8 令嬢、全てを知る
あの些細な嫌がらせ程度の復讐からしばらくがたった。
アデライードは、店の経営と自身の生活を上手く両立し、庶民の生活にも大分慣れてきたようだ。
以前は、真っ赤な艶々の髪の毛を巻きハーフアップにしていたが、現在は三つ編みにして一つに束ねて肩に下ろしている。
また、気を抜かない化粧も彼女の特徴ではあったが、全く化粧をしなくなった。
そして何よりもその瞳に宿る意志。令嬢時代から鋭い眼光であったが、現在はただ鋭いだけではない。しっかりと己の信念が刻まれていた。
彼女の宝石のような美しい瞳は、彼女の成長を物語っていた。
そんな彼女。今日は店番の合間を縫い、村の診療所へと来た。
「ジークレイン、スピネル、調子はどうかしら?」
診療所へと入るなり、一つの病室へと入った。そこには、ベッドで寝込むスピネルと、その横の椅子に腰かけるジークレインがいた。
「やあ、アデライード。昼食を届けてくれたのかい?助かるよ」
「今日はタコスっていう料理よ。聞いたことのない料理だろうけど、美味しいのよ。……まだ、スピネルの意識は戻らないのね」
アデライードは、ベッドで眠るスピネルを見つめる。
あれから王国から脱出したのは良いのだが、村へと向かう馬車の中で、スピネルは力尽きたと言わんばかりに意識を失ったのだ。
「おかしいわ……。あんなに強いスピネルが、人間にやられてしまうなんて」
彼の戦闘力は神の如き美しさで、そして何よりも恐ろしかった。
これが、魔族の力かと圧倒されてしまったほどだ。
ジークレインは、タコスを美味しそうにかじる。一口が非常に大きい。
「人間には難しい。そう言いたいんだろう?」
「ええ。ジークレインはどう思う?」
アデライードは、ジークレインの隣に椅子を置くと腰かけた。ジークレインは、緊張気味に話し出す。
「俺もそう思う。おそらく、魔族の間で伝わる猛毒を塗ったくった剣で刺されたんだ。魔族は、人間の作る毒では簡単に死なない。ましてや、スピネルは毒の耐性も強い方なんだ」
「彼、毒の耐性が強いの?」
ジークレインはタコスを食べ終え、アデライードの持ってきたカゴの中を見てみる。どうやら美味しかったようだ。カゴには、タコスがもう一つあった。
「……ああ、本当はスピネルにも持ってきたんだけど、意識がないし仕方ないわ。良かったら食べて」
ジークレインはタコスを口にしながら、スピネルを見る。
「アデライードがその毒付きの剣で切られていたら即死だった。人間には、そんな強い毒を作る技術はまだない。間違いなく魔族の伝統の毒だ」
その言葉にアデライードは、背筋を凍らせた。私なら、間違いなく死んでいたのか。
ジークレインは、そんなアデライードを心配そうに見る。
しばらくして、アデライードの頭の中から一つの疑念が出てきた。
「じ、じゃあ、……魔族の人で協力者がいるっていうこと?」
ジークレインは、その言葉にひどく反応した。
「……それしか考えられないな」
そんな……。人間は魔族の国を滅ぼし、追い詰めた。それなのに、魔族の中で人間に協力する者がいるだと?
「アデライード、今から言うことは誰にも言わないでくれ」
「ええ、約束するわ」
ジークレインは、息を飲む。
「……おかしいとは思わないか?なぜ、魔力と頭脳、戦闘力まで兼ね備えた魔族が人間に敗れたのか」
「私もそれは疑問だったわ。……人間の私が言うのもアレなんだけども」
「俺は、魔族の中で裏切り者がいたんだと思う。今回の出来事で確定したよ」
アデライードは、首をかしげた。
「皆には言わなくていいの?裏切り者を探すべきよ」
ジークレインは、首を横に振った。その表情は、どこか気まずそうであった。
「今は村の皆を混乱させたくない。必要になったら言えばいいさ」
「……魔族の中に裏切り者だと?……それは冗談か?ジークレイン様」
「「スピネル!」」
スピネルの意識が戻った。彼は額を汗だくにしていた。かなりの高熱だったのだろう。
「と、とにかくスピネルもアデライードも秘密だぞ?」
「ジークレイン様。……俺にはもう一つ疑問がある。なぜ、こんな人間の小娘がこの村に追放されて来たのか。そこは、どう説明する?」
確かに。アデライードも、今やっとそう思った。今まで、復讐心に支配されていて気にしていなかったのだ。
「そこは考え中。確かに追放された魔族の村に、可愛らしい娘を送って来たのか。そこは全く検討がつかない。……はあ、父のようにもう少し賢かったらなぁ」
「アデライード」
そこで、スピネルは話題を変えるかのように呼んだ。
「な、何よ」
スピネルは恥ずかしそうに小声で呟く。
「……お、お腹空いた……。俺にも何か作って……」
「フフ、素直ね。いいわよ、何か作って持って来るわ」
スピネルは、自分の立てた作戦のせいで負傷した。ならば、お詫びとしても彼に何かをしてあげたい。アデライードは、病室を後にした。
しかし、スピネルに食事を作ったことで大変な事態を招くことになる。アデライードは、そんなことも知らずに自宅兼店舗の厨房で腕を振るうのであった。