第二十四話 宣戦布告
真偽不明の、屍人を滅ぼす手段。その噂について考えると、昌虎のことが急に遠い昔のように思えてくる。
元から昌虎に対して愛着を持っていたわけではない。むしろ昌虎を、軍兵は忘れようとしていた。元からだ。昌虎が持っていた権威なり、物資なり、その全てを分捕ることに軍兵は躍起になった。
また、忘れざるを得なかった。次の日から、軍兵のことを何も知らない輩たちが次々と押し寄せたからだ。
あまりに色んなことがありすぎて、以前に比べると、時間の流れがずっと遅く感じる。
「あなたが杉野軍兵さんですか!?」
「え……はい」
急に現れてきた若者に、首をかしげて困惑する軍兵。
「すごい、本人だ! サインください!!」
周囲が凍付いている。軍兵は迷う。
「すみませんが、俺はまだ心の整理がついてないんです」
彼にとって一番苦手なのは、善意とか好意を推しつけてくる輩なのだ。この手の人間に限って憎しみに駆られやすいから、付合いたくない。
「昌虎さんが期待していた通りのご活躍ですね!」
ふざけるな、と言放ちたくなる。俺はお前らのために戦ってるんじゃない。
「花園町もいつ帝国に攻められるか分かりませんからね、ご活躍期待しております」
全く恐怖しない剣幕に、ゆかりも賢も凄まじい顔。
「あのなあ……」
いよいよ、賢が吹切れそうになった所で、軍兵は身を乗出して。
「そういう訳ですから、やめて下さい。俺は偶像なんかじゃない」
軍兵は何とか、声が刺々しくなり過ぎないように努力した。
「ああ、そうですか!」
まるで向こうがちょうど都合悪いとでも思っていそうな、悪びれのなさ。
偶像じゃない。ほとんど反射的に告げた言葉が、一瞬のうちに百回以上脳内に響く。
軍兵は不服だった。なぜ、自分のことを何も知らない赤の他人に好かれなければいけないのかと。人とやりあうこと自体は苦手ではない。だが人に馴馴れしく近づかれるのは何よりも耐難いのだ。
一旦カーテンを閉め、店を鎖じてから、ひそかに談義を始める。
目的は、これからどうするかだ。屍人を滅ぼすとか言うウイルスの探索。花園町の民に悟られないように行動する方法。そして生活費を
「安吉、君は接客とかはできるか?」
「い、嫌だ。なぜ俺がお前ら屍人に顔を出さなきゃならない」
いまだに『地獄の騎士団』(?)出身者としての矜持を棄てない。
いや、その前に恩を売る方がよくはないか? 軍兵はしたり顔を浮かべながら
「なあ、賢。こいつの切札を解除できないか?」
「難しいな」
「そもそも切札はコンピュータのプログラムと同じだ。簡単な物もあれば難しい物もある。難しいものは……俺でも分からん」
安吉は、不安極まりない表情。
「なぜ、屍人は切札なんてものを使うんだ? 董吾も詳しくは教えてくれなかった」
手首を怪しげなコネクタに接続され、今にも消え入りそうな顔で。
まさに、自分が言うべきことだとばかりに、
「屍人というのは元々、兵器だった。切札ってのも屍人がものすごい力を発揮するために造られた物……。いや、こういう話はできるだけだけ昔から始めた方が良いか?」
賢が早口気味に語る。
五十年ほど前、ある組織が人間の死体を蘇らせて特殊部隊を創ろうとした。奴らは極めて自分の存在を秘密にした。最初はな。だが当然ながらこんな危険な連中、長く隠密に活動できるはずはない。ある時、大国の諜報機関が奴らの存在を世界中に暴露した。
すると秘密組織は世界に向けて『人類を完全なものとして完成させるため』という名目の元に宣戦布告した。そして次々と死体を蘇らせて部隊を創り、国々と戦争を始めたんだ。初期の屍人は今と違ってまだ試作段階だったからかなり強力で、常人の軍隊では勝目がなかった。
すると国家の方でも敵どもから屍人の技術を盗出し、戦争を勝利に導こうとした。だが、いくつもの国で同じような怪しい組織が現れては死体を蘇らせ、同じような戦いが際限なく広がっていった。
段々屍人が屍人を造りだし、
だが、屍人はそれ自体異形の存在であるために憎まれ、嫌われた。すると屍人は、自分たちの手で新たに屍人を造りだし、屍人同士で殺しあうようになった。するともう、常人なんてみんな屍人でいいという発想に至ってだな、もう常人対屍人という構図になっていった。
この不毛な状況にけりをつけるために、どこからともなく常人をことごとく滅ぼすウイルスってのが流れてきて、ある破滅的な武装組織の手に渡った。そして起きた出来事が『星々の踊り』って奴だ……。
安吉にとってそれは珍しい話ではなかった。屍人を開発したのが謎の宗教組織であり、彼らが常人を滅ぼした諸悪の根源であるということも。だが、常人が最初は屍人を飼慣らそうとしていた、との言葉で
軍兵は、以前夢を見たことがある。その中の夢で、彼は誰かに蘇らされ、闘うように命じられたのだ。
一体、彼らが何者だったのか、急に知りたくなった。あれは帝国だったのか?
