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第二十二話 平穏無事

 砂地に何十体もの宇宙服がちらばっている。

「くそっ……どれもこれも蒸発した後だ!」

 ヘルメットの中には黄ばんだ灰が積もっているばかりで、すでに人が着こんでいた形跡はない。

 星野久造はそれを蹴飛ばした。常人が普通の空気に触れれば一瞬で揮発してしまう環境である以上やむをえぬことではあるが、あまりに情報を都合よく隠蔽してはいないか。

「まさか花園町に出払っていた時に襲ってくるとはな……奴ら、さすがに侮れん!」

「しかし、装備は旧式でした」

 側にいた副官が答える。

「『地獄の騎士団』と雖も、地底深くに引きこもっていては科学技術を進歩させる余裕はないのでしょう。恐れるに足りません」

「だが奴らは確かに帝都を襲った。これほど不逞の輩が生半可な覚悟で攻撃をしかけたとは思えん」

 屍人にとって、生きている人間ほど怖ろしいものはない。すでに死んで、一度生き返った人間が大半を占める社会だ。生きている人間――死体蘇生技術を受けていない人間、さらに言えば切札の使えない人間――など、軽蔑と恐怖の対象でしかない。

『地獄の騎士団』が帝国の認識するところとなったのが、

「それにしてもこの巨人……一体どうやって造ったんだ」

 体の一部をえぐり取られ、墜落した機械人形を眺めやる。どうやら人が乗って闘うことを目的としているようだが、これを何体も建造し、投入する敵の財力には侮れないものがある、ということだ。

 だがそうであっても、いずれにしても、この世界が造上げた最終的な秩序は誰も脅かすことはできない。


 帝都が無事かどうか、千一は気が気でなかった。

「陛下は何のお考えを」

 帝国の頂点に立つのは、皇帝と呼ばれる阿藤あとう門三郎もんざぶろうという男。

 そして彼に間近で仕える宰相こと、小野寺おのでら土佐雄とさお

 しかし、帝国の人間でその二人に面会できる人間はごく限られている。皇帝に謁見するにはまず宰相に申出なければならないのだが、そもそも宰相が人目に現れること自体極めてまれなのだ。

 千一でさえ、宰相の姿を見たのは軍事に関する会議に参加した折の、一度しかない。その時でさえ宰相に直接口を利くことは許されなかった。

「俺は知らん、召使いに訊け」

 手を振る久造。

「俺たちは国のために闘ってるんだぞ! それがなぜ、俺たちに何も目通りがかなわんのだ」


 落ち着かない千一に、朱里が答える。

「私たちはもしかしたら、資格が与えられていないのかもしれない」

 朱里は自分が千一の感情を知悉していると思ってはいなかったが、それでも慮るくらいの度量はあると感じていた。

「宰相がそもそも陛下を人前に顕わさないようになさってるんだから、私たちもそれに従う外ない」

「なら宰相になぜ目通りがかなわんのだ。これほど」

 千一のように外を歩きまわっている人間にとって、帝都の核近くにいる久造など得体のしれないのだ。だが彼ら中枢は非常に警戒心が高いものだから、なかなか内部事情を漏らそうとしない。恐らく皇帝しか、事態の全貌は分からないのかもしれない。

 鉄屑街で出会ったあの少年が今どうしているのか、気にせずにはいられない。何となく、まだ生きている、という直感があった。あわよくば、また出会うかも。出会ったなら、一度でいいから語ってみたい。

 泉歌吾は帝国に全面的な協力を惜しまず、帝都に莫大な量の軍資金や技師を送り続けている。恐らくその献身は本物なのだろう。無論個人的な関係を持つわけにはいかないが、千一は歌吾を自分の側近に召抱えたいと思った。

 彼には中身がない。その時その時従っている人間に対して気迫だけは本物の熱意を捧げるだけだ。

 しかしそれは……きっと中身のある厄介な人間だ。何しろ恥辱にまみれるのを何とも思わないのだから。

 帝都の一画にそびえる巨大なピラミッドの、ごく小さな出口から二人は出行った。これほど破格の規模の建造物でありながら、ごく目立たない。

 このピラミッドもどういう風の構造なのかよく分からない。無論、様々な部署に分かれているのは確かだが、部屋や通路を遷るごとにパスワードや手帳を要求され、入る人間の地位や所属によって入れる場所が厳然と区別されている。そして地下の、極めて侵入しがたい所に皇帝が住まう。

