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第十三話 邂逅相遇

 軍兵は腑に落ちない気分を引きずったまま目覚めた。

 花園町の町並はやはり綺麗で、いや、町に渦巻く人間の恐ろしい心を覆い隠してしまうほどには美しさを感じてしまう。そこに軍兵は震えを覚える。頬になびく風は心地よい。

「今日は意外と遅いな、軍兵」

 昌虎が座席の間に立って、顔を見下ろしている。

「え……? そうなんですか」

「ああ。急な話だが、お前に勤めてもらいたい店があるんだ」

「店……?」

「ああ」 賢は後ろで黙々と広げた紙とにらめっこしている。

 ゆかりの姿は見えない。

 昌虎は軍兵がすっかり寝覚めたのを確かめると、静かにかたりかける。

「俺はただうろちょろしてるだけじゃない。この花園で店を経営していてだな、そこからの収入もあるんだ」

「すごいですね」

 いきなり昌虎の新しい一面を聞かされ、軍兵はうなずくことしか。

「ただ帝都の外でジャンクを集めるだけじゃ金は集まらない。やはり副業を一つでも持っていた方がいいもんだからな」

 昌虎にしてみれば、それは悪い提案ではなかった。軍兵の力がどんな力を持っているか、見知っておく必要がある。単なる善意で養っているのではないのだから。

「でもどんな仕事なんです?」

 芸妓とか色々怪しい言葉を聴いたあとで、軍兵はどうしても不審に思わざるを得ない。

 いかがわしい仕事だけは絶対にしたくないというこだわりが、軍兵には。その懸念に注意を向ける前に、誘う昌虎。

「まあ取りあえず、広場で色々見回ろうや。一日や二日で観尽くせる場所じゃないしな」

 今は情報が最も価値のあるものだ。その情報を集めないことには何も始まらない。軍兵は、例の空飛ぶ物体の噂が聞けることを密かに期待していた。



 董吾はF-28、改めて曽我安吉を外に連れて行った。元は襲うために訪れたわけだから、安吉はあまりいい気分がしなかった。もしかしたら襲ってくる人間がいるのではないかと。

 だが安吉は花園の遠くまで広がる屋根を見て、不安よりまず驚いた。空が青い。そして、世界が広い。今まで地下世界の中で暮らしていただけあって、地上の広さは彼の想像を絶するものだった。無論ここまでやってくる途中ポッドに乗っていたとはいえ、あの中では窓もない個室でずっと戦闘の修練を積んでいたのである。

 董吾は、屋台の串焼を見せつけた。鶏の肉だ。

 しかし、安吉はひたすら顔をゆがめるだけでしかない。

「食うか?」

「鼠の丸焼はないのか?」

「お前、鼠なんて食うのか?」

 ――俺が今まで見た食肉市場には鼠しかいなかった。あの世界では、鶏は贅沢品だから。

「この世界は生返らせた動物しかいないわけじゃないのか?」

「おい、俺の質問に答えろ」

 安吉は董吾は妙に威圧感のない口調であることに、かえって気味悪さを覚えた。

「なれなれしくするな。お前は俺の主人でしかない。俺の好きに行動させろ、お前の許す限り」

「構わん。だが、俺の元から逃げたらどうなるか知ってるよな」

 と、言って串を安吉の唇に当てる。

「うまい!?」

 この味は、地下の狭苦しい食堂では味わったことのないものだった。



 この世界にいる誰もが、体の中にカードをしまいこんでいる。

 まだ丸腰の弱い軍兵にとって単独行動はいまだ許されないことだった。昌虎とゆかりと、つきっきりでなければ外を歩くことすらできない。賢は文明開化号の改修にいそしんでいる。