「帝国は一体どこから現れたんだ?」
大きくもなければ小さくもない声で、軍兵。
「帝国も元々はそういう奴らの一人だった。屍人だけでできた部隊の一つだった奴が独立して大きくなり、今みたいに国を創るまでに至ったってわけだ。俺もかつてはそういう……何だ?」
賢が、不思議そうな表情になり、すぐに曇る。自分には関係のないことだ、とばかりに。
軍兵は肩透かしを食らった。賢は、軍兵ほどに生立に興味を示さない。
屍人になった副作用ゆえか。あるいは、最初から記憶がある人間は、昔を忘れることに躊躇がないのか。
だがいずれにしろ賢は話題をそらした。
「切札って言うのは、地球の歴史を凝縮したものだ。死後の世界を経験している屍人は、意識を取り戻した後も死後の世界に接続しているということらしい」
安吉は、説明を聴けば聞くほど、自分の腕を眺め、目を丸めた。
「となると、俺の意識も一度死後の世界を経験していて、体に切札が埋め込まれているのも、地球の歴史と一体になっているからなのか……!」
「ああ。お前は屍人だからな、死後の世界と繋がって切札の力が使えるわけだ」
説明を聴きながら、軍兵は目を閉じて一人、考え事にふける。
軍兵の頭の中には、情報がみなぎっている。
『迅雷』の切札が体の中に宿っていることが、意識せずにも分かる。それがどんな力を持っているのか、どのようにして使うのかも、軍兵は誰からも教えられないままに、はっきり分かっていた。
軍兵はその既視感にも似た感覚にまだ慣れきってはいなかったが、これが屍人だけが持つ独自の力だと考えると、不思議な高揚感が生じた。
しかし、やはりだ。またもや、軍兵は何かの違和感にぶち当たった。この『迅雷』以前にも、何かの切札を使っていた記憶が蘇ってきたのだ。一体何の切札なのか、いつ頃の記憶なのか……それすらも思い出せないが、切札という知識によって思出されたこの事柄に、軍兵はむしろ興味をそそられた。
――もしかしたら、そいつは自分が考えているより大物だったのかもしれない。
「痛っ! いたたっ!!」
「おい、暴れるな」
安吉が急に声をあげたので、賢が制止する。
「暴れるとお前の切札が出ないしお前も苦しい思いをするだけだ!」
軍兵には、賢が何をしているのかさっぱり分からない。安吉につけられたリストにつながる機械の液晶画面に、顔をぎりぎりまで近づけ、両手はキーボードに置かれている。
やや高い大声とともに、安吉の手首から一枚の切札が飛出た。それは古ぼけた色合で、表面に配線みたいな幾何学模様。
「……『隷属』だ」
賢はその切札を
「これを人間に差し込めば、好きな時に爆発させることができる。黒也が使っていたのも同じものだったんだろうな。もっとも奴の方が高いのを持っていただろうが」
「え?」
「下手すりゃ爆発しかねなかった所だ。お前ら、俺の仕事を会話ではぐらかすなよ」
賢は先ほどからずっと低い調子だったが、彼自身の身になれば分からないことでもない。
「これを使う屍人の魂を切札に刻みつけることによって、自由に他人の体に入れこむことができるわけだ。こんな物は……俺が保管するに限る!」
ほとんど軍兵たちに目を向けようともせず、賢は足元にあった箱に『隷属』を収める。
「有用であるのは間違いないが……切札扱いの素人に触らせるには危険な代物だ。まあいつか使う日も来るだろうけどな」
安吉はまたもや震える。




