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第二十一話 蒼天已死

 意気阻喪した。軍兵は、昌虎とはっきり理解しないまま別れてしまった。尋ねたいことは、色々あったというのに。昌虎がどんな目的を持って、どんな利益をみこんで、自分を利用しようと目論だのか――一杯訊きたかった。

 しかし全ては分からないまま、終わってしまった。

 昌虎の死は、確かに残された人々に傷を与えた。軍兵は、一体これから誰を頼っていけばいいのだろうと迷うほかなかった。

 昌虎の死を聴いた時、真先にごねたのは賢。

「こんな若造に従えってのか? 俺は嫌だぞ!」

「あまり言わないで、賢。私は昌虎から彼を頼むように聴いたんだから」

 ゆかりは賢を説得した。そのゆかりにしても、決して軍兵が頼りになる存在だと思っているわけではなかった。軍兵は、自分が孤立してしまった感じに襲われた。

 だが、時間は彼らを待たない。数日後、市清の使者がやってきて軍兵たちを招いた。

 最初、賢に頼もうとしたが、賢は自分が重度の人見知りであることを理由に断った。

 ゆかりは、昌虎の今際の言葉を告げ、軍兵が行くべきだと述べた。

 ゆえに軍兵が市清の元に行くことになった。


「もし君が松平董吾を負かしていなかったら、帝国軍は花園町全域を手に入れていたであろう」

 市清は、軍兵を屋敷に招いて感謝を述べる。

「礼を言う。君は昌虎が見こんだ通りの男だ」

「ありがとうございます」と軍兵はかりそめにいらえたが、口調に虚無感が漂っている。

 市清は、それを知ってか知らずか、すぐ報酬の話へと路線を切替る。

「軍兵、君は一体何が褒賞だ? 百万円の金か? それとも十人の美人か?」

 軍兵はまたもや疎外された気分になった。褒賞なんて欲しくもない。そもそも英雄になりたくないのだ。あの時、軍兵は、ただ自分が生き残るためだけに闘ったのだ。美しい名目などなんら頭になかった。

 第一、目に見える見返り程、空しいものなどないと信じていたから。

「いえ、そのようなものは必要ございません」

 軍兵は、慎重に言葉を選んだ。人の好意は冷めやすい。今の所期待しているように見える市清が手の平をいつ返すか分からないことを軍兵は十分承知していた。

「ただ一つだけ申し上げますなら――これまで昌虎さまの使っておられた住居や店が私の物になることを、はっきり保障していただけませんか?」

 市清は、不思議そうに首をかしげていた。だがしめたと思う軍兵。敵意がないからには、まだ生き残れる余地はある。



 こうして、例の『花園町動乱』からまだ数日という日に、軍兵たちは例の店に行った。

 玄関に、あの少年が途方に暮れた様子ですがりついている。だがこちらに目が合うとすぐに、

「杉野軍兵」 名前を呼ぶ。


 軍兵は、何を言うべきかすでに腹を決めていた。

「曽我安吉」

「その名前で――」

「だめだ。お前の素性を知られるわけにはいかない」

「俺の仲間になれよ。どこにも行くあてがないんだからな」

 賢が不審な眼で。

「いいのか? こいつ、常人だろ? ことによると、『地獄の騎士団』から来たかもしれない奴をかくまうってのか?」

「『地獄の騎士団』?」

 安吉は、今にも逃げ出したい気分でそれを聴いていた。――我々の機密がそこまで漏れているというのか……!

「大体……それに近い響きだ」

「賢さん、あまりこの子を痛ぶらないでください。」

「『この子』だと!?」

 安吉は急に恥ずかしさから怒りへ転じた。

「俺はこう見えても十五歳だぞ! 何十年も同じ姿で生きているお前らと違ってな、ちゃんとした生きてる人間なんだよ!」

 その事実は、もう覆されている。

 しかも、同じくらい複雑な立場にいる人間がもう一人いる。

「A-71……ではなく。ゆかり……さんっ。俺はもうあんたを追うためにここにいるんじゃない」

 安吉はゆかりに、再び気まずい表情を見せた。

「俺はもうあいつらとは縁を切ったんだ!」

「花園町の復興祭は大いに規模を縮小して開催、だとよ……」

「本当に情報通なんですね、賢さんって……」

「なめんじゃねえぞ? 俺は盗聴とか諜報とかの沢山ガジェットを作ってるんだ。今は全部なくなっちまったが……二度と作れないってものでもねえ。あともっと重要なことがある。帝都が謎の軍団に襲われたらしい。それが撤退の原因だったってことだ」