 ゆかりは数歩身を引いて、別の方向に気を集中している。誰かに襲われることを常に警戒しているのだ。

 軍兵はぎくっとなり、物陰に身を隠した。あの男がいたからだ。松平董吾。

 しかし、彼の側に誰かがいる。ぎこちない歩き方――曽我安吉。

 だが軍兵が身構える以前に、安吉は急にゆかりを睨んで、叫んだ。

「A-71がどうしてここにいる!」

 棒立ちするゆかり。

「お前を俺たちはずっと探していたんだ!」

 安吉の勝手な行動に、すかさず董吾が反応。

「安吉、よせ」

「ぐあっ……!」

 突然安吉の体に電流が走り、その体を地面に倒す。

「ああ、すまん。こいつは昨日まで常人だったんだ。屍人としての常識を知らんのだよ」

「当り前だが、お前の体内には『従属』のカードを封込めているんだ。俺の望む限り、いくらでも電流を流せる」

 安吉に再び、蘇る董吾への殺意。もはや、呪う言葉さえ見つからないように押黙る。

 軍兵は、安吉に自分の境遇を重ね合わせる。元々は生きていた人間だったのだ。しかし、軍兵同様に不当に殺され、無理やり蘇らされた。

 昌虎は軍兵とゆかりに目を向け、その場に立尽くしていた。軍兵の憂鬱など頭になかった。

 董吾は面白そうに昌虎をにらみかえす。

「昌虎か。まさかこんな所で蜂合わせになるとはな」

 二人の間に、異様な冷気。

「董吾、まだここにいるのか?」

「おいおい、今日は町の掟によって争いをしない日だろ?」

 苦笑して見せる。その背後にどんな苛烈さが隠れているか、測り知ることもできない。

 軍兵は安吉の名前こそ知らないが、

「ちょっと待って! ゆかりさんを知ってるのか?」

 苦しげに立ち上がりながら、きっぱり断る安吉。

「貴様らに教えてやる義理はない」

 ゆかりは頭を抱えた。また、こんな状況になってしまうなんて。

「違う……私は……」

「なるほど、お前も常人たちの所から逃げてきたというわけか」

 昌虎は安吉に問うた。そしてもう一度、

「どこで彼を捕まえた……董吾」

 あまりにも情報量が多すぎて、把握するには混乱しそうに。だが、この少年が事情を抱えているということだけは分かる。

 軍兵は何か言わずにはいられなかった。

「まさかあんた、あの時の巨人で……」

「俺に質問するな」

 安吉はまたもやさえぎる。しかし、安吉も軍兵たちに質問したい気持だった。

 なぜ彼らがA-71と行動を共にしているのか。なぜ、軍兵が安吉とゆかりの関係を知っているのか。だが、今この場を掌握しているのはそんな面々ではない。

「軍兵、奴らを気にかけるな。あの男は敵なんだからな」

 昌虎は腕を伸ばして軍兵をさえぎる。だが軍兵はこらえ切れずにまたもや声が出た。

「お前も……最近屍人になったってのか?」

 あやふやな手の動きで、安吉の方を指示してくる。安吉は軍兵の異様な

「俺は知らない。お前みたいな常人はいない」

 安吉はきっぱりと否定する。

「ほう……じゃあ、お前どこから来たんだ?」

 董吾は、純粋に気になっているというような眼で。

「どこから……」

 軍兵はその時、またもや脳裏に幻覚を見た。自分が、一度目、死んだ時のことを。


 死んで、自分の知らない所で彼は目覚めた。病院と言うにはどこか物々しい、灰色のいかめしい部屋。

 軍兵と同じような人間が沢山いた。一度、命を奪われながら、彼らは――


 昌虎は董吾の胸倉をしめつけていた。「もうやめて!」とゆかりが悲痛な叫びをあげたが、昌虎にはまるで届いていなかった。

「花園町に二度と現れるなと言ったはずだ」

「何を馬鹿な。俺は息をしている限、何度でもお前を狙っている」

 董吾は昌虎に頭突を食らわせ、わずかな隙をついてその束縛から逃去る。気づくと、見物人が周りに次々と集まって来ていた。

「本当ならゆかりごと片づけたい所だが……今日は多勢に無勢らしい! じゃあな、昌虎」

 軍兵は、

「あの、待てよ! お前はなんで董吾に蘇らされたんだ!?」

 と言いながら安吉の元に駆寄ろうとしたが、董吾に軽く蹴られ、転倒してしまう。

「安吉、お前もこい」

 董吾はポケットから青いカードを取りだし、手のひらに差込んだ。すると、周囲に毒々しい霧を巻上げ、二人の姿が地面に沈む。

「待て、俺の切札を返せ!!」

 昌虎が明確に怒りを示したが、もう董吾の姿はなしのつぶて。

「安吉?」

 軍兵は、常人の少年の名前を初めて知り、何とも言えない気分になった。

「あの……昌虎さん」

 小声で、二人は話合う。

「奴には構うな。あいつは人をこけにすることしかせん」

「でも常人がいた……」

 安吉という人物には昌虎も興味がなかったわけではないが、やはり董吾のことだ。

「どうやってもたどりつけない秘密なんて迫ってもどうしようもない。それより、この町の政治にも関わらなくちゃならんしな」

「政治に?」

「市清様に話をつけにいくんだ。この町の安定も盤石じゃないんだよ」

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