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第十四話 議論百出

 内村市清の自身の邸宅で、深刻そうに報告を聴いていた。

「そうか……松平董吾がまたやってきたか」

 川辺に立つ四本の柱の上、どっかりと構える一軒家。瓦ぶきの屋根は派手に見えて決して他の家や青との調和を決して乱さない。

「ようやく町に安寧が取り戻されたと思いきや、まだ私の役目は終わらんのか」

 彼は前時代的、いや前前時代の代物、着物に身を包み、御座の上に正座していた。一見、悪い感じの印象はない。だが、人は見かけによらない。一度死んだことのある人間なら尚更。

 もうすぐ花園町の復興祭が近づいている。

「私の勢力はすでに花園町では一番だ。だが、私の肉体は死後蘇生措置に耐えきれない所まで来ている……跡継を指名しなければならん」

「では、誰になさるのですか?」

 いくつもの若い男たちが、市清の周りに侍っている。

「戦力が欲しい所だ。私に策を講じてくれる奴はおらんか?」

 誰も話しだそうとしない。

 市清の威厳に満ちた態度にしてもそうだが、実際に彼らを覆っている苦境が、さらにこの状況を打開する提案を遠くしていた。だが、その沈黙を、あろ申し出が破った。

「ちょうど今、お客様が伺っております」

「何……?」


 ◇


 軍兵が案内されたのは、喫茶店だった。酒ではない、茶とかコーヒーなど軽い飲物を出す、それほど格式ばらない小さな店。

「軍兵、人と接するのは苦手じゃないんだろ?」

「え? はい。基本的に人と繋がってないと不安になるので」

 昌虎と事前に打ち合わせした結果、この場所で仕事をすることにした。

 もしここが以前の世界だったら、軍兵はもっと乗気で誰かと話せるはずだった。だが、ここは遠い未来か、そうでなければ何の縁もない異世界。そう易々と心を許せる人間なんていはしない。

「いいか、ここには柄のいい客ばかり来るとは限らない。厄介なことに巻きこまれることだってある。そんな時は毅然として振舞うんだ! 万一の時に備えて切札も用意してやる」

 手振りを強調し、小声でさとす昌虎。

「分かりますよ。僕だって侮られるばかりの人間じゃないってこと、示してやりますから」

 ようやく自分が前に進める気がして、軍兵は拳を振るって見せる。


 今日はまだ客がきていない時分だった。軍兵はカウンターに頬杖を立てて十分くらい静止していた。これから自分がどんな人間に会うかと考えて不安に浸ったり、あるいはこれからどんな収入が入ってくるか想像して、にやにやしたりした。

 だが、その後の展開はもっと予想外だった。一人の少年が現れ、壁に貼られたメニューや照明をちらちらと眺め始める。軍兵はただの見物人かと思っていたのだが、その正体を知って、


