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第七話 危機一髪

「……そういや!」

 あの黒いバッジが手首からなくなっていることにようやく気づいた。

 軍兵はその気づきとともに目覚めた。だが、それを伝えることはしない。

「じゃなくて、ここは?」

「どうやら俺たちは捕まえられたらしいな」

 最初の拘置所に比べると、だいぶん綺麗で明るい部屋だ。家具や食器も揃っている。ただし地下で、扉はたった一つだけだが。


 憎たらしげな声がスピーカーから部屋に。

「今からお前たちは処刑の見世物だ。今から十二時間後、城壁から飛び降りてもらう」

「ああ、この街では処刑なんて普通のことだからな……」

 昌虎の他人事みたいな口調に面食らう。

「いやそうじゃなくて――」

「どうでもいい。お前らは死ぬんだからな」

「おい、賢は!?」

「そいつは別室で拷問を受けているさ」

 何となく、現実味がない。そもそも、今日出会ったばかりの人物だ、いきなりそんな目に遭わされたと聞いても現実味がない。

「てめえ……賢に手を出すなんて容赦しないぞ!」

 しかし、昌虎とゆかりの歯をくいしばる様子からして、その怒りは分かる。

「うるせえな! 鉄屑街を養うためにはカードが必要だ。カードを集めて防衛に役立てなければならねえ。そのためにはこの街の中の脅威を取除く必要がある!」

「だから賢を拷問するのも正当ってか」


 ゆかりは相変わらずどこか達観した口調で。

「私たちはあきらめるわけにはいかない。何とかして脱出の糸口を見つけなければいけない」

「でも賢さんを助けないと」

「どこにいるかも分からないのに?」

 何て冷酷な、と反射的に握りしめる拳。しかしそれがやむにやまれないのも分かっていて。

 バッジの消えた腕をまじまじと見つめる。そしてその時、あることに気づいて慄然と。



「佐々木賢が逮捕された」

 たちばな朱里しゅりは通信機に語りかける。

「奴はこの街の宝を独占したいのだろう。だが漁夫の利をしめるのは我々だ」

 千一にはもはやそれ以上の言葉はなかった。

「黒也が現れたよ」

「では行動を開始する」

 千一は目の前の倉庫の二階部分に向けて、手をかざした。その時、手から閃光がほとばしって、目標が破裂した。



「何!? こんな時に……!」

 自分の私室で情事を楽しもうとしていた黒也は急に現実に引き戻され、舌打。

 例の花園町の女には目もくれず、黒也はじっと立って、体内に埋め込まれたカードに意識を集中する。その時、彼の肉体の感覚が消え失せ、黒い靄の中に青白い鉄屑街全体が見えてきた。

 襲撃を受けたのは、武器や火薬の類が詰まっている区画だ。そこにある倉庫が次々と、爆破されている。許しがたい事態。


 何やら、若い男が火に関するカードを使って爆発を起こしているらしい。

 黒也はすでに、人間的な体の構造に拘束されず、この街と一体化している。地面から次々と触手を伸ばし、さらに街を巡回する機械蠅を飛ばして、男を追撃。

 銃弾やレーザーを四方から発射する。千一はそれが亀の動きであるかのように迅速に揺動く。機械蠅は城壁の中に数万匹と埋めこまれており、それ自体も高い知能を持って独自に戦うが、千一はそれを叩き、蹴り、瞬く間に破壊していく。その下では腕たちが千一の足からほとばしる炎の塊をもろに受け、砕散った。遠くで何も知らない通行人が、驚いて逃げ去っていく。

 信じられん、と憔悴。これまでいくつかの反乱があったが、そのどれもこのシステムですぐさま鎮圧できていたのだ。それがこの男には全く通用しない! いや、そもそも腕が破壊されるということがおかしいのだ。これを修理するために一体どれほどの金がかかると思っている?


