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第二十五話 地下帝国

 何なんだよ……あいつは……!

 F-8は恐怖と嫌悪で汗だくの顔を歪ませていた。

 もし少しでもヘルメットの修復が遅れていたら、彼の体は空気に触れて一瞬蒸発していたであろう。そのことを思い出すだけでも震えが出る。

『切札』という屍人が持つ力については何度も教えられていた。元は屍人を開発した連中が彼らを管理するため、何らかのICチップを埋めこんだカードを体内に投与することで身体の自由を束縛したのが起源だという。

 だが切札は今や屍人が自分の手で用い、決して常人には触れさせない技術へと進化してしまった。だからこそ、屍人を倒すには常人の道具によっては倒せない。それを、この戦闘で改めて実感した。

 機械人形はエンジンを小さく鳴響かせ、空を低く飛行している。

 どこまでも続く巨大な沙漠の、目印もつけられないような兵站な位置へと機械人形はF-8を連れて下降していく。F-8の目にはようやく安堵の色。

 低くなれば低くなるほど、その位置だけが不自然に低くくぼみ、小さな穴を形作る。

 F-8の目の前でその穴は地の底までと掘り進められていき、地下世界への通路となっていった。常人たちの国への入り口が。


 本来あるべき人類の復活のために、彼らは今日も地下に立てこもっている。 

 たとえそれがどれほど微細な努力であっても。


 ◇


 菅谷すがや白亜はくあは報告書を読み、歯ぎしりした。常人がこの地下世界に潜んでから四十年、いまだに地上は屍人が闊歩する地獄となっている。

「結局今回も、お前たちは屍人一人も殺せなかったってわけ?」

「はい……F-28を敵の捕虜にさせてしまいました……これは決して許されるミスではありません……」

「分かったよ。もう下がっていいから!」

 心底失望したという調子で、白亜は手のひらを前後に振る。

「畜生、改良に改良を重ねたというのにまた奴らに破壊されてしまったってのか!」

 F-8が退出した後で、けだるげに椅子に腰かける。

 帝都に対する偵察も失敗してしまった。帰還者は、出撃した人間の三分の二程度でしか。屍人も、数十年の間にどんどん進歩していると見える。

 敵に情報を盗まれでもしたら大変だ。……もっとも、一度でも命の危険にさらされた時は、体その物が灰になって消えてしまうのだから、そこは彼ら常人たちに利がある。

 白亜の部屋は全体的に薄暗く、あたり一面はコンピュータの液晶画面で満ちあふれている。天井は一枚の地図が描かれ、そこから彼女のいる地下世界全土を一望することができた。彼女以外、生命を感じさせるものは何もない。植物の類は物資を少しでも補充させるために生活空間には一切置かない。


「戦闘部門の数の、補充が足りない」

 白亜はくがさとるに相談した。

「F-8が敵の捕虜になった。もう私たちに残っているのは九百人程度だ」

「そうやってあんたはやけに数を気にするな、白亜」

 悟は顔に比べてやや大きめなサングラスをかけ、髪の色は艶を失い灰色になりつつある。

 白亜は、その顔を見て、随分昔に比べて老けてしまったものだ、と思った。

 彼らは普通に生きている人間だ。屍人が時間の経過に対して鈍感になってしまったのとは異なり、常人は時間を常に気にかけている。普通に、容貌が歳月に合わせて衰えるいくのだ。

「代理部門だと七十一番が五年前に脱走している。あれは非常に優秀な個体だった」

「あいつらは換えの利く消耗品じゃないからな。繁殖させなければならないのに」

 悟は、そう言いながら、『代理部門』という言葉にどこか懐かしみを覚えた。

 代理部門――それは悟がかつて所属していた身分。戦闘もできれば、事務もこなせる、そういう万能の人材が割当てられる階級だ。

 そしてそこに属する常人はAlternative、頭文字をとって、Aと数字によって区別されるコード・ネームを持つ――正しくは、それしか持たない。

「A-71の行方は判明している。だが彼女を捕獲するのが難しい。上からの許可が出ないのさ!」

 白亜は悟に、溜込んでいる思いを放つ。


 ことごとくが、ラテン文字と番号の組合で呼ばれているのはなぜか。いや、なぜ白亜が人間の名前を持っているのか。

 かつて、この地下帝国に逃げ込んだ時、常人たちは財力、政治的な権力の有無によって人間を選別した。そして、力ある者は上から号令を出して支配し、下の者はそれに従う他ない。


