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第十六話 疑心暗鬼

 市清は、杉野軍兵という少年に会ってみたいと思った。無論、あくまでも身元不明の少年を拾ったという話を聴いたに過ぎない。そうであっても、現にこの世界のどこかに存在するらしい常人の集落……もしかしたらそこから来た人間という可能性は、市清にかすかな興味を引かせた。

 彼はもしかすると噂がいう救世主かもしれないのだ。もっとも彼があまりにも詳細不明である以上は、単なる妄想でしかないのだが……。



 軍兵店で茶を汲んでいた。時たま客が訪れてくることもあるが、基本はまばらだ。そして、口を交わすことは少ない。軍兵といえども、何も知らない人間に対して口を利くのは好きではない。鉄屑街に劣らず、そもそもどんな武器を隠してるか分からない連中なのだ。


 ひょっとすると、帝国の領内の方がまだ治安がいいのかもな。


 一人の、落ち着いた感じの背広が入ってきた。貧しい雰囲気ではない。いい物を食っていそうな感じの男だ。

 軍兵は、業務として茶を組み、湯を沸かし始めた。相手に何か他の注文を頼むべきかどうか迷っていると、男の方から話しかけてきた。

「君は、どこ生まれだい」

「それが、分かんないんです」

「僕もさっぱり分からない。何しろ蘇らされた時はすでに家族とも離れ離れになっていたからね」

「四十年前はかなりの混乱期だったというわけですか」

「ああ、あれは戦争の時代だったからね。生きている人間と一度死を経験した人間が共に生きていた最後の時代だよ」

 いつの間にか、遠い目。この男にしても長い時間を死人として生きてきたわけだ。

 だが男は急に話題を変えて、

「今、この地区を支配しているのは誰だ?」

「内村市清様ですね」

 昌虎からの受売の常識で。

「ああ。ではいつから市清はこの花園町を支配しているんだ?」

「知りません」

「今から十年以上前だ。あの男は大変な苦労をして、花園町の一角に権威を打立てることに成功したんだ。知らないでは済まされない」

 軍兵は笑った。今ここで市清のことを称える意思を表せば正解となるのだろう。だが軍兵は相手の素性を知りたかった。だからわざとこう答えた。

「だがその権力を手に入れるにあたって奴が払った犠牲はあまりにも大きい。この花園町が何度も戦場になった」

 軍兵は落着きはらって答える。

「一時の権威だからです。結局必ず破綻する時が来る」

 軍兵は、わざと相手に合わせた返事をした。市清というか、この世界に対して愛着を持っているわけではないのだが。

「ああ、そうだ。奴の地位は失墜する」

 男は激しい口調で。

「この花園町は、僕たちのものだ! それが仲間たちに対する報いなんだよ」

 軍兵は、それが一種の勧誘だと見てとった。

 自分たちに敵意を持つ人間の存在を決して許さない。この花園町に入ってきたときも、その縄張を固く主張する人間がいた。つまり、この街の集団意識とはそれほど強いものなのだ。

 だがこれは、俺を試している。相手の顔は怒っているように見えるが、心から本気なわけではない。

「もしかして嗅ぎ回っているんですか? 内村様を脅す人間が街に入らないように」

 決して確信があって言ったわけではない。だが、こんなうらぶれた店に高級そうな服装で現れるのが不自然なのだ。

「違う。君にこの世界に現れたのは、この世界を改めてもらうためなんだ」

 男は、笑っているような、怒っているような、どうにもよく分からない表情を見せた。

「そのために、君が我々の陣営に入るのは悪いことじゃない」

 自分が何か勝手に有名人にさせられたような、そんな違和感。怪しいとしか思えない。

「俺は別に世の中の権威に従いたくないってわけじゃない。でも、俺にだって一応の矜持はあるんですよ。別に人を侮っているってわけじゃないです」

「あんた……肝が座ってる」

「何だか嫌だな」

 軍兵はむかっとなって吐き捨てる。

「鉄屑街も帝国に占領された。いずれこの町も――」

「標的になる。だから戦力が欲しいってわけですね。この花園町が一枚岩ではないからには」

 出自が特殊だから、という理由で注目されているのならあの常人の少年も……知らないはずはないだろう。軍兵は席に座って、男の無表情に近い顔をまじまじと見つめる。

「俺がもしみんなを救えるのなら救いたい。でも、人から強要されたくはないんで」

「見ていろ小僧、俺『たち』は今に市清を引きずり降ろしてやる」

 つのる軍兵の危惧。

「じゃあ、まさか帝国に――」

「声が大きい」 自分の意思を続けようとするが、

 だが、軍兵はさらに相手の言葉ヲさえぎって、

「じゃあ、市清さまもそこまでして僕を捕まえたいんですよね? 俺がそこまで狙われているということは――」

 だが、男は軍兵の言葉を無視して急に去って言った。


 軍兵は腑に落ちなかった。なぜ、あの男がやってきて不穏な言葉を語りかけたのか。しかも昌虎についている軍兵にだ。それくらい権謀術数が渦巻いている、ということなら分かる。

