何かをしでかすに違いない。それが何か、皆目わからないが、もしその巻添を食ったら千一も、歌吾も無事ではいられないはず。

「死ね……死ねっ!」 叫び、自分の腕となり指となった大砲を掃射する。その数十センチ口径の銃弾を受けた人型戦車が跡形もなく吹飛ぶのをしばしば見てはいたが、それを自分で操作できるとなると高揚感が違う!

 だが、敵はもはや消えていた。文明開化号は山と砂の間に忽然と。歌吾は憮然として、千一に対して恩を売れなかったことを、あるいは自分に降りかかる運命を変えられなかったことを悔いた。

 


 一方、黒也の邸宅の別室で、千一と朱里はソファに並んでいた。だが、仲睦まじい様子とは言えない。

「浮かない顔だね……千一」

 朱里が、何とかその答を見つけようとする。しかし、千一は全く口を開こうとしない。

「俺は何も考えていない。ただ感傷に耽っていただけだ」

 自分に言いきかせるように、つぶやく千一。

 だが、油断するとまたもや言いたくもない言葉が口を突いて出てしまう。

「なあ、一体俺たちは何年生きられると思う? これまで、六十年ほど生きてきたが……」

「それこそ、感傷に耽っているだけじゃない唯一の理由だよ、千一」

 朱里は、幼げだが厳しい様子で。

 千一は自分が油断していたことに気づく。

「峻一が私たちの前からいなくなったのは自分のエゴなんかじゃない。私たちを守るため、帝国を守るためだったんだから」

 朱里の言葉が正しいかどうか、それを決める前に、千一は愧じた。

 峻一が俺たちの前に現れるはずはない。もう、あいつは死んだ。この世の物ではなくなったんだ。でなければ、今頃は光の粒となって霧散しているか。

「千一、あなたはもしかして肉体蘇生措置が限界に来てるんじゃないの?」

 うたぐる声で、注意を朱里のまろかな瞳に向ける。

「死体がこれ以上の延命治療に耐えられないから、脳の機能も衰えてるのかも」

「……かもな」

 片手で側頭を抑える千一。確かに、屍人技術といえども万能ではない。この技術を開発した常人がいなくなってしまったことで、屍人はいつ来るか分からない第二の死、本当の死に怯えなければいけなくなったのだから。

「お茶を運ぶよ。結構今日は疲れたろうし」

 と立ちあがり、部屋を出る朱里。

 自分の姿を強く見せる必要もないとばかり、千一はぐったりソファにもたれた。

「屍人を滅ぼす必要がある、か……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