 できることなら、白亜を悟は目いっぱい褒めてやりたい気持だった。悟とは違って、白亜はこの地下帝国が発足した当時から『上』の家系なのだから。

「奴らは脳が筋肉だときている。嫌でも、屍人を力でねじ伏せないと気が済まないのさ」

「ああ。だから屍人を倒すんじゃない。奴らを滅ぼさなければならない!」

 白亜の感情が頂点に達しつつある。屍人と話合う気なんてさらさらない。彼らは人間として認める必要すらない敵であって、他に和解する道など存在しないのだ。


 悟には分かる。白亜が、自分の生まれ育った地位に劣等感を持っていると。彼女は祖父母の世代から地下帝国の支配層なのだ。こんな責任重大な地位についているはずの常人ではない。

 だから白亜は肩身が狭い。どれほど頑張っても、成上がりたちから陰口を叩かれる。お前ごときがこの常人の運命を左右できると思うなよ、と。

 悟は、そうではない。対照的な身ではあるが、だからこそ彼女と話が合った。常人たちの熾烈であるから。だが白亜はいずれにしろ自分の微妙な立場については話題にして欲しくないのだ。すぐに、悟は最大の関心事に話題を移す。


「人材の話はそれほどにして、白亜、例のウイルスの件について聴かせてくれ。あれをどうやって入手するんだ?」


 屍人を完全に殲滅するにはこの方法しかない。常人が屍人に対して起死回生を図って造上げた、最大の凶器。


「花園町の地下に、最終戦争末期に建てられた巨大な軍事基地があるのは知っているはずだ……そこに、ウイルスの種がある」

「あそこに入った調査隊が何回も壊滅している」

 白亜は問題が困難になればなるほど、むしろ楽しげな表情を浮かべている。

「ああ。だが、少なくとも入り方は分かっているのだろう?」

「分かってはいるが……どうやって上に約束をとりつけるんだ?」

「そこは私が何とかする。問題なのはそのウイルスを起動する方法だ」

 そう言いながら無数にも近い量の資料の一つを取りだして、悟に見せる。それは、とある切札の中身に関する構造が粗い筆で一面に。

「だが、一つ問題がある。屍人を滅ぼすウイルスは、切札によってしか発生させるがことができない」

「何?」

「地上の常人を皆殺しにした時だって、奴らは切札の力を使った! あれは、切札でしか実現できないことだったんだよ!」

 悟はサングラスを取って、驚きの瞳を見せる。口元に相反して、目つきには若々しさがある。

 だが、その目は結晶のように赤い。そしてその眉毛は

「私たちはどうやって切札を発生させるか知らんからな! 奴らの手を借りねば」

「奴らの手を借りるだと?」

「屍人だ」


 禁断の技――『終了』の切札。


「穢れた屍人の手を使って、屍人その物を滅ぼすってのか? とんだ悪い冗談だ」

「同じ人間であることに変わりはない」

 悟は冷汗をかいて、その真意を探ろうとしている。

 ずっと、この地下帝国で艱難辛苦を経ながらなり上がってきた人間であるからこそ、敵への憎しみは元から恩恵を享受している人間よりもずっと厚く、深い。

「そんなウイルスを起動してくれる屍人がどこにいる?」

「こちらでも屍人を作ればよいのだ。そのための」

 悟は、ただ困惑するしかない。確かにそれしかないのは分かる。実際、常人が人格を持たない屍人を製造しようとしたことはあるが、ことごとく失敗に終わった。

「そんなことを奴らは許さないだろう。それとも、無理やりにでも叛逆するつもりか」

「ああ。叛逆してやる」

 望むこととばかりに、顔を近づける白亜。

「この地下世界を破壊してやりたいくらいにな」

 悟はそれ以上反論しなかった。こうなると白亜は抑えがきかない。

「分かった。人間の細胞から屍人を造れるかどうかやってみる」

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