9 令嬢、混乱する
「この料理……何だ?見たことがない」
短時間で作り上げた軽食「エッグベネディクト」を手に取り、目の前にいるスピネルは目を白黒させていた。
現在、ジークレインは領主の仕事に戻り、アデライードとスピネルの、二人のコンビでいた。
スピネルが、外の風をあびたいと言うので、このアイリス村を城壁のように囲う広大な麦畑を背景に横たわる大木に二人で座っていた。
「エッグベネディクトっていうの。新商品として考えているのよ。きっと、美味しいわよ」
こういう面で、前世の記憶があると本当に助かる。どうやら、この世界には無くて、前世でいた世界には存在するという料理が数多と存在するようだ。
エッグベネディクトは、アデライードが特に好きなパンであった。
イングリッシュマフィンを半分に切って、その上にハムまたはベーコン、ポーチドエッグ、オランデーズソースをのせた軽食だ。アボカド等をのせても美味しいだろう。
オランデーズソースは、ビネガー、卵黄に溶かしバターを加えた洋風のソースである。ソースだけでも本当に美味しい。
「ん、美味しいじゃないか。世間知らずで貴族の小娘のくせに料理が上手いんだな」
アデライードは、口を尖らせる。
「あら、こっそりと城の厨房でよく料理をしていたのよ。おかしいわよね?料理をしていたら厨房を追い出されるの。貴族が料理をしてはいけないなんて誰が決めたんだか」
「アデライードは今の生活、嫌ではないのか?」
アデライードは、遠くの麦畑を見た。どこまでも麦畑が広がっている。
「フフ、今の生活が一番楽しいわ。必ず復讐してやるとか言っているけど、こんな理不尽な追放をくらわなければこの生活はできなかった」
その時、優しい暖かな風が二人の頬を撫で、その風は麦畑をも揺らした。麦畑が揺れる時の音は、二人を落ち着かせた。
「私の復讐は、ただざまぁと言うだけではない。自分の裏切られた気持ちの整理もあるし、何より私を庶民にしてくれたことに感謝したい」
スピネルは吹き出した。
「何が面白いのよ!」
「感謝をこめての復讐か。そんなヤツ、中々いないな。ハハハッ」
笑ったことで、傷口が痛むのか、スピネルは傷口をさすった。
「脚、負傷しているのにここまで来て良かったのかしら?ここに来る時も何だか痛そうだったけど?」
スピネルはエッグベネディクトを完食して、フゥとため息をついた。
「病室内では、言えないことだから。過去の話をしたい、良いか?」
「ジークレインもしていたわよ?自分の過去の話」
スピネルはわずかに苦笑いを浮かべて話し出した。
スピネルは魔王の治める魔族の国「ゲヘナ」で、騎士の息子として生まれた。
父は人間と魔族の戦いに大いに貢献し、この戦争が終われば騎士団長に昇進するという話まで出た。
戦争が始まってからというものの、スピネルは戦地にいる父とは手紙でやり取りをしていて、それも手紙で知った。
――しかし、現実は甘くはなかった。
「……父……さん」
気がついたらスピネルの首と手足には重く錆びた枷。人間に捕らえられた魔族達は、人間の王国、そして魔王が攻めた王国でもある「エンゲラーナ王国」に一列に並んでいた。
恐怖と絶望から悲鳴を上げた者は、理不尽にも殺され、泣きわめく者も容赦なく殺されていった。
捕らえられた魔族達は、城の前に晒された首を見せられた。
中心には、強面だが、立派で強くそして誰よりも優しかった魔王の首が。そして、そのすぐ隣には……。
「……や、やめろ。ど、どうして……こんな酷いことをするの?」
自分の父の首が掲げられていた。
母は、自ら命を絶った。遺書には、騎士の妻たる者、敵には捕まらない、と記されていたそうだ。
「俺は、追放で助かった……。俺は、人間を許せない」
「私も人間だけど……人間達がこんなに酷いことをしていたなんて」
アデライードは、村の人達と復讐する相手が同じであったから協力をするつもりであった。
しかし、いつしか村人達の為にも復讐しようと誓っていた。
「ところで、突然そんな話をしてどうしたのかしら?」
「今は、ジークレイン様のおかげで帰る村もある。……お前に出会って思ったんだ。村に帰ったら、帰りを待ってくれている人がいたらどんなに幸せか……。その、出会って日は浅いが、お前といて……楽しかった」
「……そう。それは、楽しそうね……」
「まだ完治はしていないが、明日からまた仕事がある。今回は、海を渡らなければいけないんだ」
スピネルは、アデライードからは目をそらし、雲一つない快晴の空を見上げた。
「俺の帰りを待っていてはくれないか」
「……ええ、いつでも待っているわ。店にも寄っていってね」
スピネルは「……そ、そういう意味ではない」と小声で言った。
「お、お前に惚れた」
……え?