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第四話 生々流転

「杉野軍兵、か。俺の名前はほし昌虎まさとら。こいつは宮崎みやざきゆかりだ。俺の妹みたいな存在だよ」

『妹』と言われた時、ゆかりは肩を挙げて反応した。艶のある、不機嫌そうな表情。


 軍兵は、率直に語る。

「俺、記憶喪失なんです。自分が何者なのか分からない」

 自分の母親に襲われたこと、その次は、鋭い棒で刺されたことを言う気にはなれなかった。信じてもらえないだろうし、それを真正面から受け止めるほどまだ時間も経過していない。

「記憶がある所まで言ってみろ」

 これまでの密度の濃すぎる話をしなければならないと思うと気が重いどころではなかったが、何とか色々と思い出しながらこれまでの経緯を語る。

「ある時、街中で急に目覚めたら、身分証を持っていないという理由で拘置所に連れ込まれて、変な手術を受けさせられて……そしたら、大きなロボットが手術室を破って出てきた。その混乱の隙をついて、ここから逃げてくる途中に一人、恐ろしげな姿の男性に出会ったんです。頬には十字の傷があって、肩幅がとても広くて……自分のことを話す前に、刺されました」

 昌虎もゆかりも、さして怪しむそぶりは見せない。こちらが警戒してしまうほど、自分に対して落着きはらっている。


「そいつは、恐らく松平まつだいら董吾とうごだな」

 昌虎は直感で。

「松平董吾?」

「この界隈じゃ悪名だかい奴だ。たまに戦争で帝国の部隊に加わることもある」

「あいつ、まだ野垂死しないで生きていたのね」

「董吾には切札を奪われたままだ。何とかして取り換えさないといけねえ」

 昌虎とゆかりの独擅場。

 どうやら、因縁の深い相手ということだけわかった。あの危険そうな外見も、決して理由のないことではない。

 情報が欲しい、それだけの気分で質問。

「……ああ、すまない。お前は多分『帝都』の方にいたんだな。見どころも糞もない場所だが……ちょうどそこの闇市で俺たちは物資を買いあさってた。そこから官憲の手を逃れて素早く逃げていた所にお前が倒れていたのを見つけた。見るからに常人だと分かったから蘇らせたわけさ。だがあいつが常人を自分のしもべにしなかったとはな」


 昌虎の言葉にはどこか、冷淡といった感じの部分が見逃せない。しかし、軍兵はそれに腹を立てているどころではなかった。


「あと、それから……カードとは?」

「俺ら屍人が体の中に宿す力だ。これを使えば人間には何だってできる。超人的な力を持つこともな」

 昌虎は袖をまくって手の甲と腕の間を見せた。機械の接続部分を模した、複雑な灰色模様。見れば見るほど細かくて、その線と線の間に吸いこまれそうな……不思議な気配がした。

「生きている人間がそれを使おうと思うと耐えきれずに光の粒になって四散しちまう。四十年前にも見られた光景だ」

「え?」

 軍兵は気になって、つい息が出てしまう。カードという不思議な概念にしてもそうだが、『四十年』という時間を以前も目にした記憶。

 だがせわしなさそうにその疑問をさえぎる昌虎。

「おい、ここは俺たちの家でもなければ犬小屋でもない。ゆっくり話してる暇はないんだ。動けるんだったらさっさと立って歩け。次の街に急がなくちゃいけねえからな」

 街……か。さっきいた場所とは、違う。あれは『帝国』の中心とも言うべき所だったのか。なら、どれほど危ない場所に俺はいたのだろう……

「燃料が足りないから到着したら補充してよね?」


 建物の外に出ると、横に伸びる芋虫みたいな流線形の車。闇に呑まれて半分は見えないが、それでも十人は乗れそうなほどの大きさがある。心なしか、拘置所を襲撃した巨人とよく似た色合。