 あの戦争が終わる少し前に建造されたのは確かだ。だがあまりにも昔のことなので、千一自身がその建造作業に従事したのかどうか覚えていない。だが、新しい世界を産むという目的のために、莫大な犠牲を費やしたことだけは知っている。もっとも、この世界では『記憶』なんてものが持っている価値など、たかが知れているが。記憶だ。『彼』の記憶だけが、まだ千一の頭の中では新鮮に輝いている。

 帰宅する途中で、千一の方からしゃべり出した。

「お前はこの世界に未来があると思うか……?」

 朱里は、ごく自然な発言としてその言葉を受取った。

「千一が思うように、私は思う」

 峻一の言葉が常に繰返される。

「屍人の寿命が来ている。どんなに限界がある」

 峻一のことに朱里

「私たちはそれよりも、陛下の意向を重視すべきよ」

「阿藤様が、先帝から位を奪ったことを想えば、そう易々と忠誠を誓えるものか」

 皇帝について知りたいと思うには、まずその事実を示すのが一番だろう。

「帝国の中枢すら安泰ではない。ましてその下にいる俺たちがどんな目に遭うか、分かったもんじゃない」

 朱里は思わず口を塞ぐ。

「叛逆でもするつもり……?」

「これは帝国を越えた問題だ。世界の秘密に関わっていることなんだ」

 千一は知っている。先帝が、屍人による世界の危うさに気づき、それを終わらせようとしていたことを。だがそのために先帝は弑逆されたのだということを。そのクーデターを実行したのが、阿藤門三郎だった。

 それ以前の門三郎は、皇帝に仕える親衛隊の一人だった。やはり、千一が氏素性を探れる人物ではない。

「俺はできることならあの少年に会って話がしたい……もし彼が千一とつながりがあるとすれば、千一の行方を聞けるかもしれんのだ」

「……また同じことを」

 だが千一は言葉を曲げない。

「俺は本気だ!」

 普段朱里に怒鳴ることは珍しい千一だったが、これほど疑うような視線が長引くとさすがに嫌な顔。

「……ここだ」

 千一はしかし、自分の話をそこでやめた。因縁の深い場所にさしかかったから。

『帝国軍防衛本部』『新民40年記念式典』

 あちこちには新民四十年を記念するスローガンが貼られている。どこまで続くか分からない道路、向こう側の殺風景な壁、壁の表面と、そこから張りだした看板、異様な文字列。どれも首をしめつけるような厳しい字体をしている。

 この新民という言葉も旧体制との戦争の中で屍人たちが考案したものだ。新しい人間による新しい統治。だが、それも四十年もすれば古ぼけた、時代遅れのものでしかない。段ボール箱みたいな形をしたアパートやパン工場の壁にかかっているのを見ると、それこそ帝国自体が一つの老廃物に堕してしまった錯覚を覚える。だからといって、千一は帝国そのものを

「千一はここで、いなくなったんだ」

 かつて、激しい戦闘が起きた、人通りのない寂しい通路。千一が実際にそこに居合わせたわけではない。だが、藤木峻一が辿った最期は、ありありと想像できる。

 彼は皇帝からつけ狙われ、その親衛隊と激しい戦いを繰拡げたのだ。彼ほど、多数の切札を駆使して戦える屍人はいない。親衛隊は彼をしとめるのに非常に手こずった。だが、結局峻一は姿を消した。

 殺された、とは思いたくない。誰かの手にかかる人生など、彼には大よそ似合わない。

 すでに、綺麗に掃除がしてある。あの事件の痕跡は跡形も残っていない。記憶すらも。

 千一がそれを知っているのは、峻一から自分の今後について、切札の力で帝都中を駆回った朱里から聴かされたからだ。

 峻一から聴いた言葉の数々は、今でもすべて思い出せる。分からないのは、その意味。

「俺は、もう俺のままでいるべきじゃない」

 同じ言葉を繰返す峻一。

「俺は、この記憶を消さなければならない」

「なぜ、その必要があるんだ?」

 限られた時間の中で、峻一の真意を問おうと。

「訊くな。俺は必ず戻ってくる」

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