「お前、あの時の!」


 二人はたがいに人差指をつきつけていた。

「貴様、なぜここに?」

「知るかよ。あんた、董吾の連れだろ」

「ああ。言うなれば敵情偵察だ。お前の親分はいないようだな」

 安吉は硬い用語を使って、気まずい顔。

 彼のお使いになるのが、心底嫌だったのだろう。


「あんた、どこから来たんだ? 常人って言っていたが――」

「訊くな。仲間を危険にさらしはしない」

 そこにはやはり彼なりの矜持があるのかも。

「たしか、安吉――」

「あれは董吾が勝手に名付けた名前だ! 俺の正式名称はF-28だ。いいか? 28は完全数だぞ。28を除いた約数を足すと同じ数にできるんだ!」

 わけの分からない自慢を耳にしながら、軍兵の表情筋が次第にゆるんでいく。

 だが、あることに気づいた時、軍兵はもう穏やかではいられなかった。

「えふにじゅう……お前には人間らしい名前がないのか」

 安吉は腕を組み、そっぽを向く。

「俺は組織の部品だ! 俺に何の人間らしさが必要だっていうんだ?」

「お前の上司というのは、なかなか人間性を無視しているらしいな」

「な……」 冷え冷えとした顔。堂々と指摘され、何も言えなくなってしまっている。

「多分、『生きている』ということに固執しているせいだ。屍人たちより人間らしさを失ってはいないか?」

 自分がひそかに相手に弱みを取ったことに、軍兵は思わずほくそえむ。

「そこがお前の盲点なんだよ。自分がいる環境に何の疑いもさし挟まなかったせいだ。俺にはそのおかしさってのが分かる」

 自分ながら、この心の黒さに驚いてしまう。きっと、生前がひどい暮らしだったから性根がひん曲がっているんだろう、と邪推したりしながら、

「お、お前は自分が屍であるってことの――」

 安吉の苦しい反抗をさえぎって、

「董吾とはどんな関係なんだ? 協力者ってわけでもないだろ」

「当り前だ! あいつは俺を殺して……屍人として勝手に蘇らせたんだぞ」

 ここぞとばかりに自分の鬱憤をさらけ出す安吉。軍兵は、やはり寒気がした。この世界の人間の異常さが凝縮されているような出来事。何より、軍兵自身が昌虎たちによって蘇らされたのだから。

「だが逃げたくても逃げられない……俺はあいつの爆発するカードをしこまれてるんだ」

「爆発する……切り札?」

「ああ。どうも見えない糸で奴の頭に繋がっているらしいな」

 見覚えがある。歌吾が鉄屑街で、自分の意に従わない人間を爆発させた時。

 軍兵は静かに震え出した。もはや、董卓の脅威は、どんなに予測しても予測し切れる代物ではない。

「いつか俺はあいつから逃出して、故郷に帰るんだ」

「でも、屍人になったお前を彼らは――」

「知ってる! だから悩んでるんだろうが!」

 強くテーブルを叩く安吉。

「ああ。この世界は異常だよ」

 安吉には、誰も理解してくれる人がいないのだろう。軍兵にしても同じだ。昌虎たちは、結局自分をいいように利用しているとしか思えなかった。逃がす術がもうないから。

 この世界の人間は異常だ。軍兵に怒りが生じる。

 異常だから……消してやらなくてはならない……?

 その想像が、単なる感情の思付きとは思えなかった。それより、重大な何かかと。

 しかし、軍兵は安吉と同じくらい秘密を守った。自分の誠実さを守る方が大事なのだから。

「そもそも、あんたがここに来た理由は?」

「決まってる。昌虎とそのせがれの住居ありかを探すためだ」

「せがれじゃない、杉野軍兵だ」

 元常人は何かに焦る顔で、尋ねる。

「それは昌虎につけられた名前か?」

「違う、本来の名前だ」

「なら、貴様……俺たちでもなく、奴らでもない所からきたっていうんだな」

 安吉は不信感のにじみ出る口調で。

 軍兵にしても、それ以上のことは言えなかった。安吉は決して自分の素性を明かそうとはしない。うっかり言ってしまった今は、ますます自分の殻の中に閉じこもろうとしている。しかも軍兵は元から記憶をなくしているのだ。


「俺を見つけて、殺すつもりか?」

「董吾が望めば……な」


 安吉も無論自分の欲求を押しとおすほど、面の厚い人間ではなかった。彼は軍兵という人間に意地の悪さを覚えていた。物事を真面目に考えるふりをしながら、誰かの弱みを握ることに快感を覚える、けしからん奴。

「取りあえず、何だ。お前はこの店をしきるつもりか?」

 知りたくて訊いてみたわけではなかった。今どう動いても、軍兵に不審な感情を抱かせる可能性は否定できない。それよりもむしろ、この軍兵とやらの上に控えている昌虎がどんな人間か、すかさず知るのが一番だろう。

「まあ。俺自身は経営のことなんて何も分からないんだが」

「ああ、さっぱりだよ」 腕をすくめる。

 だが、急にその肩をつかんだ。

「だから、協力してほしい」

「何を協力しろってんだ!?」

 安吉は戸惑って軍兵を引きはがそうとしたが、軍兵の瞳は本気。

「お前は董吾から逃げ出したいんだよな。だが俺たちに董吾が殺せるとは思わない……だから別の方法を考えるんだ」

 ――なぜ、この男はそこまで俺の心配をする? 俺はこの世界に元から仇なすものだというのに……安吉は、異常に思った。

 軍兵は不思議なほどに、人を操ろうとする欲を放っている。自分という存在を、人との交わりに組みこもうとせずにはおかない強い欲が。

「身代金を払って解放するとでもか? あいつはそんな、人間味のある人間じゃない」

 安吉は、軍兵に恐怖を感じ始めていた。なぜ、何の縁もない自分にここまで取り計らおうとするのか。まるで自分の命に向こうの利益が関わっているかのように……!

「この花園町にもうすぐ復興祭が近づいて来てる。その騒ぎに乗じてお前を逃がしてやれるかもな」

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