「どうだ、これが俺の『文明開化号』だ!」

 昌虎は自慢げに鋼鉄の巨体を指さす。

「廃墟のジャンクから部品をかき集めて再生させたんだ! だが勿論最新鋭の兵器を搭載してアップ・グレードさせている。もうこれに乗るのも十年目だ」

「『帝国』の連中からすれば十分型落品でしょうよ」

 ゆかりはやんちゃな子供をなだめる口調で釘。

「そう悪く言うなよゆかり。あいつは生きていた頃からずっと機械いじりが好きだったんだ」

 軍兵は改めて、この世界が元いた世界以上に異常だと悟った。目の前にいる人間も死んでいる。もしかしたら、見た目よりもっと年を取っているとしてもおかしくないな……。


 座席と座席の間には、数メートルほどの空白があり、そこに机や椅子を置くこともできる。

 操縦席そのものが大きく、メーターも明らかに速度計と分かるものから細かな動作を記録するものまで、ハンドルの左側に所せましと。助手席に昌虎、運転するのはゆかり。

 軍兵はシートベルトを着用し、後ろに座る。

「あの……何で僕をそんな風に扱ってくれるんですか?」

「当たり前だろ、お前は貴重な財産だからな。最近は屍人にする常人が減続けてるし、そもそも屍人だって何百年この世にとどまり続けられるわけじゃないからな」

 軍兵は粛然とした気持ちになって背を立てた。温情ではなく厳然とした損得感情。

 もし価値がないと分かれば即座に打ち捨ててしまいかねない、薄情な打算。しかし、不思議と昌虎を憎む気にはなれなかった。気がはっきりしていた時から、この世界をはるか高くから包みこむ息苦しさの正体が分かってしまったのだから。

「……お前。いい働きはするか?」

 ゆかりはさして興味もなさそうに、

「何をごたごた言っているのやら」

 すでに、空を星々が彩っている。これもまた、初めて見るもののような気がした。

「おい。こっちはきちんとした返答を求めているんだぞ」

 軍兵は慌てて、

「僕はいい働きをします。だから、見捨てないでください」

 自慢ではなく、哀願だった。久造や董吾みたいな連中には、もうこりごりだから。

「そうか……。青いな、お前」

 昌虎は冷笑するように。

「目的地についたら、お前にメモリを刺しこむための手術をさせてやるよ。ちょうどこれに関しては腕のいい知人がいるんでね」

鉄屑町てつくずちょう。『帝国』の中では多分一番栄えた町だ」

「栄えた? 腐れた、の間違いでしょう?」

 ここぞとばかり、指摘するゆかり。

「俺たちがそもそも腐れた存在だってのに、何を『腐れた』と言うんだ?」


 軍兵は、疎外感を感じていた。

 二人は、ずっと前から一緒らしい。それなのに、自分は全くの赤の他人。こんな環境でうまくやっていける訳もない。むしろまだ、訳も分からないままにしていた逃げまどっていた時の方が、気楽な気さえする。ただ、どこか危険な場所に連込まれて殺されるという可能性はなさそうだと判断しているから安心しているだけなのだ。


 ただの好意で昌虎は軍兵を乗せたわけではない。つい少し前までは生きている人間だった。それだけで珍しい。常人の集落からつまみ出された奴に違いない。だが、記憶喪失だ。その記憶を見てみたいという欲望に彼は駆られた。何しろ、あまりにも色々なことがあり過ぎたせいで、四十年前の記憶はすっかり忘れ去ってしまっているのだから。

 それ以上に、この男……誰かに似ている。具体的に誰かは言えないが、それは強い印象を持って昌虎に近づいてきた。

「お前、誰かと一緒に過ごしたことはあるか?」

「いや……多分あるんだと思いますが」

 不毛な会話だ、とゆかりは内心毒づく。こんな奴に一体何の利益があって近づくのだろう。食わせるだけにもそうとうな費用がかかるというのに。


 さして軍兵のことを面白いと思っていたわけではない。ずっと昌虎や、その知合としか話してこなかった中に、全く知らない人間が入りこんできたのだ。だが嫌な気分を顔にまで表さなかったのは、彼のことを知ってみたいと思ったから。今まで昌虎やその知人以外とはほとんど口もきかなかっただけあって、この少年には興味をそそられる。

 軍兵は、二人の思惑など当然ながら知る由もない。これから期待しながら空を見上げた。以前も見たことのある空かもしれない。しかしそれは、よく見える星々で彩られた蒼穹。


 文明開化号はゆっくり、しかし着々と砂利の延々と連なる道を駆抜けていく。

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