 だがこの町の頂点である市清と関係の深い昌虎が、関わっているこの場所になぜ訪れたのか。

 昌虎が送り出したというわけではあるまい。だが、昌虎がおかしくはない。

 無論、これが馬鹿げた想像であるのは分かる。だが、元から昌虎が自分を利用する気で近づいているのを考えろ。初めてカードの挿入口を開けられた時のあの昌虎の笑顔にしたって、完全な善意と言えるものではなかった。

 もやもやした気分でいると、急に昌虎が入ってきた。

「よう、軍兵! まだ忙しいかい?」

「昌虎さんは何してるんですか?」

「文明開化号の備品を集めていた所だ。まだ武装を取り換え終えてないからな」

 涼しい空気にも関わらず、昌虎は汗をかいていた。やはり機械をいじるのはそれだけ苦痛なのだろう。お疲れ様、とばかりに軍兵は茶をすすめた。

「それより、客はどうだ? 繁盛してるか?」

「五人くらい、断続的にですよ……」

「閑古鳥が鳴いているもので」

 結局、こういうものか、と思う外はない。

「先ほど僕に、市清さまについて尋ねる人がいました。」

「ああ。多分、あのお方が遣わしたんだろうな」

 昌虎は、さして悪びれもせずに

「大声では言えないけどな。お前が、やってくれるかもしれないと見こんでのことだ」

 軍兵は居心地の悪さを覚えて、ゆかりの方を視た。するとゆかりも若干憂鬱げに目を細めて軍兵を見返した。

 二人とも、きちんとした心情を告白などしてくれない。

「たった道端で拾っただけの僕に対してそこまで期待するんですか?」

 あの帝国の人間が変な眼でにらんできた時のことを思い出す。『峻一』とあの男は呼び、しかしそれ以上何も話しかけなかった。

 何か仕組まれているとしか。

「前も言っただろ。俺たちは人手を必要としている。帝国にしてもそうだ。人体蘇生措置にも限界がある。そしてそれはもうすぐ近づいている。そこまでしなくても、お前がもし常人のままで目覚めたら空気に含まれるガスに体が星になってた。お前を蘇らせるにはそれしかなかったんだ」

 力なく笑う軍兵。結局、俺が取れる選択肢は限られてるってことか。静かに絶望が押寄せる。

「だから僕がこの店に閉じこめられてるわけだ」

「帝国や常人たちに捕えられるよりははるかにましよ」 諫めるゆかり。


 軍兵は密かに、だがはっきりと絶望した。

 この町にも結局、居場所はなくなる。

 昌虎たちからいずれ旅立たねばならない時が来る――旅立つ必要がある、というのではなく――。

 だが今は、もう一度、あの安吉という少年に会ってみたかった。やはり董吾の元で虐げられているのだろうか。


 ◇


「奴らは、悪魔だ」

 F-28は、廊下のスピーカーから同じ文句が何万回と繰り返されるのを聴いていた。

「奴らは人類の秩序を破壊した。一度死んだ人間でなければ、外の世界を生きられないようにしてしまった」

 それが本名だった。指導者たち以外の人間は全て、機械的に番号を割振られ、特定の目的を持つ集団に属していた。FとはfightのFだ。F-28にとっては機械人形に乗りこみ、銃を撃つ訓練が日常だった。もし屍人と闘って死ぬことができたなら、それ以上の名誉など!

 あれが初陣だったのだ。あの時、花園町で暴れまわり、一人でも多くの屍人を殺せば故郷でほめたたえられるはずだった。

 だがあの淡い理想は、簡単に砕散った。董吾がうまい飯を用意してくれる他は何も心地よいことのない寒い世界。『曽我安吉』という不思議な名前を与えられ、挙句の果てに勝手に逃げだしたら爆発するカードを仕込まれている。まさかここまで落ちぶれるとは、覚悟してもいなかった。

 安吉は、鶏肉の味が忘れられない。あのような食事は故郷では食べたことがなかった。基本的に、食事は、まるで義務のようなもので、そこに快楽など感じたことはなかったのである。

 こんな姿になった以上、今やるべきことなど決まっている。屍人どもを滅ぼして、自分も死ぬことだ。

 だがその前に赴くべき、一人の人物がいる。

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