 妙な沈黙が店内を覆う。

「お前らか……」 賢は安吉の方を向く。明らかに、敵意のこもったまなざしで。

「俺は何の関係もない!」 安吉はおびえる。

「軍兵、こいつに訊いてみようと思わないのか? どんな手段を使ってでも」

 軍兵は冷汗をかいた。この世界の異様に過酷な状況であってみれば、賢のような冷酷さを備えるのは自然なことだ。この世界が仕向けている以上、それを責めるわけにはいかない。

「俺にはまだ何も分からない。何も分からない以上、そんな手段には出られない」

 がっかりする賢。

「軍兵、お前には昌虎みてえな思いきりの良さがねえんだ!」

 彼にとって安吉は捕虜であった。しかも不倶戴天の董吾から捕まえた捕虜である。何を考えているのかよく分からない。

「それを甘いっていうんだよ。昌虎の元で下働きしてる方が、はるかにましだ!」

 もしかしたらこちら側に危害を加えて逃げるかも。それなら腕を縛って監禁でもしておいた方がいい。だが軍兵はそんな思考に真っ向から対立する。

「賢、昌虎はもう死んだのよ……」

 うつむいて、ゆかり。

「俺は安吉の自由を守るよ。少なくとも身体の自由を。その自由を解くのは彼の本性が分かってからでいい……」

 安吉は、賢よりも軍兵の方が怖ろしいと感じた。以前は助けてくれると約束していた人間が、今では自分の生殺与奪を握っている。軍兵の言葉には失望するほど冷静だった。

「すまないが、俺はお前を信じ切るわけにはいかないんだ。お前が元々いた場所の奴らがまたやらかしたらしいからな」

 安吉は、逆に軍兵への警戒感を強めた。無論無邪気に信じていたつもりはなかったが、いつの間にか彼に最後の救いの手を求めていた自分のふがいなさに気づき、思わず恥辱にまみれた気分に。

「でも信じろよ。俺はあいつらとは違う。何の理由もなく傷つけたりはしない」

 しゅっと顔色を改める軍兵。またあの好青年らしさを帯びていく。

「お前がかなり追いこまれた状況なのは理解してる。こっちだって同じだよ。いつ花園町のごたごたで殺されるか分からないんだからな。お互いさまさ」

 賢は訝った。一体これは安吉を油断させるためなのか、あるいは本当に甘いだけなのか、見分けのつかない不思議さに。


 軍兵は、安吉の顔が青ざめていくのを見て内心にっこりした。にこにこしていられないわけはない。微笑を浮かられることがここでは余裕あることの証拠なのだから。

 その軍兵の表情に、穏やかにはなれないゆかり。見れば見るほど、軍兵が何を考えているのか分からなくなる。無論、昌虎も同じくらい心の読めない人物ではあった。しかし軍兵には、昌虎がついぞ抱いたことのない『何か』への欲求が感じられてならないのである。それが、ゆかりの理解を遠ざけた。

「何許された気分になってやがる……」 肩を小突く賢。まばたきすらしない安吉。

「でもね、俺たちにはもっと大事なことがあるんです。それこそ、僕が今すぐにも手掛けたいことなんですけど!」

 危うい空気だ。昌虎を失った今、ただでさえか細い紐帯で結ばれてるだけの俺たちが離散する可能性はいつでもある。

 この空気を換えるには、俺が会話の主導権を握り続ける他、ない。

 そこで軍兵は小声で語りかける。

「俺はさ、この店を拠点にするんです。帝国に対して抵抗し、この花園町の秩序にも縛られない秘密の拠点を」

 まだ何の準備もしていない、自分の提言。

「拠点、ですって?」とゆかり。

「昌虎さんが死んだことを悟られてはいけない。当分は、俺たちがあの人の代理を務めるってわけです」

 面白くない賢。彼は、軍兵の言葉一つ一つに重みを信じられなかった。

「あのな、お前に昌虎の苦労が――」

「いや、続けてくれ」 突然、安吉が賢の異議をさえぎる。

「お前は何をするつもりなんだ? 帝国に反抗して、市清にも」

 軍兵の目が急に細くなり、三人を見つめる。あくまでも自分が彼らを導くのだ、と言わんばかりに。

「俺も知らない。だが、多分世界を敵に回すことだと思う」

 誰も、口答えしようとは。

 軍兵は、賢とゆかりがいまだ昌虎の死に対する重みから脱していないことをさとった。あまりに急で、あっけない事件だったからこそさほど強い悲しみに打ちひしがれずに済んでいる。

 だが、もし平穏が訪れ、改めて自分たちの内面を見つめるようになったらどうなるか? きっと、世の中の不穏さに気づいている暇ではないだろう。

 軍兵は、役割を自覚していた。あくまで人々を煽動し続けなければならない。過去を思い出させないために。目の前の物だけを覚えているように。

 軍兵は、そんな自分にえも言われぬ快感を。いまだに、安吉は軍兵を化物みたいに疎む目。

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