 だが突然、黒也は現実に引戻された。気づくと彼は廊下に引きずり出され、数人がかりで取り押さえらていた。

「何をする!」

 目の前には、見知った人間の顔。だが、もはやあのにやついた顔は微塵もない。はっきりと彼の表情は、黒也をあざけり、見下している。それ以上に、自分を『悪』とでも呼ぶような目を。

「お前の支配にはもう用済なんだよ、菊池黒也!」

 目をつり上げて嗔る黒也。

 もう一度意識を集中させ、地中にある腕を解放しようとする。たとえこの屋敷を破壊してでも、この窮地を抜け出そうと。

 周囲の地面が突然せり上がり、銃口を備付けた腕が伸びる。

「残念だが、すでにシステムの電源は切ってある。パスワードはお前の本棚の裏にあると教えられていたからな」

 もう、黒也は先ほどのような人にへつらう顔は持っていない。

「野郎……はかりやがったな!」

「この鉄屑街は私が支配する。今までは帝国にまつろわぬ民であった我々は、帝国の豊かな金庫になるんだ」

「何のために? 貴様、いつまで自分の肉体が持つか分かっているのか?」

 歌吾の表情は、どこまでもどす黒い。

「当然だ。帝国の実権をにぎるためだよ……はっはっは!」

 それから懐から出した携帯電話、誰かに話しかける。

「もしもし、千一さんですか? 黒也はすでに取り押さえました。今から身柄を引渡に参りますので、では……」



「爆発音!?」

「何があったかのか分からないが……とりあえず、異常事態だ」

「いや、異常事態しか分からないでしょうよ……」

 ゆかりは当たり前すぎる発言に

「分かりました。じゃあ、賢さんは見棄てましょう」

「お、おい、いいのか……?」

 急に決然とした表情になる軍兵に、

 さすがに昌虎も気まずそうに顔をゆがめる。

 扉が鳴り、一人の人間が入ってくる。すると誰もが、声をあげた。

「お前たち、出ろ」

 真剣な面持で指図する歌吾はまるで別人のようだった。あの追従を言う姿からは似てもつかない、

「先ほどお前たちを捕えた黒也は帝国に引渡された。もはやお前たちを処刑する意味はない。無駄な殺生は避けたいからな」

 軍兵は一瞬歌吾に対して好感を抱きそうになったが、すんでの所で嫌悪をとどめた。これほど別の姿を採りうる人間が、人を騙すのにたけていない訳はない。だから黒也も信じ込んでしまったわけだ。


「だが、お前たちが危険なほど多くのカードと武器を持っていたのは分かった。それはすべて鉄屑街の資産だ。お前たちに返すわけにはいかん」

「なん、何だって!?」

 昌虎は怒りを隠しきれず、詰寄ろうと。

「帝国にとってもあの存在は脅威だ。帝国に狙われる可能性もある。だから全て帝国に渡すことにしたよ。何しろ私は帝国に永遠の忠誠を誓うものなのだから」

 軍兵は、その言葉で察した。この男は、黒也とは違う。黒也の臣下を名乗っているように見えて、最初から裏切る機会を探っていたのだ。


「叛逆、したのですね」

 得意満面で笑う歌吾。

「ご名答!」

 言葉とは正反対の敵意。

「文明開化号と最低限の装備は残して置いてやる。だがそれだけだ。お前たちはここから即刻立ち去れ。二度と鉄屑街に姿を現すな。……さあ、奴を出せ!」

 歌吾はすぐにでも襲いかかりそうな、凄まじい剣幕で軍兵をにらみつけた。

 それから、賢が部屋に引きずり出されてきた。

 目立った外傷はなく、軍兵は安心しかけたが顔にはあの活力はもうどこにも。

 賢は焦点を失った瞳。

「失ってしまったよ……何もかも」

「おいこの野郎、こいつに何をした?」

「カードをいじって精神的に錯乱させてやったんだよ」

 ゆかりですら、引きつった顔で賢の憔悴した表情を見つめる。

 昌虎はさらに息巻いたが、言葉で怒鳴り返すことはできなかった。どうやらこの世界の人間にとっては実に恐るべき事態であるらしい。

「黒也の能力も俺が継承した。お前たちが街にい続けるようなら俺が消してやる!」


 千一はひどく気分が立っていた。

 正直言って、帝都の外にいる人間は異様な輩しかいない、と思う。この鉄屑街にしてもそうだ。死んだ後の蘇生状態が粗悪であるから精神にしても甚だ良くない状態で再現されてしまうのだろう。この後歌吾に会うのも千一は気が重かった。まだ死ぬか生きるかの戦闘に耽っている方がまだ気が楽だと言える。

 このさして豪華でもない屋敷の廊下を通りすがろうとした。向こうから四人ほど、あまり身なりのいいとは言えない粗末な服を着た男女。しかし目をそむけようとした直後、中の一人の顔につい引きつけられ、声をかけてしまう。

「峻一?」

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